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望まぬ転生~異世界でみた景色~  作者: 千秋の果実
第一部 農村での暮らし
9/30

努力の成果

汗がポタポタと地面にシミを作る。

それを眺めながら、スコットさんに救ってもらったあの日を思い出す。

膝に手を置いて中腰だった腰を上げ、俺はまた走り出した。


俺は、あれからも欠かさず日課を続け、二歳になった。


あの日から、スコットさんとは二人きりの時に前世の事や、転生後の話をした。


スコットさんは、前世ではアメリカの大学病院の助教授だったそうだ。

やはり、凄い人だった。

五十四歳で心臓麻痺で亡くなり、この世界に転生した。

(俺のように、変な謎物体が現れたりはしなかったそうだ)

そして、俺と違い年相応に見える振る舞いをして成長した。

赤ちゃんプレイでは、以外にも意気投合。

スコットさんも変態なのかもしれない。


成長してから、スコットさんはこの世界でも医者になりたいと思ったが、治癒魔法があるせいか前世のような医者はこの世界にはいない。

そこで、治癒魔法を取得し治療院で働いていたそうだ。

その時働いていたのは、この国の南に位置する聖王国の治癒魔法学会という大きな組織に属するところだったらしい。


しかし、スコットさんは残念ながら治癒魔法はあまり得意ではなかった。

患部のイメージは完璧なのだが、()魔力(ラカ)を練るのが上手く出来ないらしい。

そこで、俺にしたように傷ついた人の心を癒すのをメインに働いていたが、周りはスコットさんの理論が理解できず、治癒魔法が碌に出来ないから患者と喋ってサボっているだけの奴と、白い目で見られたのだとか。

そして、ついには治癒魔法学会から追放となり、聖王国では治癒魔法使いとして働くことは難しくなったそうだ。

治癒魔法学会は、それだけ聖王国では幅を利かせているらしい。


それから聖王国を離れ、地方を彷徨っている時に、当時治療院の無かったこの村に辿りつき、一から作る自分の治療院なら、周りから理解されなくても自分の望む治療が出来るのではないかと思い、治療院を開いて今に至るとのこと。


あれから、俺とスコットさんは同じ転生者同士、仲間のような意識で結ばれている。

スコットさんも転生者に会うのは俺が初めてらしく、よく前世の事を話しては盛り上がる。

日本とアメリカ、国の違いや年代の違いがあろうが、人は仲良くなれるんだと実感した。


実感と言えば、最近自分が変化したのを感じる。

治療院のスージーさんとも普通に話せるし、クロネルの畑から治療院に行くまでに出会う村人とも、怖がらず対応している自分がいる。

きっと、スコットさんの言う通り自信が俺を支えてくれているのだと思う。


自信を持てるようになった要因である日課だが、着実に成果が出ていた。


以前は、午前中いっぱいを走るのに二、三十回は休憩していた走り込みも、今では五、六回の小休憩で走れるようになった。

錬気の生成も最近やっと意識を失わずに練れるようになり、今日にでもそのことをクロネル達に伝えようと思っている。


文字習得も順調だ。

治療院には絵本の他に、「治癒魔法の手引き」「人体の構造」「薬草大全」という四冊の本があった。

この世界では、本は貴重だがスコットさんが頑張って集めたらしい。

俺は、絵本が読めるようになった後、前世の知識が活用できる「人体の構造」という本を読み、文字を読むことに関しては、ほぼ完璧になった。


次は、書けるようにしていきたい。

だがその前に、残った二冊の本も読むつもりだ。

特に、「治癒魔法の手引き」。

たまにやっている魔法のイメージトレーニングも効果が出ていないし、やはり思念について理解するのが一番だと思うのだ。

今日にでも、これを読んでその理解を深めたいと思っている。


-----


午前の走り込みを少し早く終え、クロネルの元へ向かう。


「父さん、ちょっと話があるんだけど」


中腰で植物をいじっていたクロネルが腰を上げ、こちらに顔を向ける。


「ん?なんだ?」


「錬気なんだけど、僕練れるようになったみたい」


途端、クロネルがさっきまでいじっていた植物の方へ倒れて身体が半分埋まった。


え?そんな驚くこと?

