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27.糸を引く者(2)

 トラリア・フォルテン――

 フォルテンの町を囲む三国の平和のために尽力し、フォルテンの領主に封ぜられた際には家名すら捨て、その後は人生の全てをこの町の発展に捧げた男。

 彼の治世の間にフォルテンは目ざましい発展を遂げ、三国でも彼を尊敬する者は今なお多い。

「馬鹿な……」

 そのトラリアと同じ顔を持つ男を睨めつけたまま、声高に叫んだのはローグだった。

「彼は……トラリアは五十年以上前に死んでいるはずだ!」

「さて」

 男――トラリアは肩をすくめて応じる。

「だが私はここにいる。これはどうしたことか? 君たちの中に答えを導き出せるものはいるかね?」

 トラリアは首を巡らせて、誰も答える様子がないとわかるとまた肩をすくめた。

「沈黙をもって答えとする、か。それとも本当に答えがわからない? まあ私がトラリアかどうかなど、この際、大した問題でもない」

 その視線は、リゼッタの持つ魔装具に注がれている。

「それはもう使えなさそうだな。備えている能力は貴重だったのだがね」

 傷だらけの魔装具に見切りをつけ、トラリアは視線をずらした。

「まあ、それよりも――予想外の大きな収穫もあった」

 その視線の先には、警戒している様子のギルダスがいた。

「ひとつの肉体に二つの魂、か。どういう経緯いきさつでそうなったのかは是非ぜひ知りたいところだが。それも聖封教会の仕業なのかね?」

 トラリアの視線が今度はリゼッタに移る。リゼッタは真っ向からトラリアを見つめ返した。

「あなたが、今回の一連の事件の裏で糸を引いていたんですね?」

「なに、私は大したことはしていないよ。ただ少しばかり細工をした魔装具を、レイゾとかいう小物に渡しただけだ」

「細工?」

 愉快そうにトラリアは言葉を並べたてる。

「そう。一つ目は魔装具の放つ、ある種の人間にだけわかる独特の気配を弱めることだ。聖封教会にすぐに嗅ぎつけられては困るからね。二つ目は……これは感謝してほしいものだね。なにせ魔装具の殺戮本能に制限をつけたのだから」

 ……制限?

「どういうことだ?」

「『この町に留まり、出来るだけ多くの人間を殺せ。ただし殺していいのは、一晩に一人まで』――この制限がなければ、犠牲者の数は桁違いだったはずだよ。私がしたのは、その程度だ」

「……まだ、あるだろう?」

 声を落として、ローグが口を挟む。

「ほう?」

「あなたは、ゼノをそそのかしたのではないか?」

「……なぜそう思うのかな?」

「ゼノにしろレイゾにしろ、今回起こした行動がそれぞれの能力のたけを超えていた。レイゾにその鎖帷子くさりかたびら――魔装具というものを渡したのがあなたなら、ゼノにまで関わっていないとは考えにくい」

「ふむ。さすがは、と言うべきかな。少ない情報でよく読む」

 含みのある言い方で、トラリアはローグの推測をあっさりと認めた。

「あの男は元から身の丈を超えた野心を抱いていたようなのでね。それに――」

 手の平を上にして、サフィーナを指さす。

「彼女にも並々ならぬ執着を抱いていたようだ。そこらへんをつついてやれば……あとはまあ簡単だったよ。結末は知っての通りだがね」

 ゼノの奇襲は失敗し、部下も全てローグに返り討ちにあった。いくらか計算違いがあったとはいえ、ことはローグの狙い通りのところに収まっている。

「なぜだ……?」

「ふむ?」

「あなたがトラリアだというのなら、なぜ私の邪魔をする!? なぜこの町を混乱の渦に叩き込むような真似をしたんだ!」

 常に落ち着きのある態度だったこの男にふさわしくない、血を吐くような叫びが響いた。

 事情を呑みこめずに顔をしかめているギルダスに、トラリアはご丁寧にも説明をしはじめた。

「この男はね、フォルテンを裏から支配するつもりだったのだよ」

「あァ……?」

「支配、という言い方はよくないか。平和的な統治といったほうがいいかな? ――ハーヴェイ・レイストン卿」

 聞き慣れない名を耳にして、怪訝そうにローグを見ると、その顔からは表情が消えていた。

「……なぜ、それを……?」

 ようやく、といった様子で、ローグはかすれた声を絞りだす。

「さすがは西の大国ローランスで英傑えいけつほまれ高かった男だ。こんな荒れ果てた町に身ひとつで流れついたというのに、三国との高官との交渉を秘密裏に為し、あともう少しのところまで持ちこむのだから」

 ローランス――聞いたことのある国だった。

 古くから続く大国だが、それが仇となって内情は腐りかけで崩壊寸前の大木のような有様らしい。

 大陸全土で戦争が巻き起こっていた時も、面子にこだわって追いつめられるまで傭兵を雇おうとしなかったが、そのくせ金の支払い時となると渋ったということで、傭兵内での評判はかなり悪い。

