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望まぬ転生~異世界でみた景色~  作者: 千秋の果実
第一部 農村での暮らし
7/30

自己研鑽

タバコもどきの製作を一時諦めた翌日の朝、俺はクロネルと一緒に畑に来ていた。

錬気を練るために気を鍛えようと思ってだ。

先日畑に来た際、クロネルから練習するといいとの言葉を貰っていたので、それに甘えた形だ。


気は走れば鍛えられるらしいので、今日はともかく限界まで走ってみようと思う。


「よしっ!それじゃ、父さんは仕事をするから、ネロは遠くに行き過ぎない範囲で走るんだぞ!無理は禁物だからな!しんどくなったらしっかり休めよ」


「分かった」


返事を一つ、俺は畑の周りを走り始めた。

朝露に濡れた草を踏みしめながら、トテトテと。


トテトテ、トテトテ

トテトテ、トテトテ

トテトテ、トテトテ


「ゼェーハー!ゼェーハー!」


体感で三分も走ってない頃、膝に手をついて、肩で息をする自分がいた。


スピードもそんなに出したわけじゃないのに。

これが、一歳児の体力か。

そりゃ、無理に錬気なんか練ると意識が飛ぶわけだわ。


ちなみに、錬気が練れた事はクロネルやイザベルには言っていない。

今の状態で練ると、すぐに意識が飛んでしまうので心配させてしまうことになる。

なので、伝えるのは意識が飛ばないようになってからにしようと思っている。


それにしても、なんて体力の無さだ。

これは、錬気の事を両親に伝えるのは当分先かもしれない。

まずは、こまめに休憩を取ってちょっとずつ走る時間と速さを伸ばしていこう。


というわけで、畑の横手にある木陰で一休み。


クロネルが仕事をしている風景を視界に入れながら、木の根元に座り込む。

身体を撫でる風が気持ちいい。鳥の声が心を安らがせてくれる。

しばしボーっとした後、気合を入れて立ち上がった。

運動して休んだ後特有の気怠い感じが全身を襲う。


「あー……」


意味もなく声が出た。


「よし!」


頬を両手で叩いて、再度スタート!


トテトテ、トテトテ


「ゼェーハー!ゼェーハー!」


「あー……」


「よし!」


トテトテ、トテトテ


以下、省略。




やった、やってやった!

午前中を休みながらも走りきったぞ!

身体が酷く重く、歩くのも辛いが。


「おい、ネロ。やり過ぎじゃないか?何もそこまで。じじいみたいな歩き方になってるぞ……」


「いや、父さん。僕は限界を超える人間になりたいんです。そのためにはこれしき……くっ」


疲れが脳まできているとしか思えないことを言ってしまった。

限界を超える人間とか目指してねーよ。

それに、最後の「くっ」ってなんだよ。


しかし、クロネルはこれを間に受けたようで……


「そうだったのか。お前は俺が思っていたよりも上を目指してるんだな!分かった!父さんも全力でサポートするからな!目指すは伝説級の英雄だ!」


いや、英雄とか別にいいですから。

しがらみとか過ごそうじゃないですか。


「いや、父さん。あの……」


「大丈夫だネロ!お前ならなれる!母さんにも協力してもらうよう言っておくからな!」


やめて!恥ずかしいからやめて!


「父さん今のは、じょうだ……」


そう発言を訂正しようとした時、ふと見るとクロネルは泣いていた。


えっなんで泣いてんの?

何処に心の琴線あるの?


「嬉しい……俺は嬉しいぞ!内気だと思っていたお前が、そんな大きな夢を抱いていたなんて!立派になれよ!ネロー!」


ガシッと身体をホールドされる。

鼻をすする音が肩口から聞こえる。

言い訳できない状況になってしまった。

クロネルってちょっと熱すぎない?


もう、別にいいか。

英雄なんてなれっこないけど、訓練はしっかりやっていくつもりだし。


「と、父さん。ありがとう。頑張るよ」


そう言うと、クロネルは離れてくれた。


「おう!頑張れよ!」


満面の笑みだ。

涙と鼻水のオプション付きの。


俺、そんな心配されてたのか。

ちょっと罪悪感だよ。

でも、クロネルの反応は過剰すぎて、人によっちゃ引いちゃうから気を付けてね。

傷つきそうだから、言わないけど。


とりあえず、この話はあまり深く話したくないので、話を逸らそう。


「父さん、そろそろ母さんの治療院に行きたいんだけど……」


「おう!そうだったな!本を読みたいんだったか?流石、英雄を目指す奴は違うな!よし!なら、イザベルのところへ行くか!」


「うん、お願い」


道中、クロネルが「どんな英雄がいいんだ?」とか、「やっぱり娶るのは一国の姫か?」とか聞いてきた。

俺はそれに、「そこまで具体的には……」と言葉を濁して答えた。


そして、やっと治療院に着いた。

良かった。解放される。


クロネルは、イザベルに興奮しながら何かを話し、畑へ戻って行った。


イザベルが近づいてきて、目線を合わせにっこり微笑んで言った。


「英雄に憧れるなんて、ネロも男の子ね。母さんも応援するわね」


良かった。反応がマイルドだ。

感覚として、小さい子がプロ野球選手やパイロットに憧れるのと同じようなものだと思ってくれているのだろう。


「それじゃ、英雄になるためにも過去の英雄の事は知らないとね。この前、スージーが読み聞かせていた絵本を今日はお母さんが読んであげる」


なんだろう。

英才教育が始まった気がする。

イザベルって教育ママゴンなの?

