第3話 長女
「とりあえず、アル姉に会うか…」
ミリアがいった。
アル姉とは、もちろんエリオ国王の長女、現在の王女アルミラのことである。
王宮に着いて、門の奥の王宮をミリアは見つめる。
王宮の門番に、彼女は近づいていった。
「え? ミリア様?」
ラウルが止める間もなく、ミリアは門番に声をかける。
「アル姉に会いたいんだけど…」
「アル姉?」
門番がキョトンとした顔で聞き返す。
「アル姉だよ、アル姉! アタシはミリア。アル姉の妹のミリア」
門番はあいかわらず意味がわからない顔をしている。
当然である。
突然女がやってきて王女の名前を自分の愛称で呼び会わせろといった場合、門番の仕事はそいつを追い払うことである。
彼はそうしようとした。
しかし、その女は、ミリアなのである。
彼女は呪文を唱えた。
門番はその場に釘づけにされる。
「なにいってんだ。通るよ」
ラウルが急いでミリアに近づく。
「マズいんじゃないですか? これ?」
「マズいってなにが?」
「これ、不法侵入じゃないですか?」
「なんで?」
ミリアは笑っていった。
「妹が姉さんに会いに来ただけだよ…」
それはそうだか、そうではないだろう。
しかし彼女はどんどん中に入っていく。
「…ここは変わってないなあ」
町の荒れぐあいに比べて、王宮は昔のままである。
周りの軍人がこっちに向かって大急ぎで走ってきた。
しかし、ミリアはそれを呪文で跳ね飛ばし続ける。
ちょっとした竜巻のようである。
「アル姉はどこかな?」
キョロキョロとあたりを見回しながら、ミリアはつぶやく。
「そうか、国王の執務室か…」
ミリアは向きを変える。
「ミリア様、マズいです」
青い顔をしてラウルがいう。
「なんだよ、ラウル」
「絶対これ、マズいですよ」
「おまえなあ、アタシの方がここは詳しいんだぞ。大丈夫だって。アル姉だって歓迎してくれるよ。久しぶりなんだから…」
「いやそんな風には見えないんですけど…」
武器を装備した兵がこちらに向かって発砲してくる。
「アイツら、わかってないのか? アタシはミリアだぞ」
ミリアは呪文を唱えると、兵たちはなぎ倒された。
ひときわ兵の集まっているところがあった。
大砲まで準備されている。
そのむこうにドレスを着た女性が立ってこちらを見ている。
ミリアはその女性を見つけると声をかけた。
「あ! アル姉! こっちこっち! 私だよ! ミリアだよ!」
しかし、女性の顔は青ざめている。
そばの位の高い軍人らしき人物に耳打ちすると、その軍人はなにかを命令した。
大砲がミリアの方を向き、玉が仕込まれる。
ラウルがミリアの体をつかんだ。
「待って! 待ってください! ミリア様!!」
ドオン!
大きな音とともに玉が発射された。
ミリアは手をかざすと、その玉を受け止める。
「手荒い歓迎だなあ…」
呪文を唱える。
「ほい!」
すると玉は大砲めがけて、発射。
大砲は粉々になる。
たまらずドレスの女性が叫んだ。
「ミリア? ミリアなの? なにが目的なの?」
ミリアがキョトンとした顔でいう。
「目的?」
キョロキョロと周りを見渡していう。
「アタシは…ただアル姉に会いに来ただけなんだけど…」
「で、なに?」
イライラした様子の王女は、執務室で妹にいった。
「いや…その…」
さすがにミリアにも、大変なことをしたという自覚が芽生え始めたようである。
「ちょっと話をしたいと思ってさ…」
「だったら!」
強い口調でいいすぎて、王女の威厳が失われると思ったアルミラはトーンを抑えていいなおした。
「だったら、アポイントぐらい取ってからにして!」
不満そうに口を尖らせながらもミリアがいった。
「悪かったよ…」
気を取り直して、ミリアはいった。
「でもさ…今、国がおかしいじゃん。マズいんじゃない?」
アルミラがあきれたような顔でミリアを見る。
「で、なに?」
「ルセ姉ともうまくいってないみたいだし、これからはルセ姉と仲良くしてさ…」
「あなた…なにいってるの?」
「いや…アル姉とルセ姉が仲良くして、国を…」
「あなた、それをいいに来たの?」
「うん…そうだよ」
「誰かにいわれたの?」
ミリアはチラッとラウルを見たが、首を横に振った。
「いいや。誰にもいわれてないよ」
「あなたにいったいなにがわかるの?」
