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準備

街道脇の森の木陰へ移動し、誰もいないことを確認してから、俺は自分の髪の毛を数本引き抜いた。

何本かは皮袋に入れて、背中に背負った背嚢に入れておく。


リフリカがそれを眺めて、口を開く。


「こんな隠れるような所で、何する気よ?」


「身体を成長させるんだよ」


「は?何言ってんのあんた?」


「まー見ててよ」


まずは、確認だ。


髪の毛を一本爪でひっかき、細胞活性化説のイメージで治癒魔法を髪の毛にかける。

すると、髪の毛がうねうねと動き長くなっていく。


うん、ここまではいい。


この現象から、身体から離れた部位でも治癒魔法がかけられることが分かる。

これは、旅立つ前に確認していたが念の為だ。


横でリフリカが「気色わる」と顔をしかめているが、それを無視して次の段階へ。

ここからは、まだ確認していない実験的な領域になる。


手の甲に剣で薄く切り傷を作る。

自傷行為は好きではないが仕方ない。


その傷口に先程と同じように、細胞活性化説のイメージで治癒魔法をかける。


すると、傷が塞がりボコボコと溶接したような肉腫ができる。

傷を治療するだけなら、この段階で治癒魔法を止めるが、今回の目的はそうじゃない。


俺は、肉腫が出来てもかまわず治癒魔法をかけ続ける。

肉腫がどんどん大きくなりサッカーボールほどのブヨブヨの肉の塊が出来た。


リフリカがそれを見て「うえー」と舌を突き出していたが、それをまたも無視して次の段階へ。


「ピラルカ、俺のこの腕を治す思念じゃなくて、このままの形での思念を送ってくれないか?出来る?」


『うん、出来るよ。出来るよ』


やっぱりか。


ピラルカは、きっと光の透過性を利用して物体の構造を把握しているんだ。

だから、治癒魔法のイメージでは鮮明にその物体の構造が分かる。

だとするなら、治すイメージでなくとも物体の構造が分かる思念は送れるということだ。


『いくよ。いくよ』


「ああ、頼む」


脳裏に、光でできた自分の手と、そこに張り付いた肉腫が投影される。


俺は、そのイメージの中で正常な手の細胞と肉腫のテロメアの長さを比較する。


(この辺の長さかな?)


適当に肉腫のテロメアを見繕い、その長さを脳裏にこびり付かせる。


イメージがフッと消える。


「ありがとう、ピラルカ」


『いいよ。いいよ。へへへ』


そこに、先ほどから無視されて面白くなさそうなリフリカが口を挟んできた。


「ちょっと、本当に成長なんて出来ると思ってんの?」


「出来ると俺は思ってる」


そう、出来ると思っている。


テロメアは、細胞分裂の度に短くなる。

そして、短くなれば細胞は老化する。

なので、細胞活性化説で細胞を何回も分裂させ、老化した細胞のテロメアの長さを治癒魔法の基準に据える。

そして、治癒魔法を身体全体にかけるのだ。

そうすれば、老化した細胞で構成された身体が出来上がる。


つまり、成長することが出来る。


ただ、傷を負っていない身体に治癒魔法をかけて発動するのか?という懸念はある。

しかし、俺の考えでは治癒魔法は、細胞の状態に明確な差異が出た時に発動するものだと考えている。

細胞の状態とは、遺伝子情報も含んでのことだ。

この考えが正しければ、今回の様に正常な身体と肉腫の遺伝子情報が異なる場合、治癒魔法は発動するはずである。


後は、それを確かめるのみ。


「ピラルカ、お願いがある。今から俺の思念を送るから、それで俺の身体全体に治癒魔法をかけてほしい」


『?』


ピラルカが、困惑しているのか俺の目の前を右に左にと行ったり来たりする。


「まあ、そうなるか。でも、やるだけやってみてほしんだ。それで、もし俺が肉の塊になったとしても構わず治癒魔法をかけ続けてほしい。それは、俺のパートナーのピラルカなら分かるよな?」


『わかる。わかる。でも。でも。大丈夫?大丈夫?』


「大丈夫さ。俺はピラルカを信じてるよ」


そう言うと、ピラルカはピタッと動くのをやめた。


『わかった。わかった』


「うん、よろしく。それじゃ、思念を……」


あれ?これどうやって送るの?

