精霊祭 後編
時間になり、教会の扉がゆっくりと開く。
中から、銀の法衣を来た男性が声を張り上げる。
「只今より祭事を行います!参加する子供達は中へ!両親や付き添いの方は外でお待ちください!」
その言葉に従い、教会の中へと子供達がぞろぞろろと入って行く。
俺も、クロネルとイザベルに別れを言い、マリエラ、ノイン、エドナと共に中へと入って行く。
ノインは気の毒になる程緊張しており、今にも吐きそうな顔をしている。
「ノイン?大丈夫?」
「だ、大丈夫……大丈夫……」
大丈夫じゃないようだ。
そういえば、マリエラはもう精霊と契約しているけど、精霊召喚の儀は行うのかな?
「マリエラも精霊召喚の儀はするの?」
「うん!するよ!」
「もう精霊と契約していても、他の精霊と契約出来るの?」
「うん!出来るみたい!ネロも契約出来るといいね!」
「ま……まあね」
ノインのいるところで、もう契約しているなんて言えない。
そう思いつつ前へ進む。
教会の中へ子供達が全員入ると、扉がゆっくりと閉められる。
中は、広大な空間の真ん中に一本赤いカーペットが敷かれ、その先に壇上があり、さらにその先に祭壇のようなものがあった。
祭壇の上には、銀の柄に細工が施された短剣に、金の縁取りに彩られた鏡、占いで使うような透明な水晶玉が置かれている。
あれが、召喚の際に使う媒介だろう。
周りを見渡すと、中には予想通り三百人程の子供達がいて、口々に話をしている。
壁際には、先ほど開始の合図をした男性と同じ銀色の法衣を着た男女が、子供達の方を向いて並んでいる。
まるで、学校の朝礼だ。
「は~い、静かになるまで五分かかりました」とか言うんだろうか。
など、ベタな事を考えていると、壇上の横の扉から誰かが現れた。
金の刺繍が入った豪華な法衣を身に着け、脇に本を抱えた五十代くらいの男性だった。
男性は中央までゆっくり進むと、こちらに向き声を発した。
「静粛に。これより、祭事を行う」
声は、まるで拡声器で拡張されたように響き渡った。
声を拡声する魔道具でも使っているのだろう。
ざわざわとしていた空間が途端に静かになる。
男性は、場が静かになると再度口を開いた。
「まずは、廻りの句を唱える。皆、私の後に復唱するように」
そういうと、男性は朗々と語り出した。
「冬に降り積もりし雪は、世界を白く染め、全てをかき消す」
これに、復唱する。
「「「冬に降り積もりし雪は、世界を白く染め、全てをかき消す」」」
こんな感じで以下も復唱していく。
「春に芽吹きし草花は、世界に色を与え、力を与える」
復唱。
「夏に降り注ぎし光は、世界を攪拌させ、混沌を作り出す」
復唱。
「秋に吹きし風は、世界を穏やかにし、平穏を与える」
復唱。
「季節は廻り、世界は回る、これすなわち森羅万象の理なり」
復唱。
ふう、言い切ったぜ。
なんか、厳かに語ってた割に大した事は言ってなかったな。
「よろしい。では、次に聖典の一節を読み上げる」
そして、男性は脇に持っていた本を開き語り出した。
「太古の昔、世界は一つだった。木々が生い茂り、花々が咲き乱れ、空は澄み渡り、清き水が沸き出す理想郷を体現した世界―・―・―」
長かったのでその後を要約すると……
平和で調和のとれた完全な世界。
しかし、それは停滞し変化の無い退屈な世界、そう感じる一柱の邪神が現れ世界を破壊しだした。
神々は世界を壊す邪心を、剣で切り裂き、鏡で攻撃を反射し、玉をもって封印を施したという。
しかし、戦いの余波は凄まじく世界は複数に別れてしまった。
分かれた世界は不安定で、そのままだとすぐに崩壊してしまう。
なので、神々は分かれた世界をそれぞれ管理することにした。
一部の神は、新たな邪心を生み出さない為に、世界に変化を与えようと、神の姿を似せて完全でない不完全な人間という生物を作り出した。
そして、この世界の神はさらに変化を与える為に、世界を回す存在として精霊を作り出し、人間と精霊が契約出来る仕組みを作った。
神は、過去の過ちを繰り返さない為にも、停滞を嫌い変化を求めている。
それが、神のご意思である。
というような感じだった。
結果的に今の神様たちも邪神と同じ考え方になっているけど、その辺は良いのだろうか?
