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15.傀儡人形(3)

――ったく。なんだってこんなにわらわらと……。

 夜の街をひた走りながら、心の中でギルダスは毒づいた。

 今はもう深夜と言ってもいい時間帯だ。なのに、やけに人の姿が多い。しかも、そのどれもが妙に殺気だった様子だった。

「……っと」

 彼方かなたから聞こえた怒声が、夜の静寂をつき破る。ギルダスの視界にいた男は、その声のした方向に走っていった。

「よし、行くぞ」

 背後に声を投げかけて、足を進める。

 だがすぐにまた別の男が道を塞ぐように現れ、ギルダスは急いで路角に身を隠した。

「今日はやけに人が多いってェか……ピリピリしてんな」

 うんざりしたように呟く。

 これがローグの言っていた、ゼノの殺された影響なのだろうか? それにしても、いくらなんでも多すぎる気がする。

「もっと急げませんか?」

 同行者――リゼッタの焦れたような声に、ギルダスは首を振った。

「無茶言うな。あんな奴らがあちこちにいるんだから、どうしたって回り道になっちまう。一々、相手にするわけにもいかねぇだろが」

「ですが……」

「それよりおまえは気を張ってろ。『魔装具』の場所を見失わないようにな」

 リゼッタが『魔装具』の継続的な気配を察知したのは、しばらく前のことだ。そのことを聞いたギルダスは、すぐにリゼッタを連れて『背徳の楽園』を抜け出していた。

 当初はその在り処ありかまで最短で進むつもりだったのだが、思わぬ邪魔の存在ですでにかなりの時間を消費している。今はまだ大丈夫のようだが、いつ『魔装具』の気配が消えるのかを考えると、あまりのんびりしている暇はなかった。

「仕方ねえ。ちっと無理するぞ」

 ギルダスは男が背中を向けたのを見計らって、音をたてないように近づいていく。

「おい」

「あ?」

――ドゴッ!

