第1話 3女
「あのぉ…」
青年は、農夫に声をかけた。
しかし、農夫は作業を続ける。
「あのぉ!!」
「ん?」
声が届いたらしく、ようやく農夫は青年を振りかえった。
「この近くに魔導士の方がいると聞いて…」
農夫は胡散くさそうな目で青年を見る。
「さあ、どうだったかな…」
その目に気づいて青年は、言い訳をするようにいった。
「私は、先生に仕事を頼みに来たんですが…」
すると、農夫はニヤリと笑っていう。
「ほう…おまえさん、あの『先生』の知り合いかね?」
「いえ、会ったことはないんですが…腕がいいとは聞いてます…」
農夫はさらにニヤリと笑って、
「じゃあ、気を付けたほうがいいよ。口が悪いからな」
「はあ、口が…」
「うん、めっぽう悪い。でも安心しな、腕はいいから。見てみなよ、ウチの畑…」
そういうと農夫は自分のまわりを手で示した。
小麦がたわわな実をつけて揺れている。そんな畑が広がっていた。
「ぜ~んぶ、あの先生の肥しのおかげさ」
青年は見渡していう。
「なるほど、たしかに素晴らしい腕ですね」
農夫は青年をじっと見るといった。
「ところでアンタは何者だね?」
都会の服装をしている。
政府の関係者といったところか。
「私は…まあなんといったらいいか…無職で…」
「なに? アンタ無職なの?」
「はあ…いまは…」
「今はってことは、以前は何をしていたんだい?」
「以前は…軍人をしていたんですが…」
「軍人?」
「ええ…そうです」
「なんだか、首都では騒ぎがあるらしいね…」
「ええ、それがイヤでやめてしまったんです…」
「ほう? それで?」
「それで…まあ…」
「うん? どうした?」
青年は気付くと、ハッとなった。
たまたま出会った農夫に、どこまで打ち明けようとしているのか。
「そんなの、どうでもいいじゃないですか! とにかく! 魔導士はどこにいるんですか?」
「…じゃあ、案内してやろう」
「え? でも、畑仕事はどうするんですか?」
「べつに今日じゃなくてもいいんだ。アンタを先生の所に連れて行ってやるよ」
「あなたがいいなら、べつにいいですけど…」
「勝手に教えて、先生に何かあったら、寝覚めが悪いからな…」
「私はそんな人間じゃありませんよ!」
「だったら、付いて行ってももいいだろう」
道具を畑の脇に置くと、農夫は山に向かって歩き出した。
「で? 首都の騒ぎはどうなんだい?」
「ひどいもんですよ。軍は軍、反乱軍は反乱軍で、好き放題。無法地帯です」
「そうかね。こっちはまだ治安には影響はないけどね…」
「誰も民衆のことなんか、考えていない… これはもう国じゃない…」
「ふうん… それがイヤになったのかい?」
「そうです。それで…ボクは…」
青年は思いつめた顔をしてなにかを告白しようした。
しかし、急に農夫は立ち止まると、山の道を指さした。
「ここからは一本道だ。道なりに行くとオンボロの家がある。そこが魔導士先生の家だ」
青年はキョトンとした。
「家まで案内するんじゃないんですか?」
農夫はニヤリとするといった。
「いや、ワシも仕事があるのを忘れていた。アンタについていくのも面倒だ」
「まあいいですけど…もともと1人で行くつもりでしたし…」
というと、農夫は来た道を帰っていった。
それを見送った青年は「勝手だなあ…」と独り言をいい、歩き出した。
そこから結構な距離だった。
山道は急になり、彼は汗が止まらなくなった。
本当にこの道でいいのかと迷い始めたものの、今さら戻ることもできない距離に来ていた。
農夫が来なかったのもうなづけた。
迷い始めてから、さらにその倍ほどの時間を歩くと、人の手が入った生け垣らしい物が見えてきた。
奥に家もあるようだ。
周りに人の気配はない。
ひょっとして、農夫にだまされたのではないだろうか…と青年は思った。
とはいえ、ここまで来てこのまま帰るわけにもいかない。
「あのぉ…」
半信半疑で声をかける。
「すいませーん…」
反応はない。
「あのぉ!」
一歩中へ入っていく。
「先生…いますか?」
もう一歩中へ。
「先生?」
さらにもう一歩…
そのときだった。
頭に激痛が走る!
気を失って倒れる瞬間になんとか振り返ると、そこには木の棒をかかえた女性が立っていた…
…青年の目が覚めると、あたりは真っ暗。
夜かと思ったら、目隠しをされているらしい。
さらに自分が縄で縛られていることもわかった。
「ちょっと! なんだ? これ?」
「黙れ!」
男の声がする。
「クソ泥棒めが!」
青年は抗議する。
「ボクは泥棒じゃありません!」
「黙れ! 自分で泥棒っていう泥棒がいるか!」
状況が読めないが、自分は泥棒と間違われているらしい。
何とか弁明せねばと気ばかりあせるが、言葉が見つからない。
…そもそも、それをどうやって証明するのだ?
