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The Book of Ctum 〜コアンタム・ドグマ〜  作者: 抹茶ラーメン
第二章
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スカドゥスの森

デュカスを後にしたバルザック軍一行は北に数百キロ進んだ先の前線基地に赴いていた。


数キロ先にはスカドゥスの森と呼ばれるブルートーとの国境沿いの森が位置している。そこを抜ければ黄泉渡しが多く居住しているクリオに突き当たる。


食糧の供給源である西の耕作地帯を制圧するためにアヴェルダ軍はこれまで何度もスカドゥスの森を突破しようと試みたが、昼間でも光の届かない深い森の中で待ち伏せしている黄泉渡しによっていずれも撤退させられてきた。

また高く生い茂った樹木が密集する森の中にはグローツラングと呼ばれる大蛇が生息しており、この大蛇も軍の行く手を阻む要因となっていた。


鉄橋破壊作戦が成功裏に終わったアヴェルダ軍は今回こそはクリオに到達して西方遠征を進めるべく、数万もの兵士をデュカスに集結させていた。



夜の帳が降りた前線基地では各所に油灯が焚かれて陣内を照らしている。森に近づくにつれて深まった草から虫の鳴き声が聞こえていた。


綺麗に光った満月が西に位置するスカドゥスの森の木々から顔を出している。


「今回は部隊を3つに分けて進軍する。まず俺が率いる本隊は山道を進んで正攻法でクリオを目指す。他の2部隊は本隊の左右から進み、本隊を狙うブルートー軍を挟撃する。当然存在がバレてしまえば挟撃の効果は薄まる為、少数精鋭で別働隊を組むことにする。」


バルザックは陣幕の中で地図を広げながら作戦で通る道筋を伝える。陣幕に集まった10名弱の将官、佐官の部下は真剣な面持ちで説明に聞き入っていた。


「山道以外からスカドゥスの森を進むのは非常に難易度が高いだろう。故に別働隊は奏者か剛気を使える者を中心に構成する。」

「しかしそうすると本隊の攻撃力が下がってしまうのでは?」


中央の山道の左右に別働隊の駒を置いたバルザックに対して髭面の将校が問いかける。


「重量のある幻緑石を大量に森の中へ運ぶ事は困難だ。従って渡来させる異界の者の大きさも最大10メートル級と考えていれば十分だろう。その程度であれば私とペース少将がいれば倒す事は容易い。問題は前線が止められた際に狭い山道で左右から挟撃される事だ。山道の近くにブルートー兵が潜んでいた場合、一気に戦力を失う可能性がある。」

「それを避ける為の別働隊という事ですね。」


バルザックの右前方にいる将校が納得したように頷いた。


「そうだ。しかし別働隊と歩調を合わせる為に本隊の進軍が遅ければ勘繰られる可能性がある。別働隊は山道を進む本隊と同じ速度で進んで貰わなければならない。」

「それでは別働隊は私が担当しましょう。」


突然声をあげた男に対して周りの将校たちが振り返った。茶色い短髪の男が腕組みをしていた手を上げてバルザックを見つめている。


「ケルビン中佐か。ペルム山脈での作戦が上手くいって調子づいているようだな。」


髭面の将校が不機嫌そうな口調で告げる。


「この中で私が一番若く体力がある。バルザック将軍の本隊に遅れを取らずに指揮出来るのであれば私が適任だと思いますが。」

「ふん、フリードリヒ家に気に入られているからといってしゃしゃり出おって。」


髭面の将校が嫌味な口調で小さく毒づいた。


「ーーー良いだろう、お前に別働隊は任せる。」


バルザックの鋭い眼光を受けながらもケルビンは全く動じずにバルザックへの視線をそらさなかった。ケルビンの瞳の奥にある静かな闘志を見抜くとバルザックは承諾の言葉を口にする。


