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望まぬ転生~異世界でみた景色~  作者: 初夏の草木
第一部 農村での暮らし
19/30

実験

少し小難しい話があり、疑問も挙がるかもしれませんが、よろしくお願いします。

マリエラを泣かしてしまったあの日以降、俺は一人で、村の境にある森の傍で精霊魔法を練習した。


それにより分かった事は、まずピラルカの使える魔法は、この前使った目くらましのフラッシュ、小さな光の玉をぶつけるライトボール、お盆ぐらいの大きさのライトシールド、それに、簡単な治癒魔法だ。

治癒魔法以外は練習し、既に出来るようになった。


また、ピラルカのマナ感知能力を共有するものだが、あれは空気中のマナの流れを感じることで、マナに触れている物体の形まで分かるものだった。

下級精霊であるピラルカのマナの感知範囲は百メートルなので、その範囲であれば見えない所にあるものでも感覚で何があるか分かる。


後は、ピラルカの思念と魔力を貰えるのというのは分かっていたが、俺の思念と魔力もピラルカに与える事が出来るらしい。

要は共有出来るってことだ。

精霊と言ったら、一方的に力を借りるというイメージがあるが、この世界では少し違うらしい。

言わば、パートナーみたいな関係だ。


そのパートナーと共に、俺は今一本の尖った枝を持ち、いつもの練習場所に立っていた。


「やるか」と呟き、その尖った枝でシュッと手の甲を傷つける。

傷口からじんわりと血が滲み、手の甲を伝い滴り落ちる。


今からやるのは、治癒魔法だ。

最初は、森から出てきた傷ついた動物で試そうとしていたが、待てど暮らせど出てこないので、仕方なく自傷をして治そうと思ったのだ。

前世で精神が不安定だった時でも、決して自傷をしなかった俺からしたら、苦渋の選択だったがやむを得ない。

もし、失敗したら手の甲とは言え傷跡が残ってしまう。

それは、気持ち的に避けたい。

なので、必ず成功させてみせる。


傷を見つめピラルカに声を掛ける。


「ピラルカ。マナ感知共有を」


『分かった。分かった』


光のマナが知覚出来るようになる。


「それじゃ、次は思念だ。頼む」


『分かった。分かった』


俺の心情を察してか、心なしかピラルカも真剣なような気がする。


そして、ピラルカから思念が流れてくる。


脳裏に映りこんできた光景に俺は目を剥いた。


腕だ。

腕。そう、腕なんだが……光の腕だ。

光で作られたような俺の腕のイメージが脳裏に映し出されている。


何と言えば良いのだろうか。

光は波で出来ているが、その波がまるで原子のように集まり、腕を形作っていると言えばいいのだろうか。


しかも、フラッシュの時と同様にイメージが異常に鮮明だ。

意識を集中すると、皮膚や細胞、果てはその中の遺伝子まで構造がハッキリと分かる。


これは、皮膚の下の組織も見えるのではと、意識を腕の中に移す。

すると、皮下組織を抜け、筋組織、そしてその先へーーーだが、そこにあったのはただの光の集まりだった。

通常なら、骨が見えてくるはずだが、ピラルカのイメージはそこで終わっていた。


つまり、ピラルカは筋組織までの怪我なら治せるが、骨折などは治せないということだろう。


そう結論付けたところで、イメージがフッと消えた。


『分かった?分かった?』


「うん、分かったよ。ありがとう」


『へへへ』


イメージは鮮明過ぎるほど伝わった。

後は、試すだけだ。

先ほどの光で出来た人体をイメージし、()魔力(ラカ)を練る。


そして、傷口に手をかざし、手と傷口の間に漂っているマナと()魔力(ラカ)を混ぜ合わせ傷口に送り込む。


すると、傷は一瞬で治った。


成功だ。

それにしても早い。

イザベルが治すスピードの三倍は早いのではなかろうか?

精霊魔法の威力が高いというのは本当だな。


これで、ピラルカの使える魔法は全て習得した。


精霊を呼び出すのにも慣れて来たし、次はあいつを呼び出してみるか。


持ち歩いているキセルを取り出して、霧を一時間かけて作り、そこにクールを入れる。

それを吹かしながら、イメージ。

煌めくような緑の髪に、炎のような羽、そして赤と緑のオッドアイ。

()魔力(ラカ)を練り、手を突き出し叫ぶ。


「来い!リフリカ!」


何も起きない。

あのトリップ現象ですら。何も。

やはり、リフリカは……とどうしても思ってしまう。

こうなってから気付いたが、俺は文句を言いつつもリフリカの事を気に入っていたのだ。

あいつとなら、友達のようなパートナーになれるような気がするのに……


いや、よそう。

前の夜決めたじゃないか。

あいつは必ず現れる。俺が呼び出す。

なので、諦めずこれから毎日一回は呼び出してみよう。


-----


翌日、俺は昨日と同じように、森の傍にいた。

今日は、確認しておきたい事を試そう思う。


それは、水魔法のイメージを光のマナに干渉させたらどうなるかだ。

マナに干渉するには、ピラルカの思念のように明確なイメージが必要だと仮定すると、前世の知識で、ある程度明確なイメージが出来る水魔法なら、精霊魔法が発動するかもしれない。

