恩返し
ネロの気持ちの表現にホントに少し修正を加えました。
あまり変わっていないと思うぐらいの修正です。
さらに、最後の部分にも修正を加えました。
リズは部屋に入ると、ベッドの脇まで歩いて来て膝をついた。
そして、俺の手をとってゆっくりと話出した。
「ネロ。この前は言いそびれちゃったけど、助けてくれてありがとうね。おかげでこうやってネロの手を両手で包めるよ」
そう言って俺の手を握る力をギュッと強くした。
「本当に本当にありがとうね。言葉では言い表せないぐらい感謝してる」
俺はそれを虚ろな意識の中で聞いていた。
リズは少し間を空け再度話し始める。
「ドット達から聞いた。クロネルさんとイザベルさんが亡くなったって……私もね、親を亡くして孤児になったの」
クロネルとイザベル……
二人の顔が頭に浮かんだ。
「四歳の頃ね、家族で馬車に乗って何処かに行く途中に、盗賊に襲われたの。それで、お父さんは盗賊に剣で切り殺されて、お母さんは犯されて殺されたの。二人とも私の目の前で」
リズの両親も殺されたのか。
俺と一緒だ。
そう思い、ゆっくりとリズの方に顔を向ける。
「それでね、私も盗賊に乱暴に扱われてね。あっでも、四歳だしそういう事は無かったよ!」
リズが慌てて、両手を交差して振る。
顔が赤い。
「なんか、雑用って言うのかな。お酒を運ばされたり、掃除をさせられたり。でも、奴隷に売られなかっただけマシだったのかもね。盗賊がね、私の顔を見て、こいつは醜女だから手間賃を考えると儲けにならないって言ったんだよ。失礼な話よね」
そう言って、リズは口を尖らせた。
その盗賊は目が腐っていたのだろうか。
今のリズは可愛い。
美女という感じではなく素朴な可愛さだ。
昔はおさげだった髪を解き、ウェーブのかかった長い紫の髪が良く似合っている。
「ともかく、そんな感じで盗賊の所に居たんだけどね、食事も与えて貰えなくって、すぐに衰弱していったの。それで、死にかけになった頃、森にゴミみたいに捨てられたんだ」
酷い話だ。
リズは俺よりも辛い人生を送っている。
それで、どうやってここまで生きてきたのだろう。
「そこにね、たまたまこの村の人が通りかかって、助けて貰ったんだ。それで、孤児院に引き取られたんだけどね、その頃私、何もやる気が起きなくてね。なんで生きてるんだろうって思って、一日中ぼーっとしてたんだ」
「なんで……生きてる……」
気付けば声が出ていた。
久々に出すせいで酷く掠れ、か細い声だった。
リズがそれを聞いてハッとした顔になり、握られている手に感じる力が強くなった。
「ネロ……今……」
俺は、リズの目を見つめて問いかける。
「リズは……その後、何の為に生きてると……思ったの?」
リズは、俺の目を見つめ返して、穏やかな声で答える。
「私は、周りの人に恩返しする為に生きてると思ったよ」
恩返し……
リズは続ける。
「ぼーっとしてた私をね、当時の神父さんやシスター、それに同じ孤児院の子供達が良くしてくれたんだ。私が、食事の時間を忘れていたら優しく声を掛けてくれたり、子供達が笑顔で一緒に遊ぼうって言ってくれたり。小さな事。本当に小さな事の積み重ねだったと思う。でも、それがいつしか私に生きる気力を与えてくれていたの」
人の優しさというやつか……
俺は、優しさは無意識に人と距離を置いている行為だと考えていたが、その人の捉え方次第なのかもしれない。
優しさは、人を変えることが出来る。
リズがその証拠だ。
リズはさらに続ける。
「それで、少しずつ元気になって八歳になった頃にね、初めて私より年下の子供が孤児院に来たんだ。実はそれがドットでね。ドットも孤児院に来た頃はふさぎ込んでいたの。それで、思ったの。次は、私の番なんだって。昔、私に優しくしてくれた人達みたいに次は私がドットに優しくしてあげるんだって。後を引き継ぐんだって。それが、孤児院を出て行ってもう会えない人達への恩返しになるんじゃないかって」
後を引き継ぐ事が、恩返し……
厳密には、それは恩返しとは言わないだろう。
だが、イザベルの「世界は回っているんだからね」という言葉が頭を過る。
世界は回っている。
他の誰かに恩を返すことで、巡り廻ってその人に届くのかもしれない。
