錬気講座
マリエラを周りの子供達の協力も得て何とか慰め、精霊も返して落ち着いた頃、ノインが話しかけてきた。
「ネロ。俺に錬気の練り方を教えてくれないか?」
「錬気?別に良いけど。上手く教えられるかは分からないよ?」
ノインは真剣な目で「それで、いい」と答える。
そして、続ける。
「俺は、精霊魔法使いにはなれなかったけど、錬気使いならまだ世界一になれる可能性がある。だから、教えて欲しいんだ。俺は錬気を習得して、今度こそ世界一を目指す」
精霊祭で、世界一になるのは他の分野でもいいんじゃないかというような事を言ったが、まさか錬気使いを選ぶとは。
ノインは真剣そうだし、その夢を出来る限り応援してあげよう。
そう思って、了解の意を示そうとした時に、ドットが進み出て来て言った。
「俺にも教えて欲しい。ネロが俺を助けてくれたみたいに、俺も誰かを助ける力が欲しい」
ドットの目も真剣だった。
誰か助けたい人でも居るのだろうとリズをちらりと見ながら思う。
俺は、真剣な顔の二人へと視線を戻し、笑顔で言う。
「もちろん、二人とも僕の教えられる事なら何でも教えるよ」
すると、ノインは神妙な顔で頷き、ドットは顔を輝かせた。
そんな、大局的な反応を示す二人に向けて、俺は錬気について説明していく。
「錬気は、気と魔力を魂で練ったものなんだ。だから、まずは気と魔力を感じる必要があるんだけど、二人は魔道具とか使ったことある?」
「ランプとかならあるな」とドット。
「それなら俺もある」とノインが続く。
「その時に、魔力を感じる事は出来る?」
これに二人とも、なんとなく分かるとの回答を寄越した。
「なら、今度は気を感じる必要があるんだけど……」
さて、これはどうやって説明しよう。
俺の時は、前世の知識を使って具体的なイメージを持つことで感じる事が出来たが、あのイメージを伝えるのは難しい。
そうして、顎に手を置いて悩んでいると、エドナが話しかけてきた。
「ネロ。あんまり深く考えなくていいんじゃない?錬気を練るなんて難しい事なんだし、ダメで元々よ」
それに、ノインが顔を真っ赤にして食って掛かる。
「俺は、絶対錬気を練るんだ!ダメで元々とか言うなよ!」
エドナはそれに冷静に対応する。
「あんまり気負いし過ぎたら、出来るものも出来ないかもしれないでしょ?それくらいの気持ちでやればいいってことよ」
エドナって確か七歳だよな。
女の子は成長が早いと言うが、エドナは普通よりも早熟な気がする。
ノインは、エドナの言った事がよく分からないらしく反論する。
「出来ないかもなんて気持ちでやって、出来るわけないだろう!」
それもそうなんだけどね。
エドナはノインの事を思って言ってくれているんだよ。
俺は、ノインに向けて言う。
「エドナは、少し肩の力を抜いた方が、物事は成功しやすいって言ってるんだよ。俺もそれに同意かな。別に、ノインの事を馬鹿にしてるわけじゃないから、落ち着いて」
そう言うと、ノインは不承不承に頷いて、とりあえず矛を収めた。
「じゃあ、続きだ。そうだなあ。気って言うのは、身体の周りに薄く漂う何かなんだ。その何かを感じるのを、一回試してみて。あっ目を瞑るとやりやすいかもよ」
二人は、俺の言った通りに目を瞑り、じっと集中し出した。
ドットは、顔色を一つも変えず集中している。
一方ノインは、眉根に皺が寄り難しい顔になる。
そこに、エドナが近寄り「ほら、力抜いて」と言いながら、ノインの背中をポンッと叩いた。
それを受けてノインの肩から力が抜ける。
そして、その状態で暫く経った頃、ノインがポツリと呟いた。
「分かる……分かるぞ」
そして、目を空けて興奮した様子で声を上げる。
「分かった!分かったよ!ネロ!身体の表面に何か漂ってる!」
「凄いよ!ノイン!一発で成功なんて!僕だって一発じゃ無理だったんだ」
それに、ノインが顔を輝かせる。
「本当か!?やった!なら、この調子でネロを追い抜いてやる!覚悟してろよ!」
「だったら、僕も追い抜かれないように努力するよ」
そう言って、俺は笑顔を見せた。
そして、少し騒がしくしたにも関わらず、まだ集中しているドットを見る。
ノインが成功した以上、ドットにも成功してほしい。
そう願いながら見つめるが、暫くしてドットは目を開けると天を仰いだ。
「ダメだ。全然分からない」
「僕も、最初は分からなかったよ。でも、続ければいつかは感じられるようになるよ」
そう励ますと、ドットは「もう一度やってみる」と言って目を瞑った。
集中し出したドットをそっとしておき、ノインの方を見ると、ノインはエドナに頭を下げていた。
「ありがとう、エドナ。エドナの言う通り力を抜いたら出来たよ。さすがだ」
それに、エドナは手をひらひら振りながら「いいわよ、背中を叩いただけだし」となんでもない様に言った。
こういう光景は度々見られる。
ノインとエドナは同じ七歳だが、エドナがお姉さんでノインをそっと支えているような感じだ。
俺は、微笑ましい気持ちでそれを眺めた後、ノインに声を掛ける。