「が……あ」

 男の腹に、ギルダスの拳が半ばまでめり込んでいた。

 くたりと力の抜けた体を横たえると、すぐ近くまで来ていたリゼッタが泡を吹く男を見下ろしながら言った。

「無茶をしますね……」

「だがこうすりゃ回り道も最低限ですむ」

 悪びれたふうもなく言い返す。もちろん、気絶した男が見つかれば騒ぎにはなるだろうが。

 どこか納得しきれていないリゼッタの示す方向に向かいながら、身を隠し、道が塞がれている場合は声もあげさせずに気絶させていく。

 できるだけ穏便に進んできたつもりが、気がつけば実力行使に出た回数は片手では足りなくなっていた。

「大丈夫ですか? ここまで派手にやっておいて」

「気にすんな。誰がやったかわかる前に、俺たちは町の外だ」

『魔装具』を見つけ次第、“多少”手荒な手段を使っても回収。そのあとギルダスは速やかにフォルテンを後にするつもりだった。

「すべてが終わったら、すぐにこの町を出ていくつもりですか?」

「あん? 残る理由もねェだろうが」

 足を動かしながらの会話の中で、不自然な間が空いた。

「あの、リリーネという少女のことなんですが――」

「のわっ!」

 その名前を聞いた途端、ギルダスは石畳の継ぎ目につまずいて転びかけた。壁に手をつき、困惑しながら振り向く。

「なんでそこで、あいつが出てくる?」

 ゼノ襲撃の際に『暴走』の発端となった存在だけに、ギルダスはあれから意識してリリーネと距離を置いていた。

 なんとなく後ろめたい気分になり、額の傷跡をなぞる。契約が切れた以上、ギルダスがそんなふうに感じる理由など、ないのだが――

 まだ、影響が出てきてるってことか……。

 苦い顔をするギルダスに、リゼッタのどこかためらうような気配が伝わってくる。

「……いえ。これこそあなたには関係のない話でした。忘れてください」

 その口調には、話そうとしたことを後悔しているような響きがあった。

「あァ? なんだよそりゃあ?」

「もうすぐ、着きます」

 無理やり会話を打ち切って、リゼッタは口をつぐむ。こうなるとどう言っても口を開かないだけに、ギルダスも諦めるしかない。

 ……なんだってんだ、こんな時に。

 この依頼主の秘密主義は今に始まったことではないが、今回ばかりはいつものようにわり切れない。

 胸中にしこりのようなものを残しながら、それでもギルダスは無理やりに疑問を断ち切った。


 やがて二人がたどり着いたのは、なんの変哲もないよくある一軒家だった。

「ここか?」

 リゼッタはそこから目を離さないまま頷く。心なしか緊張しているように思えた。

「さて、正面から入るか、どこかから忍びこむか……あ?」

 何気なしに入口の扉に手を置くと、さほど力もこめないうちから開いていく。どうやらこの家の主は、よほど危機管理意識に欠けているらしい。

「楽っちゃあ楽だが、不用心にも――」

 奥から漂ってくる鉄錆びたような臭いが、ギルダスの口を閉ざした。次いで苦笑する。

「……まあ、そうすんなりとはいかねぇか」

「ギル……?」

「血臭だ。それもひどく濃い。こいつァ一人くらい死んでるかもな」

「……!」

 言葉を失うリゼッタを尻目に、ギルダスは『魂精装具ソレスタ』を具現化する。

「行くぞ」

 半端に開いた入口を、そっと開けた。そのまま中へ踏みこんでいく。

 取り立てて特徴のないありふれた内観だったが、臭いの元はすぐに見つかった。

 おそらくは居間――わりと広めの部屋の入口で、二人は足を止める。

「ギル、あれは『背徳の楽園』の――」

「……ああ」

 二人のいる方へ顔を向けて倒れている女は、ギルダスが一度だけ言葉を交わしたことのある娼婦だった。リリーネの“姉”でミリという名の、今は死体だ。

 その顔は絶望に彩られ、瞳は光を失っている。体中の血を全て吐きだしたのではないかと思われる血の池が、女の青い髪を赤く染めていた。顔に傷がついていないのが、凄惨さに拍車をかけている。

「なんでその女がここにいるのか知らねぇが――」

 女にまたがるように腰掛けている男にも見覚えがあった。名前は忘れたが、ゼノの手下だということは覚えている。

 それだけなら、ギルダスも即座に斬りかかっていた。

――なにかが違う。

 そう感じたのはレイゾの外見からではない。顔も体格も前に見たときと同じままだが、無防備に近寄ることをためらうような空気をレイゾはまとっていたからだ。

 あれは……?

 その体から立ちのぼるなにかに、ギルダスは目を凝らす。黒い陽炎のようななにか。見るだけで目が腐ってくるような不快感。覚えのある感覚に、総毛立った。

「『魔装具』……!」

 リゼッタの呻きが、ギルダスの感覚を正しいものと認めていた。その視線は、血塗られていてなお黒く見える鎖帷子に注がれている。

――『魂精装具ソレスタ』が具現化されたままその持ち主が死んだ場合、『魂精装具ソレスタ』はそのまま大気に溶けて消失する。それが精錬者の間での常識であり、多数においての事実だった。

 ただ、わずかだが例外も存在する、

 持ち主が死に直面した際の怒りや悲しみ、恨みつらみといった負の感情を吸い上げて『魂精装具ソレスタ』が残存することがあった。

 そうなった『魂精装具ソレスタ』は、通常のものよりもはるかに強力な能力を備えている場合が多い。それらはリゼッタの所属する組織、『聖封教会』では『魔装具』と称されていた。

 そして、レイゾのまとっている鎖帷子も、魔装具のひとつだった。

 リゼッタの声で初めて乱入者の存在に気づいたらしいレイゾが、ゆっくりと顔をあげる。意思というものが抜け落ちたような空虚な目。片方の耳には治りかけ・・・・の裂傷があった。

「ひ、ひひ……」

 ゆらり、と立ち上がったレイゾが、力なく笑いだす。体をふらふらと左右に傾け、それに合わせて揺れる腕の先には短剣があった。刃はおろか、それを握る手まで真っ赤に染まっている。

「おい」

 惨状に目を奪われて血の気を失ったリゼッタに、ギルダスは淡々と声をかけた。

「仕掛ける。少し下がってろ」

「……気をつけてください。どんな能力を備えているかもわかりません」

 浅く頷き、ギルダスは前傾姿勢をとった。

 ダンッ!

