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登場キャラの名前が覚えられねぇんだよ

 目が覚めたら地面とこんにちは。ちょっと首ひねって前を見たらクソでかい門の前にいた。

 いや分かる、これじゃあさぁっぱり状況が説明出来てないってことは私にだってよーく分かってる。でもそうとしか言いようがない訳よ。門。それも、金持ち学園アニメか金持ち学園ドラマでしか見ないようなアホみてぇにおっきい、門。私が地面に転がってるから余計大きく見えんのかな。

  のさのさと起き上がるべく体を動かす。舗装されてない地面のせいで、服がべしゃべしゃでドロドロ。つうかこれ雨上がりじゃないかな。最悪。体が重くて仕方ないから、とりあえず自分の手足を引き寄せて崩れた正座のような格好になった。これで上半身が持ち上がったから、改めて目の前の門に目をやる。

 なんか、すげぇ嫌な感じ。門は錆びてるし、奥に見える城もなんだか辛気臭い。天気も悪いからか、ラスボスの城にしか見えねぇ。さっきの学園ドラマ訂正、これ完全にドラキュラ住んでるやつだわ。学園じゃなくてホラーの方。ほらもう、風が周りの木をざわざわ鳴らしてる時点で雰囲気も百点満点……いやほんとここ何処なの。森だよ。日本になさそうなレベルの針葉樹林だよ。ツンドラ気候?それとも高山地帯?私いつの間に山登りしたのさ、いやしていない(反語)。

 さっきまで何してたか、とかよく覚えてないし、今までにこんな映画セットみたいな場所に来たことも無い。心当たりが無さすぎる。兎も角早く人気のある所を探しに移動しよう。こんな屋敷に入ったら完全にフラグ回収だ。ホラー映画が始まってしま、もう風うるさいよ、鴉まで鳴かなくていいから!大自然の音響さんいい仕事するね、ホントに!

 あー、立ち上がって泥を払おうとしたけどこりゃダメだな……。濡れてるからか全然落ちないし、なんなら泥が塗り広がる。うわ、ズボンぐっちゃぐちゃ……ん?何これ。

 本が落ちている。いや、本っつーか、ノート?うん、ノートだ。この地面に落ちてるってのに、拾い上げて見ても全く汚れがない。表紙には何も書いてないし、裏にも……なんも書いてないな。パラパラとめくってみても大半がはく、し、なんだけど。


 そんなことより。


 開いた瞬間に音が止まった。ザワザワと煩かった森がピタリと黙った。

 開いた瞬間に風が止まった。頬に感じていた冷たさが消えた。


 は?


 慌てて周りを見渡す。ぐちゃぐちゃの地面に足を取られながら2、3歩進み、顔を上げた先に見えたのは……翼を広げて大きく口を開けたまま静止した鴉だ。


「なん、え?ゑ!?」


 何だ、これ。もっと近くで見ようと鴉のいる木の方へ走り出した瞬間、泥濘に足を取られて盛大にすっ転びそうになる。手から開いていたノートが飛んで、地面に落ちながら閉じられていく。あっやべなんかスローに見える、これ頭から盛大に突っ込むやつだ。こういう時スローに見えるんだから回避とか出来ればいいのに手が出ないんだか、


 ら?


「……は?」

「カァ!」


 備えた衝撃は襲って来ず、代わりに耳に届く大きな鴉の声。風の音。そして……戻ってる。移動したはずなのに、走り出す前の位置に立ってる。ノートを開く直前の体勢に、戻っている。更に付けたはずの足跡は、消え去っていた。


「な、にこれ。」


 今度は意識しながら、ゆっくりとノートを開いた。やはり音も風も止まる。え、えぇ……なん、え……これどういうことなの?閉じたら?音が戻る。閉じる、開く、閉じる、開く。……まぁ、何度やっても、そうっすよね。完全に、このノートのせいで、時間が止まってるよ、これ。

 ……OKなるほど!完全に理解した!

 っあーともかくこのノートくらいしか手掛かりがないってわけね。どうせノートを閉じて戻れば服の汚れも戻るだろ、と汚れるのを厭わず地面に腰を下ろした。そのまま音のない世界で、諦めてノートを最初から確認していくことにする。さてと……最初の1ページ目の題を書き込む場所に、


 魔法学校 Phoenix


 の文字が見えます。はい。まだ幼い字っすね。小学生あたりの。ふぅん?見覚えがありますねぇ?この字は、多分?いやまさか?目を滑らせ、本文の冒頭を見つめる。

 知ってるよ。私これ何か知ってる。っはー、いやいやいや、これだってどこにあったのよ、いや、とっくにドブに捨てたつもりでさ、え?誰?私の黒歴史ノート持ち込んできたの。まるで油が足りてないロボットみたいに立ち上がり、よろよろと門の方へ近づく。表札、表札みたいなのない?あ、あった。これだ。校章みたいなマークと、その下に。


 魔法学校 Monstrosity


 ほら。この、語彙力ない校名を見て。怒んねぇーのこれ在学生。間違いない。いやまさか。悪い冗談だ。夢だ。ここは多分このノートの世界線で、敵側の学校で、多分この近くにこのノートの主人公がいるPhoenix校もあって、そして、このノートは。なんて。まさか。馬鹿言うなって。慌てて最後のページを開く。ノートの裏表紙の裏側。その右下には、


 河中 楓


 と、ハッキリと。私がいつもノートに名前を書く場所。小学校の頃からずっとそうしてきた、名前を書く場所に、ハッキリと、汚ぇ見覚えのある癖字で、私の名前が!書いて!あるね!知ってた!これ私が小学校の頃に書いてた小説だよ!