うちの両親どっちも過保護じゃない?


まあでも、過程や内容はどうあれ当初の目的である文字を覚えるという事は出来そうだ。

文字を覚えて治療院にある治癒魔法に関する本を読む。

それが、当面の目標だ。

そこで、思念の事について調べたいと思っている。


なので、椅子に座り待ち構えているイザベルの膝の上に乗り、おとなしく絵本を読んでもらう。


「それじゃあ、読むわよ。ふふっ。昔々あるところにルクスという少年がいました。ルクスは、錬気という力を使いこなし、また魔法をも操れる天才として町では有名でした。ある時、ルクスがいつものように森で狩りを行っているとー・―・―」


イザベルが何故か楽しそうだ。

そんなに、俺を英雄にしたいのだろうか。

妙な事を口走った自分が憎い。


それはともかく、意気揚々と話してくれているイザベルには悪いが、俺はこの本の内容はスージーさんに読んでもらって把握している。

なので、内容はあまり耳に入れず、単語と音を拾っていく。


本の内容は、剣も魔法も使える凄い魔法剣士が、次々と魔物を倒していき、最後にはドラゴンすらも単騎で倒して伝説になったという話である。

スージーさん曰く、これはおよそ四百年前にあった実話らしい。

ドラゴンを単騎で倒すと、この世界では伝説級の英雄になるということは、クロネルとイザベルの期待に応えるには俺ドラゴンと戦わないといけないの?


絶対嫌なんですけど。

ファンタジー世界でドラゴンって言ったら最強の部類じゃないですか。

確実に死にますって。


そこまで、強くなる気はないんですよ。

俺は、そんな大層な人間にはなれません。

大切な人を守れる程度でいいんです。


そんな事を思っていると、話が終盤に差し掛かっていた。

しまった。余計な事を考えていて、途中から聞いていなかった。


「-・―・―そしてルクスは、伝説の魔法剣士として、人々に語り継がれるようになったのです。おしまい。どう?楽しかった?」


正直、一度聞いた話なのと途中から聞いてなかったので楽しいとかはない。

しかし、勉強をしたいのでイザベルが許す限り何回も読んでもらおう。

なので、ここは満面の笑顔で。


「うん、楽しかった。もう一回、読んでくれる?」


我ながら姑息だ。ごめんなさいイザベル。


「仕方ないわねー。じゃあ、もう一回ね。昔々あるところにー・―・―」


もうすでに四回話を聞き、五回目に突入した時、スコットさんが近寄ってきた。

ちなみに今日は、スージーさんはお休みで、治療院にはイザベルとスコットさんだけである。

サボるなと言いに来たのだろうか?

俺のせいでごめんなさいイザベル。


「イザベル悪いね。ちょっといいかい。今シスターがいらっしゃってね。孤児院の方で骨折をしてしまった子供がいるらしいんだ。私の手には余るから、悪いが行ってやって欲しい」


「ッ!分かりました!すぐに行きます。シスターは外に?」


「ああ、入り口の所にいるよ」


「ネロ、ごめんね。母さんお仕事に行かなきゃいけなくなっちゃった。また今度ご本読んであげるからね」


「うん。いってらっしゃい母さん」


「ええ、行ってきます」


そう言うとイザベルは、急ぎ足で治療院の入口へと向かって行った。


残されたのはスコットさんと俺のみ。

スコットさんとは、挨拶程度しかした記憶がない。

少し怖い。人間不信的な意味で。


しかし、恐れるな。スコットさんはイザベルの同僚だ。つまり仕事仲間だ。

俺は、イザベルを信用してる。イザベルもきっとスコットさんを信用してる。

だから、俺もスコットさんを信用できる!

うん!ちょっと気が楽になった。


「ネロ君は今、文字を覚えているのかい?」


「はっはい。まだ、全然読めないですけど」


よし!まだ少し緊張気味だけど途切れずに話せた。

心の中でガッツポーズしていると、スコットさんは笑いながら言った。


「そんな緊張しなくていいよ。私まで緊張してしまいそうだ」


「すっすみません」


「いや、謝ることもないさ。ネロ君は人が怖いのかい?」


穏やかな目で見つめられながら、唐突に核心を突かれた。

でも、一歳児にそんな質問普通するだろうか。

俺の両親に対する態度と、その他の人への態度の違いを見ても、人見知りの類か何かだと解釈すると思うのだが……

この人には何かあるのかもしれない。


俺は、不思議な期待を抱きながら、隠さず話してみることにした。


「はい、正直に言うと両親以外は少し怖いです」


「そうか……昔ね、君と同じような子と会ったことがある。君はあの子と同じ目をしているよ」


思わずスコットさんの顔を凝視してしまう。


「その僕と同じような子はどうなったんですか?」


「残念ながら、自殺したよ」


目の前がくらくらしたかと思うほどの衝撃を受けた。

スコットさんは、なんで俺にこんなことを言うんだ。

遠回しに君は死ぬよって言ってるのか?

