旅立ち
その翌日、早速挨拶周りに出かける。
まず、治療院へと足を運ぶ。
アンネさん曰く、スージーさんが一度村から逃げて、レッサードラゴンが倒されたのを聞いて戻って来ているらしいのだ。
治療院は東側にあったので被害を受けず健在だった。
中に入るとスージーさんが声を上げた。
「わーお!ネロ君!久しぶりだねー!聞いたよーレッサードラゴンはネロ君が倒したんだって?この英雄めー!」
そう言って、俺の頭をワシャワシャ撫でてきた。
相変わらずテンションの高い人だ。
でも、村の被害で落ち込んでいなくて良かった。
「戦いはしましたけど、最後は契約している精霊が倒したんで、僕の手柄ではありませんよ」
すると、スージーさんは人差し指を横に振り「ちっちっちっ」と言った後にこう続けた。
「契約している精霊の力は、ネロ君の力と同じだよー!そんな、謙遜しちゃいけないよ。村の人達も、ネロ君にはもっと胸を張って欲しいと言っていたよ」
村の人達はそんな風に思っていたのか。
でも、どう胸を張るんだ?
「我をもっと褒めたたえよ!」とか言いながら両手を広げて天を仰げばいいんだろうか?
「あの、スージーさん。胸を張れと言われてもどうしていいのか分かりませんよ」
「簡単だよ。お礼を言われても、謙遜しないで堂々としてればいいんだよ」
「堂々とですか……」
「そう、堂々と。それは、英雄の特権だよ!女の子の手を取りながら、あなたの為にやりました、なんて言った日にゃその子はイチコロ!ハーレムコースまっしぐら!」
そう言いながら、万歳をするスージーさん。
なんか話がズレている気がする。
「スージーさん、ちょっとしゃがんで下さい」
「うん、こうかい?」
目線が俺と同じぐらいになったスージーさんの手を取る。
「僕は、スージーさんを守るために命を懸けてレッサードラゴンを倒しました。全てあなたの為です」
「きゅんっ!」
そう言いながら、胸の前で手を組み、目を瞑った顔を斜め上に向けるスージーさん。
そして、真顔に戻り俺に向けて言う。
「と、こんな具合さね!良く出来たね!」
「はっはい。はっははは」
引きつった笑みで、乾いた笑いが出た。
なんで、俺こんな事したんだろ。
たまに自分が分からなくなる。
そう思っていると、スージーさんが俺をそっと抱きしめた。
「まあ、それはさておき無事で良かったね。ありがとうね村を救ってくれて」
俺はスージーさんを抱きしめ返して言う。
「いえ、どういたしまして。皆を守れて良かったです」
「ネロ君は、それぐらいでちょうどいいのかもね」
そう言って、スージーさんはオレから離れて笑顔を見せた。
その後、明日から村を出る事を告げるとスージーさんはオンオンと泣くフリをして、「惚れさせた女を置いて出稼ぎに出るなんて……酷い男」とまた茶番を始めた。
俺はそれに付き合わずに「では、そういう事なんで当分は会えないですけど、スージーさんはその調子で元気にしていて下さいね」と言っといた。
スージーさんは「ちぇっさっきは自分からしたくせに」と唇を尖らせていた。
その後、スコットさんの事について聞く。
スージーさんもスコットさんがどうなったのかは分からず心配しているようだった。
レッサードラゴンのブレスで死体も残らず亡くなったか、村から逃げたのか。
俺は、後者であることを信じてカルテに使う羊皮紙を少し貰い、スコットさん宛に手紙をしたためスージーさんに預かってもらった。
そして、最後にスージーさんに別れを言う。
「では、僕はもうそろそろ行きます。孤児院の子達にもこの事を伝えたいんで」
「うん、了解だよ。明日の見送りには行くからまたその時にね」
「はい、ありがとうございます。では、また明日」
そう言って頭を下げて治療院を去った。
スージーさんの明るさが、俺に元気をくれた。
俺は軽い足取りで、孤児院の子供達がいる建物へと向かった。
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孤児院の子供達が仮住まいしている建物に行くと、皆が一斉に駆け寄って来て、俺が外に出れるまで元気になったのを喜んでくれた。
俺は、それにお礼を言って対応した後、出稼ぎに出ることを伝える。
「皆、僕この村を元に戻す為に出稼ぎに出ることにしたんだ。暫くは、帰って来れないかもしれないから、今日は挨拶しに来たんだよ」
それに、マリエラが即座に反応した。
「ネロ!どこか行っちゃうの!?嫌だよ。そんなの!」
