5話 始まりの記憶
俺に妹が出来た。しかし、あまりにも突然過ぎて、当時10歳の俺には理解が難しかった。
時間をかけてようやく理解した俺の頭に多くの情報が入ってくる。
──妹は8歳
──俺とは2歳差
──父の再婚相手の子だから、妹というより義妹
──人見知りで、母以外とはあまり話さない
──好きなことは人形遊び
そして何より。
「かわいい……」
口が勝手に開いていた。しかしまあ、本当に可愛いのだ。一目惚れというやつで間違いないだろう。
って何研究してんだ俺!
でもでも、本当に可愛いのだ。この子は本当に俺たちとおなじ人間なのだろうか?そう疑えるほど。
雪のように白く、柔らかそうなしっとりした肌。長いまつげと大きな瞳、桜色の唇などで構成された気品のある顔立ち。その顔を優しく包み込むようにある、絹糸のように輝く緩やかなウェーブのかかった髪。まだ8歳ということもあってか大人びた雰囲気はないが、それでも女の子らしさがぐんぐん伝わってくる。小さな顔や肩、丸みのある腰。多分クラスの中で真ん中くらいであろう身長。
存在そのものが、光を反射させるプリズムのような輝きがある。
それは、直視するのを躊躇ってしまうほどだ。
心を落ち着かせてもう一度考える。俺は今、人間の女の子を見ているのか?
答えはすぐに出た。
いや、違う。これは人間じゃない。
──天使だッッ!
もちろん実際に天使を見たことがある訳では無い。だが、天使というのはこういう子なのだろう、と思えた。
そんなことを考えて顔が赤くなっている俺に追い討ち。
新しいお母さんがその子に言った「自己紹介しなさい」という言葉に、義妹は口を小さくひらく。
「あおいくるみです。はっさい、しょうがくにねんせいです」
声も可愛い。別に俺はロリコンではないのだが、胡桃の今にも消えそうな声により、心臓が数センチ跳ね上がった。
というか名前!胡桃って可愛すぎんだろおお!お母さんありがとおお!!
心の中で叫んでいた俺に、父が声をかける。
「ほら、お前も自己紹介だぞ?お兄ちゃんになるんだからな」
「え、えっと。瀬川陸斗、10歳。好きなことは、まあ一緒に住んでればそのうち分かるよ」
適当に言葉を並べただけだったのだが、義妹─胡桃には大きな衝撃を与えたらしい。
それまでお母さんの後ろから半分しか顔を見せていなかった胡桃が、今は全身が見えている。その上、目をまんまるに開いてこっちを見ている。
「な、なんだよ」
恥ずかしくなって、つい強目の口調になってしまった。
胡桃の考えていることがわからないので、とりあえずで聞いたんだが
「………」
胡桃は何も言わずに、俺の顔をまじまじと見てくる。
さらに恥ずかしくなった俺は、さっきよりも強めに言う。
「なんなんだよお前。そんなに人の顔見て何が──」
俺が続けて喋ろうとした瞬間。
「…かっこいい」
……。
……………。
……………………。
世界が止まった。
「え?あ、え?」
俺はなんとかして時間を取り戻そうとするが、
「聞こえなかった?私は私のお兄ちゃんをかっこいいって言ったの」
胡桃によって止められる。
……。
ほんの数秒が、とても長く感じられた。
長い沈黙を止めたのは、
「兄妹で仲がいいのは良いじゃないか」
お父さんだ。そのお父さんに合わせるようにお母さんが言う。
「陸斗くん。これからも胡桃をよろしくね」
「は、はい…」
「よろしくね。お兄ちゃん」
こうして俺は、可愛い可愛い妹と一緒に暮らすことになった。