リフリカの正体
孤児院の中に入ると、子供たちが一斉にこちらを見た。
皆どこか怯えている。
ドットの惨状を見たからなのか、俺が怖いからなのか。
それとも、両方か。
部屋を見渡していると、黒髪の女の子と目が合った。
確か、名前はエドナだ。
しかし、即座に目を逸らされてしまった。
これは、後者は確定だな。
だが、今はともかくマリエラだ。
そう思った矢先、マリエラからこちらに駆け寄って来た。
「ネロ!大丈夫!怪我はない?ドットは?ドットは大丈夫?」
皆が俺を怖がる中、黄色い瞳を潤ませながら、必死になって問いかけてくる。
ドットどころか、俺の心配まで。
きっと、優しい子なのだろう。
「僕は大丈夫。心配しないで。ドットは、あともうちょっとで助かりそうなんだ。それには、君の治癒魔法の力がいる。一緒に来てくれないかい?」
「治癒魔法……私は使えないけど、ルーナなら……」
治癒魔法が使えない?
ルーナとやらなら使えるらしいが、イザベルが呼んだのはマリエラだ。
なぜ、マリエラなんだ。
最初から、ルーナとやらに頼めば良かったのでは?
近くには居ないとかか?
「そのルーナっていうのは、何処にいるの?」
「うーん、分からない」
なるほど。
そりゃ、ルーナには頼めないわけだ。
何処にいるかも分からない人を探している暇はない。
だが、そうなるとやはり疑問だ。
治癒魔法の使えないマリエラを連れて行ってどうなる?
分からないが、イザベルはマリエラを連れて来いと言った。
何か、方法があるのかもしれない。
なら、俺はイザベルを信じるだけだ。
「マリエラ。ともかく、一緒に来てくれる?母さんが君を呼んでるんだ」
「うん、分かった!行く!」
了解の意を受け、俺はマリエラと一緒に駆け足でイザベルとドットの元へ向かった。
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「母さん!連れて来たよ!」
イザベルの元へ戻り声を掛けると、彼女は今にも気を失いそうだった。
ぐったりして、目が虚ろだ。
「ネロ。ありがとう……マリエラちゃんも……」
「母さん大丈夫!?しっかりして!後はどうすればいいの?」
「マリエラちゃんに精霊を召喚してもらって」
「精霊?」
思わずマリエラの方を凝視してしまう。
精霊。
この世界に来て、初めてそれが存在することを知った。
そりゃ、ファンタジーの定番だもんな。いるだろうさ。
もしかして、ルーナってその精霊の事か?
ルーナの正体に当たりをつけていると、イザベルがマリエラに微笑みながら語り掛けた。
「マリエラちゃん……あなたの精霊さんに……ドットを助けてもらうよう……にお願いしてみて」
そう言うと、イザベルはとうとう気を失った。
俺は、イザベルの後を引き継ぐ形でマリエラに言う。
「マリエラ、お願いだ。ドットを助けられるのは、今この場には君しかいないんだ。ドットを助けて欲しい」
そう言うと、マリエラはキュッと口を引き結び決意に満ちた声で言った。
「分かった!」
そして、胸元から十字架のペンダントを取り出し片手で握りしめると、もう片方の手を空中にかざし……
「来て!ルーナ!」
その瞬間、眩い閃光が辺りを包んだ。
その光は少しずつ収束していき、ポンッと音が出そうな感じで消えた。
光が消えたところには、何かが浮いていた。
それは、十センチくらいの光の塊だった。
ただ、それは人型で、背中に羽を生やしていた。
というか、ちょっと待って。
なんか既視感あるよこの感じ。
あの光の塊を、赤と緑のクリスマスカラーにしたらリフリカなんですけど。
あいつ、もしかして妖精じゃなくて精霊?
そんな事を考えていると、マリエラがルーナに語り掛けていた。
「ルーナお願い。あそこに倒れている子を助けて。傷を治して欲しいの」
すると、ルーナはドットの方を見ながら言った。
「うーん?あれくらいなら平気かなー分かったよー」
光の塊、改めルーナはドットのところまで行くと、その小さな手を傷口にかざした。
光が傷口を覆い、傷が徐々に癒えていく。
そして、しばらくして傷が完全に塞がった。
ルーナがスイ―とマリエラの元まで戻ってくる。
「出来たよー」
「ありがとう、ルーナ」
「他にはー何かーすることあるー?」
「ううん、もう大丈夫。来てくれてありがとう」
「そーう?なら、私は帰るねー。また、何かあったらーいつでも呼んでいいからねー」
そう言うとルーナは、光に包まれ消えた。
性格がリフリカと違い過ぎる。
もし、あいつが精霊なら契約の交換をしてほしい。
ともかく、これでドットは助かったわけだ。
良かった良かった。
……て、待てよ。最初からルーナに頼んでたら、あんな苦労せずに済んだんじゃないの?