うん、こういう時はリフペディアさんだ。


先程から、蚊帳の外でつまらなさそうにしているリフリカに問いかける。


「リフリカ。精霊に思念ってどうやって送るの?」


話題を振られて嬉しいのか、嬉々として見下した表情をするリフリカ。


「そんなことも知らないの?はっ!成長するとか偉そうなこと言っといて、そんな初歩的なことも分からないなんて。ただの口だけの男じゃない」


はいはい、分かった分かった。


「リフリカの言う通り、俺は口だけの大したことない男だよ。だから、教えてほしい。この通り!」


そう言って頭を下げる。


それを見てリフリカは満足したようで、説明してくれる。


「仕方ないわね。簡単よ。思念をピラルカに与えようと念じるだけでいいわ」


おっホントに簡単だな。

別に聞かなくても良かったかもな。

ただ、お礼は言わなきゃな。


「ありがとう、リフリカ」


そう言ってニカッと笑うと、リフリカは複雑そうな顔をした後、いつも通りふんっと顔を逸らした。


複雑そうな顔の意味は分からないけど、まあリフリカらしい反応ですよ。

では、思念の送り方も分かったし、さっさと成長してしまおう。


ピラルカに肉腫のテロメアの思念を送る。

無事、思念は送れたようでピラルカが『じゃあ、いくよ。いくよ』と言う。


「ああ、頼む」


その瞬間、身体が淡い光に包まれる。

そして、身体の肉がボコボコと盛り上がり、俺は意識を失った。


-----


気が付くと、俺を覗きこむようにしてリフリカの顔があった。

背中には固い地面の感触。


あー、膝枕とかではないのね。


リフリカが目覚めた俺を見て、プルプルと震えている。

そんなに心配してくれたのか。

なんか嬉しい。


そう思っていると、リフリカがキッと俺を睨みつけて言った。


「あんた!なんてことしてんのよ!本当に成長するなんて!これじゃ世界のバランスが崩れかねないじゃない!」


おれ?怒られてんの?俺?


俺は、身体を起こしてリフリカと話をしようとするが、身体が、重い。長い。

何とか上半身を起こして、手足を見ると、見慣れた小さい手足ではなく、成人男性のそれだった。

それにスッポンポンかと思いきや、村の人からリフリカ用にと嘘をついて貰った服もしっかりと着せられていた。

リフリカが着せてくれたようだ。


こいつどんな顔で俺の裸見たんだろうな。


チラッとリフリカを見ると、顔を真っ赤にしている。


うん、きっとこの顔から怒りを抜いた感じだろう。


まあ、そんなことよりも成功したみたいだ。

だが、老化しすぎておっさんの可能性もある。

まあ、中身はおっさん間近だけど、どうせなら若い身体の方が良いじゃない?


目指すはセブンティーンですよ。

華の十七歳。

いい響きですね。


てことで、青春真っ盛りな年齢になっているかリフリカに聞いてみる。


「リフリカ。俺って何歳ぐらいに見える?」


あっ声が低くなってる。

スゲー。


などと内心関心していると、リフリカは怒気をはらんだ目で、顔を寄せてきた。


「そんなのどうでもいいのよ!あんた、私の言ってることの重大さが分かってんの!?」


「いっいや、ごめんなさい。分かりません」


「あんたのそれが広まれば、人間という種が進化したも同然よ。急激な変化に世界が耐えられなくなって、崩壊する可能性があるわ」


世界が崩壊!?

そんなスペクタクルな!


「や……やっでも、言いふらすつもりは最初からないよ。言ったって分かんない人が大半だろうし……」


リフリカが俺の額に人差し指を押し付け言う。


「言わなかっても、そういう事実があるって知れたらどうなんのよ。崩壊まではいかなくても、世界は揺れるわよ」


「そっそれは、分かってるよ。だから、バレないようにはするつもりだよ」


俺は、両手を交差して必死に訴える。

それを見ても、リフリカは疑わしそうな目で俺の目を覗きこんでくる。


顔近いよ。

キスするぞ、この野郎。


なんて馬鹿なことを考えていると、リフリカが口を開く。


「どうやってよ?あんた、その姿で村に戻んなきゃいけないんじゃないの?バレるじゃない」


「それは、大丈夫。元には戻れるから」


「どうやってよ?」


「さっきと同じようにして」


「また治癒魔法ってわけ?」


「そっそう」


たじたじとしながら答えると、リフリカは額に突き付けた指をどけ、やっと顔を離した。


あーちょっと残念。


離れた顔を真剣にしながら、リフリカが話す。


「元に戻れるだけじゃダメだわ。私の存在や、ピラルカの存在も村の人間には知られているのよ。その私達と成長したあんたが一緒にいたら、怪しむ人間は絶対出てくるわ」


内心の弛みを引き締め、俺も真剣な顔でそれに答える。


「それは俺も考えていた。だから、カモフラージュは考えてるよ」


「どうすんのよ?」


俺は、リフリカの赤と緑のオッドアイを見つめる。


「リフリカの目の色を変える」


その返答に、リフリカは「はぁ?」と一言声に出した。


-----


数時間後、赤い瞳が緑に変わったリフリカの姿があった。


「本当にこれで、目の色が変わってんの?」


「うん、バッチリだよ!」


俺は、成長した指でオーケーマークを作る。

あの後、容姿について改めてリフリカに聞いてみると、十代後半の見た目ということだった。

十七歳かは分からないが、成長は一発で成功だ。


そんな俺を見つめて、リフリカが腑に落ちないという顔で呟く。


「なら、いいけど……」


赤い目が緑になり、両目が緑、髪も緑の森っ子リフリカさん。

肩付近には、ピラルカがフヨフヨと浮いている。


こう見ると、光の精霊魔法を使うただの人間だ。


さて、リフリカの目の色をどうやって変えたかのか。


治癒魔法?


