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30話 何度目かのすれ違い

「お兄?」

 後方からそれはそれは恐ろしく低いトーンで、俺の名前を呼ぶ声がひとつ。

 そして妹からは決して出ることの無いと思っていた単語が聞こえてくる。

「えっと、は、は〜れむ?」

 ───────。

 からの不幸の連続。

 教室に入ってきた1人の男子生徒が俺とゆめを指さして大きな声で言う。

「えっ、この人が大空の彼氏?」

 それに続くようにクラスメイトみんながザワザワと話し始める。

「ゆめちゃんって年上と付き合ってるの?」

「さっきすごく仲良さそうにしてたよ」

「VIPカードもってたし、やっぱり彼氏じゃね?」

 そしてとうとう胡桃までもが、さっきよりも小さく、弱い声で震えながら言葉をこぼす。

「友達に呼ばれてるの思い出したから……いくね………」

 その胡桃の一言で、この場にいる全員が黙りこくった。

 そして皆、何も言えずただ胡桃の走り去る後ろ姿を見送ることしかできなかった。

 長く感じられたこの数秒の沈黙の後、ゆめが口を開いた。

「お兄さん、えっと、ごめんなさい……」

 それは、先程の明るいゆめとは別人のように、悲しげで、辛そうな声だった。

 それを聞いた俺はすかさず慰める。

「大丈夫。ゆめのせいじゃない」

「……あのね、みんな」

 一呼吸置いてからゆめがクラス中に向かって話し始める。

「この人はその、私の彼氏とかじゃなくて、くるちゃんのお兄さんなの」

 再びクラスのみんながざわつく。

 数人は、胡桃が俺のことを『お兄』と読んだ時にいた。それとすでにゆめから俺のことを聞いていた人もいる。

 だが、それ以外の大半の人はそれを知らない。

 もうこれに関しては運がなかったと開き直るしかない。

 ってか元同じ部活だった大樹、お前いるのわかってんだよ助けろください。

 日本語すらおかしくなった脳内を切りかえ、「まぁ俺も気を抜きすぎてた」と言ってゆめに謝る。

「胡桃には俺から説明しておくよ。じゃ、またな」

 と言って俺は教室を出る。

 なるべくみんなの雰囲気を悪くしたくなかったから、笑顔でいようとしたんだが、どうだっただろうか。

 しっかりと笑顔でいられただろうか。それとも、ひどい顔をしていたのだろうか。

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