「もっとも、その才能を妬まれていわれのない罪を着せられ、生まれた国を追い出される憂き目に遭うんだがね。いや、愚かなことだ」

 耳障りな嘲笑をあげながら、ゆっくりとそこにいる面々を見渡す。

「彼は流れ着いたこの町の、今の有様を嘆いているのだよ。だから政治に関われるように根を張ってきた。ここまで来る道のりは、さぞかし長かっただろうね?」

 苦労を労いながらも、ローグをなぶるような声音だった。

 ローグは強張った顔をしたまま、唇を引き結んでいる。

 その反応からすると、おそらくトラリアの言っていることは事実なのだろう。

 ……道理で荒くれどもの親玉にしちゃ、らしくない・・・・・わけだ。

 ローグを初めて見た時の違和感を思い出して、ギルダスも納得する。

 トラリアのした行為は、そんなローグの努力を水の泡にしかねないものだった。だからローグはいつもの落ち着きをかなぐり捨てて、声を張り上げて糾弾きゅうだんしたのだろう。

 同時に、もう一つわかったことがある。

 トラリアは長々と話をしながら、聴衆の反応をうかがっていた。自分の話が与える衝撃――その反応を見て楽しんでいる。ローグに対しては、完全になぶりながらも、その一挙動によろこびを見せている。

 ローグの肩を持つつもりはないが、その態度はギルダスの勘に触った。

 憎悪と激怒、困惑の入り交じった眼差しを一身に集めて、それでもトラリアは平然としている。

「さて、なぜ私がこの町を混乱の渦に叩き込んだのか、と訊いたね」

「……?」

「かつてこの町を築いた賢人が、君と同じく現在の惨状を嘆いて、この町に巣くう悪の根源を根絶やしにしようと死後の世界から舞い戻った――と、いうのはどうかな?」

「馬鹿なことを……」

「そう、実に馬鹿げた話だ。だがそれが偽りだと言いきれるかね? なにせ死んだのは小悪党と悪党と、それに娼婦だ。死んだとしてもこの町の損にはなるまい」

「――嘘」

「……ほう?」

「リリーネ?」

 トラリアが眉を持ち上げて、ローグの後ろを見た。

 そこにはサフィーナに庇うように抱きしめられた、リリーネがいる。

「嘘です……その人、嘘ついています!」

 その声には、確信と、怒りが込められていた。

「おもしろいことを言う。では問おう? 私の言葉の、どこに嘘がある」

「あなたが――」

 唾を呑みくだす一瞬の間をおいて、リリーネは高らかに言い放った。

「あなたがこの町の今を悲しんでいるのも、昔の偉い人だっていうのも――ミリ姉さんを殺したわけのわからない理由だって、全部嘘です!」

 語気の強さに、リリーネの人柄を知っているサフィーナが目を丸くする。ギルダスも思わずトラリアから目を離して、眉間にしわを寄せたリリーネを見つめた。

「くっ……ははははは!」

 何がおかしいのか、腹を抱えてトラリアが笑い声をあげ始めた。

「いやいや、ここまで明確に断言されたのは初めてだ。その少女には嘘を見破る眼力でも――」

 ヒュッ――

――トン。

「ちっ……」

「危ないじゃあないか。話の続きが気にならないのかね?」

 嘲笑を顔に張り付けたまま、さっきいた場所から五歩ほど離れた場所で、トラリアはギルダスを非難する。

 台詞の途中でギルダスに斬りつけられたにも関わらず、その表情に険しさはない。

「んなこたァどうでもいい」

 具現化させた魂精装具ソレスタを引き戻して、ギルダスは言い放った。

「ようするに、テメェが裏でこそこそ動いてたってことだろうが。なら話す必要がどこにある? おまえが誰かなんざ、どうでもいいんだよ俺は」

 ギルダスが問題にしているのは、この男が誰かなどではなく、何をしたかだった。

 魂骸種コルスを倒して静まったはずの怒りが、再燃している。

「無粋なことだ。とはいえしかし、ここまで来れば正体を偽る意味もない」

 トラリアの顔をした男は肩越しに背中に手を伸ばす。

 身構えるギルダスの前で取りだしたのは、黒いころもだった。その身を覆うようにそれを広げる。衣に阻まれ、顔が一瞬隠れる。

「なっ……」

 ころもが舞い、意志があるような動きで体に巻きつく。その時には、トラリアに酷似こくじしていた顔はどこにもなかった。

 代わりにそこにあるのは白い仮面――

 リゼッタのそれとは異なり、顔全体を覆う形状をした仮面だが、その仮面にはどこにも覗き穴がなかった。装飾もない。ただ白く丸みを帯びただけの仮面である。

「さてはて……」

 夜とはいえ、月明かりはある。それなのに陰影の見えない真っ黒な衣に身を包んだその体は、男か女かもわからない。男のような肩幅もなければ、女のような丸みもなく、その声も中性的だった。

「……何者です?」

「道化師、とでも呼んでいただければ、これ幸い――」

 仮面越しのくぐもった声で言いながら、“道化師”は仰々しい動作で頭を下げた。

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