騙し続けた思い
「リフリカ……リフリカなのか?」
俺は、目の前の美女に向かって問いかける。
それに、美女は振り返らずにレッサードラゴンの方を向きながら答えた。
「ええ、そうよ」
「でも、お前その姿……」
「これが、私本来の姿よ。それよりも、まずはあのトカゲを何とかしないとね」
そう言って、美女もといリフリが軽く手を振る。
すると、風が迸りレッサードラゴンの身体に無数の深い切り傷が刻まれた。
レッサードラゴンはのたうち回り、自身を傷つけたリフリカに怒りの目を向ける。
そして、先ほど中断したブレスを吐こうと喉を膨らませた。
「やばい!リフリカ逃げろ!あのブレスは、食らったらおしまいだ!」
「なに、言ってんの?炎で私に敵う相手がいるはずないでしょう。まあ、見てなさいよ」
途中までブレスを溜めていたためか、すぐにレッサードラゴンはブレスを放ってきた。
「乱暴な炎ねえ。本物の炎がどういうものか教えてあげるわ!」
そして、リフリカは再度手を振る。
炎が螺旋を描きながら、ブレスに直進し両者がぶつかり合った。
……ように見えた。
だが、違った。
螺旋を描く炎はブレスの炎をかき消しながらそのまま直進し、レッサードラゴンに着弾した。
その途端、火柱が天高く立ち上る。
それは、数瞬で掻き消え、後にはドロドロに溶けた地面が残るのみだった。
俺は、あっけに取られてその様子を眺める。
そして、レッサードラゴンが消えたんだと脳が認識した時、それまで気力で保っていた意識がぷっつりと途切れ、暗闇の中へと落ちていった。
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目覚めると、俺はベッドの中にいた。
身体を起こし、身体を触る。
あの酷い怪我が嘘のように治っている。
誰がしたんだろうと思いながら、周りを見渡す。
そこは、簡素な家具が置かれた知らない部屋だった。
あの後、孤児院の子供達はどうなったのか?リフリカは?村は?
そう思っていると、部屋のドアがギイイと開いた。
そして、顔を覗かせたのはアンネさんだった。
「アンネさん!」
俺は、思わず叫ぶ。
それに、アンネさんはいつもの獰猛な笑いではなく微笑を返した。
「目覚めたのだな。良かった」
「アンネさんこそ、生きて……生きてくれていたんですね……」
思わず涙が頬を伝う。
「ああ、瀕死の状態だったがお前の精霊に助けられた」
精霊?リフリカか?なら、俺の傷もあいつが。
いや、そんな事より……
「じゃあ、父さんは!?父さんも無事なんですか!?」
そこで、アンネさんの顔が曇る。
「クロネルは……私を庇って逝ったよ。私の力不足だ。済まない」
アンネさんが頭を下げながらそう言った。
クロネルが、死んだ。
予想通りだ。
分かってたことだ。
だけど……だけど……
止めどない涙が溢れてくる。
止めようとしても、止まらない。
シーツが涙で滲んでいく。
アンネさんがベッドに近寄り、そっと俺の頭をその胸に掻き抱いた。
「すまない」
絞り出すような声だった。
俺は、耐えきれず嗚咽を漏らしながらアンネさんにしがみつき泣いた。
これ以上涙が出ないと思うほどになるまで。
ずっと。ずっと。
アンネさんは、その間何も言わずそっと俺を抱きしめ続けてくれていた。
泣き疲れて、落ち着きを取り戻した頃、俺はアンネさんから離れた。
「アンネさん、ありがとうございます。もう落ち着きました。……それで、父さんの……最後を聞かせてもらってもいいですか?」
「ああ」
そう短く答えアンネさんは、クロネルの最後を語ってくれた。
クロネルは、イザベルの首をはねた尻尾の攻撃で足を削られたが、その後、気力を振り絞って走りアンネさんと二人で連携してレッサードラゴンの気を逸らしていたそうだ。
アンネさんがレッサードラゴンの左に回れば、クロネルが右に回り攻撃を分散させるといった具合に。
しかし、それも長くは続かず、攻撃を受けボロボロになっていく二人。
