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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile2 狂へる遊戯 ~Strawberry Fields Forever~
99/129

45 「エマの過去」


 AM8:07

 北区 五丁目17-3



 字の如く、シティ北側にある区である。中華風でも欧米風でもなく、ただ単純にロジックの鳥籠のように、似通った建物が立ち並ぶエリア。

 そして、高速道路のジャンクションや鉄道駅が区の南側―住民からしたら、隣の中央区の一部という見解―に集中しているという、市内で最も交通の便が悪い地区でもある。まあ、今現在地下鉄の延伸工事が進められているが。


 東側に接するゼアミ区に近い五丁目に、ハフシとサンドラはやってきた。

 流石にアイアンナースは住宅街を乗り回すのに非効率の上、相手を警戒させかねない為、ガーディアンの公用車を引っ張り出してきた。


 変化のない空と道と風景をクリーム色のトヨタ パッソが走り去る。

 辿りついたのは一件の2階建てアパート。

 築20年は経過しているだろうか、あちこちに錆や疲労が見て伺える。

 2人は向かいの駐車場に車を停めて、アパートを見上げた。


 「確か、データベース上では、ここッスよね?」とサンドラ

 「ああ。ここに両親と住んでいるハズさ」

 「なんか、寂しい場所ッスね。さっきまでのピカピカな家と比べて。なんか、こう…全てから置き去りにされたというか、忘れられたというか…そんな感じの」


 確かにそうだ。

 すぐ先まで、ここ最近の流行たる新型住居が迫る中、アパートの周囲は古い建築物が残っている。

 アパートの発見。それはハフシには、彼女―エマ・ルイーザの特定と同意義に見えてしまった。


 ◆


 2人は階段を登り203号室に。

 綺麗に整った、悪く言えば生活感のないオモテ。

 

 インターホンを鳴らすも、応答はない。

 更にノックをするも…。


 「出かけてるのか?」


 まあ、可能性としてはあり得る。

 今日は日曜日。休日なのだ。

 だが…どこかおかしい。違和感は確かに喉元まで上がっているのだが、それが一体何なのか口には出せなかった。

 単なる勘なのかもしれないが…。


 ひとまず、大家さんに話を聞いてみることにした。

 101号室に住む、人のいい感じの初老の女性だった。

 エマが203号室に住んでいる事を認めると、大家は言った。


 「あの子に何かあったの? まさか死んだ父親が何かしたのかい?」

 「ご家族で住んでいないんですか?」

 ハフシが聞くと、大家は言った。

 「去年のクリスマスイブに亡くなったんです。両親が。何でもオパルスで交通事故に遭ったそうで…」 


 すぐにハフシはサンドラに目配せ。赤毛の彼女は頷きケータイを取り出しながら、そこから離れる。


 「交通事故ですか…」

 「ええ。車を運転中の事故だそうで…まあ、でも…」


 大家が口を濁した。

 

 「どうかしたんですか?」

 そう聞くと、大家はハフシの耳元で、ひそひそと言った。


 「こんなこと言ったら、死人に罰当たりだろうけど、エマちゃんにとって、あの両親は死んだ方が良かったのかもしれないわ」


 「どういう事ですか?」

 「実はね。元々は母子家庭だったのよ。何でも水商売をしてた母親と客の間に出来ちゃったのが、エマちゃんだったみたいで、もう生まれたころから半分ネグレクト状態。最初は母方のおばあちゃんが育ててくれたみたいだけど、エマちゃんが6歳の頃に亡くなっちゃってね。それからは、家事も洗濯も全部、エマちゃんにさせて…」

 「まだ、小学生の子どもにですか?」


 ハフシは驚く。

 

 「ええ。そんなエマちゃんを置いて、母親は毎晩…」


 仕事に出かけていたのだろう。

 エマの母親が夜の仕事に就いていたことは、既に調査済みである。


 「児童相談所への通告は?」


 ハフシが聞くが、おかしな質問だ。

 通告の有無を“児童”が“大人”に確認しているのだから。


 「通告はしたんですが…母親が大丈夫って言ってるとか何とかで、すぐに帰ってしまって」

 「学校は?」

 「全く。それどころか、先生方も“水の子”ってエマちゃんを呼んでて…」


 これが異常事態であることは“児童”たるハフシでも理解できる。

 それでも“大人”は動かなかった。

 次第に、彼女は同じ匂いを感じ始めていた。


 「私も病気を患ってしまった関係で、5年ほどは大家の仕事を、次男坊に任せていてね、どうなっていたのかは分かりませんけど、こっちに帰ってくると、何と男と同居してたんですよ」


