10話 俺、運悪っ!
キィィィ───
音のした方向を向くと、
「…………」
今にも泣きそうな顔の胡桃さんがいるではありませんかァ!
俺は今、えなを押し倒している状況。加えてえなは、目を閉じて口を近づけてきている。
言い訳を考えている前に胡桃が逃げ出した。
「ちょ!おい待て!」
俺も急いで部屋を飛び出す。
取り残されたえなは戸惑っているが、気にしている場合ではない。
今度こそ本当に胡桃に嫌われたかもしれないからだ。
「待ってくれよ!」
「やだ!ばかにぃ!」
意外と足の早い胡桃を追いかける。
お、追いつかねぇ…
と思っていたら、胡桃は既に体力切れのようだ。そこは女の子なんだなぁ。
追いついた俺は、胡桃に話しかける。
「はぁ、はぁ。やっと追いついた」
「はぁ、はぁ。なんで追いかけてくるの」
「お前が、逃げるから、だろ」
「とりあえず、一旦、落ち着こう」
深い深呼吸。
落ち着いたふたりは向かい合う。場所はえなと会った公園。
最初に口を開いたのは、俺ではなく胡桃だった。
「…お兄さ、エレーナちゃんと何しようとしてたの?」
俺、即答。
「俺は何もしてない!えなから近づいてきたんだ」
「…ほんと?」
「ほんと!」
「…信じられない」
信用無いなぁ、俺。
「どうすれば信じてくれるんだ?」
「…出かける」
出かける?あぁ、ショッピングモールとかにか。それならいいぞ?
「いっしょに遊園地に出かける。それで許す」
「ゆ、遊園地!?」
いやいや、高校生と中学生で遊園地!?
胡桃は何を言ってんだ?寝ぼけてんのか?
「拒否権なし。絶対に行く」
しかも拒否権がない。
でも、胡桃と2人で出かけるのは久しぶりだな。よし、行くか。
しかし俺が乗り気だったら変更されかねないので、
「それで許してくれるんだったら行くよ、遊園地」
と控えめに言っておく。
「いつにする?」
「今週の土日」
「まさかの2日間!?」
「だめ?」
「よし、任せろ」
その反則級に可愛い『だめ?』はだめだろ!…いいけど!
幸い、今週の土日は両方予定がない。胡桃と一緒に過ごそう。
「遊園地なんて久しぶりだな。いつぶりだろう?」
「あんまり覚えてないけど、最後に行ったのは3年前じゃない?」
「そうだっけ?確かその時は、まだ胡桃は俺にべったりだったよな」
やべっ、つい怒られる事を言ってしまった。
俺は殴られる覚悟をしたが、俺の体に痛みはできなかった。
「そうだね。あの時はべったりだったね」
今ここで無事で済んだんだ。『今もべったりだろ』とか言って怒られないようにしよう。
「今もべったりじゃない」
え?俺今、喋ってないぞ?
「そんな事ないもん」
いやありますよ?じゃなくて、誰だ今喋ったの!
っとその前に胡桃に俺じゃない事を説明しなければ!
「べったりだよ?」
「あの、胡桃。これは、俺じゃ…」
「そんな事ないよ?エレーナちゃん」
……ん?
俺は後ろを向く。
そこには、ニヤニヤしながらこっちを見ているえながいた。
「お前…いつからそこに……?」
「遊園地に出かけるってあたりから?」
ほぼ最初じゃねーかっ!
「お兄気付かなかったの?」
「あぁ、全く」
どうやら俺は胡桃のことに夢中になり、えなの存在を忘れていたようだ。すまん、えな。
「で、2人は遊園地に行くわけ?」
「そっか、全部聞いてたのか。そうだよ。俺たちは今週の土日に行く。ここで1つえなにお願いだ」
「な、何よ。そんなに改まって」
俺は頭を下げてお願い事を言う。
「悪いが、この土日は俺と胡桃の2人きりにしてくれ」
胡桃が驚いた表情をする。
それを気にせずえな。
「なんで?何か2人でするの?」
「久しぶりに、俺たち家族、というか兄弟だけで遊園地に出かけたいんだ。えなが日本に不慣れで、生活は大変かもしれない。だが、頼む。今回だけはお願いだ」
「いいわよ」
意外とあっさりとした返事だった。
思わず俺は変な声を出す。
「…え?いいのか?」
「何聞き返してんのよ。どうせダメって言っても聞かないんでしょ?」
その通りだった。
「よく分かってるじゃねーか。さっすがえなだな!」
えなは、ふんっ、と言って部屋を出ていった。
改めて胡桃と2人きりになった俺はもう一し1度話しかける。
「胡桃、久しぶりに2人で出かけよう!」
「うん!お兄!楽しみにしてるね!!」
元気いっぱいの返事と、100%の笑顔。
録画したいが、これは心だけに刻むとしよう。
よし、それじゃあ早速『胡桃との遊園地デートプラン』考えますかっ!
──さて、胡桃よ。覚悟しとけよ!
*
「ふふっ」
なんとか『お兄と遊園地に行こう計画』は成功したわ!
笑みを浮かべているのは胡桃である。
陸斗がリビングに戻って行ったので、今は1人。
「お兄、覚悟しててね!」
独り言の直後、いつの間にか開いているドアから声が聞こえた。
「遊園地で何に乗ってくるの?」
「え、エレーナちゃん!?いつからそこに!」
「なんか、『お兄、覚悟しててね!』みたいなところから」
お兄がいなくなって油断してた…
「で、2人で何に乗るの?」
エレーナちゃんがニヤニヤしながら聞いてくる。
怒りたいが、下にお兄がいるので気持ちを抑える。
「今から決めるの。って言っても、大体決まってるけどねっ!」
──さて、お兄よ。覚悟しとけよ!




