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The Book of Ctum 〜コアンタム・ドグマ〜  作者: 抹茶ラーメン
第一章
4/11

東の戦地にて

大鷲の描かれた大地に突き刺さっている旗が風で揺らめきながら燃え上がっている。


焦土と化した大地で兵士たちが入り乱れて交戦していた。

剣と剣がぶつかりあう金属音と兵士たちの怒号が戦地を駆け回っている。


焼け焦げた大地を埋め尽くすようにして戦うのはメイン大陸を二分する勢力であるアヴェルダ大公国とブルートー共和国の兵士たちだ。

両国は互いの領土を奪い合いながら50年以上も戦争を続けていた。


荒原の彼方から無数のアヴェルダ兵が長い刀身が取付けられた特異な形の銃剣を持ちながら攻め上がってきている。彼らは大地の中心でブルートー兵と衝突すると白兵戦を繰り広げていた。


燃え上がった城を背後にするブルートー軍はせり上がった台地の上に陣を構え、幾何学模様の入ったマントを着た奏者たちが平地で戦闘を繰り広げるアヴェルダ軍の兵士たちに隷術で作られた矢を放出していた。


ブルートー兵に向かって剣を振りかざすアヴェルダ兵の脇腹に隷術の矢が直撃する。煌々と光る隷術の矢は鈍い音と共にアヴェルダ兵士の肉を引き裂いていた。


致命傷を受けた兵士が地面に突っ伏すと傷口からは燻んだ赤色の血が流れ出ていく。


倒れた兵の後ろからは進軍の勢いを止めない他の散兵たちが銃剣を持って台地へと突き進んでいた。


大地を駆け抜ける後方の散兵たちにも隷術の矢は降り注いでいたが人間離れした動きで攻撃を避けるアヴェルダ兵。立ちはだかるブルートー兵を叩き斬りながら進んでいく。


平地で奏者からの攻撃を受けるアヴェルダ兵前線を援護するべく、後方の兵士たちが銃剣を構えた。


一メートルを超える長さに肉厚で幅広い刀身を持ち、その刃の中から銃身の一部が剥き出しになっている。白銀に煌めく長い刀身と銃身の軽量化の為に剣の腹の部分には幅の広い樋が彫られていた。


「撃ち方始め。」


銃兵を指揮する中隊長が台地を指さすと銃兵たちが一斉に引き金を引いた。大量の白色に光る弾丸が直線軌道を描きながら台地に立つ奏者たちに降り注ぐ。


何人かの奏者は引き金が引かれる前に弾丸の軌道を変える隷術の詠唱を行なっていたが、多くの奏者は対応が間に合わずに銃弾が貫通していく。


「グリフォン騎兵、かかれ。」


後方から騎乗して戦況を見ていたアヴェルダ軍の軍団長が右翼と左翼上空に展開していたグリフォン騎兵に号令を下した。銃兵の攻撃で隊が乱れているブルートー軍に対してグリフォンに乗った騎兵たちが急降下する。


攻防一体の為に二人一組で組成されていた奏者の組に対して攻撃を加える事で攻めの中心である奏者を錯乱させていた。ブルートー兵は台地に降り立ったグリフォン騎兵に注意を削がれ、平地を突進する歩兵から目を離してしまう。


「台地の上に登って奏者どもを蹴散らせ!」


軍団長の指示に大きな怒号で返答した前線のアヴェルダ兵は銃剣を振りかざして前進を開始した。兵士たちは目の前のブルートー兵士達を斬り伏せると台地の傾斜に足をかける。


ツーマンセルとなって攻防を分けて戦っている奏者は敵陣後方からの大量の弾幕を回避しながら片方の奏者が迫り来るアヴェルダ兵を見下ろして攻撃を仕掛けていた。


動きの制限された斜面をよじ登るアヴェルダ兵は台地の上にいるブルートーの槍兵と奏者の攻撃の格好の的となる。槍や矢によって攻撃されたアヴェルダ兵は平地へと転がり落ちていった。