ノンノン。


今回は、ライトシールドで特殊なコンタクトレンズを作りました。

色は、光の屈折率によってその色が変わると前世で聞いたことがあった。

なので、リフリカの瞳の所の屈折率が変わるように、ピラルカにライトシールドの厚みを調整してもらい作ったのだ。


この屈折率の調整が大変だった。

俺は、光の特性に詳しいわけではないので、光を司るピラルカにお願いする形になったのだが、そのピラルカをもってして、困難を極めた。

ピラルカが人間なら、グズグズ泣きながらも歯を食いしばり頑張る姿を晒していただろう。


完成した時、ピラルカは今までにない重みで『やった……やった……』と呟いていた。


本当に、よくやってくれた。

当初、カモフラージュには眼帯を使おうと考えていたが、ピラルカがずっと傍にいると言ってくれたので、この方法が可能になった。


ただし、この間ピラルカは他の魔法を使えない。

こうなると、カモフラージュの為だけにずっと呼び出すような形になってしまった。

それを謝ると、ピラルカは『いいよ。いいよ』と言ってくれ、作るのはともかくライトシールドの維持はそれほど難しくないとの返答もくれた。


ピラルカは優しい子だよホント。


俺は、そんなピラルカに大いに労いの言葉と感謝を伝え、功績を讃えた。


そうして、ピラルカとばかり話していると、リフリカが口を挟んできて先の場面に至る。


そんな寂しがりやなリフリカに向けて、俺は口を開く。


「リフリカ、見た目は変えられたし、後は使う魔法を考えよう」


「そっそうね。それも考えないとね!」


緑の瞳で若干嬉しそうに見つめてくるリフリカ。


支離滅裂、傍若無人なところはあるけど、子供みたいに純真なやつだよホント。


「まず、リフリカは火と風の両方は使わず、一つの属性に絞ろう。リフリカはどっちの属性を主に使うの?」


リフリカが顎に拳をあて俯き加減で考える。


「そうね、好みは火だけど今後のことを考えると風にしとくわ」


そう言って、顔を上げた。


「なんでって聞いても?」


「あんた、錬気を使って凄い速さで移動するでしょ。それについて行くためよ」


なるほど。

風でスピードを上げるわけか。

ただ、自分で言うのもなんだけど、俺結構早いんだよな。

リフリカついてこれるかな?


「リフリカ、一回風でどうやって移動するか見せてくれない?」


「ええ、まあいいわよ」


そう言った後、リフリカの周りに風が吹き荒れ、その身体を宙に浮かした。

そして、まるで太陽に向かって発射されたロケットのように、凄い速さで上空へと飛翔していった。

リフリカが飛び立った風圧で周りの木がユッサユッサと揺れ、細い木なんかは折れた。

俺も、飛ばされないように瞬時に錬気を練って踏ん張った。


上を見上げると、太陽を背に浮かんでいる緑の人影。


「ははっ飛ぶのかよ」


笑みを湛えながら思わずそう言う自分がいた。




飛び上がる時とは違い、リフリカがゆっくりと地面に足をつける。

そして、何事も無かったように軽い調子で言う。


「こんな感じね」


それに俺は、目を爛々とさせてリフリカに詰め寄る。


「リフリカ!是非!飛び方を教えて下さい!」


「えっ?ええ?」


あまりの食いつきに、リフリカが一歩後ずさりながら困惑した。


いや、だって飛べるんですよ!?

これは人類共通の夢でしょう!?

飛べる力があるのに飛ばない人間なんていないですよ!


鼻息荒く迫る俺に、顔を引きつらせるリフリカだが、何とか返答を寄越してくれた。


「べっ別に飛ぶのを教えるのは良いわ。だけど、人前では禁止よ。火と風、どちらかの属性を使っていても、勘づく奴がいるかもしれないから」


それもそうだな。

念には念をだ。

俺は、水魔法だけ使うとしよう。

だが、飛ぶのは別だ。

これは、人のロマンだ。

譲れない。


「わかった。人前では絶対使わない。俺は、リフリカの言うことには絶対服従ですからね!」


手もみしながらそう言うと、リフリカはハッっと思い出したような顔をした。


「そっそうよ!あんたは友達だけど私より下なんだから!絶対、忘れんじゃないわよ!」


いや、忘れてたのお前だろ。


まあ、いいさ。

今は、お空を飛ぶことが先決だ。

お空の下で授かったこの命が、お空へと舞い上がる。

さながら、魂の帰還だ。

ルフランだよ。ルフラン。

私は帰りますよお空に。


「分かってるよ、忘れない。だから、ご指導の程よろしくお願いいたします!」


この世界にきて何度もやっている頭を深く下げてのお辞儀。

さぞ綺麗に決まっているはずだ。

リフリカも、これを見れば機嫌が良くなるのは分かっている。


案の定、頭上から気色に満ちた声が聞こえた。


「仕方ないわね!私に任せておきなさい!」


よっし!やった!

俺は飛ぶぞ!この広大な大空を!


空を見上げて目を細め、先ほど見た光景に思いを馳せる。


……

……

……


そういえば、今日もリフリカは紫のパンツだった。


こいつ、ちゃんと洗濯してんだろうな?

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