大干ばつとノダ・オブナガの野望
その年の夏は、ひどい大干ばつが起こりました。
はじめ姫が生まれ育った小さな国はもちろん、そのおとなりの国も、おとなりのおとなりの国も、まわりの国にも一滴の雨も降る様子はなく、地面はひび割れて作物が育つ様子はありません。
それどころか海の向こうの、万里の長城がある国も、ピラミッドがある国も、凱旋門がある国も、自由の女神像がある国でも、世界的に深刻な水不足におちいっていました。
そんな中、はじめ姫の国のおとなりの国のこと。
お城の天守閣ではおとなりの国のお殿様、『ノダ・オブナガ』が望遠鏡で国中を眺めています。
太陽が容赦なくガンガン照りつけ、見渡す限りカラカラで陽炎が沸き立つような光景。
「ぬうう、もう田植えの時期だというのに、まったく雨が降らぬではないか!」
望遠鏡を持つ手を震わせて、いきり立つオブナガ。そこへ家来たちが姿を見せます。
「殿! 庫の米俵もあとわずかになりました!」
「秋の収穫が無ければ、数週間で底をつきます!」
「で、あるか。城ですらこのようならば、下々の者はますます困窮しておる事だろうな……」
オブナガはぴんとはねた口ひげをいじりながら、しばし考えにふけります。
そして。
「ならば戦ぞ! 隣の小さな国に攻め込むぞ!」
『!?』
「殿、小さな国とは同盟を結んでいたはずでは?」
「是非も無い! このままではいずれ食べるものが無くなり、民は飢えて死ぬ! ならば、その前にまわりの国を攻め落としてでも食べ物を奪うのだ!」
おとなりの国ははじめ姫の国よりも大きく、戦がとても強い国です。
はじめ姫の小さな国とは仲良くしていたはずなのですが、戦いをしかけようというのです。
「時間と食糧は待たぬぞ! とくとかかれい!」
『ははっ!』
オブナガの命令にこたえて、家来たちはただちに戦の準備に取りかかりました。
「ツナデはおるか?」
『はっ、ここに』
天井裏からスタッと降りて来た紫色の髪の美女が、オブナガの前で恭しくひざまづきます。
くノ一らしく胸元が空いた忍者装束と、ミニスカートに網タイツといった妖艶な格好をしています。
「小さな国との国境にある森では、時おり雨が降るという噂があるが本当か?」
「はっ。間者の調べによると、雨を降らせることができる小さな国の姫がその森に追放されているとのこと。国境の森で雨が降るのはその影響かと思われます」
「で、あるか! ならば、雨を降らせる姫をさらって、この国に連れてくるのだ!」
「御意!」
ツナデと呼ばれたくノ一はオブナガに頭を下げると、再び天井裏へと消えます。
さあ、大変! こうして、はじめ姫とはじめ姫の国はおとなりの国から狙われることになってしまったのです。
*
数日後。
はじめ姫の小さな国とおとなりの国の境目にある森の中。『森人の村』では、森人の子供たちがのんきに遊んでいました。
「おーい、はじめー。みんなで『ぼんさんがへをこいた』やろうぜー」
「『だるまさんがころんだ』じゃないのですか?」
「ぼ・ん・さ・ん・が・へをこいた!」
森人の子供たちは、鬼になったエリンが十を数える間に走ったり止まったりを繰り返します。ところが。
ずべしゃ!
「うえええん、痛いですー」
はじめ姫が転んでしまい、膝をすりむいて泣いてしまいます。
すると急に空が曇り、ドザザーッと雨が降ってきました。
カエルたちもケロケロケロと、はじめ姫を心配そうに見ています。
「おーい、アロエー。またはじめが泣いてるから、ケガを治してやってくれー」
「はいはあい」
頭からトゲトゲのついた葉を生やした、癒し系のキダチアロエの森人がやって来て、はじめ姫の傷を手当てします。
「わははー、はじめはあい変わらず泣き虫だなー」
茶化すエリンに、くすんくすんと鼻をすするはじめ姫ですが。
「でもはじめが泣き虫のおかげで、いつも雨が降るから助かるなー」
「わーい、雨だ雨だー」
「おいしいおいしい」
「ごくごくごく」
草や木、植物の妖精である森人たちには、はじめ姫が降らせる雨は大歓迎。
あーんと大口を開けて飲んだり、根っこの足から水を吸い上げたりしています。
自分の国にいたころは、雨を降らせるはじめ姫は厄介者あつかいでしたが、森人たちは雨をとても喜んでくれます。
この村に来て本当によかったなあとはじめ姫が思うと、いつの間にか天気は晴れやかになりました。
「えー、もう終わりかよー。もっと泣いて、雨降らせてくれよー」
そうだ、そうだーとまわりの森人たちもエリンに同調します。
「えぇ……」
良く言えばおおらか、悪く言えば雑な森人たちとはじめ姫がそんなやり取りをしていた、その時。
ピーン!
エリンの頭から、一本の菌糸がアンテナのように突き立ちました。
「んん? 侵入者か?」
「エリン、どうかされたのですか?」
「あー、村の外に張り巡らせてる菌糸レーダーに何か引っ掛かったみたいだ。ちょっと様子を見てくる」
そう言ってエリンはジャンプ一番、木の上に飛び乗ると、枝を飛び移りながら村の外へと向かいました。