 どうする?ここでずっと時を止めていようとも、どうすることも出来ないし。いやつうか、これどんな話だったっけ、そもそも。十云年前に書いた小説なんか覚えちゃいねぇよ。とにかくここにいちゃダメだった気がする。主人公の敵校って確か碌でもないつーか、なんか闇魔術的なあのよくある敵対組織感溢れる学校だったような気がするもの。Phoenix校に逃げるか?でもこの森を適当に歩いていくのか?地図ないのに?マ?

 手元にはこのノートしかない。持ち物なし。背後には激暗ツンドラ針葉樹林。眼前には黒魔術ラスボス城。うーん、埒あかねー!全方位詰みー!あでもその点とりあえず、このノート開いてる間は時間止まってるんだよね?

 OK、とりあえずこのノートから読み取れるだけ情報を読み取ることから始めよう。けして現実逃避なんかじゃない、計画的行動だ。いいね?私はその場で門の横に座り込み、ノートを捲って1ページ目から読み始めた。黒歴史と向き合うとかそれなんて拷問?って感じだけど、背に腹は代えられない。

 ノートには数ページにわたってPhoenix校の生徒3人、つまりこの物語の主役級3人が授業を受け、授業を終えて廊下を移動し、その途中にMonstrosity校の敵キャラ3人とエンカウントして、という様が綴られている。……うーん、見るに堪えない文章力!さておき、ノートは何ページか書き込まれたのちしばらく途切れて、白紙のページが続く。いや、なんかプロット立ってた気がしたし友達にこの後こうするんだ!って話はした気がするのにな。こんな少ししか書いてなかったんだ。

 ペラペラと白紙のページを捲っていくと、かなり最後の方にまた文字が現れた。なになに、ドラゴンが出てきとる。突然のドラゴン。ラスボスか?最後のオチだけ決めてたタイプか?プロットガバガバですね旦那。……あ?ていうか6人手ぇ組んでるよ。敵対してたんじゃなかったんか。まぁ、アレね、よくあるやつね。より強い敵が現れると手を組むんだよね。分かりみが深い。5万回見た。

 まだ後ろには数ページ残っているけど、ラスボスシーンも途中で止まってるな。しかも、途中から字が変わっている。あれ、ここ印刷……だよな。書き込まれた最後のページは、拙い字で数文書かれたあと、真ん中あたりに数文今の私の字が入る。そしてその後、何故か印刷したような綺麗な明朝体でまた数文続いているのだ。えーっと……


『「ちょっと、どこ行くの!?」


 突然ドラゴンと反対の方向へ走り出したヒースにサイネが声を上げる。


「対抗できるものがないんだ、あれを止められるものを召喚する!」


 叫びながらヒースは走り去ってしまった。』


 ここが最近の私の字にそっくりな部分だ。待って?サイネとかヒースとか誰だっけ。サイネは確かこれの主人公で……まいいや後でもっかい最初のページ見よ。そんでこの後しばらく続く残った5人の会話が印刷明朝字。思いきしドラゴンに火を吐かれて、セカモアがそれを被ったところで終わっている。絶体絶命だな。……でセカモアは誰だっけ。


「ほんとにろくすっぽ覚えてないなぁ……『炎がセカモアを包み、』……ここで止める、普通。」


 誰が聞いている訳でもないけど、指でなぞりながら最後の文字を読み上げる。はー、埒が明かないな、記憶がクソほどない。我ながら切なくなるほどの鳥頭。いいや最後手ぇ組むってんならMonstrosity校に拾ってもらおう。野営なんて無理だし。そう思って一度ノートを閉じた瞬間、


 一瞬、ほんの一瞬だけ視界がぐにゃりと歪んだ。


 ……何、今の。何事もなかったように、また風の音が耳に届く。私は座っていた状態からやっぱりノートを開く直前の体勢に戻っていて、場所も門から離れて最初の場所に移動していた。でも確かに、それだけじゃなくて、さっきと違って……なんか今景色が波打ったんだけど。またこのノート?恐る恐るもう一度ノートを開いて、最初から何か変わったところはないか点検していく。うーん時止めまくりだな私。にしてもこの無音は何度やっても、気持ちが悪い。

 一見何も変わっていないように見えたんだけど、最後の明朝体のところが少しだけ増えていた。火で倒れたセカモアに、ウィズが駆け寄るシーンが追加されてる。うーんセカモア、ウィズ、駄目だ名前が覚えられそうにない。これ、カタカナにしときゃカッコイイとか思ってたんでしょ当時の私、カタカナって覚えづらいんだよ、だから世界史落単ギリギリやったんやろがい私ぃ!

 というか、そっかー……このノート勝手に文字が増えるタイプかァ……。なんかそういう怖い話映画にあった気がする。もういいや、難しいことは衣食住を確保してから考えようそうしよう。だって文字が増えようが、私止め方知らないし。改めてノートを閉じて、ラスボス城……じゃなかったMonstrosity校に向き合う。うん、普通に怖い。だれもドラキュラの住処になんか行きたくない。ルイー〇マンションに見えてくる。向かい風もいい演出してくるし、ほんと……いやほん……これ学校なの……?デザインミスってるでしょかつての私……


「そこで先程から何をしているんです。」

「ンギャア!?」


 耳元で声がして、咄嗟にめちゃくちゃ酷い声をあげてしまった。なんなら十センチ跳ねた。振り返ったそこにいたのは、


「ロッt……」

「はい?」


 eンマ、じゃなくて、いやマジで絵に書いたような古き良き教育係みたいな小母様。あぶねぇ思わず口に出すところだったわ。あ、でも人の良さそうな笑顔だ。


「え、と何を、と言いますと。」


 挙動不審のお手本みたいにジリジリと小母様から距離を取っていく。ここでノートを開いて時を止めたところでノートを閉じたらここに戻って来ちゃうことはさっき学習したんだ。適当に誤魔化して、あわよくばこのドラキュラ城に入れてもらわないといけない。


「人が倒れていると彼から聞いたのです。それから、その倒れていた人が立ち上がったかと思えばぽかんと我が校の門を眺めている、とね。」


 小母様の指さす先を見れば、先程から煩く鳴いていた鴉がじっとこちらを見ている。ほぁーあの鴉、小母様の使い魔的な?ありがとうございますヲタクこういうの大好きですー!