「ねえマリエラ。ルーナってお腹に穴が開いていても治すことが出来ると思う?」
すると、マリエラは首を傾げて当然のように答えた。
「出来ないと思うよ。ルーナは中級精霊だから」
良かった、俺とイザベルの行動は無駄では無かったわけだ。
それにしても、中級精霊だからと言われてもよく分からない。
「マリエラ、精霊ってそもそも何なの?」
すると、マリエラはきょとんとした顔で言った。
「ネロ、精霊のこと知らないの?」
「はい……恥ずかしながら」
「精霊祭は?」
精霊祭?なんだそれ?
「そ、それも、知りません……」
俺は、背中を丸めて小さくなりながら答えた。
すると、マリエラは「ふふふっ」と小さく笑いながら、輝くような笑顔で言った。
「仕方ないなーおねーさんが教えてあげる!」
綺麗な金髪も相まって、それはさながら太陽の光を浴びて輝くひまわりのように見えた。
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あの後、マリエラの「精霊っていうのは、マナの塊で世界と繋がってるの!」「それでー魔法が使えるの!」「世界にいっぱい繋がってたら凄い精霊でね、ルーナは中ぐらいだから中級なの!」「あと、精霊祭っていうのはお祭りでね。すっごいんだよ!」というような説明を受け、頭をハテナで埋め尽くしていると、スコットさんが孤児院にやってきた。
イザベルがドットの事を聞いた時に、シスターにでも頼んで治療院に応援を呼んでいたんだろう。
スコットさんは、事の経緯を聞き驚いた後、イザベルは俺に任せてドットを治療院へと運んでいった。
俺は、マリエラを孤児院の中へ戻すと、イザベルを教会のベッドで寝かせてもらい、傍らで目が覚めるのを待った。
暫くすると、クロネルが教会へと血相変えてやってきた。
ただの思念の使い過ぎだから、大丈夫だと思うよと伝えたが、クロネルはずっとイザベルの手を握っていた。
かく言う俺も実は不安で、イザベルの手を握っていた。
親が倒れるところなんて見るもんじゃない。
嫌な記憶が蘇る。
夜になり、やっとイザベルが目を覚ました。
ドットが助かった事を聞いて安堵し、泣きそうなクロネルを宥めていた。
俺も、心の中でほっと安堵の息を吐いた。
その後、俺達家族は帰路に着きその日は終わった。
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スコットさんから、数日の安静を言い渡されていたイザベルが治療院に復帰した日。
いつものようについて行き、もう何度も読んでいる【人体の構造】を眺めていると、スコットさんが話しかけてきた。
「先日の件だが、驚いたよ。まさか細胞分裂のイメージで治癒魔法が発動するなんてね。あの後、イザベルになんで教えてくれなかったんですかと怒られたよ」
「それは、すいません。今度、何かお詫びしますよ」
「そんなのはいいさ。それにしても、どうやって思いついたんだい?」
「最近の漫画やアニメで、治癒魔法は細胞を活性化させているという説がよくあるので、それを参考にしただけですよ」
「なるほど。若いからこそ出た発想なわけだ」
俺は、ニヤッと笑いながらスコットさんに言う。
「スコットさんは八十五歳のおじいちゃんですもんね。介護でもしましょうか?」
それに対してスコットさんは、これまたニヤッとしながら返す。
「今は、三十一歳の知的な男性さ。君こそオムツはもう取れたのかい?」
堪らず俺は噴き出す。スコットさんもそれにつられる。
俺たちは、今じゃこんな冗談も言い合う仲になっていた。
そういえば、気になっていた事があったので尋ねてみる。
「スコットさんは、母さんとかスージーさんに前世の医学の知識を教えたことは無いんですか?その知識があれば、治癒魔法はもっと高度になるんじゃ……」
それに対して「う~ん」と唸りながらスコットさんは答えた。
「イザベル達にはないね。ただ、聖王国にいた頃には伝えたさ。でも、前世の医学は目に見えない箇所が多い。伝えたところで、治癒魔法は向上しなかった。本を書いたこともある。君が今手に持っているようなね。でも、信用されなかった。やはり、目に見えないものを人は信用しにくいんだよ」
