襲来
今日で一部が完結するように投稿していきます。
今までは、一日五話ずつ投稿してきましたが、今日は六話投稿します。
ドナント王国は王都フィテェルカに佇む王城、その一室にて。
カツッカツッカツッと木材が床を叩く音が響く。
その音は、豪華に誂えられた椅子の前で止まり、後に椅子が深く沈み込む音に変わる。
「いかがですか?義足の具合は?」
椅子の傍らに立つ、筋骨隆々の男が椅子に腰かけた人物に問う。
「うむ。悪くはない。しかし、少々音がうるさいのう」
椅子に腰かけた人物、カール・デクス・ドナントは、そう言って朗らかに笑う。
それを見て、傍らに立つ男、王国近衛騎士団団長ドルゴ・スティアーナは敬意の念を抱く。
義足は、国最高の技工士によって作られたが、その造りは只の木の棒である。
足の付け根と義足の間にこそ技工士達の粋が集められているものの、いくら丁寧に削ろうが、足の形にぴったりと合わそうが、間に緩衝材を詰めようが、足は痛むものである。
それを、このように笑って受け流す。
人としての器の大きさを感じる。
「して、ドルゴよ。ワシの足をこのような木の棒に変えよった輩の正体は掴めたのか?」
これに、ドルゴは悔しさを滲ませながら答える。
「いえ、申し訳ありません。いまだ新しい情報は入っておりません」
襲撃は、つい先日の夜半に行われた。
王城の厳重な警備を掻い潜り、王室に侵入し王を何物かが襲った。
ドルゴが王の絶叫を聞き駆けつけるも、王の足は既に失われた後だった。
その後、戦闘になったが相手は王国近衛騎士団団長のドルゴでさえ遅れを取る相手であり、賊はドルゴを見事に抑え逃走した。
その時に見た、覆面の中で唯一光る赤い目を思い出し、ドルゴはいつか報復すると改めて誓う。
「そうか。しかし、あれほどの手練れは、そうそういまい。国内で情報が無いとすれば、国外かのう……」
王は、そう言いながら長い髭を撫でる。
ドルゴが王の内心を読み、その呟きを拾う。
「あの穏健派の魔王が、人間に牙を剥いたとお考えなのですか?」
「ふむ。ワシもあやつとは酒を飲みかわすような仲だ。そうは思いたくはないが、可能性としては考えんとのう」
魔族との戦争になれば、それこそ歴史に残る大合戦になる。
そのような事は避けたいという思いが両者の胸を過った時、ドアが乱暴にノックされる。
「緊急です!どうか、お目通り願いたく存じます!」
ドルゴが部屋のドアを開けると、そこには伝令の兵士が居た。
兵士はドアが開けられると「失礼します」と中へ入り、王の前に跪いて胸に手を当てる。
「何事だ?」
王が、兵士に問いかける。
「レッレッサードラゴンです!レッサードラゴンが、セネクト山脈から我が国に飛来し、都市ユーミットは壊滅。そのまま、南東へ向かったとのことです!各地から近衛騎士団への応援要請が届いています!」
「なんだと……」
ドルゴが瞠目しながら呟いた。
レッサードラゴンは、この国の精鋭である王国近衛騎士団でどうにか勝てる相手だ。
そんなものが飛来し、破壊の限りを尽くせば国が傾く。
しかし、何故山の麓から離れたのか?