 それにしても本当にノートを見ている間は時が止まっていたなら、鴉は私が立ち上がって、泥をはたいて、ノートを拾い上げて、そんでついさっき門と睨めっこしていた、っていう所しか見てないことになる。私がノートを開いたり閉じたり、そこらを走り回ったりしてる所は認知されてないって事ね。なるほど助かる。


「で、どうしたんです?我が校に何か用が?」

「えー……と。」


 もごもごと口ごもって目が泳ぐのが止められない。何?私どこポジでこの世界に来たの?これ下手な事言って大丈夫?答えに窮する私を見て、小母様の眉間にシワが撚った。ひぇ、教育係的迫力がめちゃくちゃ増すね。


「まさか、貴方Phoenix校の生徒じゃあないでしょうね?」

「違います!転校生、転校生の河中楓です!」


 Phoenix校の生徒はまずい、スパイかなんかと思われる。お互いの生徒が敷地はいるだけでフルボッコにされる的な感じだった覚えがある。実際さっき読んだ冒頭で主人公達6人ボコりあってたし。……ん?慌てて口走ったけど、いや、これ結構まずいことをいったのでは?転校生なんていなかったし、本名を思いきし名乗ってしまったし、おぉん?早速やらかし、あれ?小母様の顔が最初の笑顔に戻った。


「あぁ、聞いていますよ!カエデさん!」


 ……はい?


「長旅お疲れ様です。」


 行けた。行けちゃったよ。……え、これ、もしかして、私の作者権限的なもの発動出来る感じ?それとも、私は転校生ポジでここに連れてこられてるの?ははぁんなるほど、乙女ゲームかな?トラック転生ってやつ?


「一人で来たんですか?お荷物は?」

「あー、実は道中馬車が横転したので荷物と私は御者さんが連れていたグリフォンに乗ってきたんです。でも初めて乗ったから降りるのに失敗して半ば落ちるみたいになっちゃって。荷物その辺にありませんかね?」


 大博打。あることないこと、いや違うな、ないことないこと持ち前のよく回る口で並べ立てる。作者権限が働くなら、ワンチャン。いや、ドラゴンいるならグリフォンいるでしょ。いるよね?


「あら、引越し屋のグリフォンがお客様を落としていって何もせずに飛んでいってしまうなんて。クレームを入れておいたほうがいいですよ。」

「はは、安いところだったので。」


 ごめん、顔も知らない馬車の、恐らく私にグリフォン貸してくれたことに今この瞬間になった御者さんよ。でもマジで?これほんとに馬車横転してたりする?


「じゃあ明日あたりに馬車はつくかしら。荷物、全部持てた訳じゃないでしょう?」

「アッハイ。来る……来るんじゃないですかね。」


 多分。きっと。おそらく。来るんじゃないかなぁー?と心の中でつけ加えておく。小母様はきょろきょろと辺りを見渡した後、道の脇に転がっていたトランクを拾い上げ……転がっていたトランク?さっき私が鴉を見るべく走ったあたりだけど、私はトランクなんか見なかったぞ?


「これが貴方の?」

「っはい、はいそうっすね。」

「壊れては……なさそうね。良かったわ。」


 小母様からトランクを受け取り、とりあえず外装をくまなく確認する。名札、「KAEDE」発見。ありがとうございます私めのトランクでございます(初見)。


「どこかぶつけたりはしていない?痛いところは?」

「大丈夫です、そんなに高さなかったですし。」


 というか落ちてないですし。と思った瞬間、体の何ヶ所かが軽く痛み始めた。嘘だろ、落ちた設定がこうやって反映されていくのか!?


「でも服が汚れてしまっているわ。いらっしゃい、部屋に案内しますから。すぐにシャワーを浴びた方がいいわね。」

「ありがとうございます。」


 私のかつて通っていた高校もそうだったけど、大きい門ってパカッと両開く以外に普通の扉サイズの開ける場所がついてるよね。小母様がそこを開けてくれたので、トランクをもってえっちらおっちらついていく。小母様歩くの早いね、キャラ像の期待を裏切らないわ。


「そうだわ、名乗っていなかったわね。私はMonstrosity校の学生寮寮母のユーストマ。これから暫く宜しくね。」


 あぁ、寮母さんだったのか。なるほど教育係みたいな雰囲気で、それでいて素敵な笑顔だったわけだ。


「はい、お世話になります。」


 それにしても、ユーストマさんの足が向かっている先の……ラスボス城の隣の洋館。恐らくこれが寮、なんだけど。これは……なんていうか……999人の霊が住んでいる某ホーンテッ〇マンションってやつに見えるんだよね。私ここで寝泊まりするんか。そっか。そっかそっか……。野宿よりはいいよね。うん。屋根がある。おっけー。


「ここが我が校の寮です。貴方は、ええと学年」


 慌ててノートを開いた。ユーストマさんが石像のようにピタリと止まる。とりあえず先手を打たねばならない、ええと何処だ、主人公達の学年、学年……あった!最高学年!三年!三年が最高ってここ中学なんかな。高校なんかな。どっちにしろ成人女性にはきついものがあるけど高校の方が嬉しいな……。パタム、とノートを閉じる。