「うぅおおお。」


人一倍大きな雄叫びを上げてアッシュグレーの髪の若者が茶褐色の傾斜を駆け上っていく。右手に持った剣で上段から刺突してきた槍を払い除けると、傾斜をさらに踏み込んで大きく跳躍した。


「英雄の登場だぞっと。」


奏者の頭上に降り立った男は奏者の顔面を地面に叩きつけながらしゃがみ込むような体勢で着地していた。うっすらとウェーブのかかったやや短めの髪をかき上げる。


台地の上という比較的有利な地形を押さえていたブルートー軍は突如舞い降りた敵兵に戸惑いの色を見せる。


「何してる、かかれー!」


台地の上で指揮をしていたマントを羽織った部隊長は自軍の優位性を守るべく、周りの兵士たちに攻撃の命令を下した。奏者は近接戦闘を苦手とする為に距離を保った状態で戦闘を継続する必要があった。


地面に叩きつけた奏者の相方を剣で斬りつけると同時に部隊長の指示を受けたブルートーの槍兵たちが男をすぐに取り囲んだ。


「おいおい、英雄に対してこの人数はあんまりじゃないか。」


男は自分を取り巻く兵士を見回すと肩を竦める。


「ーーー俺を倒すなら千人は兵士連れてきてくれないと。」


重心を下げた男は一気に加速して槍の穂先の間をすり抜けるようにして進んでいく。

そして前方の兵に接近すると右手に持つ剣を振り上げて鎧ごと相手兵士の肉を切り裂いた。


男は振り上げた腕の勢いを利用して体を旋回させ、隣の槍兵に強烈な回し蹴りをくらわせた。


斬りつけた兵士の持っていた槍を拾い上げると自身の後方にいる槍兵に向けて力一杯投擲する。柄が少し振動ながら高速で直進する槍は兵士の胸元にプレートアーマーを貫通して突き刺さった。


卓越した戦闘技術に怯んだ兵士の動きを見逃さず、男は前方に立っている多数の兵士を剣で斬り伏せながらその後方で指示を出していた部隊長へと猛進していった。


「支配の代償、闇夜に光る栄光の牙旗。今ここにその強欲の限りを以って讐敵を貫く刃を持て。殲空の羽ばたき。」


部隊長は手を男に翳しながらもう片方の手で持っている杖を上空へ掲げる。


詠唱が進むにつれて部隊長の背後に白く光る複数の隷術の矢が出現した。徐々に増える白い矢は部隊長の羽織るマントを照らしていく。


詠唱が完了すると同時に部隊長を取り巻いていた矢が男に向けて解き放たれた。


「俺を倒すにはまだまだ戦力が足りねえって言っただろ。」


剣を上段に構えたまま疾走している男の剣がばちばちと音を立てながら放電を始める。男は言葉を言い放つと同時に迫り来る隷術の矢を振り下ろした剣とその電撃で撃ち落としていた。