「ノイン、気と魔力を感じ取れたなら、次はいよいよ錬気の生成だ。胸の中心あたりで、気と魔力を練り合わせるようなイメージで動かしてみて」
すると、ノインはエドナと話すのをやめ「分かった、やってみる」と答え目を瞑る。
さっきと違いリラックスしている様子だが、ノインの額から汗が滴り落ちだした。
気を動かすのに苦労しているのかもしれない。
俺も最初はそうだった。
ただ、ノインは俺よりも気を感じ取るセンスは良いだろうから、これも一発で成功するかもしれない。
そう思い、じっと集中するノインを眺める。
すると、ノインが目を開けた。
「なんだ……これ……」
その呟きに成功したことを悟った。
「それが、錬気だよ。なんか、力の塊見たいでしょ?」
それに、呆然としながらノインが答える。
「ああ、胸の中心にあったかくて強い何かを感じる」
呆然としているノインに、後は身体強化の仕方だけ伝える事にする。
「後は、その出来た錬気を身体に行き渡らせて身体強化するんだけど、これはもっと錬気の量を増やせるようになってからでないと「分かった!やってみる」」
ノインが、俺の話を最後まで聞かずに、身体強化を行おうとした。
「待って!ノイン!」
俺は止めるが、時すでに遅し。
ノインは、意識を失ってぶっ倒れた。
マリエラとリズ、そしてエドナが「ノイン!」と叫び駆け寄る。
ドットも集中していたのをやめ、ノインの身体を抱き起こし俺に質問する。
「ネロ、何が起こったんだ?」
「錬気は気と魔力を練ったものだから、使い過ぎると意識を失うんだ。ノインはまだ七歳だし、両方足りなかったんだよ。僕が初めに注意しておけば良かったのに、ごめん」
そう言って頭を下げる。
それに、エドナが口を開く。
「ネロは、注意しようとしてたのに、それを聞かないで突っ走ったノインが悪いわよ」
そう言いつつもエドナは心配そうにノインを見つめていた。
悪い事をした。
ともかく、ノインを休ませる場所へ連れて行こう。
「本当にごめん。ともかく、ノインを寝かせたいと思うんだけど、何処か場所はある?」
それに、リズが答える。
「だったら、ノインのベッドに連れて行きましょ!」
その言葉で、ドットがノインを負ぶってベッドのある部屋まで連れて行く。
途中で、リズにはシスターを呼んで来てもらうようにする。
そして、ベッドのある部屋に着くと、そこは二段ベッドが二つ置いてある狭い部屋だった。
誰もいないと思って部屋の中に進むと、知らない声がベッドの方からした。
「皆?どうしたの?」
俺は、ビクッとなって声のした方を見ると、明らかに病弱そうな男の子が、寝ながらこちらに顔を向けていた。
ドットが、その子供に言葉を返す。
「ノインが倒れたんだよ。だから、寝かせに来たんだ」
「だっ大丈夫なの!?」
「それは、分からない。ネロ、大丈夫なのか?」
そう言って、俺の方を見るドット。
「僕も最初は何度も意識を失ったけど、いつも一晩すれば目が覚めたから大丈夫だとは思うよ。でも、念のため治療院の誰かに見て貰った方がいいかも」
「そうか」
ドットはノインをそっとベッドに寝かした後、俺に向けて言う。
「治療院へは俺が行ってくる。後は頼んだぞネロ」
そう言い残して、部屋から駆け出して行った。
部屋に残ったのは、俺、ノイン、エドナ、マリエラ、そして病弱そうな男の子だ。
ハッキリ言って、今の俺に出来る事はない。
精々不安がるエドナとマリエラに「大丈夫だよ」と言ってやるぐらいだ。
そうしていると、病弱そうな男の子が声を掛けてきた。
「君は一体誰なの?孤児院の子供じゃないよね?」
俺は、病弱そうな男の子に顔を向ける。
「僕はネロ。イザベルの息子で、ここには自宅訪問治療に付いて来て以来、遊びに来るようになったんだ」
病弱そうな男の子は驚いた顔で言った。
「きっ君がネロ君!?ドットを救ってくれたっていう。本当にこんなに小さいんだね。歳はいくつなの?」
「四歳だよ」
「四歳!?びっくりだよ。あっ僕は、コナー。ドットの一つ下で九歳だよ」
孤児院にこんな子供いたのか。
知らなかった。
そう思っていると、病弱そうな男の子改めコナーが微笑みながら言った。
「イザベルさんにはいつもお世話になってるよ。自宅訪問治療の患者は僕だからね」
そういう事か。
確かに、イザベルは子供の患者の所へ行っていた。
それが、この子だったかわけだ。
「そうだったんだね。全然気づかなくてごめん」
俺の謝罪にコナーが笑う。
「なんで、謝るのさ。気付かなくて当然だよ。僕は殆どベッドから動かないんだから。僕こそ、驚かしてごめんね。ところで、ノインは無事なんだよね?」
俺は、それに安心させるように笑顔で答える。
「うん、無事だと思うよ。少し寝れば回復するよ」
それを聞いて、コナーは心底ホッとした顔になった。
「良かったよ。皆にもしもの事があったら大変だからね」
俺はそんなコナーの姿を見て思った。
自分が病弱な状態でベッドから殆ど動けない境遇でも、こうして人の事を心配出来るものなのだろうかと?