 よく喋る大家だ。プライバシーもヘチマもない。

 だが、ハフシにとっては好都合だ。

 勝手に空白のピースが埋まっていくのだから。

 そう言う意味では、大家もハフシも同じ穴のムジナなのだろう。


 「それが、彼女の父親」

 「ええ。産みの親の。別の女性と離婚したそうなんですが、それから今度は泣き声とか男の怒鳴り声が聞こえてくるようになったんです。

  もちろん通報はしましたが、次第に取りあってくれなくなりましてね…まだ10歳そこらの女の子だって言うのに。

  その件でいらしたんですか?」

 「ええ…まあ…」

 

 聞く限り、ハフシはエマとジョナサンに似たものを感じた。

 2人とも大切にされてなかったのだ。“家族”という人間にとって大切な“心情血縁的複合構造体”に。

 それは、彼女が一番理解できた。


 眼帯の少女もまた、同じ境遇だったのだから…


 「彼女に、なにか変ったことはありましたか?」

 「そうねぇ…大家に復帰した頃からかしら? 夜に出かけることが多くなりましたね。近所の話では、それより前からだったみたいだけど」

 「どれくらい前からか分かりますか?」

 「皆が言うには、中学生に入ったころから…かしら。一回だけ見たんですけど、短いスカートの制服を着て、お化粧もして…なんか、こう…背伸びをしてるって感じですかね」


 その様子を聞いて、ある疑惑が浮かび上がった。

 まさか彼女は…援助交際に手を染めていたのか?


 「でも、1年半前くらいからかしら、夜に外へ出かけるのは相変わらずなんですけど、服装がちゃんとして――」

 「具体的には?」

 「制服もスカートを折ったりしないですし、化粧もしていない。それどころか、あの母親が買い与えないような、綺麗な洋服を何着もおめかしして出かけるんです。それも楽しそうに」

 「楽しそう?」


 ハフシが聞き返す。


 「多分、恋人が出来たと思うんですけどね。しばらくしてからは、深夜に2人分の足音とか、父親とは違う、若い男の人の話し声がすることがほぼ毎日で」

 「恋人…ですか」

 「たぶん、ですけどね。まあ、両親揃って深夜は家を開けてますけどね」


 大家は念を押した。

 だが、肝心なことは彼女に聞かないと分からない。

 

 「今も、彼女は家に?」

 「ええ。身寄りもありませんからね。でも、ここ最近は部屋を開けていることが多いかな」

 「昨夜は、どうです?」

 「どうだったかしら。よく覚えてないわ…まあ、無理もないかしらね。地獄のような家から離れたいでしょうし、まかりにも自分の腹を痛めて生んでくれた母親が死んだんですから。

  葬儀の時も泣いてましたからねぇ」


 大家はさみしそうな顔をするが、ハフシは違った。

 彼女の言葉。前者は肯定できるが、後者は違う。


 それは第三者の勝手なエゴだ、と。


 だが、それをエゴと仮定するなら、エマの行動は矛盾を帯びていた……。


 ◆


 ハフシは大家と別れると、サンドラが走り寄ってきて、ハフシに結果を報告した。

 確かに去年のクリスマスイブ、つまり12月24日に、エマの両親は交通事故で亡くなっていた。


 「去年のクリスマスって、全国的に雪が降ったじゃないッスか」

 「ああ。学校でもホワイトクリスマスだか何だかって、他の女子が騒いでたっけ」

 「そんな雪のハイウェイで、事故は起きたみたいなんッスけど――」


 サンドラが聞いたところによると、事故現場はオパルスのハイウェイ。グランツシティから南へ伸びる首都線と、オパルスから桜綿杜市などがある国の南西部へ伸びる南東線の境界に位置する料金所上り線で起きた。

 午後9時頃。吹雪の中、レーンに入るため減速したトラックを、後続のハッチバックが急ハンドルで避け、そのまま料金所の縁石に激突。運転手の男性と、同乗者の女性は即死。

 