ただ、マナには種類がある。

水の精霊魔法を使うなら、水のマナを変化させなければいけないという可能性が高い。


ともあれ、実験だ。

光のマナに向けて水球が出来るイメージをぶつけてみる。


結果は、失敗だった。

俺のイメージが拙いのか、それともやはり水のマナでないといけないのか。

ともあれ、出来ないという事は分かった。



では、次はピラルカのイメージを流用して、普通の魔法が使えるかだ。

精霊魔法を使うには、ピラルカを呼び出してマナ感知能力を共有し、やっと魔法を使う準備が整う。

正直、手間がかかる。

しかし、もし普通の魔法でも再現可能なら、威力は落ちるだろうが発動までのスピードは上がる。

そう考えての試みだ。


では、やってみようと思う。


ピラルカにマナの共有を切ってもらい、念の為帰ってもらう。


そして、もっとも簡単に出来るフラッシュの魔法のイメージを思い出す。

あの鮮明なイメージが脳裏を満たした。


そして、()魔力(ラカ)を生成し、出来たものを空中に向けて放つ!


「ッ!?」


その途端、一瞬で()魔力(ラカ)と練っていない魔力までもが身体からごっそり引き抜かれる感覚がした。


その場にばたりと倒れ、意識が徐々に遠のいていく。

遠のく意識の中、空中を確かめたが、フラッシュは発動していなかった。


あれだけ鮮明なイメージで、発動しない。

それどころか、()魔力(ラカ)だけでなく体中の魔力を大量に持って行かれた。


意味が……分からない……


そう最後に思い、俺の意識は途切れた。


-----


目が覚めると、俺はベッドで寝ていた。


「やあ、目が覚めたかい?」


声がした方を見ると、スコットさんが椅子に腰かけてこちらを伺っている。


「スコットさん……ここは治療院ですか?」


「ああ、そうだよ。倒れている君を村の人が見つけてくれてね、ここに運ばれて来たんだよ」


「そうですか、後でその人にはお礼を言わなきゃですね」


ところで、クロネルとイザベルは居ないのだろうか。

あの二人なら、真っ先に駆けつけて、傍で看病しそうなものだが。


「あの、父さんと母さんは?」


「クロネルさんは仕事だよ。イザベルは君の着替えを取りに帰っている」


仕事?

あのクロネルが俺をほっといて仕事をするだろうか。

イザベルも何も着替えなんか用意しなくても。

イザベルが倒れた時も半日もすれば目が覚めたんだし。


あれ?仕事?半日?


そう思い、何となく窓の外を見る。

すると、空が明るい。

あれ?午前中に倒れて、そこから半日なら夕方か夜のはずじゃ……


「スコットさん、僕もしかして一日中倒れていたんですか?」


すると、スコットさんは含みのある声で答えた。


「いいや、十日だよ」


「十日!?なんでそんなに!?」


思わずベッドから起き上がろうとするが、身体が重い。


「無理をしない方がいい。まだ、完全には回復していないだろうからね。君の質問だが、それはこちらが聞きたい。典型的な、錬気や()魔力(ラカ)の使い過ぎに見えたが、あまりにも回復が遅かった。何をしたんだい」