レッサードラゴンは現れても十年に一度か二度だ。
それも、その生態からか麓から離れる事はまず無い。
それが、今回は麓を大きく離れて移動している……
人為的な何かを感じる。
ドルゴがそう思考していると、人払いをしていた時とは違う凛とした声で、王がドルゴに向かい王命を下す。
「近衛騎士団団長ドルゴ・スティアーナよ。直ちに近衛騎士団を率い、レッサードラゴンを討伐せよ!」
ドルゴは思考を打ち切り、膝をつき胸に手を当てる。
「はっ!畏まりました!」
ドルゴが足早に部屋から出ていき、兵士もそれに続いた。
セネクト山脈、それはドナント王国と魔族領であるダルグレントの境にある山脈である。
ドルゴと兵士が去った部屋で、王は一人呟く。
「セネクト山脈のう……」
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秋特有の朝霧が漂う早朝。
俺を含め精霊祭に参加する村の人達が、村の入り口に集まっていた。
顔見知りとしては、クロネル、イザベル、アンネさん、マリエラの四人がいる。
あとは、話したことはあまりないものの、マリエラの付き添いのシスターと見送りの神父さんがいた。
俺は、アンネさんに言われたようにユーミットまでの護衛を務めるべく、腰に剣を下げて、ユーミット行きの馬車を待っていた。
そう、待っていた。
以前は、村の入り口に行くと既に止まっていた馬車が来ないのだ。
少し遅れているだけかと思ったが、朝露も消え日が高く昇り始めると、村の皆がざわつき始めた。
「手配はちゃんとしたんだよな?」
「しましたよ。ほら、ここに証明書が」
「何か事故かねえ?」
「大方、車輪が沼地に嵌ったとかだろう。昔あったぜ」
「でも、遅すぎないかい?」
クロネルとイザベル、アンネさんも、どうしたものかと話し合っている。
マリエラも、状況を察してか心なしか不安そうだ。
ずっと、俺の服の裾を掴んで離さない。
そうして時間が経ち、一度帰るかとの結論が出た時、それは現れた。
急に地面が暗くなり、何事かと上を見上げると、体調十メートルはあろうかという生き物が上空を飛翔していた。
それは、治療院にある絵本で見たドラゴンそのものだった。
「嘘だろ……」
知らず呟く。
アンネさんも「バカな……」と呟いた後、慌てて皆に聞こえるように声を張り上げる。
「レッサードラゴンだ!皆、早く逃げるぞ!」
レッサードラゴン……ドラゴンじゃないのか。
でも、あのアンネさんの慌て様、レッサーとは言え恐ろしく強い魔物なのだろう。
皆が、一斉に村とは反対方向に逃げ出す。
俺も、イザベルに手を引かれてそちらに引っ張られる。
しかし、俺は動かなかった。
何故なら、レッサードラゴンは村の上空まで行くと、その顎を大きく開き、そして―――
「やめろーーーーー!」
孤児院がある周辺目掛けて火炎のブレスを放った。
その瞬間、俺はイザベルの手を振りほどき、村の中へと走っていた。
イザベル、クロネル、アンネさんの静止の声が聞こえる。
だが俺は走りながらピラルカを呼び出し、ライトシールドを作り出した。
それを地面に水平になるように浮かせ、その上に飛び乗る。
そして、思念で操りホバーボードようにして前に進む。
進みながらレッサードラゴンの姿を探すと、今は他の場所に移動し地面に降りていた。
だが、大人しくしているはずなどなく、家屋を破壊し、ブレスで畑を燃やし猛威を振るっている。
村の人が我先にと、入り口の方へと逃げていく。
俺はそれに逆行する形で、ぐんぐんと孤児院を目指す。
進むにつれ周りは火に包まれていき、孤児院に着くと案の定、木でできた孤児院は燃えに燃えていた。
ピラルカのマナ感知能力で中の様子を探ると、一人誰かいる。
中の火が強くて誰かまでは分からないが、まだ動いているので生きているようだ。
そして、裏庭にも四人。
そっちは、姿をハッキリ認識できた。
だが、そのうち一人の姿は酷いものだった。
その時、裏庭の辺りから微かにエドナの叫び声が聞こえた。
「誰か助けて!助けて!リズが!リズがー!」
俺は、中の一人が気になるものの急いで裏庭へと回った。
すると、ドットがノインを支えて立ち、エドナが倒れるリズに覆いかぶさるように膝をついている。
俺は、四人の傍に駆け寄り、声をかける。
「ドット、ノイン、エドナ!無事で良かった!リズの状態を見せて!」
リズの状態はマナ感知で分かっていたものの、直接見るとそれは酷いものだった。
全身に火傷があり、頭皮も爛れ綺麗な紫色の髪が半分無くなっている。
そして、右腕が無かった。
エドナが泣きながら縋り付いてくる。
「ネロ!リズを!リズを助けて!」
ドットが歯を食いしばり悔しそうな顔で俺の方を向いた。
「ネロ、よく来てくれた。俺には、リズを助けることができない……でも、お前なら!お前ならリズも助けられるだろう!?頼む!リズを助けてくれ!」
そう言ってドットは頭を下げた。
ドットに支えられているノインは火傷をしており、今にも気を失いそうだ。
その身体をおして、うっすら笑いながら言う。
「お前は、将来のライバルだからな……頼んだぞ。あと、中にまだコナーが居る。何とか助けてやって……くれ」
そう言ってノインは気を失った。
エドナが悲鳴を上げて、「もう嫌」と顔を覆いながら何回も呟いている。
ドットは動揺して逆に何も言えないでいる。
中にいるのはコナーだったか。
コナーとはノインが倒れた日以来、何度か話すようになった。
第一印象通り、コナーは強くて優しい奴で、病弱にも関わらず良く笑うやつだ。
こんなところで死なせたくない。
俺は、安心させるようにエドナの肩に手を置き言った。
「大丈夫。エドナ。必ず三人とも救ってみせる」
何のために、今まで頑張ってきたのか。
何のために、そうして力をつけたのか。
それは、大切な人を守るため。
失わないため。
助けるためだ!