疑問を感じつつも、祭典は進む。
男性は本を閉じると、こう続けた。
「我々は人間を作りたもうた神々に感謝し、敬意を払わなければならない。故に、神に祈りを捧げる。皆、私に続いて祈りを捧げるように」
すると、男性は跪き、両手を胸の前で組んで目を閉じた。
良かった。普通の祈り方だ。
これなら、ただの一人ラブ握りだ。
あれ?なんかそう言うと急に寂しくなってしまった……
などと考えつつ真似をして祈りを捧げる。
しばらくすると、男性の「結構。皆、立ち上がりたまえ」という声が聞こえ、目を開け立ち上がる。
「それではこれより、神のご意思に従い世界に変化を与えるべく、精霊召喚の儀を執り行う」
ついに来た。
長かった。待ってろよリフリカ!
その後、子供たちは三列に並ばされ、三人ずつ壇上に上がり、祭壇に置かれた剣と鏡と玉に触れる。
そして、横にいる法衣を来た女性に続いて、何か呟いている。
殆どの子供が何も起きずに肩を落とす中、「おー!」という歓声が上がり一人目の成功者が出た。
見ると、黄色い光の玉が空中に浮いていた。
先ほどの男性が声を張り上げる。
「一人目の契約者が出た!土の下級精霊だ」
場がざわざわとするのを鎮めて、精霊召喚の儀は進む。
その後も、二人ほど成功者がでた。
水の中級精霊と火の下級精霊だ。
それを見て分かったのだが、精霊は属性によって色が決まっているらしい。
火なら赤、水なら青、土なら黄色という具合に。
こうなると、風は緑で、光が白、闇が黒だろう。
うん?待てよ。そうなると、リフリカって赤と緑だったから火と風の精霊―?
うーん?二属性とかありえるのか?
悩んでいると、俺の番が来た。
ノインとエドナとで壇上に上がる。
マリエラは次だ。
ノインを見ると、ブルブル震えている。
俺は心の中で頑張れと呟いておいた。
俺の目の前にあったのは、玉だった。
まずはそれに触れるようにと、横にいる法衣を着た女性に言われる。
そして、精霊を呼びながら次の言葉に続くように言われる。
「我は変化を求めるものなり」
それに続く。
「我は変化を求めるものなり」
リフリカーリフリカ―!赤と緑のリフリカー!
「変化無きものに未来は訪れず、ただ崩壊を待つのみ」
二度目は生意気だったけど、一度目は優しかったよな!
目を閉じ、リフリカとの出会いを思い出しながら復唱する。
「変化無きものに未来は訪れず、ただ崩壊を待つのみ」
そうだ優しかった!お前は優しい。風で燃える柱をどけてくれた
「故に我は願う。この世の理を体現せし精霊よ」
そうだよ。助けてくれたんだ!致命傷だった俺の傷も一瞬で治して……て、え?
そこまで思い出して、戸惑いながらも復唱する。
「故に我は願う。この世の理を体現せし精霊よ」
あいつ、もしかして治癒魔法を使ったのか?という事は、光の精霊でもあるってこと?
「そなたらの力を我に与え変化をもたらしたまえ。精霊召喚」
流石に光属性まで加えちゃ駄目でしょう!
内心で突っ込みを入れつつ最後の言葉を復唱する。
「そなたらの力を我に与え変化をもたらしたまえ。精霊召喚」
言い終えると共に、目の前が光に包まれる。
この光景見たことあるぜー!キタキタキター!
はーい、リフリカさんのご登場でーす!
光が収まりニヤニヤした顔で、その光が消えた場所を見た俺は「へっ?」と間抜けな声を上げた。
そこに浮かんでいたのはソフトボールぐらいの白い光の玉だった。
つまり、光の下級精霊。
リフリカは、現れなかった。
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あの後、光の精霊は消え、教会の人からは精霊を呼び出す為の媒介として小さな十字架のペンダントをもらった。
マリエラがルーナを呼び出す際に使っていた物と同じものだ。
俺は、それを放心状態で受け取った。
その後も祭典は続き、結果的に今年は俺を含めて六人の成功者しかいなかった。
上級精霊を呼び出せた子なんかゼロだ。
孤児院の子達だが、マリエラとエドナ、そして……ノインも残念ながら成功しなかった。
ノインはその後泣きじゃくり、俺に「ネロは錬気が使えるからいいだろ!精霊譲ってくれよ!」と言ってきた。
譲りたくても譲り方がわかんねーよと思いつつ、「まっまあまあ、精霊使いに拘らなくても世界一にはなれるんじゃない?」と答えると、「そっそうか……そうだよな!」と元気を取り戻した。
結局、ノインは何かで世界一になりたかっただけなのだ。
エドナがそれを見てやれやれといった風に首を振っていた。
マリエラは「ネロ!やったね!見てお揃い!」と言って胸元のペンダントを見せてきた。
「そうだね、お揃いだ」と言ってペンダントを取り出す。
そこで、はたと気付く。
媒介が手に入ったということに。
つまり、まだリフリカを呼び出す手立てはあると。
外に出て、村の人達と合流する。
結果を伝えると、イザベルは「凄いわ!ネロ!」と喜び、クロネルは号泣していた。
その後、宿に戻って休憩するのかと思ったが、号泣から冷静になったクロネルが「精霊祭はまだまだここからだ!」と言って、村の人達を先導し始めた。
着いた先は、大きな道だった。
道の端にはずらーっと人だかりが出来ている。
「父さん何が始まるの?」
「精霊祭の目玉!パレードだ!」
パレード。
あの大人ですら子供に戻ってしまう魔性の力を秘めた、夢いっぱい擬人化動物いっぱいの遊園地でやるようなやつか!