「ごめんねマリエラ。でも、この村を救いたいんだ。一生会えないわけじゃない。定期的に帰ってくるつもりだから大丈夫だよ」
マリエラは手を前で握りしめながら、涙を浮かべて「でも……」と呟く。
そのマリエラの肩にリズが手を置いた。
「マリエラ、気持ちは分かるけど、ここは頑張ってって言ってあげよう。ネロは私達の為に出稼ぎに出ようとしてるんだよ。引き留めたらネロが困っちゃうわ。ねっ?」
そう言ってマリエラを宥める。
マリエラはそれに不承不承に頷きながら、小さい声で「頑張ってねネロ……」と言った。
俺はそれに「ありがとう」と返す。
そして、リズが近づいて来て、俺の手を取る。
「ネロ、ありがとうね。また、私達を助けようとしてくれて。いつ出発するの?」
「明日の朝には出発しようと思ってる。早いに越したことはないと思うから」
「そっか……なら、出発の時は皆で見送りに行くね」
「うん、ありがとう」
「どれくらい、村を離れるつもりなの?」
「どのくらいになるかはまだちょっと分からないかな……纏まったお金が出来たら帰ってくるつもりだけど、どのくらいかかるか分からないから……」
リズが目を伏せる。
「そっか……でも」
リズが顔を上げる。
その目にはうっすら涙が溜まっている。
「ネロならどんな仕事でも大活躍だろうから、すぐに会えるし村も復興できるよね!」
そう言って微笑んだ。
「うん、なるべく早く戻れるようにするよ。村も必ず復興してみせる」
「うん」
リズはそう言うとまた下を向いた。
その様子を見て、ドットが暗い顔をした後、俺に話しかける。
「ネロ。お前は、本当に凄い奴だ。俺なんかじゃ敵わない……村の事頼んだぞ」
俺は、ドットの目を見据え「ああ」と頷く。
そこに、ノインが手を腰に当てて胸を張り俺に宣言する。
「俺は、お前に負けるとは思ってない!いつか絶対に越えてやるからな!その気でいろよ!」
「ああ、楽しみにしてるよ。ノインは俺の将来のライバルだもんな。俺も負ける気は無いからな」
俺は、挑戦的な表情を浮かべそう言った。
ノインは何も言わず拳を突き出してきた。
俺も拳を握りそれにコツンッと合わせた。
エドナがそれを見て、「男の友情って感じね」と笑いながら茶々を入れる。
そして、俺に向かって言う。
「私の中では奇跡を起こせるネロは神様だから、なんの心配もしてないわ。頑張ってきてね」
そう言って、エドナは微笑んだ。
「うん、ありがとう。でも、僕は神様じゃないよ?」
そう言うと、エドナは「私の中だけだから、神様でいいの」と言って笑っていた。
そして、最後にコナーだ。
コナーはあの火の海の中での治療で、持病の内臓不全が治ったらしく今はベッドから出て暮らせている。
「ネロは、僕に人生をくれたから……その恩を返す為にも、無事で帰って来てね」
そう言って、手を差し出してきた。
俺は、それを握り握手する。
「うん、無事に帰ってくるよ。コナーこそ、身体が良くなったからってあまり無理したらダメだよ」
「うん、気を付けるよ」
そう言って、どちらともなく手を離した。
恩を返すという言葉を聞き、リズの方を見る。
リズはまだ下を向いている。
リズは確か来年の春で成人の儀を迎える。
村に余裕がないと、その成人の儀にも出席出来ないかもしれない。
そう考え、リズに向けて言う。
「リズ、来年の春で成人でしょ?リズが無事成人の儀へ出席して大人になれるように、僕頑張るからね」
それに、リズが顔を上げた。
涙が一筋頰を伝う。
「うん、うん。私、大人になるね。ありがとうネロ」
そう言って、涙を拭った。
そして、最後に俺は皆を見渡して言う。
「僕は必ず村を復興させる。だから、期待しててね」
「当たり前だろ!」や「前よりも快適にしてね!」などの言葉を投げかけられながら、俺は手を振り孤児院の子供達の元を去った。
皆の期待を受けて身が引き締まる。
瞳に強い光を宿し、俺は改めて決意する。
皆と過ごした景色を取り戻すと。
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翌朝の早朝。
俺は、この前リフリカを呼び出した所で、一人キセルを咥えていた。
一時間かけて霧を作り、準備が整った。
俺は、キセルを一口吹かす。
そして、その煙を見ながら呟く。
「来てくれ、リフリカ」
閃光が迸り、徐々にそれが収束していき光の中から人の姿が現れる。
リフリカがこの前と同じように、腕を組んで登場した。
「リフリカ、もうすぐ出発しようと思う。準備の方は済んだ?」
「大丈夫よ。準備と言っても報告みたいなものだったし」
報告?