「精霊のイメージを使って、普通の魔法を使おうとしたんです。すると、()魔力(ラカ)どころか体中の魔力までごっそり持って行かれて……」


「そうか……納得したよ。君ほどの魔力があったからこそ、これぐらいで済んだんだろう」


「どういうことですか?」


すると、スコットさんは神妙な顔で答える。


「精霊魔法で一度使った魔法を、普通の魔法では再現出来ないと聞いたことがある。もし、再現しようとすれば下手をすれば死ぬとも」


「死ぬ!?なっなんでですか!?」


「理由は、君が倒れたのと同じだろう。魔力が全て引き抜かれてしまうからだ」


「どうして、そんな事が起こるんですか?」


「それは、分からない。今でも解明されていないんだよ」


「そんな……スコットさんでも分からないなんて……」


俺は項垂れて呟いた。


「私を、超人か何かだと思っているのかい?前世でも、解明されていないことや、発見されていないものなんて五万とあった。魔法なんてものがあるこの世界じゃ尚更だよ」


そうだけど、俺はスコットさんを何でも分かるスパーマンだと思ってますよ。


すると、スコットさんは例の穏やかな目で真っ直ぐこちらを見つめてきた。


「ともかく、今後君は精霊魔法を普通の魔法で再現しようとしないことだ。君はもう一人じゃないんだよ」


そう言って、ベッドの脇の棚に視線を移した。

俺も、それにつられてそちらへと視線を向けると、花や果物が置いてあった。


スコットさんがそれを見ながら言う。


「孤児院の子供たちが持ってきてくれたんだよ。皆心配していた」


そうか、孤児院の子供たちが……

前世で入院した時には、友達は誰もお見舞いに来てくれなかった。

寂しかったし、辛かった。


でも、この世界では違う。

年齢が離れていようが、あの子達は俺の友達なんだ。

こうして、俺を心配して見舞いに来てくれる大切な友達。

俺はもう一人じゃない。


そう思うと胸が熱くなった。



その後、イザベルが帰ってきて、持っていた着替えを落とすと俺に近づき、泣きながら何度も「良かった、良かった」と呟いた。

クロネルもその後すぐに駆けつけ、暑苦しい雄叫びを上げながら俺の腕でワンワン泣いた。

俺はそれに「ごめんね」と繰り返し呟いて応えた。


俺は、一人じゃない。

この世界に来て、両親や友達など大切なものを取り戻した。


それは、幸せな事だ。

だけど同時に、自分に責任を持たなければいけない事でもあるんだと、二人の様子を見て再認識した。


-----


倒れたあの日から数日後。

精霊魔法を普通の魔法で使わないとクロネルとイザベルに誓い、俺はまた魔法の練習の為に森の傍を目指していた。

俺が、魔法の練習をすると言ったら、イザベルは顔を少し曇らせたが「頑張っているものね。行ってらっしゃい」と送り出してくれた。

これは、人によって意見は分かれるだろうが、俺はイザベルのことを子供の気持ちを汲んでくれる良い母親だと思う。


そんな事を思いながら、森の傍に行くと黄色い何かが木の近くに転がっていた


なんだ?と思って傍によると、傷ついた狐だった。

自傷せずとも後もう少し待てば出会えたのか……と少し残念に思ったのもつかの間、足を見るとその先が無くなっており、大量に出血していた。

呼吸も、虫の息だ。


ヤバい!と思ったので、直ぐにピラルカを呼び出す。


「来い!ピラルカ!」


ピラルカが現れ『今日は何?する?する?』と問いかけてくる。


俺はそれにこう答えた。


「足を再生させる!」



俺は、治癒魔法について今まで考えていた事を思い出す。


部位欠損の治癒はこの世界では不可能とされている。

だが、俺の考えが正しければ、再生は可能なはずだ。


治癒魔法はどのように傷を塞いでいるのか。

俺が正解ではないかと思うのは、細胞未分化説だ。

以前、イザベルに伝えた細胞活性化説は不完全だと思っている。


まず、治癒魔法を治療院で眺めていくうちに、疑問に思った事がある。

傷が綺麗に治り過ぎていると。

傷ついた細胞は何処にいってるのかと。

どんな傷を治す過程でも傷付いた細胞は残り、傷跡となる。

だが、治癒魔法にはそれが無いのである。


不思議に思っていろいろ考えてみた。

魔法で消してる?それとも、正常な状態に戻す?


そして、「魔法」と「戻す」という単語で、ピンときた。

治癒魔法は光属性である。

前世では、光の速度を超えると未来へタイムスリップ出来るなんて話や、過去へ戻る事は出来ないが、光の速さで動くと相対的に時間が遅れるなんて理論があった。

なので、光属性の治癒魔法は時間が関係しているのではと考えたのだ。


そこから、俺は細胞未分化説というのを思いついた。

治癒魔法は、まず傷付いた細胞の時間を巻き戻し、全ての細胞の始まりであるどんな細胞にもなれる未分化細胞へと変化させる。

いわゆる全能細胞というもので、例としては受精卵だ。

そして、次に時間を早めて細胞を分化、増殖させ傷を塞ぐのではと。


だが、これではイザベルが細胞分裂のイメージで治癒を行うと細胞が盛り上がるように、傷口は綺麗に治らない。


そこで、恐らく基準を設定しているのだと考えた。

患部の正常な状態をイメージするとき、傷口周辺の正常細胞の状態を無意識に基準とし、その状態になるまで細胞を増殖させていると。

この時同時に、傷口から細胞が溢れないように、基準の正常細胞と照らし合わせて、アポトーシスという不要と判断された細胞が死ぬ現象も起きていると思われる。

これにより、傷口に合わせて正常細胞がきっちりと収まる事が出来る。


イザベルの細胞分裂のイメージは、周辺のまさにその時分裂している最中の細胞の状態を基準にしてしまっているので、自動では増殖が止まらず、手動で治癒魔法を止めるため、傷が盛り上がるのではないかと思う。