自分は動けないのに、皆だけズルいとか、なんで自分だけとか思ったりしないのだろうかと?
「コナーは、強いね」
俺は、自然とコナーに向けてそう言葉をかけていた。
自分が大変でも、それを言い訳にせず生きているからこそ、他人を心配出来るのだ。
ベッドから動けない程の病気がどれほどの辛さなのか俺には分からない。
だが、苦しい事は分かる。
それを、言い訳にせずに生きているコナーは強いと素直に思った。
俺の言葉に、コナーはまたも笑った。
「ベッドから動けないのに強いだなんて、ネロは面白いね。僕は強くなんかないよ」
「いいや、コナーは強いよ」
穏やかな目でコナーを見つめそう言う。
それを、受けてコナーが口を開く。
「リズがさ、ネロは小さいのにそう見えないって言ってた事があるんだ。本当にそうだね」
そう言って、コナーははにかんで笑った。
そのタイミングで、リズがシスターを連れて戻って来た。
シスターがノインの様子を見て、俺に状況を聞く。
事のあらましを説明し、今ドットが治療院へ行っていることを伝えると、安心した顔になった。
一段落して、ドットが帰って来るのを待っていると、コナーがリズに話しかけた。
「リズ、ネロって面白いね」
それにリズは顔を真っ赤にして言った。
「ネロは面白くなんかないわ!」
……
……いや、別に面白い事を言った覚えは無いけど、そうハッキリ言われるとなんか傷つくな。
リズはそのあと、何かごにょごにょ言っていたが、心に浅い傷を負った俺の耳には届かなかった。
それから少しして、ドットがスージーさんを連れて戻って来た。
スージーさんは、いつものおちゃらけた雰囲気が鳴りを潜め、真剣な顔でノインの診断をしていた。
一通り診断を終え、スージーさんが皆に向けて言う。
「うん!大丈夫だねー!脈拍も安定してるし、呼吸も異状ない。一晩寝ればすぐ元通りだよー!」
そう言って、ピースサインし皆に笑顔を向ける。
それを受けて、皆ホッと肩を撫でおろした。
「でも」とスージーさんが続ける。
「頻繁に倒れたら、身体に悪いのは当然だから、ネロ君みたいに無茶しないようにはしないとね。皆、その辺は気を付けてあげてね」
俺は、それを聞いて居た堪れない気持ちになりながら、皆と同じように「はい」と答えた。
次の日、ノインは目覚め俺が済まなかったと言うと、「俺が悪いから気にするなよ」と言われた。
そう言われても、責任は感じるのだ。
もう少し、慎重に教えるべきだったと。
そう思っていると、ノインが残念そうな顔でポツリと言った。
「でも、練っただけですぐ倒れるのに、倒れないように注意するとかどうすればいいんだよ」
それに俺は、伝えようとしていたことを伝える。
「気は走れば増えるし、魔力は使えば増える。だから、毎日走って毎日魔道具を使えばいい。それで、気と魔力を増やして、少しずつ錬気の量を多くしていくんだ」
そう言うと、ノインは光を見つけたような顔で俺の方を見る。
「それを先に言ってくれよ!なんだ、簡単じゃないか!すぐに追いついて見せるからなネロ!今からお前は俺の将来のライバルだ!」
ノインはビッっと俺に指を突きつけ、勝気な顔でそう言った。
精霊祭で情けない姿を晒していた時とは大違いだ。
俺は、その姿を見ながらニヤッと笑いながら言う。
「ああ、ライバルだ」
将来、ノインがライバルになってくれたら、これ程嬉しい事はない。
いつか、本当にライバルとなってくれることを楽しみにしていよう。