「副官に指名したい者がいるのですが。」

「誰だ?」

「シャザール中尉です。東のベリオールでも多くの戦果は彼によって齎されました。」

「分かった。お前の好きにしろ。」

「ありがとうございます。必ず成功させて見せます。」


謝辞のタイミングでケルビンは初めて目線を外して右拳を胸に当てた。


「では想定される戦闘位置とその対応についてだがーーー」


バルザックが作戦の詳細を説明していく。髭面の将校は苦々しい表情でケルビンを睨みつけていたがケルビンは全く意に介さずに作戦内容に耳を傾けていた。




「え、俺が部下纏めるの?」


ケルビンの副官であるウィリアムより別働隊の右翼の指揮を命令されたシャザールが素っ頓狂な声を漏らした。一兵卒としてしか戦いに参加していなかったシャザールには隊を率いて作戦を遂行した経験は皆無だった。


「当然でしょ、中尉に昇格したんだから。私たちはケルビン中佐率いる左翼の部隊。あなたは右翼に回って指揮するの。」

「その通りです、レイン嬢。」


テント内の簡易ベットに座るエウフェミアが毎度のことながら頭を抱えながら説明する。その言葉にウィリアムが敬称を付けながら同意した。丁寧な言葉に加えてその金髪碧眼の風貌と佇まいには品格が感じられた。


「あっ、申し訳ありません、ウィリアム中尉。口を挟んでしまって。あと今は私の方が身分が下ですので敬称を付けるのもおやめ下さい。」

「いえ、しかし爵位の違いもありますし。」


エウフェミアからの申し出に対してウィリアムがどぎまぎしながら反応する。


「まあその貴族の間でのくだらんやり取りはどうでも良いとして、俺今まで小隊も纏めた事ないんだけど。」


シャザールが頬杖をつきながら両者の会話を無関心な表情で見ていた。


「俺は嫌ですぜ、ジャイバの下につくなんて。」


シャザールのいるテントの外から怒気の混じった声が響き渡った。声の出所は隣のテントからのようでまだ何か言い争いをしている声が聞こえる。


不審に思ったウィリアムとエウフェミアがテントから出ると面倒臭そうにシャザールもそれに続く。


「おい、やめろって。」


シャザールたちがテントを出るとケルビンのいる陣幕から二人の兵士が出てきた。先ほどの声を荒らげていた男を逆立った髪の毛の兵士が宥めている。


「どうした?」

「ウィリアム中尉。いや、ヴァルターがジャイバの下で動きたくないって聞かなくて。」

「なるほど、こいつの下で働くのは嫌なんだな。」


ヴァルターと呼ばれた男に肩を回して何とかケルビンのいるテントから連れ出してきたようだった。逆立った髪の毛の男の腕の中でまだ暴れている。


問いかけに気が付いて振り向いた男が答えると、ウィリアムが後ろにいるシャザールを親指で指差した。


「あっ、あんたはあの時の。中尉だったのか、知らなかった。」

「おー、お前はレジットの時の。」


エウフェミアとウィリアムの間から見えるシャザールの顔を見て男が目を見開いた。その声を聞いてシャザールも男の顔を思い出す。


「お前もあの試合見てただろ。この中尉中々やるぜ。」


逆立ち髪の男がヴァルターと呼ばれた男に耳打ちする。


「そんなの関係ねーよ、アーヴィング。俺の父親はジャイバとの戦争で死んだんだ。それにジャイバが俺たちの下に付くならまだ分かるがなんでよりにもよってジャイバの下で動かないといけないんだよ。」


アーヴィングの腕を押しのけてヴァルターが勢いよく言い放った。


アヴェルダがホルストを併合した際の戦争では兵力差に比して善戦したホルスト軍によって多数の戦死者がアヴェルダにも出ていた。ホルストの民が忌み嫌われている理由は強力な奏者を有する連合王国の一国として併合されただけでなく、その戦争でアヴェルダ側に戦没者遺族を生み出していた事も要因だった。


