父親の努力
【クロネル視点】
俺の名前はクロネル。
ドナント王国の外れにある、トルネ村の農夫をしているイケメンナイスガイな十八歳だ。
基本的に俺は、この村から出ずに育ってきた田舎者だ。
なので畑を耕すことしか能がない。
十五歳の成人以降、周りから嫁は取らないのかと度々言われてきたが、どうも乗り気になれなかった。
村の娘は器量の良い女ばかりだと思う。
幾人かは、こちらに少なからず好意を抱いてくれているのではと思う子もいた。
しかし、何故だかしっくりこなかった。
俺は男色の気でもあるのだろうかと不安に思ったこともしばしば。
しかし、そんな俺にも春が来た。
それは、十六歳のまさに春のこと。
俺はイザベルと出会った。
そして、ある出来事を経て、彼女のハートを射止め今に至るってわけだ。
さすが俺。
やってやったぜ。
しかも、今や俺も一児の父親だ。
生まれた息子は、目は俺に似ているが、顔のつくりはイザベルそっくりだ。
きっと、でかくなったらさぞ男前になるだろう。
そして、恐らく息子は天才だ。
俺が言うと親馬鹿にしか聞こえんが、そうではないかと思ってしまう。
まず、言葉を理解するのが異常に早かった。
俺達の言葉は全て理解しているような素振りを見せる。
それに、俺たち両親の前ではそうでもないが、一人でいる時ぶつぶつと流暢に言葉を話しているのを、俺は知っている。
これは、イザベルも確認している。
魔道具を見ては「なるほど、こうなっているのか」とか、外の景色を見ては「今日は雲の流れが速いから、雨でも降るのかな?」など、凡そ一歳半の子供が話す内容ではない。
村のガキどもを見てきたが、一歳半といえば多少なりともこちらの言葉を理解し、話す言葉は二、三語だ。
それと比較すると、息子の優秀さが際立つだろう。
そんな将来有望な期待感も相まってか、俺は息子を溺愛している。
もちろん優秀なんかでなくても、俺は息子を愛す。
この先、後天的に知能障害が起ころうが、この気持ちは変わらない。
息子の為になら死んでもいいと思っている。
こんな感情を抱くのは、イザベルと出会った当初以来だ。
しかし、そんな俺の溺愛ぶりとは裏腹に息子とは距離を感じる。
委縮しているというのだろうか。
母親のイザベルも同様の悩みを抱えていた。
これは、親として由々しき事態だ。
親に胸襟を開けない幼少時代など、辛いなんて言葉で表せられる類のものじゃない。
きっと、身を裂かれる思いだろう。
そんな状況にしてしまっている自分が情けない。
そこで、少しでも心の距離を縮めようとイザベルと話しあった結果、二人の職場へ連れていき、外の世界に触れながら息子の興味を引くようなものを見つけ、それを糸口に関係を改善しようということになった。
明日からイザベルが仕事復帰で、ネロをその職場で預かってもらうつもりなのでちょうどいいのもある。
というわけで、まずは俺から行動だ。
「ネロ、明日父さんの畑へ遊びに来ないか?」
いつもの夕食の折、そんな風に訪ねてみた。
対するネロは一瞬ビクッとし、しばし思案顔になる。
そして、おもむろに口を開いた。
「お父さん、の、畑って、薬草とか、ある……?」
薬草?なんで薬草なんかに興味持ってるんだ?
イザベルが治療院で使うからか?