例え、それが死人であっても。
クロネルの顔が浮かび、最後に言っていた事を思い出す。
クロネルは、愛する人を守れるような英雄になりたかったと。
そして、俺にそんな英雄になれと。
俺には、この思いを引き継ぐ事なんて出来ない。
あれだけ努力したのに、愛する父さんと母さんを守るどころか、守らせて死なせてしまうような奴だ。
そんな俺が、この思いを引き継いで誰かに与える事なんて出来るはずがない。
俺は、そう考え知らずポツリと呟いていた。
「リズ……僕は助けられなかったんだよ……あんなに努力したのに……助けられなかったんだ」
唐突な俺の呟きに、リズは戸惑うことなく俺の目を見つめ優しい声音で応えた。
「ネロは私達を助けてくれた」
「僕は……守られて人を殺すんだよ……」
「守られて生き残ったんだよ」
「なんで……大切な人を犠牲にして……僕は生き残ったの……」
「命を犠牲にしてでも、ネロに生きていてほしいってその人が思ったからだよ」
「大切な人を守るために……生きて来たんだ。僕は……この先何のために生きていけばいい?」
「私は、恩返しすればいいと思うよ。クロネルさんとイザベルさんに与えて貰った大切なものを、次はネロが皆に与えていけばいいんだよ」
俺は押し黙る。
リズが押し黙る俺を見つめながら続ける。
「ネロならきっといろんなものを与えられる。そして、たくさんの人を助けられる。ネロは凄いもの」
それに俺は反射的に答える。
「僕は……全然凄くなんかないよ」
すると、リズは握っていた手を放してそっと俺の頭を胸に抱いた。
リズの柔らかい胸の感触と、やや早い心臓の鼓動が聞こえる。
「ネロ……そんなことない。そんなはずがない。そんなこと誰にも言わせない。ネロは凄いよ。その証拠に私達を助けてくれた。もっと……自分に自信を持っていいんだよ」
自信という言葉で思い出す。
スコットさんに助けて貰った後、必死につけた自信。
俺は今それを無くしていた。
リズは、涙声になってその後を続ける。
「あんまり自分を追い詰めなくていいんだよ。もっと、自分に優しくしていいんだよ」
いつか、アンネさんに言われた事を思い出す。
真面目さばかりでは、いつか自分で自分を追い詰めると。
リズの涙が顔に当たり、上を見上げる。
顔をくしゃくしゃにして泣いている。
どうして、俺の為にそんなに泣いてくれるのだろう。
リズは、さらに続ける。
「しんどい時は寄りかかっていいんだよ。私はいくらでもネロを支えるよ。どんな時でも、何があろうとも。」
そして、リズは俺を胸から離すと、俺の頬を両手で包んで、必死な目で語りかける。
「ネロは難しく考えすぎだよ。きっとそれは、ネロの悪い癖だよ。もっと楽に生きていいんだよ。助けて貰った命に感謝して、ネロはネロらしく生きていいんだよ。ネロはそれだけでクロネルさんとイザベルさんに与えて貰ったものを周りに返せるよ。だって、二人がしたように私達を守ってくれたじゃない。それは、ネロがもう二人の意思を引き継いでいるからだよ。だから、いいんだよネロ。自分を責めなくて」
「リズ……」
リズの涙で赤くなった目が真っ直ぐに俺を見つめている。
俺は、それを見つめ返しながら思う。
簡単な事だったんだと。
俺は、二人の死を自分のせいだと思って自分を追い詰めるのではなくて、ただ感謝してその死を糧に自分らしく生きていけば良かったんだ。
それが難しいなら自分の中で溜め込まず、周りを頼れば良かったんだ。
分かってしまえば簡単な事かもしれない。
だが、これが分からなかった。
その精神の未熟さが、前世での病気の発症にも繋がっていたのかもしれない。
そこまで考えると、頭がスッキリし遠い意識から現実に戻ってくる感覚がした。
俺の目に光が戻る。
その目でリズを見つめ、微笑む。
「リズ、ありがとう……大切な事を気付かせてもらったよ。もう大丈夫だよ」
それを見たリズが、震える声で俺の名を呼ぶ。
「ネロ……」
そして、泣きじゃくりながら俺に抱きつてきた。
「良かった!良かった!ネロ!良かった!」
そう言って、俺の肩に涙で濡れた顔を埋めた。
「ありがとう、リズ。僕を助けてくれて」
そう言いながらリズの背中を優しく撫でる。