そこで、あのブレスだ。
アンネさん目掛けて放たれたブレスをアンネさんは避けようとしたが、痛む身体が邪魔して避けきれなかった。
そこに、クロネルが横から飛び込んできて、アンネさんを突き飛ばしたそうだ。
それでも、ブレスの範囲からは逃れ切れず、アンネさんは足を焼かれて無くし気を失った。
アンネさんの記憶はここまでだが、あのブレスをまともに受けて生き残っているはずがない。
きっと、灰も残さずクロネルは逝ってしまったんだろう。
話を聞き終えて、また涙が出そうになるのを唇を噛んで我慢する。
俺を守るためにイザベルが死に、クロネルが死んだ。
前世では、親父だけだったのが今回は両方失った。
最悪の結果だ。
この世界に来て、力をつけたと思った。
どこかで、これなら守れると思っていた。
だが……守れなかった。
守るべき時に、力自体を振るえなかった。
俺はどうすれば良かったんだ。
リフリカが現れる前は必死であまり記憶が定かではないが、錬気と魔法を同時に使えたのは覚えている。
だからこそ、リフリカが現れた。
なら、レッサードラゴンが現れた時に錬気を使えば良かったんだ。
もしくは、リフリカを呼び出すか。
つまり、二人は助けられたんだ。
俺が至らないせいで二人は死んでしまった。
俺は、顔を伏せながらアンネさんに呟く。
「アンネさん、話して下さってありがとうございます。少し……気持ちの整理をつけたいので一人にさせてもらってもいいですか?」
アンネさんは少し間を空けた後、これに頷いた。
「ああ、分かった」
そう言って、部屋を出て行った。
俺は一人になって思い出していた。
前世のこと。
そして、この世界でのこと。
前世で自分勝手に生きていた頃。
親父に死ねとのたまったこと。
そして、親父が俺を守って死んだこと。
転生してクロネルとイザベルに心を開けたこと。
努力して努力して力をつけたこと。
そして、俺を守ってクロネルとイザベルが死んだこと。
思い出して、また涙が溢れてくる。
なんで俺は、あれだけ努力して大切な人を助けられなかったんだ。
なんで俺は、守られて人を殺さないといけないんだ。
なんで俺は、三人の命を犠牲にしてここにいるんだ。
なんで俺は……
俺は……
俺は……何のために生きてるんだ……
そこまで考えて、身体からふっと力が抜けた。
自然と身体がベッドに横たわる。
もう何も考えられない。
虚ろな目で、空中を見つめてそのまま時が過ぎた。
しばらくして、アンネさんが部屋に入ってきて、俺の様子を見て慌てていた。
俺は、それをどこか夢を見ているような感覚で眺めていた。
その後、食事を持って来てくれたが食欲がない。
介護のようにスプーンで口に食べ物を運ばれる。
だが、上手く食べられない。
口からボロボロと食べ物が零れる。
それを見て、あのアンネさんが泣きそうな顔で俺を見つめていた。
排泄も自分では上手く出来ず、オムツのような物を履かされた。
その後、当日なのか翌日なのか数日後なのか分からないが、リフリカとピラルカそして孤児院の子供達がやってきて、俺の様子を見てショックを受けていた。
リフリカはそっと俺の手をとり、優しい声で「今はゆっくり休みなさい」と言っていた。
遠い意識の中であっても、その手の温かさはどこか懐かしさを覚えるものだった。
それから、何日過ぎたのだろう。
ある日、ドアがノックされリズが部屋にやってきた。
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【リズ視点】
私は、リズ。
トルネ村の孤児院で育ち、来年の春で成人を迎える十四歳。
いきなりだけど、私は年上が好きだ。
孤児院で一緒だったドットが、私の事を気にかけていたのは知っているけど、二歳年下のドットには何の興味も湧かなかった。
情に厚いところや優しいところがあるのは知っている。
だけど、異性としては見れなかった。
私が異性として見るのは、例えば治療院で働くスコットさんだ。