「はいくつ

「三年生です!」


 タイミングを誤って食い気味で叫んでしまった。案の定ちょっと驚いた顔をしたユーストマさんだけど、すぐににっこり笑ってくれる。


「そうだったわ。三年生で転校してくる子は珍しいのよ。よく編入試験を受ける気になったわね。」

「いやぁ、一年で正規で入れなかったんですよ。親元を離れる必要が出来たので、どうせならと思い切って編入試験を受けたんです。」


 知らんけど。編入試験ってなに。口ばっか達者なこともあって、ペラペラと返せてるけど……これ書いてあることと矛盾してたらどうなるんだろ。


「じゃあ念願叶って、なのね。」

「はい。1年もないですけどね。」

「いいじゃない、精一杯頑張るのよ。さて、と。三年の部屋は三階だから、荷物重いでしょうけれどちょっと頑張ってね。」


 なんかいい感じに今が何月か聞き出せるかなぁと思ったけど無理だった。無念。ユーストマさんと部屋の前で別れて、受け取った鍵を使って部屋に入る。とりあえず荷物を開けて中身をチェック。ふむ、ここの制服らしいシャツとズボン、あとローブがあるな。あとこれは寝巻きか?他の服は多分横転から復活した馬車が明日届けてくれる。はず。これは財布だな。見たことないお金入ってる。あとは……おぉ、杖も入ってる!すごい!魔法学校流石じゃないか、え、これ魔法使えんのかな?……いやなんか怖いから振り回さないようにしよ。

 一人部屋だって聞いたし……うん、シャワー浴びて制服に着替えっか。曰く今はみんな授業中で、私は明日から参加すればいいってことらしい。そろそろ昼休みだから、気が向いたらお昼を食堂でとって、午後の授業を覗いてくれば?ってユーストマさんが言ってたから、お言葉に甘えて例の三人を探してみよう。

 無事シャワーを浴び制服に着替える。それにしても私が最初から来てた服、めっちゃ現代のそれだけど浮きまくってない?平気?うん今後は着ないでおこう。着替えも終わり、部屋のカギと財布をポケットに突っ込んで、杖とノートを抱えて外に出る。杖は一応ね、なんか、使えるかもしれないしね。決してワクワクしてるから、とかではなくてね。

 ラスボス城に侵入すると、授業中と言ってただけあって、しんとしてる中に先生であろう声があちこちの部屋から聞こえてきた。……懐かしい感じがする。大学は常に講義のない生徒の話す声で溢れているから、この雰囲気は高校以来だな。当てもなく歩いているうちにチャイムが響いて、あちこちから生徒が出てきた。どうしたもんかなぁ、顔の特徴とかも全然覚えてないし……んあ?

 ぐい、と首元をなにかに引っ張られた。慌てて首に手をやったけど、特に何も無い。振り返った先には、同じようにこちらを驚いた様に見返してくる男の子がいた。そしてその男の子の手に、半透明っぽい、犬のリードみたいなのが見える。リードはこっちに向かって伸びて、伸びて、えーっと……私の首に、繋がってるみたいだ。触っても何も無いし、私の首は見えないんだけど。


「ヒース?どうしたの?」


 男の子の隣にいた生徒が彼の肩を叩く。ヒース!なんか召喚しに行ってた、あのヒース君!探していた子が見つかったことに喜びかけたけど、いやそれでもな。やはりな。


 なんで犬のリードなんだよ、なぁ?


 少年、恐らくヒース君。彼も手元のリードに心当たりは皆目無いらしい。自分の手元と私の首元を交互に見て、口を開けたり閉じたりしてる。池の鯉か君は。いやまぁ分かるよ、見覚えのねぇ奴の手網持ってるとか意味分からな過ぎるもん。池の鯉にもなるよね。でも口は閉じなさい。

 というか、これ私とヒース君にしか見えてないのかな……?誰も反応しないし、なんなら普通にリードぶち抜きで私達の間を通り抜ける人もいる。


「ねぇってば?」


 隣の少年がヒース君のローブをグイグイ引っ張る。多分彼も主人公組のうちの1人で、ちょっと先で立ち止まって不思議そうにこっちを見ている黒髪ロングの美丈夫がもう1人のメンバーだろうな。こう……キャラ立ちしてる空気感を持ってる。分かる?オーラ的なアレ。だいたいヒース君髪ピンクだし、隣の少年髪緑だし。周りの生徒は金髪と茶髪がほとんどだから、黒髪の子も目立つ。あ、私?焦げ茶やで。ちょっと目立つかも。まぁどうでもいっか。

 さてお互い石化してても話にならないから、とりあえずヒース君達の方に近づく。ありゃ、少し動いたらリードはフワッと消えてしまった。


「えーっと、ちょっといいですか?彼に話したいことがあるんですけど。」


 なるたけ控えめーに、ヒース君と隣の少年両方にお伺いをたててみる。ヒェ、少年めちゃくちゃ睨んでくるぅ……


「なに、ヒースに用って。追っかけ?にしては見ない顔だね。」

「ウィズ、やめろ。彼女は、その、知り合いだ。知り合い。少し話すだけだから。」


 ウィズと呼ばれた、番犬宜しくこっちにガルガルと威嚇してくる少年が顔を寄せてきたけど、ヒース君が肩を引いて止めてくれる。ありがと、美形に寄られると迫力あるんだよね。とはいえもちろん、彼とは初対面のはず。で多分向こうも私のこと知ってる訳じゃなくて、さっきのリードのことを話したいんだろう。気持ち顔が青ざめてるし、目が泳いでいる。嘘下手くそか。


「小鳥ちゃん達にちょっかい掛けに行かないの?」

「おいその話は人がいる所でするな……今日はプルメリアと二人で行ってろ。」

「はーい。今日のヒース変なのー。」


 小鳥ちゃん……ってもしかしなくてもきっとPhoenix校の事だろうな。もし私がノートの冒頭に転移したなら、授業の後は3人と3人のエンカウントのはずだし。不死鳥を小鳥ちゃん呼ばわりたァさすがヴィランサイド、煽りスキルが高い。それにしても外すごい風だったけどわざわざちょっかい掛けに行くんだろうか。かまちょか?ちらっと外を見たけど、風の音こそ窓で遮断されてあまり聞こえないものの、窓は控えめにガタガタ言ってるし木はグォングォン揺れてる。うん、森でも風の音すごかったもんね。


