第4話 次女
「今度は気を付けないとな…」
ミリアとラウルは、国王の次女ルセナがいるという、ブラス将軍の別荘の前にいた。
「そうですよ! アルミラ様の王宮ではひどかったですから!」
ラウルがあきれた様子でいった。
「あれは、ちょっとした勘違いみたいなもので、たいしたミスはしてないだろ…」
「えっ!? そういう認識!?」
「ん? おまえ、今なんつった?」
「ちょっと本当にひどいですよ、ミリア様。軍隊出動させて、大砲まで打たせて、国家反逆罪手前まで行ってて… それを『ちょっとした勘違い』?」
「うるせえな…」
「いや、ダメですよ、本当に。悪いところは悪いって反省しないと… 同じ間違いを繰り返しますからね」
ミリアが舌打ちした。
ラウルから目を離して、遠い空を見つめだす。
これ以上は踏み込まないようにした方がいい。
どうせ聞いていないから。
「今度は、何に気を付けるんです?」
「ここには、ババアがいるからな…」
「ババアって… え? ひょっとして、国王妃のマリアナ様のことですか?」
「他に誰がいるんだよ!」
「よくわかりませんけど…」
ラウルが言葉をにごす。
「うるせえんだよ、あのババア。やれ王家の人間はそんなことしちゃいけない、とか。作法作法ってよ」
「まあ、マリアナ様のいうことを聞いていたら、もうちょっとマシな人間になったかもしれませんが…」
「はあ?」
ラウルはまた失敗したようだ。
「おまえ… 最近、距離感おかしくないか?」
「そうですかね」
「世が世なら、アタシは国王の娘だぞ」
「はあ…」
「おまえごときが口きける身分じゃねえんだぞ」
「いやあ、ミリア様がダメ人間すぎて、ちょっと忘れかけてました」
「てめえッ!」
そこで、別荘の門番が声をかけた。
「おいっ! 貴様ら! ここをどこだと思っている! 痴話ゲンカなら他所でやれ!」
ミリアは、ブチ切れである。
「痴話ゲンカじゃねえわッ!」
それをラウルが抑えた。
「まあまあ、ミリア様。ここは穏便に…」
プリプリと怒るミリアも、舌打ちしながら、しぶしぶ従う。
「夜を待つか…」
さて、夜である。
ルセナが自身の寝室に入ったところで、ミリアが声をかける。
「ルセ姉…」
ハッとするルセナ。
「ミリア! あなた、私を殺しに来たのね!」
「?」
「アルミラ姉さんに会いに行ったと聞いたわ。姉さんは私を殺したがっている!」
「違うよ!」
「ウソだわ!」
逃げるルセナ。
追うミリア。
「やめて! 殺さないで!」
「違うよ!」
「ウソよ!」
ベッドを間に挟んで、走り回る2人。
「殺しに来たんじゃないってば!」
「ウソよ! 姉さんの考えることは知ってるのよ!」
「あー、もうーッ!」
逃げ回るルセナに、イラだったミリアは、呪文を唱えて、ルセナを指さす。
「話を聞けーッ!」
ルセナは金縛りにあったように、体が動かなくなる。
上がった息を抑えるルセナ。
そばにミリアが立っている。
「…落ち着いた?」
「ええ、でもミリア、何をしに来たの?」
「話を聞きに来ただけだよ」
「殺しに来たんじゃなくて?」
「アル姉はそうしたいらしいけど…」
「やっぱり…」
「でも、アル姉も本当はそんなことしたくないって思ってる。心の底じゃそう思ってるんだよ!」
「同じよ、どっちでも同じ」
「……」
「権力なんてイヤなものだわ。手に入れたら、周りの人間はそれを奪おうとするだけ…」
「そんなこと…アル姉だって、そんなの欲しがってないよ」
「アルミラ姉さんはね。でも、普通の人間はそうなのよ」
「それが、ルセ姉の知った現実か…」
「ママも…」
「あのババアがどうかしたの?」
「あの人はね、パパの生前から将軍とデキてたの。パパは清貧な人だから、贅沢したいママとは合わなかったの。だから、パパが死んでアルミラ姉さんが王位を継承されたら、私をそそのかして反乱を起こしたのよ…」
「ババア… ホント、クソだな…」
「姉さんが不正を働いてるって、証拠を見せられたわ。でも全部ウソ! 不正を働いてるのは、将軍の方だった! あの人たちは私腹を肥やしたいだけだったのよ!」
ルセナは涙を流して、床を叩いた。
「……」
「でも一度始めたらやめられない… まちがってるってわかってもやめられないのよ…」
途方に暮れたミリアがいった。
「アタシ… どうしたら…」
ルセナは、愛しそうに妹を見つめた。
そして、絞り出すような声でいう。
「どうしようもないわ… ミリア… あなたは元気に生きるのよ…」
ラウルがいる場所に戻ってきても、ミリアは何もいわなかった。
何もいえなかった。
FIN