 身元はエマによる確認と、運転免許証で判った。

 カロル・ルイーザと、その夫ジョージ・ルイーザ。

 ドライブデートに出ての悲劇だったという。


 事故の原因は、法定速度を超えるスピードと、タイヤ交換等の整備不良、視界不良で料金所を認識できていなかったためとされた。


 「それが、エマの両親か」

 「はい。2人の運転免許証で身元が。事故車も、母親のゴルフだったそうで、車に細工された形跡なんかはなかったそうッス」

 「悲劇の事故、か」


 今度はハフシは、大家から聞いた話をサンドラに。


 「となると…彼女の家に、ほぼ毎日通ってる男は、差し詰めエマと交際している可能性が…ハッ!」


 サンドラが目を見開いて、ハフシを見る。


 「待ってください、先輩! 彼女がジョナサンのブルーバードに乗っていたってことは…」

 「ボニーとクライド。十中八九そういうことさ。ファッションホテルに通ってるなら尚更な。アラヤドでチイの前からエマをピックアップしたのも、朱天区でシレーナと交戦したのも彼」

 「似たような境遇が2人を引き寄せたんでしょうか? それならば、あの嬰児の父親はジョナサン?」


 ハフシは断言する。


 「それは無いだろうよ。愛する人の子供を身籠ったのなら、それを相手に話すはずさ。子供を遺棄したということは、相手に対する愛を否定することに他ならない。仮にエマがジョナサンに妊娠の事実を話し、どちらかの意思で嬰児を遺棄したのなら、何故今でも2人は行動を共にしてるの?

  ……まあ、どのみちこいつは感情論になっちまうがな」


 更に彼女は聞く。


 「他に何か分かったことは?」

 「はい。これは市警の捜査本部の報告なんッスけど、エマ・ルイーザには別の補導歴がありました。それも7回ッス」


 ハフシは聞き返す。

 何故なら、その情報は、既にガーディアン本部を経由しM班のデータベースに登録されていたはずだから、である。


 「別の?」

 「ガーディアンじゃなくて、警察の生活安全課からの照会ッス。エマの身元特定を受けて、兄弟殺しの捜査本部が検索をかけたら、出てきたそうッスよ」


 「補導理由は?」

 「項目は不純異性交遊……詳細には援助交際ッス」

 「一番古いのは?」

 「中学1年…3年前ッス」


 言葉を失わざるを得ない。

 まだ心も身体も、完成とは言い切れない少女が。

 

 ハフシはため息を一つ。

 

 「ガーディアンが援助交際や性的な刑事事案に介入する権利を得て、そう長くはないッスからねぇ」


 と、サンドラ。


 「そう。まだ、その頃って思春期の観点だか何だかで、ガーディアンが性的な事案に介入するか否かが、国会で揉めてた頃だなぁ…。

  そういうアンダーな分野はガーディアンではなく警察が担当していたし、今でも、名目は警察との相互的な捜査関係。補導した生徒の一部ファイルは警察が保管してる。だから、ボク達に情報がすぐ入ってこなかったんだな。

  …待って。それならサンドラは、どうしてこの線(・・・)を疑わなかったの?」


 そう、援助交際の相手。それが嬰児の父親の正体だという線だ。

 彼女は言った。


 「それが変なんッスよね」

 「変って?」

 「両方の補導歴を並べて見ると、中学2年…つまり今から1年半前にピタッと止まってるんッス。その間に2度ほど、ガーディアンと警察が協力して、大規模な援助交際掃討作戦を決行しているのにッスよ?」

 「成程…」


 ハフシは何かに納得したように、首を縦にゆっくりと振った。


 「どうしたんッスか?」

 「援助交際が止まった理由。多分それは、ジョナサンと出会ったから。互いにシンパシーを感じ、それが愛と言う初めて得る感情へと変わっていった相手に出会ったから」

 「でも、それだけで、殺人までする程長く続くカップルになりますか?」

 「何かあるはずさ…ボク達の想像の外側を行く何かが…」


 すると、ハフシはスマホを手に、駐車場に停めたパッソの車内に戻っていった。

 サンドラも続く。

 

 「ミスター・イナミに連絡するよ。もしかしたら、市警側の情報で何かが分かるかもしれない」

 「その間、どうするんッスか?」

 「ここで待機して、エマを見張る。彼女は嬰児遺棄の“容疑者”だからね」


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