ともかく返事だ。
「すまない、薬草は残念ながらないな。でも、新鮮な野菜がいっぱいだぞ!香辛料の素になる植物なんかもある!土弄りもなかなかどうして、やってみると楽しいぞ!」
するとネロは「香辛料……」と小さく呟いた後「行きたい……」と、自らの意思を表明した。
今まで、自分から何かをしたいと言わない子だったので、これは良い兆しではないだろうか。
「よし!なら行こう!父さんが、畑仕事で輝いているところをバッチリ見せてやるからな!ハハハッ!」
ネロはそんな俺を見て、微妙な顔をした後、
小さく「うん……」と言った。
何か失敗しただろうか。
分からん。
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翌朝、俺たちは手を繋いで畑を目指して歩いていた。
村の皆がネロの姿を見ては声を掛けてくる。
「おやっその子がクロ坊の息子かい?可愛いねー」
「イザベルさんの息子さんかい!男前になりそうだなー!」
「ネロ君だよね?こんにちは」
それに対して息子は、俯き加減で頷いたり、小さく挨拶などを返している。
俺達親に対する態度よりも、なお消極的だ。
元々気が小さいのかも知れないな。
そして、そうこうするうちに目的の我が畑まで着いた。
俺は、手を大きく横に開き自慢の畑を指し示した。
「さー!ここが父さんの畑だ!どうだ!広いだろう!」
息子は、おーという声がでそうな顔をしている。
「うん、凄い広い」
よしよし、掴みは上等じゃないか。
今日は、仕事は二の次だ。
ネロが興味を引いたものを引き合いに、徹底的に交流をはかっていこうと思う。
「で、お父さん、これから、どう、するの?」
「そうだなー。とりあえず、今日はネロが昨日言っていた香辛料の素となる植物をみるか!」
うちの畑には、ピリッとした味の料理の味付けや肉の臭みを消すピスナという香辛料の素となるトルクスと、料理の風味付けに使うクールという香辛料の素となるクルボロという植物が生えている。
「父さんの畑には、トルクスとクルボロという2種類の香辛料の素となる植物が生えている。ネロは、どっちから見たい?」
「じゃあ、トルクス」
「よし!トルクスだな!こっちだ!」
トルクスのところまで案内し、植物の説明を行う。
「これは、ピスナというピリッとした味のー・―・」
しかし、あまり好印象ではないようだ。難しい顔で説明を聞いている。
小さい声で「コショウ……」と耳慣れない単語を呟いたのみだ。
これがダメなら次だ!次!トライアンドエラーあるのみ!
「次は、クルボロだ!これは、料理の風味付けに使うクールという香辛料の素となる。風味としては、スーとして口の中が爽やかになる感じだな」
そこで、ネロの顔が真剣味を帯びた。
おっこれが正解か?
なら、押していこう。
「どうせだ!手に取って、葉の匂いを嗅いでみるといい。加工前でも少しスーとした匂いがするぞ!」
するとネロは「うん」と一言、葉を手にとって鼻に近づけた。
そして、その後何度も確かめるように匂いを嗅いでいる。
匂いフェチなんだろうか。
「お父さん、これは燃やすとどうなるの?もしくは、燻すと」
息子の言葉が急に流暢になった。
心なしか早口で興奮しているようにも思える。
これは、当たりを引いたのかもしれない。
しかし、一歳半がこのレベルで話すと違和感が半端ないな。
燻すとか、どこで覚えたんだ。
「燻すとどうなるかは父さんも知らないが、燃やすとその香りの煙が出るらしいぞ。香辛料として使う時は、その葉を乾燥させて匂いを強くするそうだ」
「マジですか……」
ん?
今、息子らしからぬ言葉を聞いた気がする。
気のせいか?
「父さん!このクルボロの葉少しほしいんだけどいい!?」
おぅ。
俺の呼び方が【お父さん】から【父さん】になった。
食いつてくれたのは嬉しいが、急激な変化で少し戸惑うな。
しかし、心の距離は確実に近づいているだろう。
これでいい。
「あーいいが。何に使うんだ?乾燥させてクールを作りたいのか?」
「うん、そのつもり。この匂い気に入っちゃって」
「それなら、クールは香辛料として家にも置いてあるぞ?」
「そうなの?でも、どうせだし新鮮な物の匂いを楽しみたいかな」
「そうか。なら、持って帰るといい。数枚ならなんの問題もない」
「ありがとう!」
満面の笑みでお礼を言われた。
そんな笑顔見たことないぞ。
可愛いじゃねえかちくしょう。
これは、畑に連れてきて大正解だったな。
「次は、何するの?」
もう、途切れるような話し方をしない。
これが、息子本来の姿か。
嬉しい。
やっと心の通った会話が出来ている気がする。
ここは一つカッコいいところでも見せて、さらに親睦を深めるか!