俺は、リズを見据える。
まずは、重症のリズから助ける。
脳裏にピラルカの思念で見たような鮮明な皮膚組織、そして筋組織を思い描く。
そして、念魔力を練っていく。
練った念魔力をリズの身体の周りを漂うマナに放出。
そして、マナと念魔力を練ったものを思念で操り身体の内部へ送り込む。
リズの身体が青色に淡く光り、火傷が徐々に癒えていく。
失った髪の毛もそれに伴い伸びる。
そして、ほどなくして治癒は完了した。
エドナとドットが「すごい」と呟いた。
しかし、すぐにエドナが顔を曇らせ「でも、腕が……」と呟く。
「大丈夫」
俺は、エドナにそう声をかけピラルカに治癒魔法の思念を送ってもらう。
光で構成されたリズの身体が脳裏に映し出される。
その細胞の一つに集中し、さらにその中の染色体の端にあるテロメアに焦点を当てる。
そして、テロメアのイメージを脳裏にこびり付かせる。
そのイメージを思い描きながら念魔力を練り、傷口周辺のマナと混ぜ合わせそれを傷口に送り込む。
腕は、狐の時と同様に傷口がプクプクと盛り上がり、徐々にその形を取り戻していく。
エドナが「うそ……」と口に手をあてて驚き、ドットが「マジかよ……」と驚愕している。
そして、爪の先まで形成され腕は完全に再生された。
「凄い!凄いわ!ネロ!奇跡よ!これは奇跡の魔法だわ!」とエドナが興奮している。
ドットは「お前はもはや神だよ……」と手を組んで拝んできた。
俺はそれを、「まあまあ、そういうのは後で聞くから」と流しながらノインを見る。
ノインも酷い火傷だが、まだ持つだろう。
なので、次は中のコナーを助ける。
俺が、燃える孤児院に走り出そうとすると、「ネロ!」と呼ばれた。
声のした方を見ると、クロネル、イザベル、アンネさん、そして先ほどの俺と同じようにライトシールドに乗ったマリエラがいた。
すると、イザベルが駆け寄り俺の手を取り叫んだ。
「ネロ!なんて無茶するの!早く逃げるわよ!ほら、孤児院の皆も!クロネル、リズちゃんを負ぶって!」
だが、そこでドットが待ったをかけた。
「イザベルさん、まだ中にコナーが居るんです。ノインが助けに行ったんですけど、リズを抱えて戻るのに精一杯で……」
これに、イザベルより早くクロネルが反応した。
「分かった!待ってろ!」
そう言うと、炎に包まれた孤児院に躊躇いなく突っ込んで行った。
「父さん!」
俺は、反射的に叫ぶ。
嫌な記憶が蘇る。
火に包まれる家屋。
それに飛び込む父親。
視点は違うが、同じだ。同じじゃないか!前世のあの時と!
前世の親父はそれで俺を助けようとして……
「くッ!」
俺は、孤児院へ駆け出した。
後ろで、イザベルが「ネロ!」と叫ぶのが聞こえる。
「ごめん。イザベル」と心の中で謝り、燃える孤児院へ浸入する。
入るとそこは、火の海だった。
息が苦しい、熱い。辛い。
どうしても、錬気が練れればと思ってしまう。
クロネルは錬気で強化してこの中に入って行ったのだろうが、そんなに強い錬気は練れなかったはずだ。
最悪の結果にならないように、追いつかなければ。
マナ感知でクロネルの場所を探る。
すると、奥の部屋の扉の前にいた。
俺は、水魔法で直径一メートル程の水球をいくつか作り出し、周りと奥の部屋へと続く道の火を消化する。
すると、そこでアンネさんが後ろから追いかけてきているのに気付いた。
振り返りアンネさんに声を掛ける。
「アンネさん!どうして!?」
「どうしてもないだろう。錬気の練れる私も来ないでどうする」
「それも……そうですね。じゃあ、僕が火を消していくんで、ついてきてもらってもいいですか?」
「ああ、了解した」
そうして、アンネさんと二人で道を進んでいく。
途中に大きな角ばった柱が倒れており、傍に血の跡が残る場所があった。
恐らく、リズはここで柱に腕を挟まれたのだろう。
本格的な倒壊が始まる前に、ここを脱出しなければ。
そう思いながら柱を越えて進む。
奥の部屋へと辿り着くと、クロネルが燃えている人型の何かの火を消そうと必死に手ではたいている。
「父さん!」
クロネルが俺の姿を見て驚く。
「ネロ!どうして来た!?」