「プルメリア、行こ。」


 ウィズって呼ばれた少年は、先程から少し離れてこちらを見ていた美丈夫、多分名前はプルメリア、の方へ近づき、二人で向こうに歩いて行ってしまった。2人の視線がこちらから離れた瞬間、ヒース君に右腕を思いきし引かれ、痛、痛い痛いちょっと、


「ちょっと止ま、痛いんだけど!」


 声をかけてもヒース君は止まらない。ずんずん2人と、というか人の流れと反対の方に歩いていく。周りの人はだんだん少なくなり、廊下の突き当たりにつく頃には周囲に他の生徒はいなかった。途中廊下ですれ違った生徒達の話からするに今のチャイムで昼休みに入ったらしいから、みんな食堂にでも向かったんだろ。きっと食堂は向こうなんだね。

 私の腕を掴んだまま突き当たりのドアを開けて、ヒース君はずんずん部屋に入っていく。用具室みたいな所だ。いくつかの椅子や机、それから清掃道具と、棚には理科の実験用具っぽいやつ。ごった煮の、いかにも物置って印象。開いた窓が一つだけあって、風の音が煩い。あとちょっと寒い。ヒース君に引き摺られるように私が部屋に踏み入れたところで、やっと彼は手を離してくれた。


「痛いよ、何ほんともう……」

「すまない。ちょっとその、驚いて。」


 答えながらもテキパキバリケードみたく椅子と机と箒でドアを塞いでいく。おいおいおい、そんなに人を入れたくないんか。てか手慣れすぎてないかい?


「でもこんな話するなら、人のいない所の方がいいだろ。……心当たりは?」

「さっきのリードの?全然ないけど。」


 いやまぁ全然って言うと嘘だよね、多分このノートとか私が作者だとかその辺の話になるんじゃないかなぁ〜と思わないでもないしさ。でも説明する気もないし。


「リード、ってお前。」

「そもそもあれ何?知ってる?」

「知ってるも何も、使い魔と主人の間に出る反応だろ。ここの生徒の服装だが、お前人間じゃないのか?いつ俺の使い魔になったんだよ。」


 ……使い魔、とは?


「私普通に人間だし。何、使い魔って。」

「知らないのかよ、お前何年だ?」

「3年だけど、転校してきたから。授業は明日から。」


 さっき決めたんすけどね。心の中でぺろっと舌を出す。ヒース君は、所謂序盤敵キャラで戦ったあと仲間になるツンデレキャラムーブ全開で、鼻で笑ってきた。いいぞ、それっぽいぞ。


「使い魔も知らずにここに来たのかよ。」


 だってぇ……使い魔って……そんなん書いてあったっけなぁ。どうせヒース君も止まるんだし、ノート読み返すか。よいしょっと……えー使い魔使い魔……


「おい。」


 なにもう、今探してんだからほっといてよ。


「おい!」


 だから今、おん?え?ヒース君普通に話してる?窓から風の音はしない。時はちゃんと止まってる。でも、あれれ?ぎぎぎ、と音がするかってくらいゆっくり顔をあげると、驚いたような顔でこっちを見つめるヒース君と目が合った。Oh、f*ck!冗談きついぞ。チート機能しっかりしてくれよ!


「今日周りが止まったのは、全部お前がやったのか……?」


 ヒースが恐ろしいものを見る目でこちらを見てくる!あなたはどうする?


 たたかう

 ▽にげる

 せっとくする


 心のディスプレイに出た選択肢を思いきし連打する。まぁしたところでもちろん、ね。さっとドアに目を走らせる。うむ、さっきヒース君が組んだバリケード、あれ突破するのにどんくらいかかるんかな。というかさ、突破してもノートを閉じたら私も、多分ヒース君もここ戻ってくるんだろうなぁ……ってことは。に げ ら れ な い !


「えーっと、ヒース君は、その……さっきも止まってるところ、見たの?」


 仕方ないのでコマンドを「せっとくする」に揃えて言葉を選ぶ。美形怖いねん……美形が眉寄せるとそれだけで迫力凄まじいねん……


「見たもなにも!今日は授業中何度か周りの奴らが固まったんだ。今みたいに外の風も止まってな。皆止まっていたから……俺しか気がついてなかったみたいだが。」


 あー、私が森の中でパカパカしてた時かな。


「途中動いたり止まったりが繰り返された時はさすがに気でも狂ったのかと思った。」


 パカパカしてた時だね!ごめ!謝罪!


「で、お前がやったのかよ。」

「いや、私がって言うか。このノート開くと止まるんだよ。私もよく分からないんだけどね。」


 実際にまた開けたり閉じたりしてみせる。ヒース君は途中で閉じているときに窓に視線を合わせて、そのあとはしばらく窓の景色とにらめっこしていた。


「ね?」


 開けたまま1度止まって彼の顔を伺う。わぉ、でかいため息。


「なるほどな。そのノートはどうしたんだ。」

「ここに来た時には持ってた。」

「ここに来た時?」

「あー……なんていうか……」


 しまった、ろくな説明が出来ない。ここで異世界から来ましたーって結構やばい奴だし……なんて言えばいいんだ?言葉に詰まってたらヒース君がムッとした顔をして、懐から杖を取りだした。……杖?待って待って何する気ですか旦那。なにやら指揮棒のごとく空中に杖を細かく振って、何、文字書いてんの?なんか青い光でどんどん書き込まれてるし、ねぇ魔法はちょっとかんべ、


「『正直に言え。』それ、どこで手に入れた?」


 書き上げられた青い文字がこっちに飛んできた。当たっても痛くないけど、さっき爆散したと思ったリードが一瞬だけ見えた気が。あ?何今の。


「だから、ここに来た時には持ってたって言ったでしょ。気がついたら学校の前に倒れてて、このノートは足元に落ちてたの。その前のことは覚えてないよ。」

「学校の前に倒れていた?転校生なんじゃないのか。」

「違うよ、私多分ここの世界の人じゃないし。……あ?」


 なーんでこんなにペラペラ喋ってるんでしたっけ。いやまぁ、ある意味お約束的な、自明の理といいますか。ハイ。杖じゃろ?リードじゃろ?使い魔じゃろ?