地面に複数の穿孔が生まれ、そこから黒みがかかった煙が立ち上る。


部隊長の胸には鈍い痛みと同時に男の剣が突き刺さっていた。男の手に部隊長の血が伝わり落ち、両手に嵌めている白い手袋を赤く染めた。


「くっ、お前はホルストの生き残りかーーーアヴェルダの犬め。」


部隊長が口から血を吐きながら目の前にいる男に言い捨てた。男が剣を引き抜くと傷口から勢いよく血が吹き出し、部隊長は直立する力を失ってその場に倒れこんだ。


「ーーーアヴェルダの犬なんかじゃねえよ。」


絶命した部隊長を見下ろしながら男が呟いた。


「シャザール、後ろ囲まれてるわよ。気をつけて。」


シャザールと男の名前を呼びながら鎧に身を包んだ女が駆け寄ってくる。シャザールに奇襲を仕掛けようと後方で息を潜めて待機していた兵士が女の声に気が付いて振り返った。


「ふっ。」


女は短く息を吐いて剣を振り下ろすと、自分の前方で構える敵兵を難なく叩き斬っていた。


急いで近づいてきたからか、女はシャザールの前に到着すると上下に肩を揺らしながら息を整えた。息を弾ませるのに合わせて後ろで束ねた真紅の髪が左右に振り動いている。


「エウフェミアか、こんな敵じゃ俺の相手になるわけないだろ。」


退屈そうな表情でシャザールがエウフェミアに向き直って答える。切れ長の碧眼には心配の色合いが帯びていたが、シャザールが怪我を負っていないことを確認するとエウフェミアは安心したように声を漏らす。


「そう、良かったーーーでも、あなたってすぐに危ない橋を渡ろうとするから注意して見ておかないと。今回も隊列関係なく突っ込んでたでしょ。」


エウフェミアは腰に手を当てて眉をへの字に曲げる。


「貴族のくせに上級士官からじゃなく兵卒から軍に入ってるような変人に言われたくねえよ。」


シャザールは眉根を寄せるエウフェミアに対して不服そうに反論した。


「ここも大方片付いたし、俺らも本隊に戻るとしますか。」


シャザールは周囲を見渡してアヴェルダ軍が大きく戦況を支配している事を確認する。

部隊長を倒した事で指揮命令系統が混乱している事もその理由だが、台地に登ったアヴェルダ兵が有利な距離感で奏者と戦っている事が大きかった。


シャザールに続いたアヴェルダ軍兵士は銃弾で奏者の攻撃を牽制しながら接近して剣でトドメを刺していた。


既に台地はアヴェルダ軍によって制圧されているようだ。

台地の上には多くのブルートー軍兵士の亡骸が横たわっているのが見て取れる。


ーーーグゥオオゥ


本隊に合流しようと歩を進めた直後、ブルートー軍の後衛の位置から低く響いた魔獣の唸り声が木霊した。


『異界の者だ!』


この世に存在することのない啼き声を聞き、戦地にいるアヴェルダ軍の兵士たちに恐怖の色が灯り始めた。


敵陣の奥からズシンと地面を踏み鳴らす音が聞こえる。振動によって台地の傾斜から赤い土が転がり落ちていった。


一歩、二歩と魔獣が歩みを進めるたびに振動が大きくなり、シャザールたちに近づいて来ている事が分かる。


まず真っ赤な角が斜面から姿を現した。続いて角と同じ緋色の目を持つ巨大な頭部が台地の合間から顔を出す。


アヴェルダ軍を見下ろす異界の者はその巨大な4本足で地面を震わせながらゆったりとした足取りで前線へと近づいてきていた。


「グゥウオオオ。」


地面を揺るがすような大声で咆哮を発した黒牛は熱を帯びた2本の角を振り回して台地の上にいるアヴェルダ軍兵士を突き飛ばす。


地面へ吹き飛ばされた兵士は恐怖に支配された面持ちで魔獣を見上げる。黒牛の筋骨隆々の体は本来よりも巨大な体躯であると錯覚させるほどだった。体の節々から真っ黒な煙が不気味に立ち上っている。


「おい、ジャイバ。お前らの出番だ。魔獣の進行を止めろ。」


今回の戦場の指揮官である軍団長が武装の乏しい兵士たちに目を向けて命令した。

ジャイバ、古代言語で弦という意味を表すこの言葉はホルストの民は楽器本体ではなく張り替えられる存在であると暗喩した蔑称であった。


シャザールは剣を握る力を無意識に強めていた。


「ーーーお前は先に本隊に退避してろ。異界の者を倒せばこの戦闘は終わりだ。」

「あっ、ちょっと。」


剣を仕舞ったシャザールは後ろにいるエウフェミアに顔を向けることなく告げる。エウフェミアは何か言いたげに言葉を投げかけたがシャザールはその声を振り切って坂を滑走していく。