「ボクは泥棒じゃありません?」
間抜けだが同じ言葉を繰り返すしかない。
「じゃあ、なんだ?」
「魔導士の方にお願いがあってきたんです。ミリア様はいらっしゃいますか」
「なんで名前知ってんの?」
男が驚いたような声でいった。
「ご存じなんですか?」
「もちろん知ってるわ」
男が答える。
なぜか女性の口調で。
「えっと…もしかして…本人?」
「え? あ…そっか? え? どうしよ?」
男がとまどった。
魔導士は女性だと聞いていたが…
農夫がいっていた口が悪いとは、男のような声をしているという意味だったのか?
「用は何?」
男の声だ。
「お願いしたいことがあるんです」
相手の返事はないが、続ける。
「エリオ国王が亡くなられてから、政権は長女のアルミラ王女に移行されました。しかし、元国王妃のマリアナ様は、国軍大臣のブラス将軍、次女のルセナ様と反乱軍を組織して内乱を始めます。軍は親王派と将軍派に分かれて戦い、首都は戦火に巻き込まれ、民衆は家を失い、路頭に迷っています」
「で? どうしろと?」
「国王の3女であるミリア様に、この国の争いを鎮めていただきたいのです」
「やだよ」
男の声が答える。
やはり魔導士はミリア様だったのだ。
「アタシにはカンケーない!」
男の声が続ける。
「魔法ならアタシが一番なんだ! なのにオヤジったらアタシを後継者に選ばないで、アルミラなんかを選ぶからこんなことになったんだ。ザマーミロだよ」
男の声はどんどん興奮してくる。
「アタシには、『おまえは魔法をしっかり研究しろ』なんていってさあ、研究なんてジミなことばっかやってられっかヨ。魔法の実力は3姉妹一なのに! 次期国王はアルミラだ、だって! なんだそれ!」
青年が、ふとつぶやく。
「いや、その性格じゃ国王はムリでしょ…」
「なあああにいいい!」
ミリアが青年をつかみ上げる。
「おいコラ、ナメんなよ」
青年がしぼりだすような声でいう。
「イヤ…ムリでしょ…」
ミリアは、青年の目隠しを取った。
「おまえ、この声が地声だと思ってんのか?」
「はあ…」
「ちがうわ! 魔法で声色変えてんだよ! 聞けや」
ミリヤが呪文を唱える。
「ほら! 美しいだろが!」
たしかに女性の声ではある。美しいといえなくもない。
「問題はそこじゃないんですよ…」
「はああ?」
ミリアには、まだわからないようだった。
「ちなみに、なんで男の声にしてたんですか?」
「女だとバレないようにだよ」
「じゃあ、なんで明かしたんですか?」
「もうバレてるみたいだし、いっそ記憶消したほうが早いなと思って…」
「そういう『雑なところ』です」
「アタシ…『雑』なのか…」
「ええ、壊滅的に…」
「壊滅的だって?」
「はい…」
「くっそー! おまえ殺して、アタシも死ぬぅ!」
「雑! 雑!! 雑!!! そこです! そこ! 根本的に生まれ直してくださいよ!」
「うるせーッ!!」
青年が目覚めたのは、ミリアが青年の首を絞めて気絶させてしまって、魔法で復活させてからだった。
「魔法の研究…ジミすぎる…これで一生終わるのは悲しすぎる…」
ミリアがつぶやく。
青年はふと思いついた。
「なら、この戦乱を治めれば、民衆はあなたを称賛するのではないですか?」
ミリアの目がキラリと光る。
「そうかな…」
青年は手ごたえを感じて、畳みかける。
「あなたにしかできないことですよ…」
ミリアの目がまたきらめく。
「そうかな…」
青年がいう。
「みんなが称えますよ。ミリア様、ミリア様って…」
「そうかな…」
ミリアの顔は、笑みではち切れんばかりだ。
青年の肩を叩くといった。
「おい! おまえ名前、なんていうんだ?」
「ラウルです」
「しょーがねえな、ラウル! いっちょやってやるか!」
「ありがとうございます! ミリア様!」
ミリアは、必要な荷物をまとめるといった。
「そろそろ行くか…」
ラウルが問う。
「村人に挨拶しなくてもいいんですか?」
「いいんだよ。アイツらに泣かれても困るし」
泣くほど別れを惜しむかな、とラウルは思ったが、ミリアがそういうなら、と挨拶しないまま家を出ようとした。
そのとき、農夫が顔を出した。
「おう、先生」
青年はそれが先ほどの農夫であることに気づいた。
「いや、一応見に来たんだよ。まあ大丈夫だろうとは思ったけど…」
そしてミリアに声をかけた。
「なんだい? 先生、出かけんのかい?」
「ちょっと、首都に行ってこようと思って」
「ああそうかい。今まで世話んなったなァ。まあ、気いつけて、行ってこいや」
「はい…」
「またこっちに帰ってくんのかい?」
「それは決めてないけど…」
「じゃあ元気でやってけなあ」
別れはあっさりとしたものだった。
農夫はけろっとしていた。
村を出ると、ラウルがミリアに声をかけた。
「感慨はありますか」
「……」
ミリアを見ると、涙がとめどなくあふれている。
「えっ? なんか泣くポイントありました?」
「なんだよ? 泣いちゃ悪いかよ!」
「いや…いいですよ…泣いても…」
ミリアの涙は、けっこうな距離まで続いた。
FIN