「何、もしかして私ヒース君に隠し事出来ない仕様?」

「あぁ、らしいな。覚えちゃいないが、どうやら本当に俺の使い魔らしい。使い魔用の魔法が効く。」


 憎たらしい顔で、再び鼻で笑うヒース君。クソ野郎、1発顔面にかましてやりたい……私腕力ないから殴ってもダメージなさそうだけど。


「うわぁ、人権損害……」

「俺が好きでやってるわけじゃない。」

「いや今魔法かけたのはあんたの所業だろうが。」

「『3回回ってワン。』」

「あっくそ鬼畜外道!……ワン!」


 野郎、さっきと同じ文字を手早く書いてこっちに飛ばしてきた。マジで勝手に体がクルクル回り始めたので全てを諦める。なにこれぇ、勘弁してくれほんと。


「すまない、つい。」

「笑いながら謝んなよ。」


 くそったれ……でも、なんか最初の印象よりもフランクな奴だ。もっと話しにくいキャラを想定してたんだけど。いや、話の展開覚えてないから会った印象だけだけどね。


「で?」

「ん?」


 美形は笑顔も迫力あるなー。なんてぼんやりと思ってたんですが。


「この世界の人間じゃないって言うのはどういう事だ?」

「アッ……」


 思わず目逸らし。うぅ、視線がいてぇ……身バレが早いよ……なんとか誤魔化す方法とか、


「『教えろ。』」


 ないよねぇー!杖禁止!せこいぞお前!


「私が書いた小説の中なんですよここ!」

「は?」

「このノート、私が自分で書いたの!ずっと前に!」


 思ったことがそのままダダ漏れる仕様なのかな?やけ交じりのクソデカボイスが勝手に飛び出していくけど、これふつーに何言ってるか分かんねぇな。


「えー……と?」

「だよね分かんないよね。」


 どうせ嘘もつけないし、懇切丁寧にノートを見せながら起こったことをヒース君に伝える。もうね、彼を味方につけるしかないよ。ホントに。


「一通りは理解したが……納得いかないな。」

「だよね、」

「Phoenixの連中と手を組む未来があるなんて。」

「あっそこ?」


 本人は至って真剣に悩んでるけど、いや受け入れたくないポイントはそこかーい。しょうがないからもう一度最後のページを読んで貰おうかな、と捲ろうと……おや?


「だいたいその話に出てくる主役のPhoenixの連中ってランタナ達のことだろ、あんないけ好かない……」

「変わってるんだけど。」

「は?何が?」


 グダグダ文句を続けていたヒース君の前に、開いたノートを突きつける。ここ、ここだよ。文字が数か所印刷みたいになっている所がある。いや君は変わる前のページ見てないから分かんないかもしれないけどさ。


「この後、さっきまではヒース君達3人とPhoenix校の3人が会うシーンが書いてあったの。今見たら、ヒース君いなくなってる。」


『プルメリアが壁に向かって打った魔法を、青い閃光が弾いた。


「いつも校長室を壊しに来るけど、ほんと暇だね君達は。」


 目線をやれば、呆れ顔でランタナが杖を構えている。


「暇なんじゃなくて、これがお仕事なんだよなぁー。」


 ウィズがわざとらしくため息をつく横で、構うことなくプルメリアが再び魔法を放つ。慌ててランタナは再び杖を振った。


「ランタナ、早いよ君ホント。あ、何?もうおっぱじめてるわけ?」


 校舎の影からおさげ頭が顔を出す。慌てて後を追ってきたので、いつも閉めているセカモアの白衣の前がパタパタと風に揺れていた。


「ありゃ、今日リーダーはいないの?」


 彼女がわざとらしく首を傾げれば、ウィズがそれに応えてベッと舌を出す。


「小鳥ちゃん達には二人でじゅーぶんってこと。そっちだって首席は欠席じゃない。舐めたもんだね。」』


「ここ、いないの主役の女の子だけだったんだけど。あとから女の子も来て、ちゃんと6人揃う流れだったのに……」

「は?3人がメインだとは言っていたが、主役はサイネなのか?」

「あ、やっぱりこの子がサイネちゃん?……ってそこじゃなくて!内容が変わったの!」


 ヒース君はノートを受け取って前のページと内容が変わったページを見比べた。主役を聞いて不満げに寄っていた眉のシワがふと消え、代わりに目が少し見開かれる。


「なぁ、字が違うぞ。この手書きじゃないところが変わったところなんじゃないか?」


 ヒース君に言われてもう一度よくノートを見ると、確かに残っている手書きの文字は三人そろっていようといなかろうと使えそうなセリフだった。ヒース君がいないことに言及しているところは印刷文字……さっき増えた後ろと同じだ。


「俺がここに来たから変わったんだろうか。」

「うん、私がいなかったらヒース君はPhoenix校の方にいたはずだもんね。」

「なるほどな。」


 またひとつノートについて分かったけど、ぶっちゃけ私自身にとってはあんまりプラスにならない。あ、でも書いてあることと矛盾したこと言っても、ノートの方が合わせて変わってくれるってことなんかな。それは便利だな。