 体を低くしての跳躍で間合いを埋め、隙だらけに見えるレイゾに真下からの斬撃を放つ。だが――

「ひ?」

「――な!?」

 確実に届いたと思った刃には、抵抗がまるでなく。ギルダスは予想外の事態に、『魂精装具ソレスタ』の勢いを殺せずにたたらを踏んだ。

 血塗れの短剣がその首筋に襲いかかる。ギルダスは咄嗟に『魂精装具ソレスタ』を引き上げて受け止め――

「っ……!」

 巨漢に戦鎚せんついを叩きつけられたような衝撃が、ギルダスを襲った。

 半ば反射的に、踏ん張っていた足から力を抜く。浮いた体が、数瞬後には壁に激突していた。背中を強く打ちつけ、ギルダスは一瞬息を詰まらせる。体の中から軋みような音がした。

「ぐ……」

 倒れるのをなんとか我慢して、ギルダスは床に足をつけた。

 あっぶねえ……。

 踏ん張ったままだったら、自分の剣で自分を傷つけていたところだ。

「……?」

 体の具合を確かめながら迎撃の体勢をとったギルダスは、レイゾを見て唖然とした。

 狂気にまみれた顔で笑っていた男が、ぽろぽろと涙を流して泣いている。そればかりか、

「ミリ……ミリぃ……」

子供のように両手で目を覆って、ひざまずいてしまった。

「なんだってんだ……?」

 泣き崩れているレイゾを不気味に思いながら、ギルダスは好機とばかりに斬りつけ――即座に距離を取った。今度も斬っている感触はなかった。レイゾが傷ついている様子もない。まるでレイゾの肉体を素通りしているような現象に、薄気味悪さを感じて口元をひきつらせる。

 様子を見守っていたリゼッタに向かって、声を張り上げた。

「おい! どうなってんだこいつは!?」

「っ……おそらく、それがその魔装具の能力です」

 断言しつつ、それでいてどこか信じられないような声音だった。

「そりゃわかるっ。だがどんな!?」

「希少な能力ですが……その魔装具を身につけた人間の体は、自身を傷つけようとするものを透過――すり抜けさせます。どの程度まで有効なのかわかりませんが、斬撃程度なら通用しないはずです」

 私も見るのは初めてですが、と続くリゼッタの言葉に、ギルダスは思わずレイゾから目をそらして振り向いた。

「ちょ、ちょっと待てよ。いくらなんでもそりゃ卑怯だろうが! どうすりゃいいんだよ!?」

 刃物での攻撃が効かないというのなら、あとは素手で挑むしかない。だが、話を聞く限りそれも通じるかわからないし、なによりあの怪力に素手で挑むのでは命がいくらあっても足りない。

「短時間での連続使用には限度があるはずです。何度もあの能力を使わせていれば――」

「……ようするにあれか。斬りまくればいいってこったな!」

 リゼッタの説明を、ギルダスは単純に解釈した。それなら、いくらでもやりようはある。

 二人が話している間にも泣きやみ、今度は笑い始めたレイゾに、ギルダスは三度目の攻撃を仕掛けていった。

 初撃の首筋を狙って振り下ろした斬撃は腰の横から抜け、返す刃は上半身と下半身を二分する軌道を描く。

「ひひっ、ひひひひひひ!」

 ニタニタと笑いながら突き出された短剣をよけ、残した脚を軸に反転。お返しとばかりに見舞った突きは喉を貫通する。

「きか、きかかかか! 効かあねえなああぁあ! 」

「そうかよ!」

 そのどれもが致命傷になりえる攻撃だったが、肉と骨を断つ独特の感触はなかった。事実、レイゾにはかすり傷ひとつついていない。

「よかったな、おい! イカレ具合でゼノを超えたぞおまえっ!」

「ゼノ……? ゼノ、ゼノっ、ゼノぉおおおおお! 殺す! ゼノ殺すっ!」

「っ……だれがゼノだ、アホゥが!」

 幽鬼のようだったレイゾが、いきなり生の感情をあらわにする。

 口角泡を飛ばすゼノの横薙ぎを、ギルダスは後ろに跳んでかわした。

 その表情に焦りはない。むしろ、どこか余裕めいたものを浮かべていた。

 落ち着いてみれば、レイゾの動きは素人のそれだった。刃筋も立っていないし、足取りも酔っぱらいのように頼りない。力だけは桁外れだが、それも力比べをするような局面にしなければいいだけの話。