そのやりとりを見ていたシャザールがエウフェミアとウィリアムの間を通り抜けてヴァルターに近づいていく。


「ジャイバ、ジャイバうっせーな。そんなに俺の下につきたくないなら俺に一発でもパンチ当てられたらお前に中尉の階級譲ってやるよ。」


ヴァイパーの額に頭を擦り付けながらシャザールが声を張り上げる。


「ーーーてめぇ、舐めやがって。」


急に目の前でまくし立てられたヴァイパーは後ろに飛んで距離をとった。そして右足で地面を強く蹴り上げてシャザールの顔面に向かって拳を突き出す。


「甘ぇわ、ぼけ。」


そのパンチを紙一重の距離で回避して重心を落としながらヴァイパーに踏み込んだシャザールは顎下から頭上に拳を振り上げた。


強烈なアッパーが決まってヴァイパーは後方へ大きく殴り飛ばされた。ヴァイパーは力なく地面に叩きつけられる。


怒りに任せて拳を振り上げたシャザールは鼻から大きく息を吹き出した。


気絶しているヴァイパーの安否を確認するためにアーヴィングが近づいて顔色を伺う。


「ふっ、容赦ないな。」


圧倒的な力の差を見せつけたたシャザールに対してウィリアムが小さく呟いた。


「いや、こんくらいキツいお灸を据えられないとヴァイパーも命令聞かないだろうから良い勉強になったはずさ。目を覚ましたらきちんと命令に従うように言い聞かせておきますよ。」


無事を確認したアーヴィングは安堵と呆れが混じった表情で首を振って答えた。地面に伸びているヴァイパーの肩を担いで持ち上げると、シャザール達に一礼して自身のテントの方へと歩を進めていく。


「くそー、こんな部下達を率いるなら明日の作戦上手くいく気がしねえぜ。」


腰に手を当ててアーヴィング達の後ろ姿を見つめながらシャザールがさらに眉を顰めた。


「シャザール、部下を率いたことがないと言ってたな。いつもの戦闘時に攻撃と防御を考えるように、他の部下も自身の体の一部として考えて動かせば良い。お前は戦闘においては天賦の才があるんだからその感覚が分かれば容易だろう。」

「お、おう。ありがと。」


励ますかのようにシャザールの肩に手を置いてウィリアムが助言する。予期しない言葉を掛けられてシャザールは面食らったいた。


「明日は朝からスカドゥスの森へ入る。それまでしっかり体を休めておけよ。じゃあな。」


背を向けたまま手を振ってウィリアムはその場を後にした。


「ーーーあいつはいい奴そうだな。なんかあったら助けてやるぜ。」

「ボロディン卿。ボロディンのホワイトヘッド家の長男よ。隣国だから小さい時によく遊びに行っていたわ。中尉とはそう言った意味では昔馴染みね。」


口元に笑みを浮かべながらウィリアムの背中に語るシャザール。エウフェミアが夜風で顔の前を靡く髪をかき上げる。


「へいへい、ここでも貴族ねー。やっぱ貴族だと出世も早いのかな。」

「貴族だからって将軍の席が約束される訳じゃないわ。英雄になるんでしょ、シャザール。明日がその大事な一歩なんだからしっかりしなさいね。」


恨めしそうに言うシャザールに対してエウフェミアが後ろから告げた。


「へっ、当たり前だろ。異界の者でも奏者でも何でも来いだ。」


エウフェミアの言葉を聞いてシャザールの瞳に野心の炎が燃え上がる。それは希望というよりも野望と言う方が正しい形容しているだろう。


「よしっ。明日は宜しくね、シャザール中尉。」

「いっってぇ。何すんだよ。」


シャザールの顔を見て満足そうな表情を浮かべたエウフェミアは背中を叩いて喝を入れる。突然の痛みに背中をさすったシャザールはエウフェミアを追いかけて走り始めた。

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