「ううん、ネロはもう私達を助けてくれたもの。これも、恩返しだよ」
リズが必死に俺を慰めてくれたのはそういう事か。
そう納得して、リズの涙で肩が濡れていくのを感じながらふと思った。
そういや、俺風呂入ったっけ?と。
オムツの中は空だから大丈夫だとしても、身体の方は分からない。
「リズ、僕臭くない?」
リズはすんすんと鼻を鳴らした後、顔を赤くして言った。
「ネロの匂いだったら、どんな匂いでも……好きだよ」
気を使わせてしまった。
聞くんじゃなかった。
それにしても、俺にとってリズはこの世界に来て四人目の恩人だ。
リズは恩返しだからと言っているが、今回受けたこの恩を俺は忘れない。
いつか必ず恩を返そう。
そう思いながら、俺は泣きじゃくるリズの背中を優しく撫で続けた。
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リズは、あの後暫く泣いていたが、落ち着きを取り戻すと「ごめんね」と言い俺から離れた。
その後、部屋を出て行こうとする時に何か言おうかどうか迷っているような素振りを見せていたが、結局「また来るね」とだけ言って、去って行った。
それから暫くして、アンネさんが帰って来て俺の様子を見て安堵の表情を浮かべた。
その目には薄っすら涙が見えたような気がした。
アンネさんから話を聞くと、俺は十日ほど介護老人のようだったらしい。
その間アンネさんに迷惑を掛けた事を謝ると、「私こそ済まなかったな」と逆に謝られた。
俺は一瞬逡巡した後、リズの励ましを思い出し「父さんの死はアンネさんのせいじゃないです。父さんは最後まで父さんらしかった。それだけですよ」とほのかに笑いながら言った。
それに対しアンネさんは「また一つ、見た目から遠ざかったな」と言い泣き笑いしていた。
きっと、アンネさんも責任を感じていたのだろう。
本当に申し訳ない事をしたと思い、再度謝ると「気にするな」とデコピンを食らわされ、痛がる俺を見てアンネさんは笑っていた。
その翌日、リズが孤児院の子達と共にやって来て、生気を取り戻した俺を見て、口々に「良かった!」や「ありがとう!」という言葉を投げかけた。
俺を心配してくれて感謝してくれる子がこんなにいる。
そう思うと胸がいっぱいになって、俺も「ありがとう」と皆に伝えた。
その後、皆と話をしている時に、ふとこの前はリフリカとピラルカが居たことを思い出す。
気になって聞いてみると、帰ったらしい。
だが、帰る前にリフリカが村の火を消し、ピラルカが怪我人を治療していったそうだ。
俺の怪我もピラルカが治したとか。
なんで、ピラルカがいて俺の大怪我を治せたのかとか、リフリカの事を皆が普通に受け入れているのが疑問だったが、今度呼び出した時には二人にお礼を言わなければと心のメモ帳に書き留める。
生気を取り戻してから五日ほど経ち、体力も回復して、痩せていた頬も丸みを帯び、健康な見た目になった。
村の様子も見たいし、そろそろ外に出ようかと思っていた頃、アンネさんが何かを持って部屋へとやって来た。
そして、すっと俺に差し出したのは、中央に溝の彫られた銀の腕輪だった。
「イザベルの遺品だ。お前が大変だったころに、火葬は済ませてしまっていてな。その時に、取って置いた物だ」
俺はそっと、腕輪を手に取る。
それは、精霊祭に行く前に俺が貰った物と同じデザインの、家族の証である腕輪。
それを見つめながら、涙が零れ落ちる。
ポツポツと腕輪が涙に濡れていく。
これは、イザベルが俺の母親である証だ。
家族である証だ。
イザベルの微笑みが腕輪を見つめていると浮かんで来て、さらに涙が止まらなくなる。
だが、めそめそばかりもしていられない。
俺は、クロネルやイザベルから与えて貰ったものを引き継ぐんだ。
クロネルの明るさを。
イザベルの優しさを。
そして、それを誰かに与えられる人間になるんだ。
そう自分に言い聞かせ、涙を拭った。
泣き止んだ後、アンネさんに頼んで適当な長さの皮紐をもらい、それを腕輪に通して首から下げた。
こうすれば、イザベルとずっと一緒に居られる気がする。
俺は、腕輪を触りながら呟く。
「母さん、ありがとう」
