ある作家の終生
あらすじにもかきましたが実在した人物をモデルにして書いてますがあくまでふわっとです。
それでもよろしければどうぞ
世界は不条理でちっとも優しくなんかない
隣人を愛せよなんてその辺の宗教家でも言いやしない。
みな自己愛の塊で常に自分のことしか見てなどいない。自分に対する利益と不利益ではかる世界は弱者など路肩の石ほどの価値もないのだ。
そんな時、オレはいつも無性に声をあげたくなる。
だがあげたところでいったい何になるというのか。
傍らの石がその隣にある石を蹴った人間を非難しようが蹴った人間は耳を傾けようともしない。
だからこそ口を閉じ喉を閉じ、ただひたすらに紙に綴る。
そうすると単純に言葉を重ねるよりも、何かが救われるような気がするのだ。
###
「またいじめられたの?クリス」
ふわりとしたヘーゼルナッツの髪をゆらし、いささか駆け足で近寄ってくる姿にお腹に石を詰められたかのような思いがする。
「うるさいな、
君には関係ないだろう。ほっといてくれ」
そう冷たく突き放すとその朝顔の花のようなさっぱりとした蒼い目が困ったようにすぼめられ、それでもなお手を伸ばしてきた。
お腹の石が、ぐんっとまた重くなる。
結局ぼくは彼女の手を借りず、自分の力で起き上がった。
「やられっぱなしだから色々言われるのよ。たまにはガツンとやっちゃえばいいのよ」
いつものように路地に現れたそいつらはニタニタと気色の悪い顔で近寄ってきてわずかばかりの金をかすめ取っていった。
それをみる大人達も無情に過ぎ去るどころかはやし立てるよう声をかけて行った。
結果としてぼくはあずかった雀の涙ほどの金すら奪われ、蹴られた体で地面に這いつくばっていた。
「ぼくのこの枝のような細腕のどこにいったいそんな力があるって言うんだ。お転婆な君の方がまだ太い。こんな腕じゃ靴だって磨けやしないさ。少しのお菓子とミルクで働いてくれる小人が知り合いにいるかい?
ならば紹介してくれ。もしかしたら靴を磨いてくれるかもしれないからな」
「そんな屁理屈ばっかり捏ねてるからろくに友達もできないのよ」
うるさい。
自分のひねくれ具合など1番自分が理解している。
「友人がいたところでいったいなんの腹の足しになるという。そんなものに頼るぐらいなら青い小鳥を探した方がまだ価値がある」
誰かが不幸だったとしてそれを見て幸福になるのが人間という怪物の本性だ。
友情や愛情という毛皮を被ったところでそこの内側には他人の不幸を食い物にする怪物が潜んでいる。
なるほど、幸せの青い鳥は確かに存外近くに存在するらしい。
それが己の幸福かはおいておいて。
「もー、また額がよってるよ。どうせくだらない屁理屈を考えてるんでしょ」
そう言って彼女はぼくの顔を掴んでぐいっと上に向かせた。
「クリスはもっと簡単に考えるべきだよ!お日様がぽかぽかしてて気持ちい風が吹いて、それが幸せってこと」
「それのどこが幸せだ。
それで金が増えるのか?それで腹が満たされるのか?それで恋が叶うのか?
そんなことしていったい誰が幸福となる」
「うーん、たしかにたくさんのお金にも、美味しい料理にも、叶った恋にもまさる幸せじゃないけど」
そう言って彼女はその澄み切った蒼い瞳を緩め
「でも、私は今こうしてクリスと一緒に空を見て風を感じて、不幸なんて思わないよ。
それはつまり幸せってことでしょ」
そう言って、笑うのだ。
それは確かにひとつの幸福の形であった。
###
ザァザァと降る雨が傘を打つ音がする。
無常にも冷たく横たわった棺桶の上に土が次々と積み上がりその姿を消していく。
果たしてその棺に眠る彼は幸福だったのだろうか。
金も満足になく、懸命に靴を磨き、そして子供を学校に通わせた。
馬鹿な子供に。
オレの親は果たして幸福だったのだろうか。
幸福ではないだろう。少なくともオレから見ればオレという人間は負担であった。他人からすればなおさら不幸というだろう。
であるならば、オレという不幸をもう背負わなくても良い父はある意味今、人生で最も幸福なのかもしれなかった。
「ひとりぼっちだな、親なし」
葬儀が終わったあと、1人になったのを見計らったようにいつもオレにたかってきた人間が声をかけてきた。
「いや、母親はいるんだっけな。可哀想に旦那に先立たれ、気苦労の多い子供を背負い今から生きていかなきゃならないなんてなぁ。この度は本当にご愁傷さまですって伝えておいておくれ。
ははは、にしても残念だったな。あんたはもしかすると彼女と結婚したかったもしれないが見ろよあの子の両親の顔を。
お前を疎ましく思う顔だ。」
葬儀に彼女の両親も参列していた。
だがその顔は死者を嘆くというよりも生者をいとう顔をしていた。
当たり前だ。金も持ってない片親の人間が自分の娘に懸想しているのだ。親として娘をできるだけ幸せにしたいというのはなんも間違いなどない。