場所は移動して、何も植えていない土地へ。
ここは、新しい作物を植えるために耕している途中だ。
たまに大きい石などがあり、作物を植えることなど到底できない固い土地だ。
この場所で一つカッコつけたいと思う。
近くの納屋から鍬を持って来て、固い土地の上に立つ。
「ネロ、よく見てろよ」
そこで、鍬を大上段に構え一振り。
素早く振り下ろす。
鍬は、残像を残しそうな速さで土へと容易く侵入する。
そして、鍬を引き上げ土を均す。
それを、後方へ下がりながら繰り返す。
順調に、振り下ろされていた鍬だが、途中で固いものと衝突した。
バガーン!と音を立て、土が爆ぜ、石の破片がそこらに飛び散った。
鍬の刃は欠け、柄も折れてしまった。
相当大きな石と衝突してしまったらしい。ぽっかり空いた穴の大きさから、五十センチくらいだろうか。
これは、面倒なことをしてしまったと思い、一度作業を中断する。
すると、ネロが酷く驚いた様子でこちらを見ていた。
「父さん、今の動き何?しかも、鍬で石を粉々って……」
ふふん。驚いてる、驚いてる。
作戦成功だ。
これぞ、俺がイザベルを手に入れるのに一役買った技だ。
万能じゃねえか。
「気になるか?これはな、剣士が使うような錬気ってもんで、身体能力を向上させてるんだ。この村には引退した剣士がいてな。その人に教えてもらったんだ」
「凄い!父さん凄いよ!」
「ふふん。そうだろう、そうだろう。この技は、母さんを魔物から救うのにも役立った技だ。覚えておいて絶対に損はない!お前も母さんみたいな綺麗な奥さんが欲しいだろ?」
「欲しい!すっごく欲しい!」
言っといてなんだが、一歳半で異性に興味を抱かせるような発言ってどうなんだろう。
そして、それを恐らく正しい意味で肯定しちゃった息子も。
ネロ、本当に早熟だな。
将来がちょっと心配だよ。
この事は、イザベルには内緒だな。
ともあれ、錬気というのは実は誰にでも使えるものではない。
それなりの素質が必要だ。
しかし、ここまで興味を持っている以上、背中を押してやるのが親の務めだろう。
「よし!なら、今日は今から特訓するか!」
「うん!まずは、何するの?」
「まず、錬気ってもんについて教える。これは、気と魔力を胸のあたりで練り合わせたもので、密度が濃い程強い力を引き出せる」
「ふーん、気と魔力ってどうやって練り合わせるの?」
「まずは、練り合わせるよりも気と魔力を身体で感じ取れるようにならないといけない。てことで、今日は走るぞ」
「え?走る?」
「そうだ。走れば、気が鍛えられる。その鍛えられた何かを感覚で掴むんだ」
「本当にそれで気を感じ取れるようになるの?」
「ネロはまず走って疲れるってことも分からないだろ?百聞は一見にしかずだ!憶測だけじゃなくてまずやってみる!大切なことだ!」
「う、うん。分かった。やってみる」
そして、俺たちは畑の周りを走りだした。
ネロは一歳半の身体をトテトテ動かして一生懸命走っている。
俺はそのスピードに合わせて、ゆっくり競歩程度のスピードだ。
十分もするとネロがゼーハー言い始めた。
このぐらいでいいだろう。
「どうだ、ネロ。しんどいだろ。これが、走るってことだ。そして、これを続けることで気は鍛えられる。その鍛えられた何かを身体で感じるんだ」
「気を感じるって言われてもいまいち……」
「そりゃ、すぐには無理さ。俺も時間がかかった。これから、暇な時は父さんの仕事についてきて、畑で練習するといい」
「う、うん。分かった。そうする」
よしよし、これで交流の機会をこの先も設けることができるぞ。
カッコつけるだけのつもりだったが、食いつてくれて良かった。
やっぱり、ネロも男の子。強いことに憧れがあるんだろうな。
「次は、魔力だ。これは家に帰って魔道具を使ってみるのが、一番早いだろうな。魔力を放出することが出来れば魔道具が動く。それで、魔力の流れを掴むんだ。魔力と気の両方を感じ取れるようになったら、次は、錬気の生成。そして、それを身体に行き渡らせて身体強化だ」
「み、道のりは長いね」
「ああ、だがその分やりがいもあるし、出来た時の感動も一入だ」
そうこうしている内に、日が高く上りお昼頃になっていた。
今日は、ネロも疲れただろうし、そろそろ昼食がてら帰るか。
「じゃあ、ネロ。昼食を食べに家に帰るか。父さんはまた午後畑に戻るが、ネロはどうする?疲れたなら、家で休んでいていいぞ」
「うーん、家で魔道具を使って魔力を感じる練習をしてみる」
「そうか。なら、ほどほどに頑張るんだぞ。倒れたら元も子もないからな」
「うん、ありがとう」
そして、俺達はぽつぽつとクールの作り方や、錬気について話しながら帰路に着いた。
帰り道、ネロは途切れるような喋り方をしなくなっていた。
ただ、道行く村人達には相変わらずな反応だったが。
まあ、これも後は慣れだろう。時間をかけて見守っていこう。
総評して、今回の試みは大成功だったのではないだろうか。
ネロの変化を目の当たりにして、やはり今までは俺に対して何か思うところがあったのだろうとは感じたが、結果的にそれを少しでも解消出来たようで良かった。
それに、錬気の特訓の約束も取り付けて、今後も交流をはかれる。
もし、この歳で錬気を扱えるようになれば、相当な錬気使いになるだろう。
ますます、将来が楽しみだ。
これからもこうして、俺は大事な息子と親子の絆を深めていきたいと思う。
たとえ、どんな事があろうと。