見た目は地味だけど、誠実で知的で物腰が柔らかくて大人の男性って感じが堪らない。
だから、この気持ちはずっと何かの間違いだと思っていた。
私が十一歳だった時のある日、孤児院にイザベルさんの子供だという男の子がやって来た。
見た目は、イザベルさんに似て綺麗な顔立ちで、凄く可愛らしい印象だった。
だけど、その印象はすぐに変わる。
ドットがいつものように私の気を引こうと木に登ったが、足を滑らせて落下し木の枝に身体を貫かれた。
私は怖くて、何も出来ずに立ちすくんでいた。
だけど、ネロは違った。
直ぐに私に、イザベルさんを呼んでくるように呼びかけ、自分はドットを木から降ろすと言ったのだ。
そんな事が二歳児に出来るはずがないと思って止めたが、ネロは木に向かって駆け出して行った。
そこからは、衝撃的だった。
私は、イザベルさんを呼ぶのも忘れて茫然とそれを眺めた。
ネロは、五メートルはあろうかという位置まで一飛びすると、太い木の枝をその小さい拳を叩きつけて折り、さらにそれを抱えて地面に着地したのだ。
明らかに、二歳児に出来る範疇を越えている。
私は、ネロの得体の知れなさが怖くなって、「なっなに?今の?ネロは一体何なの?」と問いかけていた。
その瞬間、ネロは怒って私に早くイザベルさんを呼んで、私達は建物の中に入れと叫んだ。
それは、とても二歳児の迫力じゃなかった。
大人の人に怒られている錯覚を起こした。
その後、ドットの悲惨な光景を見た恐怖と心配な気持ちを抱えて、孤児院の中にいるとネロが孤児院の中へとやって来た。
私はさっきの印象が蘇り、大人に怒られる子供が目を逸らすようにネロと目を合わせなかった。
その時、おかしいと思った。
なんで、二歳児に怖がっているのと。
そして、そっとネロとマリエラが会話しているのを見ると、ネロはさっきの怒った印象が鳴りを潜め、物腰柔らかく、それでいて必死にマリエラに協力を求めていた。
その時、ドキンッと胸が高鳴った。
俗な言い方をすれば、ギャップというやつだろうか?
大人のような迫力の後に、物腰の柔らかい態度で必死にドットを助けようとしている姿にキュンとしてしまった。
私は、首を振ってその感情を否定したが、ネロが凄いというのは認めざるを得なかった。
年上の私が恐怖で震えている中、二歳のネロはドットを助ける手助けをしているのだ。
年齢がどうこうじゃない。
ネロは尊敬できる子だ。
きっと、さっきの感情も尊敬の一種なのだ。
そう自分に言い訳して、私はこの気持ちに蓋をした。
ドットが回復し帰ってくると、ネロがいかに凄いか熱く語った。
二歳にして、錬気が使え剣術を習い、文字の読み書きもできる。
自分が助かったのもネロのおかげだと。
それで、ネロを怖がっていたノインとエドナもネロへの見方を変えた。
そして、ネロが再び孤児院にやってくると、ネロは怒鳴った事を謝った。
それを見て私は、誠実なんだなって思った。
あれは、ネロが正しかったのにって。
その後、剣術の型を見せてもらった時、私は興奮してキャーキャー言ってしまった。
おかしい、やっぱりおかしい。
これは、ただ剣術がカッコよかっただけで、ネロに対する気持ちじゃない。
大体、二歳児に思いを寄せる十一歳などいるはずがない。
私は年上が好きなのだ。
そう思いながら、月日は過ぎていく。
ネロは、三歳の精霊祭を終えると両親から貰ったという火種熾しを常に咥えるになった。
火種熾しの先からは何も出ていないのに、必死な顔で目を血走らせながら何かをしている。
いつもの穏やかなネロと違い過ぎて、問いかけた。
「ネロ……怒ってるの?」と。
すると、ネロは途端に笑顔を取り繕ってそんなことないよと返した。
ネロは、何かを抱え込むタイプなんだなとその時思った。
それが、一年ほど続いただろうか。
ネロが、火種熾しをいつものように咥えていたが、急に立ち上がり大声を上げた。
私はびっくりしたが、ネロの中で何かを達成したのだろうと思って安心した。