相変わらずオーバーだな。

これ、実は教えてもらった二日後には出来ていましたなんて言ったらどうなるんだ。


「ほ、本当なのか?まだ、教えて半年だぞ」


そこまで疑われると、本当に練れているのか不安になってきた。


「う、うん。た……ぶん」


植物から生還したクロネルが、近寄ってくる。

あっなんか嫌な予感。

これまた泣きながらホールドされるんじゃないの?


だが、予想に反してクロネルは真剣な顔で言った。


「なら、今ここで見せてみろ」


えっ?なんか予想と真逆。

そもそも、見せろと言われても錬気って目に見えないよね?


「父さんは、錬気が練れているかどうか見て判断できるの?」


「できん!だが、やってみろ!」


意味がわからないよファザー……


そのまま、数秒二人で見つめ合う。

クロネルは腕を組んで仁王立ち。

俺は、そんなクロネルを見上げる形。


仕方ない。よく分からないがやるか。


「分かった。今からやるから見てて」


立ったままいつもの精神統一のイメージで目を閉じる。


胸の中心に気と魔力を集め、混ぜ合わせる。

すると、胸の中心にピンポン玉程度の錬気が出来る。

始めた当初は、ここで意識を失っていた。

だが、この半年の成果はこれからだ。


さらに、気と魔力を注ぎ込み錬気の塊を大きくしていく。

大きく大きく。

やがて、錬気がソフトボール大の大きさになった。

この後、どれだけ気と魔力を送ろうがこの大きさ以上にはならない。

俺の錬気の大きさはここが限界なのかもしれない。

だが、構わずに気と魔力を送り続ける。

錬気は、密度が高いほど強い力を引き出せると聞いたからだ。

錬気の塊に気と魔力がもう入りきらないというところまで注ぎ続ける。

そして、完成だ。

胸の中心に力の塊を感じる。


そして、俺はそっと目を開けた。


「出来たよ、とうさっ……」


映りこんできた視界の光景を見て、俺は目を疑った。

クロネルが固く拳を握りしめ、低く腰を落として踏み込んでくる姿があったのだ。


まっまさか、父さん!

二歳児がそんな大人の本気の攻撃を受けたらシャレに……


反射的に避けようとするが間に合わない。

低いアッパーカットのようなパンチが俺の胸の中心をぶち抜いた。


バキバキバキッ!


殴られた衝撃で身体が後ろに飛び、地面に背中を強かに打ち付けた。

あああああー!絶対今の骨が折れた音だ!

なんでこんなことするんだクソ馬鹿親父!頭おかしいだろ!


て、あれ?痛くない。

地面に仰向けに転がったまま胸をさする。


「……」


「あああああああー!」


絶叫が聞こえて、そちらを見るとクロネルが右手を抑えて悶絶していた。


「骨がー!骨が―!」


えっ?ちょっと待って。

さっきの音は、俺の身体が壊れた音じゃなくて、クロネルの右手が奏でた不吉な音だったの?

なんで?