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外に出て村の中を歩く。
すると、会う人会う人全てに感謝された。
レッサードラゴンを倒した事と、その後のリフリカとピラルカの功績について。
正確には、レッサードラゴンを最後に倒したのはリフリカで、その後も俺は何もしていないのだが、あまりに感謝されるので、謙遜しながらも受け取っておいた。
中には、「お前は村の英雄だ!」と言う人もいた。
レッサードラゴンと戦う前に、英雄になってやるよと思ったが、実際そう言われてみると、かなり恥ずかしい。
俺は、顔を赤くして「そんな大層なものじゃありません!」と否定した。
クロネルの思いを引き継ぐのは、いろんな意味で困難だ。
そう、俺は心の中でごちた。
村人の感謝ラッシュはありつつも、村を見て回ると、中央と南側の畑が全て燃え、家も殆どが焼けて倒壊していた。
それ以外の北、東、西側は無事だが焼けた範囲の被害が大きすぎる。
復興作業に勤しむ村人に声を掛けて聞くと、これでは今年の冬はなんとか越せても、それ以降はどうなるか分からないとのこと。
国からの復興資金も、他に被害に遭った大きな都市が優先されて殆ど無く復興は難しいとか。
そのせいで、この村を出ていく人が何人もいるそうだ。
俺は、話をしてくれた村人にお礼を言い、一路南側にあるクロネルの畑へと向かった。
クロネルの畑に着くと、そこは焼け野原だった。
キセルに使ったクルボロの葉はもちろんなく、錬気を初めて教わった土地も黒く焼け焦げ、毎日走り回っていた畑の周りにあった木も、全て焼けて炭と化していた。
クロネルが畑仕事をしている姿、その周りを走り回る俺の姿を、焼け野原となった畑を見つめながら幻視する。
ここには、いろんな思い出が詰まっていたんだ。
それが、全て消えて無くなってしまっている。
焼け野原を見つめながら、胸に寂寥感が漂った。
その後、クロネルとイザベルと暮らしていた家へと向かった。
その家も、黒く焼け焦げ、炭と化した木片が積み重なるだけの場所となっていた。
一緒に暮らした思い出まで、無くなってしまっている。
そう思うと、胸が締め付けられた。
被害に遭った村人たちは皆こんな思いを抱いたのだろうか。
こんな、苦しい思いをしたのだろうか。
だとしたら、俺はこの村を元に戻したい。
クロネルとイザベルと過ごしたこの村の景色をもう一度取り戻したい。
そして、皆の心を癒してあげたい。
この世界に転生して、様々な人が俺にしてくれたように。
そう決意し、その為に必要な物を、炭と化した家の木片をどけて探す。
「確か、この辺に……あった!」
それは、炭で煤けてしまっているが、しっかりと残ってくれていた。
三歳の精霊祭の時にクロネルとイザベルから貰ったキセル。
それが、俺の手の中に納まっていた。
今年の精霊祭に行く前、持っていくか迷ったのだが、精霊召喚の儀でリフリカが現れるかもしれないし、旅先でわざわざ呼び出そうとしなくてもいいだろうと思い置いていったのだ。
十字架の媒介はレッサードラゴンのブレスを受けた時に溶けて無くなってしまったので、これが残っていてくれて良かった。
キセルを握りしめ、俺はアンネさんと暮らす家へと走る。
そして、家に入りテーブルの前に座って何かを飲みながら寛ぐアンネさんの姿を見つけると、開口一番こう言った。
「アンネさん!僕、冒険者になるよ!」
先程、村人に聞いた話によると、復興資金が足りず村を元に戻すのが難しいという。
なら、その復興資金を稼げばいい。
俺とリフリカとピラルカの力があれば、それなりに稼げるはずだ。
俺は、稼いでこの村を立て直すんだ!
そう意気込む俺を見て、アンネさんは淡々と言った。
「それは、無理だな。お前は冒険者になれる年齢に達していない」
「え?」
俺は、先程まで意気込んでいた気持ちが霧散し、間抜けな声を上げた。
「冒険者に成れるのは15歳の成人した者だけだ」
そう言って、アンネさんは持っているカップに口をつけた。
この世界って十五歳で成人なのか。
初めて知った。
でも、大丈夫だ。
そういう事なら試したい考えはある。
要は十五歳以上の見た目になればいいんだろう?




