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26.糸を引く者(1)

 シュウウゥ――

「これは……」

「……」

 ローグとスレイの二人が、眼前の死体を見下ろしている。

 首と胴体で二分された魂骸種コルスの死体からは、煙のような白い気体が吹き上がっていた。

 鼻の奥をツンと刺激する腐臭が漂い、ギルダスは顔をしかめる。

 リゼッタだけが、仇敵の末路をただじっと見下ろしていた。

 やがて――煙が晴れると、そこにはやせ細ったレイゾの死体と、鎖帷子くさりかたびらだけが残る。

「終わり……か?」

 ローグの呻くような呟きに、リゼッタはそっと首を振る。

「ここから先が、過ぎた力を宿した者が迎える最後です」

 レイゾの死体が、溶けるように得体の知れない黒い液体へと変わっていった。

 体の末端まったんから徐々に形を崩し、四肢ししを失い、最後に残った胴体や頭部も少しずつ小さくなっていき――

 パチャッ。

 自身の作り出した水たまりの中に、溶けて消えた。

 その水溜まりも、まるで土の上にあるように床に染みこんでいく。

 そして最後には、ところどころが傷ついただけの鎖帷子だけが残り、レイゾという人間のいた痕跡は跡形もなく無くなった。

 死体も、遺言も、生きてきた証を何ひとつ残せない――それが、魔装具の依り代となった者の末路だった。


 魂骸種コルスを倒したことで、身を焦がすような怒りはもう消えていた。かわりに、激情を吐きだしたあとのような脱力感がギルダスの体を包んでいる。

 力を使い果たしたからか、それとももう壊れているのか、魔装具である鎖帷子からは最初に見た時のような禍々(まがまが)しさはなくなっていた。

 その鎖帷子を視界に入れつつも、ギルダスは戦いのさなかに感じた違和感を思い出していた。

 身体能力は高いが、本能むき出しで細かいことまで考える頭はない――それがギルダスの持つ、魂骸種コルスの認識だ。

 魂骸種コルスの戦い方は、あまりにつたなすぎた。

 例えば、魂骸種コルスが爪での攻撃にこだわらず、自らの肉体で挑んできたら、もっと苦戦したはずだ。

 拳なら刃を立てて受けようとすればすり抜けてくるだろうし、あの怪力で殴られれば殺傷力で劣るということもない。

 それにローグとリゼッタを先に狙われたら、ギルダスたちには止めようもなかった。

 最後のほうで知恵を見せたが、それはあまりにも遅すぎた。

 いずれにせよ、魂骸種コルスがもっと頭を使った戦い方をしていれば、スレイと二人がかりとはいえこうも簡単に終わらなかった。

 リゼッタが言うには、魂骸種コルスとは殺戮さつりく本能のみの存在らしいので、そこまではいい。

 だが――

 ……そんな化け物が、命を惜しむか?

 前に戦った個体は、斬れば傷つくし血も噴き出た。それでも、そんなものは関係ないとばかりに向かってきた。

 今回戦った魂骸種コルスは、痛みには敏感に反応したし、最後には逃げ出そうとまでした。

 それらの挙動は、有り体に言えば“人間臭い”。

 何が違う……?

 そこまで思考を進ませて、ギルダスはかぶりを振った。

 考えを巡らせるのはあとになってもできる。それにその程度のことは、リゼッタもすでに考えているだろう。

「しかし……どうしたものかな。まさか、死体も残らないとは」

 衝撃から立ち直ったローグはひとり、嘆息していた。以前に、ゼノを殺した者の死体をさらすと言っていたことを思い出す。

 一連の出来事を間近で見ながらも、すでに先の算段を立てている。今夜起こったことも、この男は“もう済んだこと”として割り切っているらしい。

 リゼッタはしばらく魔装具を眺めていたが、危険がないと判断したのか、事務的な手つきでそれを拾い上げた。

 どうするつもりなのか――ギルダスだけは知っていたが、ここでは口に出さない。

「もうここにいても意味がありません。行きましょう」

 リゼッタの言葉に、それぞれが頷く。

 屋敷から外に出る途中、リゼッタがローグにささやきかけた。

「あとであなたたちには話があります。……構いませんね?」

 ローグはわかっているとばかりに頷きを返す。

 今夜見たこと――魂骸種コルスの存在や、ギルダスが二種類の魂精装具ソレスタを使った件について、話をするつもりなのだろう。

 屋敷を出ると、敷地の外ではローグの部下たちが門前を固めるようにして立っていた。

 ローグの無事な姿を認めて、出迎えるように道を空ける。

 そこから少し離れた場所には、リリーネとサフィーナの姿があった。座りこんだリリーネの肩を、サフィーナがそっと抱いている。

「サフィーナも来てたのか?」

「先ほどローグたちと一緒に来ました。リリーネのことが心配で、探しに来たようです」

 そのサフィーナはギルダスたちに気づくと、リリーネに何かをささやいた。 

 リリーネがこちらに向きなおり、安堵したように肩から力を抜く。

 どこか吹っ切れたような印象で、ここ数日感じていた触れれば壊れるような危うさはなくなっていたが、かわりに問いかけるような眼差しをギルダスに向けてきた。

 直後、なぜか隣にいるリゼッタと目を合わせて、顔を強張らせる。

「……何かあったのか?」

「何も――いえ、つい先ほど彼女を“勧誘”しました」

「こんな時にかよ」

「それが適当と判断したからです」

「……あん?」

 意味不明の言葉に、ギルダスが首を傾げていると、

――パン。

「……?」

 パン、パン、パン。

 どこからともなく、拍手の音が響いてきた。

「こうして舞台は終幕を迎える、か。――が、最後の障害が、ここにいる者の相手をするには少々役不足だった感は否めない。いやいや、どうも配役を失敗したらしい」

 次いで聞こえてきたのは、飄々(ひょうひょう)とした口調の声だった。神経を逆撫さかなでするような、軽くあざけるような声音に、ギルダスは思わず眉をひそめた。

 声のしたほうに、全身の視線が集中する。

 さっきまで誰もいなかったはずの空間に、男が立っていた。顔をうつむかせて両手を合わせ、小さく肩を揺らしている。

「なんだ、てめえ……?」

「なんだと訊かれれば、答えないでもないが……顔を見せたほうが早かろうね」

 男が顔を上げ、

「なっ……!?」

「っ……」

 今まであからさまな動揺を見せたことがないローグが言葉を失った。のみならず、リゼッタも愕然がくぜんと目を見張っている。

「それにしても、最後の盛り上がりに欠ける展開だとは思わないかね? もっとも、この舞台の観客は私しかいないわけだが」

 まるで、全てを知っているような口ぶりの男を、ギルダスはうろんげに見つめる。

 見た限りでは脅威に思う要素はない。仕立てのいい服を着て、髪や髭を整えたその容姿は、生まれ育ちのいい中年の男にしか見えなかった。

 ただ、その顔に浮かんでいる笑みには、言葉にしづらい胡散臭うさんくささはあった。

「おい……知ってんのか?」

「以前に招かれた領主の館で、見た覚えがあります。ですが……」

 歯切れ悪く話すリゼッタに、ギルダスは黙って先を促す。

「その時見たのは、実物ではなく肖像画の中の人物としてでした。――トラリア・フォルテン。かつてのこの町の、創設者です」

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