「もう。」


頰を膨らませたエウフェミアはシャザールを追いかけるようにして斜面を滑り降りていった。


「当然私も戦うわ。」

「勝手にしろ。怪我しても知らねえぞ。」


シャザールは少し呆れた口調で口を開くと赤土色の地面を蹴り上げて魔獣の方向へと勢いよく駆け出していく。


巨大な牛の魔物は自分を取り囲むアヴェルダ軍の兵士を真っ赤に燃え上がる角で吹き飛ばしていた。飛ばされた兵士たちは台地の斜面や平地に体を強く打ち付けて蹲っている。


魔獣の足元にいる兵士が恐怖に慄きながら銃剣の引き金を引いた。白色の銃弾は分厚い皮膚に接近するとふっとその存在を消してしまった。


「何してるんだ、異界の者には魔弾は効かないぞ。」


魔獣を取り囲んでいた軽装の兵士の一人が忠告する。


青色の光を迸らせながら軽装の兵士は剣を振り上げた。剣の切っ先から生じた風は巨大な牛に近づくにつれてその勢いを増していく。魔獣の肩口に直撃した風の刃は大きな裂傷をつけた。


巨大な牛の魔物は煙の立ち上る鼻息を吐きながら攻撃してきたジャイバに目を向けると強靭な前足を振り回した。


台地の斜面に背中を強打した男は前のめりになりながら地面に倒れ込んだ。魔獣は動けなくなった兵士をその巨大な足で踏みつける。苦痛な叫びと瑞々しい音と共に地面に鮮血が撒き散った。


「うわぁあ。」


先陣を切った者たちの様子を見守っていた兵士が恐怖の入り混じった声で特攻を仕掛ける。


しかし力無く突き刺された剣は牛の足に小さな傷をつけるだけだった。


兵士に気が付いた魔獣は高温に燃え滾った角で兵士を押さえつける。角で地面に挟まれて身動きが取れない兵士は文字通り燃えるような熱さに悶え苦しみ叫声を上げた。


その後方で武装の乏しい少年兵が凍り付いたように剣を強く握り締めて足をすくませていた。強大な力に圧倒されるように少年は震えながらその様子を見ている。


少年の周囲にいたはずの兵士は全て魔獣に倒されており、近くで頼りになる戦力は皆無だった。


「大砲の準備はまだか?」


想像以上の強さに慌てた指揮官が砲兵に準備を急がせる。


強大な異界の者に対抗する為には基本的に弩砲や大砲を用いて弱らせた後に剣や槍で攻撃するしか手段がない。今回は奏者との戦闘が中心だったため、後方の砲兵達は大砲の準備に手間取っているようだった。


唯一生き残っている少年に標的を絞った魔獣はその巨体で地面を震わせながら忍びよるように近づいていく。


「いやだ、来るな。」


背中が土の壁にぶつかり、少年はこれ以上後ずさりする事は出来ない事を認識する。剣を両手で握りしめる少年はかぶりを振りながら魔獣に懇願するように呟いた。


「隊長さんよぉ、俺がいる限り飛び道具なんて必要ねえからな。」


巨大な闘牛に向かって猛進するシャザールは右手に構えた剣に帯電を開始する。その声を聞いて魔獣がシャザールの方へと顔を向けた。


「ブラーム、剣を置いてしゃがめ。」


魔獣に追い詰められている少年に一瞥を向けて指示を出す。シャザールの剣から空気を弾くような音が聞こえ、その周りを青白い光を出しながら電気が走った。


「これでも喰らっとけ。」


飛び上がったシャザールは振り下ろした剣先から黒牛に向けて稲妻を繰り出した。その巨大な角に導かれるように進んでいった電撃は激しい発光を伴いながら魔獣の体を駆け巡っていく。