いや、まずは考えるよりクロネルを何とかしないと。


「父さん!大丈夫!?」


膝立ちになっているクロネルの肩を掴んで、問いかける。


「だっ大丈夫だ。骨折ならイザベルが治してくれる。それしても、ネロ。お前の錬気固すぎるぞ」


言われて先ほどのクロネルの行動の意味が何となく分かった。

錬気は、胸の中心で練るので、全身に行き渡らせなくても胸の辺りだけは強化されているのだろう。

だから、錬気が練れているか確かめるためにクロネルは俺の胸を殴ったのだ。

しかし、俺の錬気が固すぎてクロネルが負傷してしまったと……


でも、自分の骨が折れてしまうほど本気で殴るか?普通。

どんだけ、俺の錬気の強度を信じてたんだよ。

だが、そんなことよりもまずは治療だ。


「父さん、ともかく治療院へ行こう」


「あ、ああ……」


-----


治療院に着くとイザベルが血相を変えて近づいてきて、治療を行った。

そして、事の経緯を聞くと。


「いくらネロを信用してるからって、自分の骨が折れる程の力で殴る馬鹿がどこにいるのよ!もし、ネロの錬気が弱かったら、ネロが大怪我してたとこなのよ!」


もっと、言ってやって下さいよ奥さん。


「すまない。だが、俺の時も師匠には本気で殴られたもんだから……」


「言い訳しない!あんたはその時成人でしょ!ネロは二歳!分かってる!?」


「す……すまない」


「ほんといつまで経っても馬鹿なんだから。それにしてもネロ。無事で良かったわ。怖かったでしょう?」


「ううん、大丈夫だよ。母さん。父さんのへなちょこパンチなんか痛くも痒くも無かったよ」


「ネロ……」


イザベルがそっと俺を抱きしめた。

それを見てクロネルが「へなちょこパンチ……」と小さく呟いていた。


そこに、スコットさんとスージーさんが近づいてきた。


「いやー!それにしてもネロ君!二歳で大人の骨を粉々にしちゃうほどの錬気を練れるなんて凄いねー!あたしゃビックリ仰天だよー!」


両手を上に挙げながらスージーさんが言う。


「スージーの言う通りだ。普通じゃ考えられない。どんな鍛錬をしたんだい?」


鍛錬はしたが、それは両親に隠していたので言いずらい。

だが、もういいか。あれが、練りたてですとは言えないし。


「毎日の走り込みで気の鍛錬を行って、夜寝る前に意識を失うまで錬気を練るのを約半年続けました」


クロネルが、今にも顎が外れそうなほど、口をぽかんと開けた。

そして、責められるどころか仰天した様子で食いついてきた。


「半年前って、教えた直後じゃないか!その時には、もう練れてたってことか!?」


「う、うん。ほんとに小さくだけどね。すぐに意識も失ったし」


クロネルの顎が外れた。

イザベルが下からカンッっと叩いてそれを治した。

クロネルが治った顎をさすりながら続ける。


「普通はそんなすぐ練れるものじゃない。しかも、毎日限界まで練るとはな。錬気は練るだけでも、気と魔力を消費するから両方とも結構な量になってるんじゃないか?」


魔力は使えば使うほど増える。

今の言い方だと気も同じなのかな?


「さーどうなんだろ?魔力と同じで、気も使えば使うほど増えるの?」


「あー増えるぞ。だからこそ、ネロの錬気はあれほど固くなったんだろう」


そうか、確かにね。

てか、それなら走り込みしなくても、精神統一だけしてれば良かったんじゃなかろうか?

……いやいや、無駄なことなんてないはずだ。

あれで、気も増えてるし精神力だって鍛えられたはずだ!

それにしても、頑張った自信はあるけど、たった半年で皆が驚くレベルのものにまでなるのだろうか?

幼少期に使えば飛躍的に伸びるってやつかな。ゴールデンエイジみたいな。


そんな事を考えていると、イザベルが心配そうな顔で俺に言った。


「今まで無事で良かったけど、隠れて無理して……駄目よ」


これが、普通の親の反応だよね。クロネルが悪いとは言わないけど。


「ごめんなさい。でも、もう意識を失うことも無くなったから大丈夫だよ」


そこに、またクロネルが驚いた様子で割って入ってきた。


「意識を失わないって、いくら錬気を練ってもか!?」


「う、うん。なんか僕の錬気の大きさは決まってるみたいで、それ以上は大きくならないんだ。だから、密度を上げるために、もっと気と魔力を送るんだけど、これも途中から入らなくなっちゃうんだ。きっと、僕の才能の限界なんだよ」


すると、周りの人達が固まっていた。

クロネルは、また顎が外れた。

最初に、口を開いたのはスコットさんだった。


「錬気の大きさに限界があるのは、錬気を魂で練るからだよ。だから、魂の大きさ以上にはならない。普通は、この魂の大きさ一杯になるまで錬気を練れる人も少ない」


そうか、錬気って魂で練ってたんだ。初耳ですよ。

しかも、ソフトボール大なんですね。驚きですよ。

そして、そこまで練れる人は少ないと。えっ?