俺のこの考えが正しいとするなら部位欠損を治せないのは、未分化細胞に戻ったとしても基準となる周辺の細胞へと分化してしまうからである。

そこから、増殖したところで無くなった部位を構成する細胞にはならない。

なので、足を構成させるには基準を切り替える。


そこで候補に挙がるのは、テロメアだ。

テロメアとは染色体の端にある尻尾のようなもので、細胞分裂を繰り返すごとに短くなる。

これが、無くなると細胞は分裂しなくなり、老化する。

なので、健康寿命の長さなどと表現されることもある。


このテロメアだが、俺の考える細胞未分化説では、かなり重要なファクターだ。

正常細胞を基準に時を早めると言っても、細胞の何をもって基準にしているのか。

俺は、このテロメアだと考えている。

テロメアは、細胞内にある言わば時間を表す指標である。

細胞の時間をどれほど早めるかを測るにはうってつけだろう。


このテロメアのみを基準として、治癒魔法をかけると何が起こるか―――




ゆっくりと意識が思考から浮上する。


目の前の狐の無くなった足を再度見る。


成功するかは分からないがやってみるしかない。


「ピラルカ。マナ感知共有。この狐の怪我を治すイメージもくれ」


『分かった。分かった』


すると、マナを感知出来るようになり脳裏にイメージが浮かぶ。

光で出来た狐の足だ。

しかし、その先は無く傷口を皮膚が覆っている。


俺は、意識を傷口付近の細胞へと向ける。

そして、その中の染色体の末端、テロメアへと。

何度も何度も脳裏にそのイメージを刷り込ませる。

忘れないように。間違えないように。


そして、イメージがフッと消えた。


汗が額を伝う。


『大丈夫?大丈夫?』


とピラルカが気遣ってくれる。

俺は、汗を拭いながら「大丈夫だよ」と答える。


そして、先ほどのイメージを脳裏に描き、()魔力(ラカ)を練る。

狐の無くなった足の断面に手をかざし、それを傷口周辺のマナと混ぜ合わし傷口に送り込む。


「頼む」


俺は、手をかざしながらそう呟いた。




―――テロメアのみを基準とすれば何が起こるか。


俺はこう考える。

傷口周辺の細胞が未分化細胞に戻り、そこから身体の位置によって適切に分化した細胞が基準のテロメアの長さになるまで細胞分裂を繰り返すと。


一見、細胞未分化説における、普通の治癒魔法の流れに見えるが、ここで重要なのは分化だ。

分化は周りの細胞の誘導や位置関係によってどのような細胞になるかが決まる。

欠損部位の断面に未分化細胞が発生すれば、それは互いに誘導しあい身体の位置に相応しい細胞へと分化するはずである。

今回なら、狐の傷口の付け根の細胞が誘導し、その先を作り、その作られた細胞がその先の細胞を誘導し、また先を作るという具合だ。

つまり、連鎖的な反応が起こり、それで無くなった部位を再生させることが出来る。


正常細胞が基準では、分化が指定されてしまうのでこうはいかない。



しばらく、手をかざしていると傷口に変化があった。


傷の付け根の肉がプクプクと少し盛り上がり、それが骨、筋肉、皮膚、体毛に変化する。

それにより、盛り上がった肉の分だけ足が長くなる。

それが、繰り返し起き、ついに無くなった足が全て再生された。


「おっしッ!」


俺は、思わずガッツポーズした。


ピラルカは『すごい!すごい!』と俺の周りを回っている。

俺はそれに「ありがとうピラルカ。ピラルカがいなかったら無理だった」と返した。


細胞未分化説だが、証明できるものは何も無かった。

成功した今でさえ、間違っている部分はあるだろう。


だが、細胞が未分化な状態に戻っていることは分かった。

でなければ、無くなった足を再生させることなど出来ない。

また、未分化な状態に戻っているということは、そこから細胞を活性化させていることも分かる。(これが時間を操作してなのかは証明できないが)

さらに、綺麗に足が治ったことにより、テロメアが細胞の活性化度合いの基準である可能性が高いことも分かった。


かなり実験的な要素が強かったが、成功してよかった。


地面に横たわる狐を見る。

足は治ったが出血のため、まだぐったりとしている。


思えば助けられてばかりの人生、初めて自分の手で何かを助けられた気がする。

ドットの件は、俺が手を下した訳ではないのでノーカンだ。


俺は、そう感慨にふけりながら狐をそっと抱え、治療院へ向けてゆっくりと歩き出した。


ネロは、足の再生に失敗したらすぐに普通の治癒魔法で傷を塞ぐつもりでした。

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