「まぁせいぜい靴磨きを頑張るんだな。そしたらもしかしたら誰かと結婚でもできるかもしれないからな。お前の惨めな父親のように」
そう言ってやつは去っていった。
オレはその背中を歯を食いしばって見つめることしか出来なかった。
しばらくその場に留まっていた。
いつの間にか傘はどこかに行って自分はずぶ濡れだった。
「こんな所でぼうっと突っ立て何してるのよもう」
急に雨が止んだと思ったら自分の背後から彼女が傘を指していた。
「お父さんのこと、残念だったね」
最初に沈黙を破ったのは彼女だった。
「これからどうするの?お父さんのあとを継ぐの?」
そういった彼女だったがそこには友人の将来を案ずる色が混じっていた。彼女もオレが父の後を継ぎ靴磨きができるとは考えていないらしい。
いつの頃だっただろうか。この細い腕では何も磨けやしないと言ったのは。
いつだってこの腕にできるのはペンを持つことだけなのだ。
「学校を辞めて、オレは町をでて大きな街でオペラ作家の仕事をする」
そういうと夢にも思わなかったのか彼女は大きく目を見開きそのあと怒ったように目を吊り上げた。
「待ってクリス!お父さんを亡くしたお母さんを置いていくっていうの!」
わかっている。自分でも馬鹿な道を選んだと思う。
だがしかし、いつまでもここにいたらきっと彼女に甘えるだけだろう。
オレはそれだけ告げると呼び止める彼女を振り払い家へと戻った。
家にいた母に街に行くと言うと寂しそうに笑い、たまには手がみを出せと言われただけだった。
その後すぐにオレはその場から逃げるように少ない金をはたいて都会へと歩みを向けた。
結局オレがオペラ作家として売れることもなく、ちみちみと小さな職でその場をしのぎ意地汚く生きていた。
大志を抱き、夢をみてここまで来たが所詮ちっぽけなオレに才能はなかった。
かの有名な劇作家のような成功などは決して掴めるものではなかったのだ。
作家の合間に働いたちっぽけな金を母親におくる。
もうそろそろいい歳なのだろう。
この小さな劇場で学ぶことも、成功することも無い。ここにいてもただ死ぬまで朽ちていくだけだ。
オレは前から融資の話を進めてきていた知り合いの元に向かった。
###
「このようなふざけた文章をよく私の前に出してきたものだな」
オペラ作家をやめたオレは融資を受け大学へと通った。
融資をしてくれた方はオレの作品を良く評価して下さり、一方で文の構成力が甘いためこの場所にご好意で通わせてくれた。
だがしかしここでもオレは落ちこぼれの烙印を押された。
教師は才能のないオレが退学するよう仕向け、また最初はオレの境遇を哀れんでいた生徒も次第に嘲るようになっていった。
「だいたい何故お前は不幸の物語を書く。
いや、百本譲って悲嘆の話を書くことはわかる。
だが、お前の書く物語には盛り上がりがない。ただ淡々と不幸を並べたててあるだけだ。
そこにだれも共感などない。あるのはなんとも言えない不気味さだけだ。そんなものはそこいらにいる浮浪者にでも書ける」
書いた原稿を読んだ教師はそう言っておもむろに席を立った。
「何度も言うがお前には文才がない。お前の文章に相手を感動させるようなものはないしましてや人を変えるような力などない。
だが、捨てるにもうちの評判にも関わるからな。
これは私が直々に処分しておこう」
そう言って教師は窓を開け雨が降る中庭に原稿を無造作に投げ捨てた。紙が濡れ文字が滲む。すぐに何時間もかけ綴った原稿は意味のなさないゴミ屑となってしまった。
「融資の件で在学はさせてやってはいるが実際は早く辞めて頂きたい。できれば穏便にな。」
教師はそれ以上何か言うことは無く話は以上だ。中庭のゴミは処分しておけと言ったきり興味をなくしたのか机に戻った。
濡れた原稿を手に取り、びしょ濡れのまま街を歩く。
周りの人間は自分を避けるように目を合わすことなく通り過ぎていく。
不幸の、誰も幸せになれない話を書いてきた。
ちょっとした事で不幸で、救いを求めても嘲笑されて、それでも必死で生きていく人の死を書いてきた。
どうして自分はそんな物語を必死で綴ってきたのだろうか。
そんなことわかりきっている。
みながみな、最後は幸せな話をして欲しいことも理解している。
でもしょうがないだろう。自分が幸せだったことなど刹那のうちに通り過ぎていってしまったのだから。
思い出せないものを書けるはずがない。
覚えがない物を綴ることは出来ない。
思いがないものは語ったところで意味が無い。
だから必死に不幸の物語を重ねたのだ。
自分が最も身近であったのがそれだった故に。
自分の理想の死をのせて。
あの父のように、死のさきにある幸福を求めて。
ふと視界のそばに何かがうつりこんだ。
それは淡い蒼の朝顔だった。
季節外れの小さな花弁。
彼女の瞳の色と同じ淡い蒼。
ふと、懐かしい顔が浮かぶ。
