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望まぬ転生~異世界でみた景色~  作者: 千秋の果実
第一部 農村での暮らし
5/30

母親の慈愛

【イザベル視点】


私の名前はイザベル。

元冒険者で、今は治療院で働く十七歳の一児の母である。


クロネルが息子のネロと交流を深めるため、畑仕事に連れ出してから何時間か経った。

産休に入ってお休みしていた治療院の仕事は明日からで、今日はお休みだ。

そろそろ、お昼も近いので今は台所で昼食の準備をしている。


クロネルは、上手いことやっているだろうか。

あの人は、少し調子に乗るところがあるから心配だ。

ネロもそういうところを、苦手に思ってそうだし。


かく言う私も、人の事ばかり心配もしていられない。

ネロは、私に対しても何か遠慮しているのだ。

遠慮がないのは、母乳を吸っている時ぐらいだろうか。

たまに痛いぐらいに吸ってくる。

おかげで、随分乳首が大きくなってしまった。


これ、乳離れしたら元にもどるのかな……

ちょっと憂鬱だ。


そんな事を考え昼食の準備をしていると、二人が帰ってくる気配があった。

玄関まで出迎えに行くと、クロネルが満面の笑みを浮かべて親指を立てた。

ネロもいつもの自信のないような態度ではなく、心なしか顔が晴れやかに見える。


どうやら、上手くいったようだ。

心の底から良かったと思える。

ネロの心持ちは、私も酷く心配していたから。


クロネルが上手くやったのなら、次は私の番だ。

気を引き締めていかないと。


昼食を取りながら、クロネルとネロは畑であったことを話している。

香辛料のことやら、剣士が使う錬気の事など。


「父さん、クールの煙は依存性のある有毒なものが含まれていたりする?」


「いや、そんなことはないと思うぞ。日々料理に使う物だからな。煙にもそんな依存性のある有毒なものは含まれないだろう。クールの匂いで中毒になったという話も聞かないしな」