強烈な電撃を一身に受けた魔獣はこうべを垂れるように膝をついた。


「ブラーム、こっちへ来い。」


倒れ込んだ魔獣の目の前にいるブラームを手招きする。ブラームはまだ恐怖に支配された表情のまま指示に従ってシャザールのもとへと駆け出していった。


シャザールの後ろには剣を額に掲げてエウフェミアが祈りを捧げている。

祈りに呼応するようにエウフェミアの周りには白色の光体が取り巻くようにして螺旋を描いていた。


漂っていた光体が引き込まれるようにエウフェミアの体の中に入っていく。

光体の全てを体の中に収めたエウフェミアは目を見開くと同時に力強く大地を蹴り上げた。後方に大きな砂埃を立ち上げて魔獣のもとへと飛び出す。


剛気、大気中に漂うエネルギーである浮光体を身体に取り込むことで一時的に身体能力を飛躍的に向上させる術だ。アヴェルダ軍は隷術を扱う奏者が少ない代わりに剛気を扱う兵士を多く抱えていた。


特にエウフェミアは浮光体を取り入れる技能に優れ、他のアヴェルダ兵よりも高い身体能力を発揮する事が出来た。


数十メートルはあった距離を一瞬にして縮め、エウフェミアは魔獣へと肉薄していた。


甲高い金属音とすぐに鈍い音が大地に広がる。

魔獣の前方で跳躍したエウフェミアは剣を振り上げて魔獣の角を破壊し、落下中に回転しながら横薙ぎに放った剣撃で魔獣の肉を切り裂いていた。


「ギィィアァ。」


痛烈な一撃を受けて体を横倒しにしながら魔獣は地面でのたうち回った。その動きに合わせて周囲の地面も大きく揺れ動く。


「これでおしまいだ。」


宙高く飛び上がったシャザールは頭部に着地すると同時に牛の耳元へと剣を突き立てた。力強く差し込まれた剣は牛の頭蓋を貫通する。


シャザールの持つ剣の柄から間髪入れずに強烈な電撃が放たれる。その電撃は巨大な魔獣の体を巡回し、体の隅々の組織を破壊していった。


鼻や目から血と煙を流しながら魔獣はピクリとも動かなくなった。魔獣が絶命したことを見届けたシャザールは乗っていた牛の頭部から飛び降りる。


「また勝手に攻撃開始して。」

「はっ、俺の攻撃に着いて来れないお前が悪い。」


勝手に行動を開始したシャザールに対してエウフェミアが不服そうに告げるとシャザールは鼻で笑いながら言い返した。


「シャザールさん、エウフェミアさん。怪我はないですか?」


魔獣を倒した事を見届けると両者の後ろに退避していたブラームが心配そうに駆け寄った。


「俺はバルザック将軍に続く英雄になる男だからな。あんな敵張り合いもないぜ。」


シャザールは自己陶酔に浸りながら髪をかき上げている。


「戦いのセンスはあるんだからもう少し隊の連携について理解してくれないとね。」


酔いしれるシャザールの後方でエウフェミアが呆れたように呟いた。


「よし、良くやったぞ。ジャイバ。」


戦況を見つめていたスキンヘッドの兵士が乱暴にシャザールの肩へと腕を回して賞賛を口にする。異界の物の討伐で戦闘が終結したアヴェルダ兵は徐々にシャザールの所に集まり始めた。


「それに比べてこのひよっこのジャイバは。」


スキンヘッドの男の隣にいる鼻の下に髭を蓄えた男がブラームの肩を突っぱねる。ブラームは体勢を崩して尻餅をついた。


「やめろよ、てめえ。お前が次に黒焦げになりたくないならな。」


シャザールは突き飛ばした髭の男の手を掴んで睨みを利かせた。


「まあまあシャザールさん。僕は大丈夫なんで。」


険悪な雰囲気を察知したブラームはすぐに立ち上がるとシャザールの顔を覗き込むようにして仲裁を図る。


「けっ、てめーらは戦いにしか能が無いんだから戦闘に参加させて貰えてるだけで感謝しろよ。」


髭の男は吐き捨てるように言葉を述べるとシャザールとブラームの両名を睨みつけながら踵を返した。


「二人とも本陣に戻りましょう。」


喧騒が去った後も気まずい空気である事を察してか、エウフェミアが二人の背中を押しながら本陣への帰還を提案する。シャザールは何た言いたげな表情だったが促されるようにして本陣へと進んでいった。