すると、昼に上がったように花火が一発上がった。
しかし、昼と違い花火は次々と上がっていく。
空が七色の光で埋め尽くされる。
それと同時に音楽が聞こえてきた。
太鼓や笛、弦楽器が奏でる踊り出してしまいたくなるような曲だ。
すると、辺りが一気に明るくなった。
そして、道の先から人が行進してきた。
行進する人の周りには精霊が飛び交い、音楽に合わせて火を上空に放ったり、空中に水流を作ったり、土の柱を出したり、風でボールのようなものを操ったりと、とても幻想的な風景が広がっていた。
こんな光景は異世界でしか見られないだろう。
俺は、それを見ながらこの世界に転生出来て良かったと思った。
それほど、感動する光景だった。
パレード終了後、夕食を例のごとく屋台で済ませ、宿で就寝となった。
ちなみに、ノインのくじ運の悪さは察して余りある結果だった。
翌日、俺達は厩舎の前にいた。
楽しかった精霊祭も終わりを向かえ帰るのだ。
トルネ村へ。我が家に。
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往路と同じように、復路も順調に旅は進む。
一日目が無事終了し、皆が寝静まった頃、見張りに立っている冒険者の目を掻い潜って、俺は誰もいない森の中にいた。
ちょうど今日、鍛錬を行った場所だ。
そこに佇み、首から下げた十字架を取り出す。
今からこれを使って、リフリカを呼び出せるか試してみようと思う。
もし、呼び出せた時に俺が異世界人であることを言いふらされては堪らないので、これは一人で行う。
そういう意味では、精霊祭で大々的に現れなくて良かった。
リフリカを呼び出す為には、三つのものが必要だ。
すなわち、魔力、思念、媒介。
媒介にはタバコを使う事しか頭に無かったが、何もそうでなくても良かったのだ。
思念を感じ取る事はまだ出来ないが、前世のように媒介があれば何とかなるかもしれない。
そう考え、十字架を両手で包み目を閉じる。
イメージするのはリフリカの姿形。
体長は小さく十センチ程度。
緑色の煌めくような髪に、炎のような羽、そして赤と緑のオッドアイ。
明確にイメージしたところで、マリエラのように片手を前に突き出し呟く。
「来い。リフリカ」
しーんと静寂が耳をつく。
「ダメかー……」
その後、何度か同じことを繰り返す。
だが、全て失敗に終わった。
試しに、精霊祭で契約した光の精霊も呼び出そうとしてみる。
だが、現れなかった。
やはり、思念が練れていないのだろうか。
これではダメだと思い、他の方法を考える。
そうだ!精霊召喚の詠唱の時の感覚を思い出して、思念を練るようにしたらいいんじゃないだろうか!
行きで出会った魔術師のお姉さん曰く、詠唱は思念と魔力を自動的に練るものだ。
という事は、あの時の感覚を再現出来れば思念が練れる!
思い出せー思い出せー!
眉間に指を当て、何とか殺法が出そうなほど記憶を掘り起こす。
…………うん、ダメだ。
リフリカをイメージするのに必死で、あの時の感覚なんて覚えていない。
あの長ったらしい詠唱も覚えていないし、再現は無理だ。
それにもし再現できたとしても、そんなに簡単に思念を練れるなら、魔術師の殆どは途中から魔法使いになるだろう。
そんな話があるなら、あの懇切丁寧なお姉さんは教えてくれていただろうし、あまり前例が無いに違いない。
やはり、思念を何とか感じ取れるようにしなければ。
他に方法と言えば、前世の時リフリカを召喚した感覚を呼び起こすなどだが……
それには火種熾しが必要だ。
でも、火種熾しは使えない。
いや、使わない。
他の方法を考えなければ。
しかし、何も思いつかないまま、馬車まで戻ることとなった。
もう寝ようと毛布をかぶり、ふと横に寝ていたマリエラの顔を見て思った。
そうだ!マリエラに聞いてみればいい!