ネロはいつものように途切れ途切れの話し方ではなく、流暢に言葉を交わしており、クロネルの事も【お父さん】ではなく【父さん】と呼んでいる。

こう見ると、とても一歳半には見えない。


そんな光景を目の当たりにして少し疎外感を覚えてしまう。

早く私もネロと心を通わせたい。

そんな思いが伝わったのかは分からないが、ネロが私に話しかけてきた。

普段、受け身のネロからすると珍しいことだ。


「お母さん。あの、後で火種熾しを貸して、その、欲しいんだけど」


クロネルに話すように流暢ではないが、前よりも少しこちらに歩み寄った物言いのような気がする。

クロネルと打ち解けたことで、良い方向に気持ちが向かったのかもしれない。


「ええ、構わないわよ。でも、何に使うの?」


「錬気を練るために、その、魔力の流れを感じたくて。父さんが、それなら、魔道具を使えば良いって言ってたから」


「確かに魔力の流れを掴むには、魔道具を使うのが良いでしょうね。でも、ランプとかじゃダメなの?」


「お母さんが火種熾しを使うのを見ていて、自分も使ってみたいって、あの、ずっと思ってて。あれ、魔法みたいだから」


何とも微笑ましい理由だった。

錬気に興味を持ったり、魔法に興味を持ったりと、好奇心旺盛で男の子だなあと思う。


「分かったわ。じゃあ、昼食を食べたら、お外で一緒に使いましょうか。火種熾しは、小さくても火が出るから一人じゃ危ないしね」


ネロは少し俯き加減の上目遣いで、こちらを見つめて「ありがとう」と言った。


ああ、ネロは可愛いなあ。

早く私もネロとの距離を縮めたい。


まずは、火種熾しを使って少しでも距離を縮めよう。


-----


昼食を終えて、私とネロは裏庭にいた。

私の手には、火種熾しが握られており、目の前には水を汲んだバケツがある。


「じゃあ、始めましょうか。見たことがあるとは思うけど、まずはお母さんがやってみるから見ていてね」


「うん」


火種熾しは、20センチくらいの細い筒状の魔道具で、魔力を吹き込む為に細くなった側と、火種を起こす為に直角に曲がり大きめに開いた側とがある。


ネロがそれを見て、「やっぱり、キセルだよな……」と呟いた気がする。

キセルとは何だろう。聞き間違いだろうか。


意識が逸れたが、気を取り直して火種熾しを口に咥える。

息を吹き込むイメージで魔力を流し込んでいく。

すると、先端の大きめに開いたところから、小さい火の玉が浮かび上がり目線の高さまで浮上する。

その火の玉に、ふぅと息を吹きかけてバケツの方へ向かわす。

そして、鎮火。

一連の流れは終了だ。


「こんな感じよ。先端を咥えて、息を吐くイメージで魔力を流しこむの。上手く魔力を流し込めれば火が起こるわ」


「吸うんじゃなくて、吐くの?」


「え、ええ。だって、吐かないと魔力が伝わらないでしょう」


「それもそうだね。ごめんなさい。変な事を聞きました」


やった!ネロの言葉遣いが少し流暢になった。

後半敬語なのが少し気なるけど。

しかしこの子、興味を持った物には積極的になるみたいね。

午前の成果を話してくれたクロネルが言っていた通りだ。


でも、なんだろう。

ネロの中では火種熾しを何か別の物と比較しているような印象を受ける。

何処かで、似たような魔道具を見たのだろうか。


いや、そんなはずはない。

ネロは、今日までずっと家に居たのだから。

そして、火種熾しと似たような魔道具は家にはない。


そうなると、構造からそうではないかと推測したということだろうか。

間違ってはいたが、一歳半でそんな思考をするとは、末恐ろしい限りだ。


「それじゃあ、ネロもやってみましょうか。まずは、自分なりにこうかなって感じでいいからやってみましょう。そこから、改善点を見つけていけばいいわ」


「うん」


ネロは火種熾しを手にし、口を近づけた。

そして、目をつむり集中している。


すると、火種熾しの先端から小さい火の玉が浮かび上がった。


ネロは興奮した様子で「やった!母さんやったよ!」と私を振り返って言った。


母さんもやったよ!

クロネルと同じように、呼び方が【お母さん】から【母さん】になった。

興奮しているとはいえ、少しでも気を許してくれた結果だろう。


「ホント!凄いわネロ!普通一回で魔力の操作なんて出来ないのに!大したものだわ!あと、火はそのままじゃ危ないから、バケツの水に入れてね」


するとネロは「そうだった」と言い、火の玉にふっと息を吹きかけバケツに火の玉を入れ鎮火させた。


「それしても、どうやって一回で出来たの?もしかして、隠れて練習してた?」


ニヤッと笑って聞いてみる。


「なんか、咥えた瞬間に出来るような気がして……それで目を閉じたら身体の中に漂ってるような何かを感じたから、それを口から吐いたら出来たんだ」


一歳半にして、一発で魔力感知と操作を行うなんて本当にこの子は天才なのかもしれない。

あと、言葉遣いから確実に距離が近づいているのが分かる。

この調子でいこう。


「そう。身体の中の魔力を感じられたのね。じゃあ、何回か試してその感覚を忘れないようにしよっか」


「分かった」


ネロはそう頷くと、何回も火種熾しで火を熾した。

私は、それをたまに「どう?なれてきた?」など声を掛けながら見守った。

やがて、数十回火を熾したところでネロがふらついた。


魔力を使い過ぎたのだろう。

それにしても、ネロは相当魔法に憧れを抱いているのかも知れない。

火種熾しを使う様は一心不乱だった。

これは、回復魔法を使う職場に連れて行ってもきっと喜ぶだろう。


「ネロ。疲れたでしょ。今日はこの辺にしとこっか。あと、魔法に興味があるなら、明日お母さんのお仕事を見てみない?明日からお母さんもお仕事に行かなきゃいけないんだけど、ネロはまだ小さいからお留守番も出来ないし一緒に来て欲しいの。良い?」


すると、ネロは飛びつくように「行きたい!」と言った。


やはり、魔法に興味があるようだ。

今日の一件でも仲は深められた気がするし、明日はもっと絆を深められるようにしたい。

嬉しそうに笑うネロを見て、改めてそう思った。


-----


翌朝、ネロを伴って治療院へ向かった。


道中、声を掛けてくる村人に、ネロはぎこちないながらも返事を返していた。

クロネルから聞いた話よりも、すこし肩の力が抜けているのではないかと思う。


そうして、治療院へと辿り着いた。

小さな村の治療院とあってそんなに大きなものではない。

一見するとただの民家だ。


治療院の中へ足を運ぶと、いつものように男性と女性が一人ずついる。

同僚のスコットさんとスージーだ。

この治療院は、私を含めこの三人で運営している。

スコットさんは、この治療院の創設者で三十歳の男性だ。

スージーは私の後輩で歳は十六。

その片割れの一人、スージーが私たちを見て声をかけてきた。


「あー!イザベル先輩!こんにちは!この子が今日から預かる息子さんですか!?可愛いですねー!目以外は、イザベル先輩とそっくりです!」


「えーありがとう。ごめんなさいね。仕事場で子供を預かってもらうなんて」


「いえいえー!全然大したことないですよ!三人だけの治療院ですし、逆に賑やかになって良いってもんですよ!ねっスコットさん」


「そうだね、私も同性の人数が増えてくれて嬉しいよ」


「二人ともありがとう。この子は基本的に大人しいから、あまり迷惑はかけないとは思うのだけれど……極力、仕事の邪魔にならないように気を付けるわね」


「まーまー大丈夫ですって!そんなに患者さんが頻繁に来るわけでもなし、のんびりお話でもして過ごしましょう。お子さんはネロ君って言うんでしたよね?初めましてネロ君!」