「なにって」
「私が王女になった途端に、ここから出て行ったあなたに?」
「いや…あのときは…たしかにそうだったけどさ…」
「責任ってわかる?」
「責任? わかるよ」
「わかってないわよ! あなたにはなんにもわかってないのよ!」
「……」
「帰りなさい! ここにあなたの場所なんてないの」
「え?」
「帰りなさい!」
王女は立ち上がり、執務室を出ていく。
「お引取りください」
執事がミリアにいった。
王宮から出ると、ミリアは地団駄をふんで叫んだ。
「クソォー! あの女ぁー!!」
そして、吐き捨てるようにいった。
「変ったよ。あの女は変わったよ。昔はもっと優しかったのに… あれじゃルセ姉も反対するよ!」
そしてため息をついた。
「帰ろうかな…」
あわててラウルがいう。
「ちょっ…ちょっと、諦めるの早くありません?」
「だってさ…アタシのいうことなんて聞かないよ? あの人」
「いや…でも…」
「アタシ、ちゃんといったし」
「いや…」
「もう…いいかなって…」
ダメだ、この人、本当にダメ人間だ…、ラウルは思った。
「とりあえず、宿屋に戻りましょうか」
宿屋に帰ると、パロマが前を掃除していた。
主人が出てきて、また彼女を叱りつけようとしていた。
「こら! はやくしないか! バ…」
そこまでいった瞬間、少女の目を追った主人は、ミリアがこちらに歩いてくるのが見えたので、急いで宿屋の中に隠れた。
ミリアは舌打ちして宿屋をにらみつける。
「どうしたの? パロマ! どうして、こんな宿屋を出ていかなかったの?」
ミリアは中の主人に聞こえるように叫んだ。
小さな声で少女は答えた。
「やっぱりこわくて…」
ミリアはおびえる少女にやさしくいった。
「でも覚悟をきめなきゃ…」
そして、真面目な顔になっていう。
「アタシも覚悟を決めなきゃね」
夜になった。
王宮の寝室に王女が入ってきた。
「アル姉…」
王女は驚いたが、それでも声を落ち着かせて答えた。
「ミリア…どうせまた来ると思ってたわ」
そして微笑んでいった。
「あなた…しつこいもの…」
ミリアも笑った。
2人はベッドに座った。
昔のように。
「私もね、このままじゃ国がダメなのは、わかっているのよ。でもね…」
「でもなに?」
「あなたは、ルセナを殺せる?」
「え?」
「ルセナを殺せる?」
「ちょ…ちょっと…、アル姉、冗談キツいよ。笑えないよ」
「冗談じゃないわ」
アルミラは真面目な顔だった。
「私は本気よ。ルセナにはルセナの考えがあるのかもしれないけど、この戦乱で多くの人が死んでるわ。その責任を誰かが取らなくてはいけないの」
「でも…だからって…」
「どんなことがあろうとも、その大義名分のために人が死んだのなら、その首謀者は処刑されなければならない…」
「アル姉は、ルセ姉を殺せるの?」
「必要ならね」
「おかしいじゃん。そんなの!」
「それが国を動かすってことなの」
「……」
「心配しなくていいよ…全部、私がやるから…」
「え? でも… アル姉…」
「決めなきゃね。いつまでもこのままじゃいられないものね…」
「アル姉…」
「いいのよ、あなたは引きこもってて…」
優しくアルミラはミリアを抱きしめた。
「私がやるから…」
「どうでした?」
朝になって、王宮から出てきたミリアにラウルが聞いた。
「アル姉の手伝いはできないよ。だって、アル姉はルセ姉を殺すっていってるんだよ」
ラウルは驚いたが、その気持ちもわかった。
「気持ちが追いついていかないよ…それに…アル姉だって…本当は…」
ミリアは頭を抱えた。
「もうどうしたらいいか、わかんないよ!」
歩いていると、道にあの少女が歩いていた。
風呂敷で荷物を運んでいる。
「あ、パロマだ」
近づくと、パロマもミリアに気づいた。
「ありがとうございます。私、覚悟を決めました」
しっかりとした瞳でミリアを見る。
「あの家を出て働きます」
風呂敷を持ち直していった。
「とにかく、頑張ってみます」
パロマを見送りながら、ミリアは独り言のようにいった。
「パロマは偉いなあ…」
そうして、ミリアの中にも何かが生まれたようだった。
「アタシも負けてらんないね」
ラウルの顔を見ていった。
「とりあえず、ルセ姉に会ってみるよ。話を聞いてみないとわからないし…」
FIN