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翌日の馬車の中。
マリエラに問いかける。
「マリエラ。精霊ってどうやって召喚するの?」
すると、マリエラは首を捻った。
「うん?精霊祭の時したでしょ」
「いや、そうなんだけど……ほら!ドットを助けた時にルーナを呼び出したじゃない?あの時はどうやって呼び出したの?」
「あー分かった。ふふっおねーさんが教えてあげる!」
「よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる。
マリエラはそれを見て気分を良くしたのか、指を立てながら説明し出した。
「まずね、十字架を握りしめるの!」
うん、分かるよ。そこまではやった。
「それでね、契約した精霊のことを思い浮かべるの!」
うん、それもやったよ。分かる分かる。
「後は、来てってお願いすれば出来るの!」
カクンと肩が落ちた。
そうだ。マリエラの説明は大事なところが分からないんだった。
今回は聞きたいところの全てが抜けていた。
当のマリエラは胸を張って、どう?分かったでしょ?と言わんばかりだ。
「あっありがとう。分かったよ」
それにしても、マリエラは天才肌か。
無意識に思念と魔力を練ってるんだろうな。
というか、普通そういう子のところにしか精霊は現れないのかもしれない。
でないと、俺みたいに呼び出すことすら出来ないしな。
なんで、俺のところに現れたんだよ光の精霊。
などと愚痴りつつ、旅は進んでいく。
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マリエラに質問した後、イザベルにも思念について改めて聞いてみたが、【治癒魔法の手引き】に書いてある以上の事は教えて貰えなかった。
そんな訳で魔法に進展はないが、錬気での戦いは着実に力をつけていることを実感していた。
旅の途中行われる例の鍛錬で、今回は槍使いのC級冒険者と戦った。
アンネさんはご丁寧にも槍の長さの棒を用意しており、それをC級冒険者に「負けても武器のせいにするなよ」と言って渡していた。
結果は、またも俺の勝ち。
今回は意外と簡単に勝てた。
俺はスピードで攪乱するタイプだ。
リーチの長い槍は相手を寄せ付けず攻撃できるが、懐に素早く潜り込んでしまえば、逆にそのリーチの長さが仇となる。
流石にそんな事は槍使いの常識なので、懐に飛び込んでも上手く対処されたが、それが二度、三度、四度と間髪入れず起こればさすがに慌てる。
その慌てたところを狙い俺が勝利した。
またも負けた冒険者は非常に悔しがったが、行きの冒険者と違い俺に握手を求め、「有名になったら自慢させてくれ」と言ってきた。
それに俺は「万が一有名になったら、僕の初めて戦った槍使いはあなただって言っときますよ」と返した。
すると、冒険者は「本当に見た目詐欺の子供だ」と言って笑っていた。
そうして、順調に旅は進み俺達は戻ってきた。
我が家のあるトルネ村に。
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帰宅すると、数日間家を空けていた時特有の雰囲気を感じると共に、安堵感が心を満たした。
精霊祭は楽しかったが、やはり我が家が一番だ。
そう思って、リビングで寛いでいると、クロネルとイザベルが俺の前までやって来た。
なんだ?雁首揃えて?と思っていると、イザベルが後ろ手に隠していた何かを俺に差し出した。
「じゃーん!ネロ!三歳になったお祝いの品よ!ずっと、欲しかったんでしょ?母さん知ってるんだから!いつも使うところチラチラ見てたの」
見るとそこにはキセルもとい火種熾しがあった。
「かっ母さん。これ?いいの?火が出るんだよ?」
そんなもん三歳児に渡すか?普通。
「ユーミットの魔道具店に依頼して、火じゃなくて水が出るようにしてもらったの。できる水は少ないし大丈夫よ」
もしかして、イザベルが精霊祭で一度はぐれたのは、これを取りに行っていたのか。
そう推測していると、クロネルが言った。
「受け取れネロ。俺達からの気持ちだ」
気持ち……
わざわざ、危なくないよう魔道具を改良して……
気付かれないようにそれを受け取って……
きっとお金もかかっているだろう。
うちはそれほど裕福とは言えないのに。
精霊祭前のサプライズからしてもそうだ。
俺を喜ばせるために必死になって隠して……
打ち明けた時は子供のようにはしゃいで……
全部、俺のためだ。
そう思うと目頭が熱くなった。
目の前には、ニカッと笑うクロネルと微笑んでいるイザベル。
涙が溢れそうになったが、それを必死に堪え、イザベルが差し出した改良した火種熾しを受け取る。
俺は、それを胸に抱いて涙声で言った。
「ありがどう……」
言葉にすると、堪え切れなくなった涙が溢れた。
俺は、この人達の元に生まれて良かった。
胸に抱いた念願のキセルを見つめながら、俺は顔をくしゃくしゃにして泣いた。