彼女は今、何をしているだろうか。
結婚して子供でも世話をしているのだろうか。
オレの面倒をみるように、優しい笑顔を浮かべて。
『クリスはもっと簡単に考えるべきだよ!お日様がぽかぽかしてて気持ちい風が吹いて、それが幸せってこと』
『でも、私は今こうしてクリスと一緒に空を見て風を感じて、不幸なんて思わないよ。
それはつまり幸せってことでしょ』
その言葉を思い出した時、ふと思いついて顔をあげる。
雨はいつの間にやらやんでおり、雲の切れ間から綺麗な青空がうつった。
もっと、
もっと簡単に考えれば良かったのかもしれない。
確かに自分の人生は幸せではなかった。
だが全て不幸でもなかったのだ。
だから、自分のこの生のように幸せではないが全て不幸でもない物語を書こう。
とびきり不幸で少し幸せな、悲しいけど暖かい物語を。
彼女が与えてくれたあの時の暖かさのような。
そう思考を変えたら今までうんとも言わなかった脳みそが急に動き出した。自分の中で辛い人生を歩む登場人物がゆっくりとまた歩き出す。
今なら何か望むものを書けるような気がした。
久しぶりに便箋を買っていこうか。
彼女に手紙を出すために。
そうだ、詩を綴ろう。
小さな小さな手のひらに乗る幸せの詩を。
きっと、それが良いだろう。
###
死が近づいてくるのがわかった。だが、不思議と恐れはなかった。
自分の人生が不幸だったかと聞かれると今ならば否と答えるだろう。
自分の人生はとても幸せな物語であった。何よりも誇れる物語だった。
たくさんのものを残すことが出来たと思う。自分の物語はたくさんの人たちに愛されている訳では無いだろう。だが、たった1人でもこの話を好きだと言ってくれる人がいた。
それならば何を恐れる必要があるのだろうか。
今まで多くの幸せへと向かう死を書いてきたが、なに意外と悪くは無い。
ひたひたと近づくそれへとゆっくりと身を預けた。
どこかしらから小さな小鳥の声を聞いた。
その音に誘われるようにゆっくりと目を閉じる。
何度も読んで擦り切れた手紙を胸にだいて。
その死は決して悪いものではなく、だがその生はその死よりなお良いものであった。
###
久しぶりに手紙を送ります。
筆まめなあなたと比べてそうな上手く書けないけど我慢して読んでちょうだい。
お元気でしょうか?貴方は細くてろくに食べてないくせに好きなことになるとすぐそっちに夢中になるから少し心配しています。
こっちは少し寒くねってきたので暖房をつけているわ。そういえばこの前、少し雪がチラついていたわね。
貴方の方が南にいるからまだ大丈夫だと思うけど、防寒はしっかりするのよ。
この間はお手紙ありがとう。とっても長くてわかりづらかったけど貴方の詩的な文はとても綺麗だったからつい最後まで読んでしまったわ。
だけどまさか好きな女の子にもあんなふうな手紙を送っているのではないのですか?
ダメよ。あなたの話は回りくどくて他人のことばかり。自分の話なんてちっとも書きやしない。
いつも他人の話ばかり書いているからそんな風にしか書けないの。手紙ぐらいは自分の話を書きなさい。
貴方のための手紙なんだから。
もっと色々言いたいことはあるのだけどあんまりぐちぐちと言ってると貴方の額からしわが消えなくなってしまうからこの辺にしておきましょう。
最後にひとつだけ
貴方のお話、読ませてもらいました。
貴方らしい屁理屈ばっかりのとってももやもやした話ばかりでした。
子供に聞かせるときこっそりハッピーエンドにしてしまおうと思ったぐらい。
でもね、この話をきかせた時、息子が言ったの。
みんなかわいそうだって。
それを聞いた時私はすっごく嬉しかったの。不思議よね。
でもね、ああこの子はきっと人を思いやれる子になるって、きっと貴方の物語でたくさんそういう子が生まれるって。
そう思ったらとても嬉しくてつい笑ってしまったわ。そしたら、子供がプンプン怒ってベットに潜ってすねちゃった。
ご機嫌をとるのがとっても大変だったわ。
貴方の物語はまるで金箔を運ぶ黒い燕ね
幸せなんて分け与えなくても見つかるものなのに
自分の身を削る必要なんてないのよ
ふふ、長くなってしまったわ。それになんだか詩的な文章になっちゃった。
貴方のことを笑えないわね。
そろそろ私の可愛い坊やが寝る時間。だって廊下から軽い足音が聞こえてくるもの。きっとすぐに貴方が書いた絵本を持って私の部屋に訪れるわ
貴方の話を聞かせると、あの子はいつも泣いてしまうけれどそれでもあの子は貴方の物語が大好きでいつも寝る前にせがんでくるの。
ほらノックの音がした。
クリック・クラック。物語が始まるわ。
それじゃあね。また、手紙を書きます。
親愛なる幸福の王子様へ
お読み下さりありがとうございました。
とある記念で書いたので足りないところもあったと思いますがもしよろしければ評価をお願いします。