俺は、クロネルの問いかけを無視して水球を作り出し、その人型の何かにぶつける。
火が消火され、その何かが露わになる。
それは案の定、人だった。
火に包まれていたせいで、全身が焼け爛れている。
だが、呼吸は微かにしている。
それを見てアンネさんが呟く。
「これは……酷いな」
俺は、即座に判断し二人に呼びかける。
「父さん、アンネさん、逃げる前にまずコナーを治療します!」
それに、クロネルが疑問の声をあげた。
「大丈夫なのか?」
俺は、それに頷きながら答えた。
「やってみせるよ」
ここまで酷い火傷だと内臓まで焼かれているだろう。
つまり、ピラルカの筋組織までしかないイメージでは治せない。
なので、傷ついた細胞を正常細胞のテロメアを基準にして治癒させる。
やった事はない。
だが、このままではどのみちコナーは死ぬ。
成功させるしかない。
俺は、ピラルカに治癒魔法の思念を送ってもらう。
そして、光で出来たコナーの身体を隈なく見て、正常な細胞を探す。
そして、見つけた。
無事な細胞を。
その細胞のテロメアの長さを脳裏にこびり付ける。
そのイメージを思い描きながら練った念魔力をコナーの周りのマナに放出。
リズの時と同じように、マナと念魔力を練ったものを思念で操り身体の内部に送り込む。
コナーの身体が淡く光る。
すると、ブクブクと肉が盛り上がり、ただの肉の塊のようになった。
それを見てクロネルが焦って声を掛けてきた。
「おい!ネロ!なんだこれは!?何をしたんだ!」
今のところ予想通りだ。
「大丈夫、父さん。見てて」
アンネさんが息を呑む音が聞こえた。
俺は治癒を続ける。
肉の塊は徐々にその形を作っていき、人の形になる。
そして、内臓や骨、筋肉、そして皮膚を形成し、元の正常な人の姿になった。
良かった、成功だ。
クロネルもアンネさんもそれを見て絶句していたが、かろうじてクロネルが口を開く。
「ネロ、これはどういう事だ?」
「説明は難しいかな。それより、今は早く外に出よう」
「あ……ああ」
そうして、俺が先導して火を消し、クロネルがコナーを背負って後を追いかけ、殿にアンネさんという形で元来た道を戻る。
もうすぐ、出口だというところで、ついに本格的な家屋の倒壊が始まった。
柱がバキバキと音を立て、崩れ始める。
まただ。
また嫌な記憶と一緒だ。
そう思った時、クロネルがいる辺りで柱の折れる音が聞こえた。
「父さん!逃げて!」
今のクロネルは、コナーを背負っている。
柱に対処するのは難しい。
そう思い柱とクロネルの間にライトシールドを作ろうとしたが、途中で中断する。
俺は、ホッとしながら思う。
今は前世とは違う。
頼もしい人がもう一人いたんだ。
視界の先には、アンネさんが剣を振るい柱の軌道をずらす姿が映っていた。
さすがだ。
そう感想を一つ抱き、再び進む。
そして、幾度か同じ場面があるもアンネさんが対処し無事脱出することが出来た。
外に出ると、皆が不安にこちらを見つめていた。
ノインもその中にいて、火傷が治り意識もハッキリしているようだ。
イザベルが治療したのだろう。
そのイザベルが駆け寄ってきて俺を抱きしめた。
「ネロ!無事で良かった。ネロ……」
「心配かけてごめん母さん……」
俺は、抱きしめられながら改めて思った。
今は前世とは違う。
こうして、抱きしめてくれるあったかい人がいて、アンネさんのように頼もしい人がいて、孤児院の子供達のような可愛い友達がいる。
だからこそ、前世と同じような状況でも越えられた。
人との繋がりを得て、周りの支えがあり、それを失いたくないと思う気持ちがあったからこそ。
辺りを見渡せば、火が至る所で上がっている。
ここからの脱出は困難を極めるだろう。
だが、俺は守ってみせる。
俺を支えてくれる大切な人達を。
そう決意する俺を試すかのように、この世界の現実が牙を剥く。
空に咆哮が轟く。
皆が上を向き、その咆哮を上げた主を見る。
その咆哮の主は徐々に降下してくる。
地響きを鳴らし、孤児院を破壊して現れたのは、赤い鱗に包まれ、鋭利な爪と牙、巨大な羽に太い尻尾を持つレッサードラゴン。
その爬虫類のような大きな眼球がギョロリと動き、瞳に俺達の姿を映しとった。