スージーがにっこりと微笑みながら語り掛けると、幾ばくか緊張した様子で、ネロも「はじめまして、ネロです」と返した。

通常の一歳半の子が見せるような反応だろうか。

その反応を見て、「うー可愛い!」と身悶えるスージー。

そこにスコットさんもやってきて挨拶をした。


「はじめましてネロ君。私はスコットという。よろしくね」


「はい、こちらこそ、よろしく、お願いします」


ぺこりと頭を下げるネロを見て、スコットさんも相好を崩した。

こうやって、私達両親以外の人と話すのは、ネロにとっていいことではなかろうか。


「じゃあ、ネロはとりあえずそこの椅子に座ってよっか。お母さんも仕事しなくちゃ」


ネロを壁際の椅子に座らせ、自分は貫頭衣のような制服を服の上から身に着ける。

カルテの整理などしながら、時間が過ぎていった。


ネロの相手はスージーが行ってくれていた。

棚にある絵本を持って、「それじゃ、ネロ君にはおねーさんが楽しいお話を聞かせてあげましょう!」などと言って、読み聞かせをしている。

私でもやったことがないのにと、大変申し訳なく思った。

同時に、ちょっと羨ましいとも。

今度は私がしてあげよう。


そこへ、朝第一号の患者がやってきた。

二十歳程度の男性だ。

畑で怪我をしたらしく足を引きずっている。

患部を見ると、ごっそりとふくらはぎの肉が削がれていた。

赤々しい肉が見え、血が滴っている。

ひどい傷だ。

聞くと、一緒に畑仕事をしている農夫が鍬を振り下ろした時に、誤って当たってしまったらしい。

男性は必死に痛みに耐えて汗まみれだ。


私は、即座に治癒魔法を試みる。


患部の少し手前で手をかざし、足が元通りになるのをイメージ。

手から青白い光が溢れ、患部を包んでいく。

すると、ゆっくりと幹部が再生していき、数分かけて傷が癒えた。

男性は、「さすがイザベルちゃんだ。あんがとよ!」と言うとまた畑仕事に戻っていった。


すると、背後から視線を感じた。

振り返るとネロが、びっくり仰天という顔でこちらを見ていた。

そして、トトトっと駆け出すと私の傍まで来て言った。


「母さん!今のが治癒魔法!?僕にも教えて!」


物凄い食いつきだ。目が爛々としている。


よし、これはチャンスだ。

出来る限り力になってあげよう。

そこで、まずは魔法について説明する。


「魔法って言うのは、魔力に思念を練り合あせた()魔力(ラカ)を使って発動するの。それを、体外に放出して世界に干渉することで、自分の描いた事象を発生させる。魔道具は、魔力だけで動くけど魔法はそうはいかないの。だからまずは、錬気と同じように思念を感じるところから始めないとね」


するとネロは、またかよっと顔に出そうな程うんざりした顔になった。

これは、いけない。

面倒だからと、やりたいことを避けるような子にはなって欲しくない。

やりたいことがあるなら、全力で取り組んで欲しい。


「ネロ。こう考えよう?魔力の流れは把握できたから、あとは思念を感じるだけだって」


「うーん、そうだけど……」


「最初は苦労するかもしれないけど、お母さんにも出来たのだもの。ネロにもきっとできるわ!」


実は、魔法は誰にでも使えるものではない。一種の才能と努力が必要だ。

しかし、私はネロのやる気を削がない為にも、それは言わなかった。

錬気も同じだけど、恐らくクロネルも同じ理由からそれは言ってはいないだろう。


「……コツとかある?気の時は、走れって言われたけど……」


「そうねー……思念ってイメージが力を持ったようなものなの。だから、最初は魔法を使うイメージを繰り返せばいいわ。あと、ここには治癒魔法の本があるから、それを読むのもいいかも!」


言った直後しまった!と思った。ネロはまだ本なんか読めない。

それをしろという事は、面倒な事を増やしたに過ぎない。

また、やる気を削いでしまう。


しかも、一歳半の子供に読書を勧めるなど普通では考えられない。

そもそも、成人になっても字が読めない子がほとんどなのだ。

この歳でそれが出来るわけがない。

スコットさんとスージーも心なしか困った顔をしている。


しかし、ネロの反応は違った。


「本当!?なら、あっちの本読んでいい?」


輝かんばかりの笑顔で、本のある棚を指差した。


私はあっけに取られたが、同僚二人に視線を向け確認をとった後、にっこりと微笑んで「ええ、いいわよ」と答えた。


その後の仕事中、ネロは本や私の治癒魔法を眺めたりして過ごし、時間が経っていった。

お昼休憩で家から持参したお弁当を仲良く食べ、午後も午前と同じように過ごし、私たちは帰宅した。

帰宅途中、ネロは私に対してたまに笑顔なんか見せながら流暢に話をしてくれた。

その姿を見て心が穏やかになった。



この二日で、はっきりと分かった事がある。


うちの息子は、特殊だ。

一歳半の有様ではない。

それゆえに、人との距離を少し測りかねているのかもしれない。

だが、昨日今日で私も少しはこの子の心に近づいたのではなかろうか。


私は特殊であろうが、この息子を世界で一番愛している。

クロネルは悪いが二番だ。

そんな、息子の成長を心身共に支えていく。

それがきっと、私の人生の役目なんだ。


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