だとしたら、なんて陰険で意地の悪い人なんだ。

怒りが湧いてきた。


「私の事を嫌いになったかい?」


「いいえ、嫌いになる程の仲でもないですし。ただ、嫌悪感があります」


「それでいい。人は優しすぎると壊れてしまうんだよ。自分の感情は素直に認めてやるのが、上手く生きるコツだよ」


何を言っているのだろうこの人は。

見透かしたような事を一歳児にベラベラと。

俺は、スコットさんを睨んだ後、絵本を手に取り黙々と勉強に励んだ。

何かあると期待したが、ただの変な奴だ。

もう、あの人とは話さないようにしよう。



暫くして、イザベルが戻ってきた。

そして、読み聞かせが再開し、途中患者がくれば中断し、また再開。

それをイザベルの仕事が終わるまで繰り返し、二人で帰路に着いた。


家に帰って昼食を食べていなかったのを思い出し、イザベルの母乳が餌食となる。

最近、乳首が大きくなってきたと思う。


その後、夕食を取り一人自分が生まれた部屋で考え事をしていた。


今日、スコットさんに言われた事だ。

昼間は、感情が表に立って言葉の意味を冷静に受け止めきれなかったが、今思い返すと大事な事を言っていた気がする。

そもそも、あの人はなんであんな事を言ったのだろう。

本当に意地が悪いだけなのだろうか。


そして、自分の反応だ。

前世であんな事を言われたら、委縮してしまっていたかもしれないのに。

いや、そうだ。

面と向かってあんな酷いことを言ってくる人はいなかった。

俺が経験したのは陰で悪口を言われることだ。

面と向かって言われると、俺は腹を立てるのか。

なぜなのか、自分でもよく分からない。


そして、気になったのは最後の助言のような言葉。


「それでいい。人は優しすぎると壊れてしまうんだよ。自分の感情は、素直に認めてやるのが上手く生きるコツだよ」


優しい……か。

自分が優しいなんてことは思わないが、生前壊れてしまったのは事実だ。

上手く生きるには、自分の感情を素直に認めると言っていたが、俺の感情はいつも素直だ。


人を前にすると「怖い」だ。


それでは、上手くなんて生きていけないのは前世が証明している。

あの人は、何がしたかったんだろう。

俺を、助けようとしたのか?何故?

考えてもよく分からない。

また、あんな事を言われたら堪らないし、今後もあまり関わらないようにしよう。



考え事が一段落したので、あらかじめやろうと思っていた事を実行に移すことにした。


今、俺はベッドの上にいる。

これからしようとすることからしたら、都合がいい。


するのは精神統一だ。

それは、以前行った錬気の生成である。

今の段階では、少し練るだけで意識が飛ぶので、寝る前のベッドで行うことにした。

これなら、意識が飛んでも、ただベッドで寝ただけだと認識される。


という事で早速実行。


まずは、座禅を組んで手はへそのあたりで輪っかを作り、目を閉じる。

これが、錬気を生成するのに効率がいいのかは知らないが、形は大事だと思うのです。


前回と同様に、身体を覆う気と身体の中を漂う魔力を、胸の中心で練り合わせる。


すると、胸の中心にまたもやピンポン玉程度の力の塊が出来た。

前回は、これを全身に行き渡らせようとしたが、今回はこの塊を大きくすることに挑戦したいと思う。

身体強化は、まずは錬気を十分練れてから行おうと考えたのだ。


気と魔力を、出来たピンポン玉に注ぎ混ぜ合わせ、それを繰り返す。

すると、直径が5ミリ程度だが大きくなった。


やった!


そう思った矢先、俺はまたもや昏倒した。


-----


「ネロ。起きて。もう朝よ」


前回と同様、イザベルに起こされる。

身体が、バキバキに痛くて怠い。頭も重い。

昨日は、午前は走り込み。午後は勉強。夜は、錬気の生成だもんな。

そりゃ、身体も悲鳴を上げるわ。


「また、こっちで寝ちゃったのね。別にいいけど、お布団ぐらい被って寝ないと風邪引いちゃうわよ」


「うん、ごめん母さん。今度からそうするよ」


布団から、降りて朝食をとる。

クロネルが「辛そうだが、今日も畑にくるか?」と誘ってきた。


正直、今日は休みたい気分だ。

しかし!辛いと思った時こそ頑張りどころ!


「うん、行く」


「さすが、英雄を目指す奴だ!」


別に、伝説の英雄なんか目指しちゃいないが、大切な人を守れるぐらい強くなりたいのは事実だ。

なので、俺はまた昨日と同じように畑へ向かった。


その日が、俺の悩みを一気に解決してくれる日だとも知らずに。


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