「なら、なんで僕の細胞分裂のイメージは治癒魔法を向上させたんですかね?」
「それは、イザベルが君を信用していたからじゃないかな。君を信じて必死にイメージしたからだと思うよ。目に見えないものを人は信用しにくい。だが、決して信用しないわけじゃない。信じられるものもある。イザベルと君の絆がそれにあたるわけだ」
「相変わらず、臭いですね」
クスッと笑いながら言うと、スコットさんはこう返した。
「そりゃ、歳だからね。臭いもするさ」
先の発言との矛盾を指摘しようとしたが、スコットさんの横顔はどこか哀愁を帯びていて、俺は口を噤んだ。
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暫く、スコットさんと話をしているとイザベルが荷物を纏めだした。
この時間帯だと恐らく孤児院に行くのだろう。
この前の件で怯えさせてしまった事を謝りたいしついて行こう。
「母さん。孤児院にいくの?」
「ええ、そうよ。一緒に行く?」
俺は、二つ返事で「行く!」と答えた。
道中、教えてくれたマリエラには悪いが、精霊と精霊際について改めてイザベルに聞いてみた。
「母さん、精霊ってなんなの?」
すると、イザベルは「うん?」という感じの表情をした後、教えてくれた。
その後語ってくれたところによると、精霊は、マナという空気中にある魔力みたいなものの塊で、この世界を成り立たせている自然の力が、形を成したものだと言われているらしい。
マリエラが言っていた「マナの塊」とか「世界と繋がってる」とはこういう事を言いたかったのだろう。
精霊は、火・水・土・風・光・闇の六つの属性に分かれているらしく(魔法はこれに無属性も加わるが、精霊に関しては何故か無属性はいないらしい)、マリエラのように精霊と契約すると、マナを知覚出来るようになり、精霊の属性に合わせた精霊魔法なるものが使えるのだとか。
普通の魔法と比べると、精霊魔法は威力が数倍強力らしい。
また、先ほど言ったように精霊は世界を成り立たせている存在として認識されているので、精霊と契約したものは一目置かれるそうだ。
マリエラはまだ精霊魔法は使えないが、村では実は有名な子なのだという。
また、精霊は使えるマナに範囲があるらしく、それにより下級、中級、上級とに分けられている。
下級がおよそ百メートル範囲のマナを扱え、中級が五百メートル、上級が一キロメートルぐらいだそうだ。
しかし、使えるマナの範囲と言われても精霊に聞かなければそんなことは分からない。
なので、基本は見た目で判断する。
下級精霊が丸い形をしており、中級精霊は羽が生えた小さな人型の光、そして上級精霊は中級精霊と形と大きさは同じだが、実態を持っており小さな人みたいな見た目らしい
ここまで、聞いて思った。
リフリカ……あの生意気万年クリスマスカラー。
あいつは恐らく上級精霊だ。
あんなのでだ。
いや、上級精霊だからこそ生意気だったのかもしれない。
凄い力を持っていると人はつけ上がりがちだ。
あいつは人じゃないが……
次、会ったらその辺を教育してやろう。
あの紫パンツを脱がせてお尻ナデナデの刑だ。
そう密かに決意し、精霊の事は大体分かったので精霊祭について尋ねてみる。
「母さん、あと精霊祭ってなに?」
そう言うと、イザベルはビクリッと肩を震わせた。
「さっさー?何かなー?母さんは知らないなー」
イザベル隠し事下手過ぎだろ。
めっちゃ棒読みだよ。
マリエラでも知っているのに、イザベルが知らないはずがない。
「マリエラはお祭りって言ってたけど、母さん本当に知らないの?」
そうするとイザベルは頭痛を耐えるように「う~ん」と悩み答えた。
「そう!思い出したわ!お祭り!お祭りなのよ!この村ではやらないけどね!精霊は世界を成り立たせている自然の力って言ったでしょ?だから、世界を保ってくれてありがとうございますーって感謝するお祭りなの!」
絶対、何処かは嘘だ。
しかし、こんな嘘までついて何を隠したいんだ?