次にイザベルが続けた。


「それに、大きさの限界に達した人の中で、密度に限界を感じたなんて話は聞いたことがないわ。過去にそういう人はいたかもしれないけど……恐らくネロの錬気は、歴史上の英雄に匹敵する凄まじい強度になっているんじゃないかしら……」


えい……ゆう?

そんなまさか。俺が英雄並みだって?

嫌だなー奥さん。冗談きついですよ!

それにね、そんなこと言うと浮足立つ人がーーー!


考え事の最中に、身体を待ちあげられ振り回された。

ご存知、クロネルだ。顎は自分で治したらしい。


「英雄!英雄だ!ネロはやっぱり英雄になる器の男なんだ!フ―!」


スージーさんが拳を上下に突き上げながら、それに乗っかる。


「え・い・ゆ・う!え・い・ゆ・う!え・い・ゆ・う!」


それにもちろんクロネルも加わり、しばらく俺は二人の英雄コールを聞きながら、恥ずかしい時を過ごした。


だから、英雄なんて目指してないですって。

大切な人を守れるだけの力をつけるのが俺の目標。

ただ……自分の努力で力を手に入れられたことは、素直に嬉しかった。


-----


さて、クロネルも畑にもどり、普段の落ち着きを取り戻した治療院。


俺は、「治癒魔法の手引き」を読んでいた。


この本を読んで分かった事は、まず魔法には火・水・土・風・光・闇・無の七属性があり、治癒魔法はその内の光属性にあたるという事。

そして、治癒魔法の行使方法だが、これは患部の原型をイメージし、それを思念に反映して魔力で患部を修復することで治癒を促すと書かれていた。

原型を鮮明にイメージすればするほど綺麗に治り、逆にイメージが拙いと綺麗に治らない、または治癒できないとのことだ。

つまり、人体の構造を把握していないと、治癒魔法は使えないという事だ。

だから、この治療院には【人体の構造】なる本が置いてあるのだろう。


この世界の治癒魔法の難易度は、大雑把に言うと簡単な順から、裂傷、筋肉断裂、骨折、内臓損傷となる。

要は、イメージのしにくい身体の内部になる程、癒すのが難しくなる。

ちなみに、部位欠損の修復は不可能とされている。


そして、肝心の思念に関する記述だが……

本にはこう書いてあった。


[魂を核とした精神体から発するエネルギー。感じ取るためには、センスが必要。感じ取ろうとして出来なかった方は、この本を今すぐ閉じた方がよろしいでしょう。それが、あなたの時間という貴重な財源を無駄にせずに済む方法です。凡人の努力ほど見苦しいものはありません。今すぐ諦めるのをお勧めします]


本を床に叩き落としてやろうかと思った。

こいつ、一言も二言も多いんだよ!本に自分の主観織り交ぜてくんなよ!

最初の方の治癒魔法の説明とかは普通だったろうが!

飽きたのか!?途中から飽きちゃったのか!?許されねーぞ、そんなこと!


なんて名前の奴だ!絶対覚えといてやる!と思い、著者欄を見ると【エルラ】と書いていた。

エルラ。

忘れねー。ぜってー忘れねーからな。

生きてるかどうか知らないが、もし会ったら絶対文句言ってやる。


ともあれ、この本では思念の感じ取り方については分からなかった。

思念は魂を核とした精神体から発するエネルギーらしいが、そんなこと言われてもチンプンカンプンだ。

魔法のイメージトレーニングも効果がないし、残された魔法を使う為の手段は……タバコか。

つまり、火種熾しを使う事。

……それは、今は使わないと決めた。


いいじゃん、魔法は使えなくても錬気は練れるようになったんだ。

それを、伸ばしていけばいい。

次のステップはいよいよ身体強化だ。

だが、これがなかなか上手くいかないのだ。

なので、明日はちょっとクロネルに相談してみようと思う。


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