その後すぐネロは、魔法まで使えるようになった。
きっと、火種熾しのあれはネロなりの魔法の訓練だったのだろう。
どういう原理か私には全く分からない。
小さいのに文字の読み書きが出来ることからも感じていたが、ネロはどこか知性的なところがあるなと改めて思った。
それから、午前中を魔法の練習に費やすせいで、孤児院にはあまり遊びに来てくれなくなった。
寂しいという気持ちが心に渦巻いた。
だけど、これも友達に対する気持ちと変わらないものなのだろうと解釈し、本音から目を逸らした。
そして、十四歳の精霊の祭日が近づいた日。
神父さんに留守を頼まれ孤児院にいると、突然建物が火に包まれた。
私は逃げようとしたが、燃えた柱が倒れてきて腕を挟まれ、あろうことか腕が引きちぎれた。
私は泣きながら絶叫を上げ、無意識にネロの名前を呼んでいた。
だが、ネロはやってきてくれなかった。
私は悲しさで胸をいっぱいにしながら、火に焼かれて気絶した。
そして、目覚めると怪我が綺麗に治り、なんと腕も生えていた。
ドットとエドナに聞くと、ネロがやったというのだ。
不可能とされている部位欠損の治療を。
神様の所業だと思った。
私は泣きながら、ネロに感謝した。
何度も何度もネロの名前を呼んだ。
ネロが助けに来てくれた事を堪らなく嬉しく思いながら。
そして、直接ネロにお礼を言いたいと、ドットとエドナに言うと、二人は顔を曇らせた。
なんと、ネロは村に現れたレッサードラゴンに一人で戦いに挑み、大けがを負って意識が戻っていないそうだ。
部位欠損を治すのもあり得ないが、レッサードラゴンに一人で戦いを挑むのもあり得ない。
しかも、勝ったというのだ。
最後は、ネロの契約精霊のリフリカさんが倒したらしいけど、それまでは一人で互角の戦いをし、私達がいなければ勝てていたかもしれないと聞いた。
カッコよすぎる。
もう胸がドキドキするのを止められない。
だが、その後に悲しい知らせを聞く。
レッサードラゴンにネロの両親のイザベルさんとクロネルさんが殺されたと。
それを聞いて直ぐにでもネロの元に駆けつけたくなった。
目を覚ましていなくても傍にいてあげたいと。
だけど、私も暫くは安静にしてないといけないと言われ、もどかしい気持ちを抑え数日を過ごした。
そしてついに、アンネさんがネロが目を覚ましたという知らせを持って来てくれた。
だけど、アンネさんは暗い顔で驚かないでほしいと前置きして、ネロの状態を語った。
それは、酷いものだった。
そして、直接見ると胸が張り裂けそうになった。
目は虚ろで何処を見ているのか分からず、食事も満足に食べられていないせいで、頬が痩せこけている。
話しかければ一応こちらを向いたりはするが、返事は返さない。
まるで動く人形の様だった。
私は動揺して感謝の言葉を伝える事も出来なかった。
その後、仮住まいしている家に戻り、私は泣いた。
泣いて泣いて泣いた。
ネロが両親を失ってどんな気持ちだったか、孤児の私には分かる。
そして、そんな気持ちで私達を守るため、レッサードラゴンに立ち向かっていった時はどんな気持ちだったのか。想像しただけで、胸が苦しくなる。
私は知っている。
ネロが、抱え込むタイプだっていうのを。
きっと、私の知らないところでもいろんな事を抱え込んでいて、それが噴き出してしまったんだ。
私は思う。
ネロを助けてあげたい。
何を差し置いてもネロの力になりたい。
ネロの為だったら私は、なんでも出来る。
そう思ってしまったら、もう自分の気持ちに嘘をつくことは出来なかった。
九歳、歳が離れていようが、相手が五歳であろうが関係ない。
私は、ネロが好き。
大好き。
愛してる。
三年掛かって、やっとそう自覚した。
そして今、私はネロを救いたいという気持ちでドアの前に居た。
するのは、ただの話。
救えるかどうかなんて分からない。
だけど、ネロの気持ちに寄り添ってあげたい。
そう思い、私は部屋のドアをノックしてゆっくりと開けた。