まあ、いいか。
詮索しても、イザベルが困るだけだし。
「そうなんだ。ありがとう母さん!」
その後、精霊祭の話題には触れず話をし、孤児院へと辿り着いた。
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孤児院に着くと、イザベルは患者の子供の元へは向かわずに、まず子供部屋に来て子供を集めた。
そして、何やらひそひそ話をしている。
少し聞こえてくる声には「ありがとう……!」「行くこと……」「教会……」「……げる」「内緒に……」などがあった。
つまり、先ほどの精霊祭の概要を子供たちに漏らさないように頼んでいるのだろう。
俺は、知らないフリをしてあげよう。
それが、親孝行ってもんだ。
話終えるとイザベルは退出して行った。
部屋に子供達だけになると、すぐに駆け寄ってくる子供がいた。
ドットだ。
ドットは、俺の前までくると深く頭を下げた。
「話はスコットさんから聞いた!お前がいなきゃ俺は助からなかったって。お前は俺の命の恩人だ!本当にありがとう!」
確かに助けたが、それは俺一人じゃない。
イザベルやマリエラがいなければ出来なかったことだ。
「ドット、頭を上げて。俺はドットを木から降ろしただけだよ。治療に関しては何もしていない」
正確には助言はしたが、それはいいだろう。
「いや、それでもだ。あんな高いところから人を降ろすなんて普通できない。お前がいたから、治療もしてもらえたんだ」
「確かにそうだけど……あ、あんまり畏まられると困っちゃうよ」
ドットは頭を掻きながら苦笑する。
「それもそうだな。悪い。じゃあ握手だ。本当にありがとう」
そう言うと、ドットは右手を差し出してきた。
俺は、それを掴んで言った。
「どういたしまして」
それを聞いて、ドットはニッと笑った。
俺もつられて同じように笑った。
ドットのお礼が一段落したところで、俺もしなければいけない事がある。
部屋の皆を見渡して大きな声で言う。
「皆、この前はいきなり驚かすような行動をしてごめん!それと、その後怒鳴ったことも!本当にごめんなさい!」
深く頭を下げる。
すると、「ふふふっ」と聞き覚えのある笑い声が聞こえた。
見るとマリエラだった。
「ネロ、そんなんじゃ皆が困っちゃうよ」
なんてことだ。
速攻でブーメランしてしまった。
顔を上げると、皆が笑っていた。
「もう、気にしてねーよ!」
「それにしても、凄いわね」
「錬気ってどうやって使うの?」
「文字も読めるって本当?」
「書くこともできるんでしょ?」
等々、最初に来た時のように口々に言われる。
自然と口が緩み、皆に向かって再度「ありがとう」と呟いた。
その後は、ちょっとしたヒーローになった気分だった。
俺の個人スキルは、スコットさんからドット、そして皆へ漏れていたので、それについて「やって!やって!」と言われた。
ご要望通りやってあげると、絵本を読めば、もっともっととせがまれ、文字を地面に書けば、皆の名前を書いてと言われ、極めつけは錬気の身体強化だ。
強化した身体で、走ったり、飛んだりするだけで、ワーキャーと声援が上った。
その状態で、その辺に落ちている枝で剣術の型を披露すると、さらに声援が上った。
リズ辺りは、ドットを助けた時にかなり怯えていたように見えたのだが、その時は一番興奮していたかもしれない。
ひとしきり披露した辺りで、イザベルが帰るので俺も帰ることになった。
皆は「もう帰っちゃうの?」「もっと遊ぼうぜ!」と言って俺を引き留めようとしたが、最年長のリズが「ネロがまた困ってるでしょ」と言い、皆を宥めてくれた。
それに「ありがとう」と言うと、リズは少し顔を赤くして「別に気にしないで」と俯き加減に言った。
あの日以降、午前は孤児院に行く事が習慣になった。
そして、午後は剣術と走り込み、夜は精神統一。
そんな毎日を過ごしていると、いつの間にか俺は三歳になっていた。
ここまで、読んで頂ている方に改めてお礼を。
ありがとうございます。
また、ブックマークや評価をして下さった方もありがとうございます。
小説って難しいものだと、投稿して感じましたが、反応が少しでもあると嬉しいものですね。
この後も、投稿していきますので宜しければ読んでやって下さい。




