助け合いの心と三すくみ
でも、いつも楽しいばかりではいられません。
はじめ姫はお母さまをなくしたばかり。
悪い夢を見て目を覚まし、夜中しくしく泣くこともあります。
「お母さま……、どうしていなくなってしまわれたのですか……」
自らが降らせる雨に打たれて、打ちひしがれるはじめ姫。
そこへエリンがやって来て、シイタケの傘をスッと差し出します。
「そんなとこにいたら、カゼひくぞー。『カゼ』ってどんなもんか知らんけど」
「……」
はじめ姫はうつ向いたまま返事がありません。
胞子から生まれたエリンには、親をなくした人の気持ちは分かりませんので、なんと声をかけていいか見当もつきません。
そこで、何か楽しいことをしようと思いました。
「ぽんぽんぽぽん、ぽんぽぽん。キノコ忍法、ヤコウタケ!」
ふわっとエリンは胞子を振りまきます。すると。
「イルミネーションの術!」
ぽこっ、ぽこっ、ぽぽぽぽぽぽこぽこぽこっ!
ピンク、オレンジ、イエロー、グリーン、ブルー、パープルと、蛍光色のキノコが暗闇の中、辺り一面に生え広がりました。
「今日は雨で湿ってるから、いっぱい生えたなー」
「うわあ……」
光るキノコが作り出す幻想的な光景に、うっとり見とれるはじめ姫。
「おっ、なんかエリンが面白そうな事をやってるぞ?」
「ありゃ? はじめ姫ちゃんが泣いてるな。大丈夫か?」
「どうしたどうした?」
キノコの輝きにつられて、森人たちもぞろぞろと集まってきました。
「はじめー、元気出せよー。おいら達がいるから寂しくないぞ。明日も一緒に遊ぼうぜー」
「ありがとう……、エリン……」
*
森人の村でも、時にはお勉強をします。
先生の森長老のところに森人たちが集まり、青空教室が開かれます。
はじめ姫もエリンと並んで授業を受けます。
「今日は『助け合いの心』について話をしようかのう。お前さんらは『三すくみ』というものを知っておるかの?」
なんだそれ? しらなーい。それってうまいのかー? と、生徒たちからざわざわと声が上がります。
「ふむ。じゃあ、『じゃんけん』は知っておるかの」
それはしってるー、グーチョキパー! と、答えが返ってきました。
「さよう。グーは石、チョキはハサミ、パーは紙。石はハサミに勝ち、ハサミは紙に勝ち、紙は石に勝つ。これを『三すくみ』と言う。強い者にも必ず弱点はあるということじゃな」
「えー、おいらは強いけど弱点なんかないぞー」
話を聞いていたエリンが、自信満々に立ち上がって胸を張ります。
エリンはキノコ忍者。
世界中のあらゆるキノコを使いこなす、その実力は森人たちも認めるところですが。
「弱点は無いとな? 本当に苦手なものは無いのかの?」
森長老からじーっと見つめられると、エリンは照れくさそうに。
「えへへへ。そういやー、おいらナメクジが苦手だった」
あははははと、生徒たちから笑い声が上がりました。
「だって、あいつらヌメヌメしてるうえに、おいらの体をかじろうとすんだぜ。気色わりいよなー」
「ナメクジと言えば、『虫拳』というものがあるぞい。蛇はカエルに勝つが、ナメクジには負けるというものじゃ」
「えー! ナメクジが蛇に勝てるのか? どうやって?」
エリンと村人たちは興味津々に森長老に聞きます。
「ナメクジの粘液が蛇のウロコを溶かすとか、ナメクジを食べた蛇が中から腹を食い破られたらしいとか、諸説あるのう。そして、ナメクジは……」
「あと、おいら怒ったクリスタルねーさんも苦手だなー」
村人たちから笑い声が上がりかけた、その時。
しゃららーん。
どこからともなく、タキザワ・クリスタルがおやつのアップルパイを持って現れました。
「せっかく美味しいものを持ってきたのに、いきなりごあいさつだわねえ」
クリスタルはエリンの両方のほっぺたを持って、びよーんと伸ばします。
「ほっほっほ。まあともかく、強い者も必ず弱点があり、弱い者にも必ず強い所があるのじゃ。だから、我々もお互いに足りないところは補って、助け合っていこうではないか。みんな分かったかのう?」
『はーい!』
「足りないところを助け合う……」
はじめ姫は、いつもエリンたちに助けてもらっているので、いつか自分もみんなを助ける事ができたらいいなと思いました。
びよーん。
「ひたいひたい、ひゃめてくれよー」
「ホントにあんたのほっぺたは気持ちいいわねえ。ほれほれ」
「はじめー、たすけてくれー」
*
秋はお月見、芋ほり、栗ひろい、紅葉狩り。
冬はかまくら、雪合戦、お餅つき。
春は、お団子を食べながらお花見。
森人の村は楽しいことがいっぱい、はじめ姫はめくるめくような日々を過ごします。
そして、一年の月日が経ちました。