東の最前線であるベリオールの地で勝利を収めた事でアヴェルダ軍は大いに湧いた。

嘗てベリオールはアヴェルダ領であったが、10年前の戦争で大敗を期すとブルートー軍は雪崩れ込むようにしてベリオールの地を支配下に収めていた。


次の作戦でさらにブルートー領へ侵略する事に息巻いていたシャザールであったが、指揮官である軍団長が周囲の戦況を鑑みて前線を固める方針を下したため、人目も憚らず不満を漏らしていた。


一時ブルートー陣地への侵略は見合わせる事になったものの、アヴェルダ軍は本日の歴史的な勝利を祝うために大規模な宴を開いていた。


何人かのアヴェルダ軍兵士からは煙たがられていたが、魔獣の討伐の功労者としてシャザールは祭り上げられていた。仲良くなった兵士と一緒に騒ぎながら酒を飲んでいる。


「あっ、ちょっと悪ぃ。」


シャザールは宴の端にいるブラームを見つけると近くにいる兵士に盃を押し付けてブラームの元へと歩みを進めた。


シャザールが近づく足音に気がついたブラームは伏せていた顔を上げる。


「ーーーやっぱお前はホルストに帰った方が良い。」


下を向いて落ち込んでいたブラームに塾考した上で自分の意見を述べた。ホルストが併合された後にホルストの男たちの大部分は替えのきく駒として戦場に駆り出されており、それはブラームも例外ではなかった。


形式上は併合という形で統一されたホルストだったが、今では主権を失ってアヴェルダに戦士を供給する為の属国となっていた。


「僕も戦います。シャザールさんのように強くはないけど。ホルストの主権を取り戻す為にも。」


ブラームは顔を赤くして立ち上がるとシャザールの忠告に必死に食い下がった。


「お前はそもそも侵略するような戦いには向いてない。ホルストにも守るべき人たちは沢山いるだろ。お前はそういう人たちを守れる盾になってくれ。俺がホルストの地位を取り戻す剣となるから。」


シャザールはブラームの肩に手を置いて諭すように告げる。


「この世には何かを奪う手と守る手がある。俺はもう戦場で沢山の命を奪ってきた。でもお前は違うだろ。」

「だけどーーー」


自分も戦える、そう告げようとしたブラームであったが顔を上げた先のシャザールの意思の強い目を見ると伝えるべき言葉が喉から出てこなかった。


「お前は俺のようにならなくてもいい。頼んだぞ。」


シャザールは両手でブラームの肩をしっかりと掴むと目を合わせた。


「ーーーごめんなさい。どうして僕はシャザールさんの様に戦えないんだろう。」


止めようとしても零れ落ちてしまう涙を必死に拭いながらブラームは答えた。


自分はシャザールのように戦えない事の不甲斐なさと、それを受け入れてしまっている自分の弱さにどうしても歯痒さを感じざるを得なかった。


「謝る必要はねえぞ、ブラーム。なんせ俺はホルストだけじゃなく、アヴェルダ随一の英雄になる男だからな。」


いつもの調子で大口を叩くシャザールにブラームは涙を堪えながら視線を向けた。


「お前はホルストで俺の英雄伝を聞くのを待っててくれればそれでいい。」


シャザールはブラームの頭を雑に撫で上げると宴の方へと足を進めていった。

ブラームの横顔は寂しさを帯びながら風に揺れる灯火が照らし出していた。


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