「フッ……!」

 ギルダスは短く息を吐いて、レイゾの側面に回りこむ。

 腕力がないだけに、元から鍔迫り合いになるような戦い方は好むところではない。ゼノの時と違って、ここには動き回るだけの空間が十分にある。

 なにより、こと『魂精装具ソレスタ』や『魔装具』に関してのリゼッタの見立てに、ギルダスは信頼をおいていた。

 レイゾの周囲をくるくると回りながら、斬りつけ、避ける。斬撃の動作がそのまま回避につながり、避けたと思ったら即座に反撃の一手を叩きこむ。その動きは少しずつ回転数を上げていき、いつしかレイゾはギルダスの動きを追うだけで手一杯になっていた。

 攻防一体――幻のようだったレイゾの体が傷つき始めたのは、ギルダスが疲労を感じ始めた時だった。

 皮一枚。肉の表層。少しずつ、ギルダスの『魂精装具ソレスタ』がレイゾの肉体をこそぎ落としていく。

 レイゾが苛立ったように雄叫びをあげた。

「っがああああぁああ! よけんなあああああ!」

「避けねェわけねえだろうがっ!」

 レイゾが両腕を広げて、抱きしめるようにギルダスに迫ってくる。多少斬らせても捕まえるつもりなのだろう。

「ヤロウに抱きしめられる趣味はねえ!」

 それすらも脇の下をかいくぐって、ギルダスは後ろ向きのまま刺突を繰り出す。

 胸の中央を貫通した刀身が、ようやく相応の手応えをギルダスに教えた。口端をつり上げる。

「……やっとネタ切れかよ?」

「ひぐ……ぐぼおっ」

 血塊を吐きだし、レイゾは赤く染まった『魂精装具ソレスタ』の刃を見下ろした。ギルダスは容赦なく刀身をひねっていく。

「ぐががががっがああああ!!」

 広げられた傷口から空気が入って血があふれ出す。黒みを帯びた血潮が、びたびたと床にこぼれ落ちていく。

 そのまま全ての血が流れるかと思うような勢いに、レイゾの膝ががくりと折れ、ギルダスが気を緩めた時だった。

「がっ!」

 後ろに跳ね上げられたレイゾの足が、ギルダスの胸部を強打。そのまま吹き飛ばした。レイゾの体に残された『魂精装具ソレスタ』が、持ち主の手から離れたことで急激に粒子化していく。

 胸に穴を開けたレイゾは、痛みなど感じていないように天井を見上げていた。

「テ……メェ!」

 ギルダスの声にも反応せず、なにかを聞きいっているようだったレイゾが、いきなり身をひるがえす。窓を蹴破って外に飛び出し、ギルダスたちが窓に駆け寄った時には、走り去っていく背中だけが見えた。

 その動きはさっきまでの緩慢なものとはまるで異なり、今から追いかけても追いつきそうになかった。

「逃げた……?」

 唖然としてレイゾの背中を見送るリゼッタの傍らで、ギルダスは拳で床を殴りつける。

「クソがっ! あと少しだったてェのに! ……っ」

 衝撃でレイゾに蹴られた胸が痛み、軽く顔をしかめる。それと同時に、扉を蹴破る音が響いた。

「ここだ!」

「逃げんじゃねえぞ、テメエ!」

 男たちの怒号が、ギルダスの耳に飛びこんでくる。

 大勢の男たちが踏み込んできたのは、その直後のことだった。

「う……こりゃあ……」

「レイゾのヤロウ、どこ行きやがった!?」

 自然、男たちの視線は中にある死体と、生きている二人に集まり――

「……おいおい」

 状況を把握する間もなく。ギルダスとリゼッタの二人は、ガラの悪い男たちに取り囲まれていた。

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