4話 嫌われ…た?
「ふぅ、なんとかお兄を追い出せたぁ」
まだ心臓が激しい脈を打っている。
これはお兄の背中が大きくて、ドキドキしたからとかじゃないから…ね?
でもでも! これで2人にお茶とお菓子を持っていけば、少しくらいは家事もできる女の子って事を証明できるはず!
…まぁ2人っていっても、やっぱりお兄がメインだけどねっ!
*
「おう、お待たせ」
俺は海斗を待たせている部屋の扉を開けた。
「おせーよ。ってあれ? 胡桃ちゃんは?」
「さぁ? なんか追い出された」
「えっ、ま、さか…?」
海斗の顔が歪む。
「まさか、何?」
「お前、嫌われたんじゃね?」
海斗がにやっ、としながら言ってくる。
「いやいや、さすがにないでしょ。だってあの胡桃だよ?
「なら、なんで追い出されたんだよ。それに胡桃ちゃん今日様子おかしかったし、電話でも不安定みたいだったんだろ?これってどう考えても…って、お、おい!陸斗!」
───…………。
世界が止まった。
「…とりあえず息はしてるな」
……。
「えっと、悪い。そんな落ち込まれると思ってなかった」
なにか聞こえる。
世界に色が無い。
絶望…なんて言葉じゃ表せない。そんな気持ちなのだろう。
その瞬間──
───ガチャ
「失礼しま〜す」
ドアを開けたのはもちろん、
「おっ、胡桃ちゃん。入っても大丈夫…だと思う」
なんか胡桃と海斗が話してるな〜
まぁ、俺には関係ないけど。
だって俺、嫌われたんだし。嫌われたんだし。嫌われたんだし…
──バタッ
「ちょっ! お兄!? 大丈夫!?」
「こ、こいつ! 泡吹いてるぞ!」
ああ、人生。終わった。ブクブクブク……
■■■
俺、しんだのかな…
………。
いや、まだ生きているみたい…
………。
全身に、力が、入らない…
………。
あれ? 右手が、温かい…
………。
うっ、まぶ…しい……
「──ガハッ!」
「お兄っ! 大丈夫? 」
「うっ…。頭が、痛い…。」
目を開けると、目の前に胡桃の顔があった。
胡桃、こんなにまつ毛長かったんだ…
じゃなくて。えっと、ここは、…ベッド…か……?
しかもピンク色。だと…?
…って事はまさか…
「うぉぁ!」
まだ動くなと言っている体を無理やり起こして、状況確認。
そこにあったのは、俺が寝ていたピンクのベッド、雑誌が沢山並んでいる本棚、教科書やアクセサリーが綺麗に並んでいるたまご色の勉強机。
「お、お兄!?」
俺は慌てて部屋を出る。そして急いで閉めたドアを見る。そこには、
──くるみ
という文字が書かれた札があった。
「ちょっ! お兄、大丈夫!?」
「お、おお、おう、胡桃。初めまして、かな?」
「「あっ、だめだこりゃ…」」
胡桃と海斗が声を合わせて言う。
「とりあえず、俺はもう帰るわ」
「あっ、はい!またね中宮くん」
「おう、陸斗は任せたぜ」
すたすたと急ぎ足で帰って行った海斗に手を振り、もう一度胡桃と向き合う。
「で、お兄。大丈夫なの?」
「あっ、あぁ。悪い」
「とりあえず!もう1回わたしの部屋に来て!」
いやいやいや、なんで胡桃の部屋なの!?俺の部屋でいいじゃん!
と思っていた俺だが、まあ胡桃の部屋に入れるなら、いっか。という思考に切り替わる。変態かよ、俺。
改めて見るとやっぱり可愛い部屋だな、ここ。
「お兄、大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「お兄、眠い?」
「うん、眠い」
「お兄、ここで寝て?」
「うん、うん?今…なんて?」
なんか、とんでもないことを言われた気がするんだが…?
