第2話 宿屋
ミリアとラウルは、首都メリダにやってきた。
「メリダはすさんでるな…」
ミリアのいうとおりだった。
国王のいる頃、首都は美しい町だった。
建物が立ちならび、人々は集い、商店には品物があふれていた。
しかし、今は戦乱のせいで、建物は崩れ、行き場のない人だけが残り、生活必需品だけが何とか買えるかどうか、というような様子。
美しいメリダしか覚えていない、ミリアにとってはなおさらだった。
「何もかも、ボロボロじゃないか…」
感慨にふけるミリアに、ラウルが声をかけた。
「今日は遅いから、宿屋に泊りましょう」
生活費を稼ぐために、人々は自宅に人を泊め、宿賃をとった。
ラウルが交渉し、宿屋を決める。
2人が泊まったのは、戦乱で妻を亡くしたという主人の宿屋だった。
食事つきという条件だったが、出てきた食事は値段の割に質素なものだ。
ミリアの顔が曇る。
「すいません。戦乱のせいで、物資が届かないんですよ」
ラウルがなんとか言い訳をすると、しぶしぶミリアが食事を口にしはじめた。
あきらかに不満そうだ。
と、厨房が騒がしい。
「なにやってんだ! バカ!」
主人に怒られているのは、みすぼらしい少女だった。
ミリアがじっと見つめる。
ラウルが説明した。
「親を亡くした親戚の子供を預かって、働かせているそうです」
「ふーん」
主人の怒号が響く。
「違うだろ! バカ!」
そういうと主人は、少女を蹴り飛ばす。
少女はよろめいて、倒れこんだ。
「はやくしろ! バカ!」
その少女の頬めがけて、主人の平手が飛ぶ。
ミリアが立ち上がった。
「おい!」
主人の手をつかむ。
「テメエのせいで、マズい飯がよりマズくなるんだよ!」
「なんだ? おまえは?」
「クソ小さい権力ふりかざしやがって!」
主人はミリアの手を振りほどくと、少女を指さした。
「オレはなあ、こんなノロマなクソガキ、好きで雇ってるんじゃねえんだよ」
「はあ?」
「困ってるから、家に置いてやってるんだ! 他人にどうこういわれる筋合いじゃないんだよ! いつだって追い出していいんだ!」
「はああ?」
ミリアは今にもキレそうだ。
ラウルが間に入る。
「ミリア様、それぞれの家庭に事情がありますから…」
「おまえ! これを見過ごせっていうのか?」
ラウルは、少女を見ていう。
「この子だってここを追い出されたら…」
困った顔でうつむく少女の姿。
「大丈夫だよ。アタシの魔法なら、跡形なく人間なんて消せるから」
ラウルと主人の顔が青くなる。
「ダメですよ! 殺人ですよ! 絶対にダメです!」
ラウルが強い口調でいった。
「じゃあ、どうすりゃ…」
「ミリア様、この世には見て見ぬふりという言葉があるのをご存知ですか?」
「おまえ! なんだそりゃ?」
ミリアは、ラウルと少女、そして主人を交互に見つめた。
そしてなにか呪文を唱えようとするように、腕を上げようとした。
しかし、その腕をゆっくりと下ろすと、目を閉じた。
舌打ちして、ミリアはしぶしぶ席に戻る。
「なんだよ。もー」
腰を掛けると、主人を睨んだ。
主人はすごすごと厨房に帰る。
そこからは主人もおとなしくなったので、なんとか食事を無事終えることができた。
「こりゃまた、ショボい部屋だなあ!」
少女に部屋に案内されると、あきらかに主人に聞こえるように、ミリアは部屋のドアを開けた瞬間に叫んだ。
舌打ちすると、わざと大きな音がするように荷物を置き、壊れそうになるほど勢いをつけてベッドに腰掛ける。
しかし、彼女のむなしい抵抗もそこまでだった。
ラウルがドアを閉めて、部屋に入る。
ベッドに倒れこんで、天井を睨みつけると、ミリアは誰にともなくつぶやいた。
「なんとかならねえかなあ…」
ラウルが答えた。
「あの子のことですか?」
とりあわず、ミリアは独り言のように続ける。
「魔法で金を作るとか…」
「違法ですよ! ダメです! 絶対ダメ!」
ミリアは舌打ちする。
「アイツの頭を洗脳するとか…」
「そんな細かい魔法がかけられます? ミリア様に?」
ミリアがジロリと見つめたので、ラウルは口を閉じた。
「ああ! クソッ! クソッ!! クソッ!!!」
うつむいて布団を叩くミリア。
「なんにもできねえじゃん… 魔法が使えても…」
夜が更けて、明かりを消すときになっても、ミリアは考え込んでいた。
朝になった。
夜遅くまで、なかなか寝付けなかったミリアは寝ぼけ顔でベッドに座っていた。
朝食をとるときも、懸命に働く少女をじっとも見ていた。
主人はミリアに会いたくないらしく、厨房から一歩も出てこなかった。
荷物をまとめて、出発である。
主人はあいかわらず顔を出さない。
少女が宿泊のお礼をいう。
「これを…」
ミリアは1枚の布を少女に渡した。
「?」
不思議そうな顔の少女にミリアがいった。
「魔法で重さがなくなる風呂敷だよ」
そういって、彼女は風呂敷を広げて、近くにあった椅子を風呂敷で包んだ。
「持ってみな」
少女が半信半疑で風呂敷を持ち上げる。
「軽い!」
驚いた顔の少女が、うれしそうにミリアに微笑んでいう。
「これで荷物運びをすれば、1人で金を稼げるよ。今はそういう仕事が多いから…」
不安そうな顔の少女。
ミリアが続ける。
「…これからどうするかは、アンタ次第だ」
ミリアは少女の肩に手を置くと聞く。
「名はなんていうの?」
「パロマ」
少女は小さな声で答えた。
「じゃあパロマ、元気で…」
そういって立ち上がると、一度も振り返らずに歩き去った。
ラウルが声をかけた。
「いいんじゃないですか、ミリア様にしては」
「はあ? なんつった? おまえ?」
ラウルの上から発言に対しての抗議である。
それに取り合わず、ラウルは続けた。
「今、この国にあんな子供はいっぱいいます。その子たち全員にあの風呂敷を渡すことはできませんよ」
ミリアがイライラしながら答えた。
「わかってるよ!」
「そのためにも、ミリア様にお姉様方を説得していただかなくては…」
「うるせえな! やるよ、やりゃいいんだろ!」
FIN