「それにしても、お前はどうすんだよ。」

「うーん、帰り方分かんないから、とりあえずここで生活するつもりだけど。」

「転校生として?」

「そそ。」

「使い魔なのに?」


 せやった。すっかりその話忘れてたわ。


「なんか困るの?」

「あー、あんまり離れるとまた引っ張られる感じがするかもしれないぐらいだと思うけどな。それにしても、お前普通に……」


 ヒース君は言葉を切って私の方を見た。え、何。


「お前、って言うのは無礼だったな。名前は?」


 ……うん、やっぱなんか印象と違う。もっとヴィランじゃなかったっけ。あいや、最後に味方になるんだったか。


「楓。」

「分かった。カエデは普通に人間なんだよな?」

「うん。」

「じゃあ普通使い魔なんかになりようがないんだよな……」


 うーん。まぁノートにない魔法については、ヒース君が知らないことを私が知ってるわけないんだよなぁ。確かヒース君達3人も、向こうの3人も、両方3年生の成績上位者じゃなかったっけ。確かノートにそんなことが書いてあった。……ん?待てよ。


「ねぇ、何処まで修正きくのかな?」

「は?」

「あ、いや待ってちょっと試してみるから。」


 立ち上がってバリケードの傍に箒を1本動かして、1度本を閉じる。と、私はノートを開けた場所に戻り、ヒース君の立ち位置も少し変わった。窓から風の音が聞こえて、部屋の寒さが再び肌につく。見れば動かした箒は動かす前の位置に戻っている。うん、止めているあいだ干渉できるのは今のところ私とヒース君の意識だけだな。それ以外は戻っちゃう、と。そのままヒース君と目を合わせて、矢継ぎ早に質問を浴びせる。


「ヒース君は2年生の時にここに転校してきただよね。」

「いや、1年の時からいるぞ。」

「今日の食堂のメニューはカレーライス。」

「あぁ、確かそうだ。」

「入学試験は筆記試験だけなんでしょ。」

「いや、魔力も測った。」

「……編入試験は魔力測定だけ。」

「らしいな。」


 とりあえずノートを開いて再び時間を止める。ヒース君が不思議そうにこちらを見てる目線は感じるけど、ちょっと待って。軽く手を上げて今のやり取りを反芻する。うーん。


「多分、だけど。君達主役達が経験したことは過去に戻りでもしない限りこれ通りで……テコでも変わんないだろうね。でも主役達じゃなければワンチャン……?」

「どういう事だ?」

「いや、だって今誰か食堂にいるはずだし、食堂の人はもう前から調理してるはずでしょ。なのに今私が適当にいったメニューが反映されたし。」

「適当に言ったのか?」

「少なくとも過去の私が魔法学校のメニューにカレーライスをチョイスするとは思えん。」


 分かんないかな、カレーライスはあんまり魔法学校に似合わないんだよ。感覚だよ少年。ふむ……これ時間遡れたりしたらもうちょい色々出来そうだけど。とりあえず活字に変わった先のまだ手書きのところと、この先の白紙ゾーンは好きにしていいんだろう。あと多分オチの行動もこれに沿わなくても勝手に変わるはず。


「とりあえず君達が経験してなきゃ平気なんじゃない?みんながやった入学試験はダメでも、過去に私が経験したことになってる編入試験は私が言った通りになったし。」

「ちなみにお前魔力なんだったんだ?」

「え、知らないよ測ってないもん。というか……覚えてないというか?」

「それもそうか。……待てよ、じゃあそれも思い通りになるんじゃないか?」


 ヒース君と顔を見合わせる。確かに私まだ魔法1回も使ってないしな。抱えていた杖を見て、もっかいヒース君の方を見る。ノートを開く。時が動き出す。


「ヒース君、ここの世界の最高レベルってどんくらい?」

「……魔力量のランクはDからAまで。 A以上で測定不可が出ると総じてS。カエデ、お前の魔力量は?」

「……Sでした。」


 知らんけど。でも彼の質問意図は分かったから、素直に最高ランクを答える。ヒース君はちょっと考え込みノートを閉じるよう言った後、窓の近くによって外に向かって杖を構えた。


「今から俺がすること、後で真似してくれ。いいか、紋を書かずに杖を振れば単純に魔力が飛ぶんだ。まぁ魔法を弾くことも出来るし攻撃にもなったりするんだがそれは今はいい。力加減なんて考えなくていいから、思い切り杖に力を込めるつもりで、あの木あたりを狙って……」


 ブン、と振られた杖からは何も出てこない。ありゃ?ヒース君も不思議そうに自分の杖を見る。


「もしかして時間止めてるから?」

「だがさっきはカエデに魔法をかけられたぞ。」

「うーん、私も動いてるからじゃない?とりあえず閉じてみるからもっかいやって。」


 ノートを閉じればまた音が溢れる。立ち位置が戻ってしまったので、ヒース君が改めて窓枠に近づく。もう一度彼が杖を振ると、青い閃光が窓から木に向かって飛び出し、そして見えなくなった。


「俺はAだが、Aあっても、この距離じゃあの木にはギリギリ当たらない。カエデのランクは?」

「えすです……」

「なら当たるかもな。ほら。」


 無茶振りがひでぇ。大体さぁ、丸投げだけどさぁ、何その杖に力を込めるって……チベットスナギツネみたいな顔になっちゃうんだが。まぁ私はSランクなので(やけくそ)あの気を丸焦げにすることくらい出来ちゃいますよィェーィ。厨二心を総動員して杖を構え、力を……込め……物理的に強く握るくらいしか出来ね……ホラこう流れ込む感じでしょ多分……


 お?


 適当にイメージでやろうとしたら、なんか、すごく変な感じがした。なんか体の中を手に向かって水が流れていくみたいな、まぁそんな経験はないんだけども、例えるならそんな感覚が。ええいままよ。おりゃっ。

 流れが止まった瞬間思い切り杖を振れば、少し反動でよろける。杖から飛んだ光がヒース君のやつとおんなじコースを飛んでいき、そして木の左側あたりを掠めて見えなくなった……掠めて?二人で窓に駆け寄る。先程まで至って普通の木だったはずの、左側の枝葉の、真ん中辺りが円型に抉られたそれを見つめて、2人で顔を見合わせて、もう一回木を見つめる。えー……と。


 え?