なんか、出張に出る前の社員みたいだな。
精霊にも組織みたいなものがあるのか?
「報告って誰に?」
「私のお父様とお母さま、それとお兄様とお姉さまよ」
えっ!?精霊に肉親とかいるの!?
てっきり、自然と沸くような形で生まれるのかと思ってた。
「質問なんだけど、精霊ってどうやって生まれるものなの?」
すると、リフリカは軽蔑の眼差しを向けてきた。
「最っ低……あんた人がどんな風に生まれるのか、人間の女の子にもそうやって聞くわけ?だとしたら、気持ち悪いわ。帰る」
「わー!待って待って!ごめん俺が悪かったよ!無神経だった!そうだよね、生まれ方を女の子に聞くなんて失礼だったよ!この通りです!帰らないで下さい!」
そう言って俺は地面に額を擦り付けた。
リフリカはそれを見下ろして、ふんっと鼻息を鳴らし俺の頭を踏みつけた。
「今度、同じような事があったら許さないから。覚えておきなさい」
そう言ってグリグリと足を俺の頭にねじ込む。
俺は、リフリカがヒールでなかった事を内心で感謝しつつ、その行為を甘んじて受けた。
まあ、人によってはヒールの方が良いだろうけどね。
俺にその気はないんです。
それにしても、出だしからこれってどうなの?
俺、これからリフリカとやっていけるのかな……
そう不安に思いつつ、リフリカの気が済むまで俺は踏まれ続けた。
旅の準備を済ませ、村の北口へとリフリカとアンネさんとで向かう。
すると、入り口には人だかりが出来ていた。
その人だかりがこちらに気付き歓声を上げた。
「いよっ!英雄のご登場だ!」
「この村の救世主様だ!」
「神が選んだ天才児!」
などなど、過度な呼称で呼ばれる。
俺は、それに顔を赤くしながら入り口へと到着した。
入り口まで来ると、俺を通すために人垣が割れた。
そこを通ると、やんややんやと声をかけられバシバシと身体を叩かれた。
入り口の外の辺りに来ると、孤児院の子供達とスージーさんがいるのが分かった。
俺はそこまで行き、皆に声を掛ける。
「皆、来てくれたんだね。ありがとう」
「当たり前だよ。行くって言ったからね」
そうリズが答える。
「ネロ、絶対帰ってきてね」
マリエラが涙ぐんで言った。
「精々、名を挙げて来いよ」
ノインが笑いながら言った。
「お前なら何処に行っても成功できる!俺はそう思ってるからな!」
ドットが力強く言った。
「神の力を見せつけてあげなさい!」
エドナが俺の背中を叩き言った。
「ネロなら、どんな仕事でも誰かの助けになる事が出来るよ。僕を助けてくれたみたいに」
コナーが微笑みながら言った。
「いんやーネロ君は人気者だねー!村の人に話したらこんなに人が集まっちゃって!ビックリ仰天!」
スージーさんが両手で頭を押さえながら言った。
この騒ぎはあんたのせいか!
そう思ってると、横のアンネさんがため息を吐いた。
「まったくお前ってやつは……だが、良い門出だ。ネロ、頑張るんだぞ」
そう言って、俺を抱きしめた。
アンネさん。
クロネルとイザベルが死んでから、実の親の様に接してくれた俺の師匠。
俺は、アンネさんをしっかりと抱きしめ返し、涙を堪えて短く「はい」と答えた。
そして、アンネさんから離れ、人だかりを見渡す。
誰も彼も、俺を応援してくれる言葉を投げかけ、笑顔の人や涙ぐんでいる人がいる。
俺は、この村で過ごした五年でいろんなものを貰った。
人の優しさや充実した日々、そして辛い現実にそれを受け入れる心。
全部、この人達がいたから貰えたものだ。
俺は、この人達に恩返ししないといけない。
リズをちらりと見る。
リズはこちらに微笑んで頷いた。
俺は、村の皆に向けて声を張り上げる。
「僕はこの村が復興出来るだけのお金を絶対稼いでみせます!皆さんと過ごした村を!思い出を!必ず取り戻します!なので、期待して待っていて下さい!僕はその期待に必ず応えてみせます!そして、元に戻った村の景色の中で、またこうして集まりましょう!」
一拍置き、再度声を張り上げる。
「では、村の景色を取り戻しに行ってきます!」
そして、俺は手を振り村から離れて行く。
後ろで、「ワー!」と歓声が上げっている。
それを聞きながら、前を見据え歩を進める。
目指すは、ドナント王国王都フィテェルカ。
俺はそこで冒険者になって必ず村を復興させる。
そして、皆で過ごした村の景色を取り戻す。
その思いを何度も心に刻みながら、俺は五年間育ててくれた村から旅立った。
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