タキザワ・クリスタル
「さっ、食え!」
どーん!
石で出来たテーブルの上、はじめ姫の目の前に山盛りにされているのは真っ黒な土の塊。
「腹減ってんだろー? 遠慮なく食べろよ」
言いながら、エリンは土の塊を自分の口に運びます。
「うんめえー!」
「え? えっ? これはただの土では……?」
「ああ、森人ならみんな大好き『腐葉土』だ。今日のは特別うめえぞー。食わねえの?」
そういって、腐葉土をモリモリ食べるエリンに、はじめ姫は目を丸くします。
その様子を見かねて、森長老は助言をしました。
「ほっほっほ。エリンや、人間は腐葉土を食べないんじゃぞ」
「えっ! まじで? それ早く言ってくれよー」
「ご、ごめんなさい……」
「じゃあ、おまえは何を食いたいんだ?」
「えっと……、お米とか、お野菜とか……」
「あと、動物性たんぱく質も取らないといかんのう」
「そっかー。んじゃあ、はじめが食えそうなものを持ってくるー!」
そして、しばらくして。
どどーん!
村人たちが持ってきた米や芋や野菜。エリンが獲ってきた川魚と余ったキヌガサダケが、そのままテーブルの上に山積みにされました。
「さっ、腹いっぱい食え!」
「えぇ……」
「ほっほっほっ。生のままじゃ無理じゃのう。ちゃんと調理をせねば」
「えーっ、『ちょーり』ってなんだよー? ニンゲンってめちゃくちゃめんどくせーのな」
「ご、ごめんなさい……」
『こらこら、女の子にそんな事言っちゃダメじゃないの』
しゃららーん。
どこからともなく現れたのは、日の光を受けて輝くシルエット。
目を凝らして見れば、それは水晶で出来た身体を持った、人形のような女性の姿です。
「あっ、クリスタルねーさん!」
「クリスタルねーさん?」
彼女も森人なのでしょうか。ですが、他のみんなとはすこし雰囲気が違います。
「あなたがはじめちゃんね? こんばんわ、タキザワ・クリスタルです」
「まだ、昼だぞー」
「うるさいわねえ、ちょっと言ってみたかっただけよ」
エリンたちとは知り合いなのか、気安く話をしています。
彼女のあまりの美しさにぼう然とするはじめ姫。
「きれい……」
「あら、ありがとう♡」
「ああ、クリスタルねーさんはきれいだけど、怒ったらめちゃくちゃおっかねーから気を付けろよー」
すると、クリスタルはエリンのほっぺたを掴むように、片手でアイアンクローを仕掛けます。
「こらこら、第一印象が悪くなるからそんな事言っちゃだめでしょ。『おもてなし』するわよ?」
ぶにーっ。
「おもてなひはひやれふ。ほめんなはい」
「分かればいいのよ」
クリスタルはエリンを解放すると。
「ほら、わたしは全然怖くないわよ♡」
「ほらと言われましても……」
はじめ姫はドン引きです。
「おお、クリスタルや。お前さんは人間界の事に詳しいじゃろ。はじめ殿の口に合うような料理を作ってくれんかの」
「そのつもりで来ました。おまかせ下さい」
しゃらんとクリスタルが手刀を閃かせると、シュタタタタと芋や野菜を切り刻みます。魚も一刀のもとにさばきます。
「エリン、火を使いたいからカエンタケをちょうだい」
「ほいきた」
「火は危険じゃから気をつけてのう」
クリスタルは見事な手さばきで米を炒めたり、魚や野菜を煮たり焼いたりします。
「出来たわよ」
「すごい……」
リゾット風ごはん。フライドポテトや魚のムニエル。キヌガサダケのソテー。その他並んだ料理の数々。
「では、いただくとするかのう」
『いっただっきまーす!』
洋風の料理は見たことがないはじめ姫。一口食べると、瞳をキラキラと輝かせます。
「おいしいです!」
料理の腕もさることながら素材の味も絶品です。もともとお腹が空いていたこともあって、もりもり食べるはじめ姫。
「おかわりもいっぱいあるから、遠慮なく食べてね」
「はい!」
「ふーん。ニンゲンはこういうのを食べるんだなー」
「ほっほっほ。食文化を知ることが、お互いを知ることの第一歩じゃな」
*
「ワシら森人は、人間界でいうところの『妖精』というものじゃ」
「妖精……?」
デザートのいちごのショートケーキをつつきつつ、「森人さんって、なんですか?」というはじめ姫の疑問に森長老は答えます。
「さよう。何らかの原因で異常に長生きした植物が『妖精化』したものがワシら森人。じゃから、動ける事以外の生態は元々の植物と大差ないのじゃよ」
「ちなみに、おいらの身体はキノコの菌糸で出来てんだぜー」
「私はエリンたちと違って、山で生まれた鉱石の妖精よ。正確には森人じゃなくて、あなたと同じ居候なの」
そう言って、クリスタルはくすっと笑います。
森人たちのゆかいな人柄と明るい雰囲気に、辛いこと続きだったはじめ姫にも少しずつ笑顔が戻ります。
お腹も満たされ落ち着いたせいか、思わずあくびが出てしまいました。
「おお、もう夕方か。そろそろお開きにするかのう」
「そうね、はじめちゃんも慣れないところに来て疲れたでしょ?」
「いえ、わたくしはそんな……」
「疲れたんなら、寝るのが一番! おいらも寝るぞー」
と言いつつ、エリンは地面にゴロンと寝転がります。
「はじめも寝ようぜー」
「えっ、ここでですか?」
「こらこら、女の子を地べたで寝させるんじゃないの。はじめちゃんが住む家を作ってあげなさいな」
クリスタルはエリンをたしなめますが。
「『いえ』って何だ?」
「家ってのは、こうこうこういう形で、中に人が入れて……」
「穴の空いたキノコみてーなやつだな。よしきた」
エリンとはじめ姫とクリスタルは、村の端の地面が平らなところに移動します。
「この辺でいいか? ぽんぽんぽぽん、ぽんぽぽん。キノコ忍法、マッシュルーム!」
ぽん、と茶色いキノコが地面から生えます。そして。
「『マッシュ部屋』!」
ぼんっ! とマッシュルームがはじめ姫よりも何倍も大きく膨れ上がり、屋根付きの立派なお家が建ちました。
「すごい……」
「中にはベッドもあるから、寝っ転がってみろよ」
キノコの中に入ると、そこには大きな寝具が置いてあります。
「珍しいお布団……」
はじめ姫が寝てみると、その寝心地の良さにおどろきです。
「気持ちいい……」
「エノキダケを敷き詰めてるからなー。体圧を分散して、肩や腰とか体重が集中する部分の負担を軽くし、寝返りもしやすくて通気性も抜群。寝るものを快眠へと誘うぜー!」
「すー、すー……」
「って、もう寝てるし」
「はじめちゃんはお疲れなのよ。ゆっくり寝させてあげなさいな」
クリスタルははじめ姫の寝顔を見て、髪をなでつけてあげます。
「はじめちゃんが自分の国でどんな扱いをされていたかは聞いているわ。エリン、やさしくしてあげなさいよ」
「もちろん! はじめはおいらのトモダチだぜ!」
ふんすっ、と力強く答えるエリンにクリスタルは満足そうに微笑みます。
こうしてはじめ姫の、エリンたちと一緒に過ごす森人の村での生活が始まるのでした。