「当たった、な。」

「うん、なんか抉れてんね。」


 2人で顔を見合わせて、そっと窓を閉めた。そのまま部屋の中に戻る。何か見ました?いえいえ何も?みたいな顔をして、それぞれその辺にあった椅子に座り……ヒース君は頭を抱え、私はそっとノートを開いた。


「聞いてないぞ、あんなになるなんて。」

「それ私のセリフ。」

「いやSにも幅があるんだ。俺の見た事があるSじゃなかった。木にあたるどころか通過しちゃったじゃないか。」


 さすが測定不能。今更っちゃ今更だけども、もしかするとギリギリS、とか言った方が良かったんかな。いやー、あれ後で管理者的な人とかに怒られんのかな。ばれないよな。バレないバレない。


「カエデ。」

「ん?」

「気をつけろよ、上手く使いこなさないとお前が怪我するぞ。」


 声に顔を上げると、ヒース君が真剣にこっちを見てた。さっきリード見た時の比じゃないくらい顔が青い。


「さっき俺が紋を描いている所は見ただろ?正しく紋を覚えないと魔力がその場で爆発したりするんだ……つまり、さっきの青い光みたいなものが手元で、塊で弾けるんだよ。」

「え、じゃあ魔力あり過ぎても危ないの?」

「加減を覚えれば大丈夫だ。だからまぁ、授業に出るようになって加減を覚えれるまでは、講師たちの指示以外に魔法は使わない方がいい。」

「そっか。分かった。」


 出来心でSなんかになるんじゃなかったなぁ。そっと杖をローブの大きな内ポケットに入れて、またノートをペラペラ捲る。


「予想以上だったが……でも、やっぱりカエデ自身のことはかなり思い通りになりそうだってことは分かったな。」


 ヒース君の言葉に頷いた。私の魔力は確かにノートに書かれてないし、魔法を使っているところを誰かに見られたわけでもなかった。うーんこのノート……さっきの変えられたことと変えられなかったことを考えると、微妙に納得出来るような出来ないような。いまいち法則がつかめない。


「ヒース君たちの過去なんてノートには言及されてないしなぁーなんで変えられないんだろ。」

「人の過去を弄らないでくれよ。」

「それもそうね。」


 私が書いたとはいえ今ここでヒース君達は好きに動いて生きてるわけだし。彼らの過去を変えられないのは当たり前っちゃ当たり前……でもその過去はどっから来てるんだろ。昔の私?の頭の中?


「なぁ、仮定ではあるんだが。昔のカエデが書きながら想定していたことは、書いてあることと同じ扱いなんじゃないか?こっちが矛盾する行動を取らない限り変わらないんだろ。」

「あー、なるほどね。それは確かにあるかもしれない。昔の私が考えていない事なら結構思い通りかもね……」


 まぁ今のところ食堂のメニューを好みの料理にすることくらいしか思いつかないけど。


「改めて聞くが、カエデはこの学校でしばらく過ごすんだよな?」

「うん、帰りたいは帰りたいんだけど……あ、ヒース君、使い魔解消出来たりしないの?」


 ワンチャン使い魔解消するだけで帰れたりしないかな。期待を込めて手を叩けば、ヒース君はちょっと困ったような顔をした。


「俺がカエデを使い魔にした理由が分かれば出来る。こういう目的を達成した、お前を自由にする、と宣言すれば解消されるはずなんだ……覚えてないんだが。」

「うん、私も覚えてない。」


 手詰まり!解散!


「やはりそのノートについてもう少し解明した方がいいと思う。」

「うーん……そうなるよね。」

「思い出したらお互いすぐに言おう。」


 とりあえずヒース君が良い人でよかった。……3回まわってワンの恨みは深いけど。なんか、思えば「Phoenix校の生徒からみたらクソ嫌な奴」だったけどどう何が悪いかは書いてないし、最後は手を組んでるし、悪い人々って訳じゃない、とか?だった気もしてきた。あれ、なんでこの2校ってこんなに揉めてるんだっけ。そんで最後はなんで……


「あ、そうだ。」


 思わず呟くと、ヒース君がこっちを不思議そうに見てくる。いや、すっかり忘れてたけど、このまま突っ走っていけばドラゴン出てきて誰それが燃やされるんだったよね確か。


「ヒース君が協力してくれるなら、ノートのルールを見つけるのと同時にこのドラゴンエンド回避出来るかも。」

「え?」

「さっきノートの最後見せたでしょ。私がドラゴンが出てきた理由を思い出せば、ドラゴンが出てこないように出来るかもしれないよ。もっと平和なエンドを探そ。」


 もう一度ノートの後ろの方を開いて彼に渡す。ヒース君はしばらくノートを読んでいたけど、ひとつ頷いて私にノートを返した。


「そうだな、俺も助かる。手伝うよ。」

「ありがとう。」

「カエデはこの世界を作ったんだろ。なら俺の恩人に当たるってだけだ。カエデの頼みは出来る限り聞こう。」


 これで当面の動き方が決まった。帰れないのに漠然とドラゴン戦まで待ってたら下手すると私もヒース君も丸焦げだ。使い魔契約の解消と帰る方法を探しつつ、ドラゴンのことを思い出す必要がある。

 と、ほぼ同時に私とヒース君のお腹がきゅうと音を立てた。そういやお昼ご飯!あでも、ほとんどノートを開いていたからまだ昼休みがありそうだ。


「ヒース君、食堂連れてってよ。」

「ああ……カエデはここのお金持ってるのか?」

「うん、財布カバンに入ってた。」


 食堂に行くべくノートをパタン、と閉じれば、ノートを開く前の体勢……つまりヒース君が再び頭を抱えたものだから、2人して声上げて笑ってしまった。

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