「聞こえなかった?ここで寝て、お兄」
「いやいやいや!自分のベッドで寝るからいいよ!」
うん!バッチリ聞こえた!じゃねぇんだよ!!
というか、嫌なのではなく、ただただ恥ずかしい。だからなんとか自分の部屋に戻ろうとする、が。
「わたしが看病するからここで寝て!」
胡桃がムッとした顔になった。あっ、これ次反論したら怒られるやつだ。
ってか看病って。俺のこと病人扱い?
「わ、わかりました…」
「よろしい!」
しょうがない。ここは胡桃お嬢様に従おう。
だがその前に、満足気な胡桃にひとつ質問。
「俺、病気じゃないんだが、寝る必要あるの?」
「いやさー、いきなりお兄が泡吹いて倒れたから」
「そなの?」
そんなことがあったんだ。記憶にないな。
「でも俺は──」
もう大丈夫だから。という前に胡桃が被せる。
「お兄疲れてんのかな〜って思って」
喋らせろよ!とツッコミをいれたいが、胡桃が怒りそうだからやめた。
こうやって時間稼ぎをしすぎると…
「だからはやく!寝て!」
ほら怒った。やっぱり胡桃お嬢様は怖いなぁ。
とか考えてるうちにベッドの前まで来てしまった。
あぁもう、わかったよ!寝ればいいんだろ寝れば!
「んじゃ、おやすみ」
俺はベッドに入りながら言う。よし、寝よう。
…でもなんか嫌な予感が。いや、これは嬉しい予感か?
よくわからないが、そんな気がした瞬間…
──ポフッ
っと音がした。俺の寝ているベッドから。
もうお分かりだろう。俺の寝ているベッドに何かが入ってきたのだ。
そして、その入って来たのは、
「おやすみ、お兄」
もちろん胡桃。
「…一緒に寝るのか?」
「うんっ!」
元気な笑顔の胡桃にまた質問。
「なんで抱きついてくるんだ?」
「お兄が好きだから」
……。
「…え?」
「ん?」
………。
長い沈黙。音のない空間を、胡桃が終わらせる。
「どうしたの?何かあった?」
「いや、俺、嫌われたんじゃなかったのか?」
「私に?」
「うん」
「なんでそうなるの!?」
キィィィンッ!
耳元で叫ぶな馬鹿ッ!頭に響くだろ!
というか俺、怒られた…のか……?
「かっ、海斗がそう言ってたんだよ!お前が俺をリビングから追い出した時に、嫌われたな、って」
話をするにつれて、胡桃の表情がどんどん悪くなっていく。そしてとうとうキレた。
「なんでそうなるの!私はお兄のこと全然嫌いじゃないもん!大好きです。だもん!!」
改めて言われると恥ずかしい。
「そ、そうなのか」
俺はこの程度の反応しか出来なかった。だが、胡桃も俺も安心している。
しかーし!俺はシスコンを隠すため、安堵の表情を顔に出してはいけない。
にやけそう…耐えろッ!俺!!
ベッドに入り、そこそこの時間が経ったが、全く寝れなかった。
そりゃそうだ。まだ昼だし、疲れてもいない。オマケに横には胡桃だぞ!?
こんなん寝れるわけないだろ!
心の中でツッコミを入れ終わったタイミングで、胡桃が話しかけてくる。
「ねぇ、お兄。起きてる?」
「あぁ、起きてるよ」
「暇だから面白い話してよ」
うわ、すっごい無茶振り!
「そうだな、好きな食べ物とか?」
「うわセンス無っ…」
「うっさい!」
心に響くお言葉をもらったところで、いい話が思い浮かぶ。
「じゃあ、昔話でもするか?」
「昔話って、どんなの?」
「俺たちが出会った時の話とか?」
特にいい話が思いつかなかったから、2人ともわかる話をしよう。そう考えたのだが…
「いいね!どこまで思い出せるかな?」
よかった。悪くは思ってないようだ。
──さて、俺たちの楽しい楽しい昔話を始めようか。