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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile2 狂へる遊戯 ~Strawberry Fields Forever~
95/129

41 「大聖堂前」


 「確かなの?」

 「ええ。昨夜、アラヤド区で補導した少女と同一人物です。間違いありません」

 「カサブタのマリアねぇ…さしずめ、男の仕事は新聞配達かしら?」


 シレーナ達も、サンタ・アンジェ区入り。

 夕焼けを映し始めた大聖堂を集合場所に、シレーナとハフシは、ホテルを出た貴也、地井と合流した。

 石畳の上に、サモエドとケンメリ―レッドキャップが縦列に停まる。


 「しかし、そのタレコミが正確だったからいいものを…これから、そういう情報には気を付けなさいよ、タカヤ。中にはガセを掴ませたり、遊び半分で通報する輩もいるから」

 「すまない…」

 「でも、これは正に瓢箪から駒ね。今、エルにエマ、もしくはマリアで補導歴がないか、検索をかけてるわ」


 そしてハフシは言う。


 「もし、ヒットする人物がいたら、それはイコール、嬰児遺棄事件の母親かもしれない」

 「可能性はね。でも分からないわ。嬰児遺棄と連続児童暴行事件。一体、この2つはどこで、どうやって繋がっているのか。この2人の共通項は何なのか」


 その時、石畳の向こうから1台の車がやってきた。

 白のトヨタ ウィンダムがシレーナの傍に停まると、運転席から男が顔を出した。

 この男、ミスター・デボネアこと、ゴードン・イナミの部下である、市警捜査1課刑事ダレル。


 「デボネアの使いだ。シレーナは?」

 「ここにいるわよ」

 「さっさと用を済ませてくれ。こっちも忙しいんだ」

 

 シレーナはダレルに、例のシャツが入った紙袋を差し出した。

 

 「電話で言ったシャツです。これを至急科捜研へ」

 「分かった。科捜研繋がりだが、ゼアミ区の防犯カメラ解析、終わったよ。例のブルーバードは公園を出たあと、ゼアミ駅近くの立体駐車場に停車。その後、事件現場方面に向かい消息を絶った。しかし、逃走車が事故を起こした時刻のすぐ後に、現場から1キロ離れた公民館の防犯カメラに、その車が映ってた」

 「となると…ゼアミ駅で、男をピックアップしたってこと?」

 「市警じゃあ、そう見てるよ」

 「了解。それから上司によろしく伝えて」

 「冗談を。君の上司でもあるだろうが」

 「これは失敬」

 「じゃあ健闘を祈るよ。レッドキャップ」

 

 ダレルは素っ気なくパワーウィンドウを閉め、眼前の目抜き通りを横断し走り去った。

 その姿も、直後に警笛を鳴らして通過した市電によって、すぐに消えたが。



 挿絵(By みてみん)



 「これで、シャツの捜査は大丈夫でしょう。それ以外に報告は?」

 「こっちの話も衝撃的だったが、シレーナの方も。

  まさかトンプソン家にもう1人、家族がいただなんて…」


 貴也が話を変えると、シレーナは改めて彼が持ってきた写真を見る。

 

 「この男…恐らくジョナサンと見て間違いないでしょうね」

 「じゃあ、あのシャツも、そいつの?」

 「タカヤ。確かタレコミ一式の中に、メモがあったのよね? そのシャツのメーカーが卸している学校の名前が書かれた」

 「ああ。3つ名前が。

  さっきググってみたけど、どうやら小さな会社みたいで、来年には全ての生産受注を中止して、閉店するそうだよ。

  えーと、制服を卸してる学校は、朱天区のカグロ学院中等部、西区のアマナ高等学園、それからサンタ・アンジェ区のアンジェ中等学園」


 「アンジェ?」


 その名前に、ハフシもシレーナもピンと来た。

 アンジェ中等学園といえば、ジョナサン・バーンが通っている学校ではないか。

 もし、その制服がアンジェ中等学園のモノならば、一連の暴行事件は、彼が引き起こしたという証拠になる。


 「成程、ますます捜査に力が入るってものね」

 「でも、本人に会わないと、どうしようもないじゃないか。会えなかったんだろ?」

 「というより、家族が拒否している…って言った感じか。トンプソン家からすれば、あの子は歩く地雷。簡単に遭わせれば、何を話すか分からない。そう言った具合だろう。それに、二回目に訪問した時は、確実に彼は家にいなかった」


 それには、貴也だけでなくハフシも驚いた。


 「どうして分かった?」

 「玄関の前に階段があったでしょ? そこから気配がしなかったのよ。“私がかつて纏っていた”のと同じモノをね。だからロイスは、何の抵抗もなく、ジョナサンの食人行為を暴露したのよ。彼に聞かれることはないって、最初から分かってたから。」


 「どういう意味だ? シレーナ」


 貴也の言葉に応えず、そして彼の方を見ようともせず。

 横から辛うじて見える瞳は、どこか悲しそうに彼には見えた。

 彼女に出会って、初めて受動する感情。


 「でも疑問は残るよ。ジョナサンは、本当に自分のしたことを知らないんだろうか?」

 「あり得るだろうし、そうでないかもしれない」


 ハフシの問に、あの“考える仕草”をしながら地井が答える。


 「確かに、彼の周辺機器の制限や情報封鎖には一定の効力がある。でも、それは情報化社会と言われる昨今において完全ではないし、父親からは相当額の金銭を貰っていた。街中のネットカフェやホテルの無料パソコンを…いいえ、学校のコンピュータールームを利用できれば、そんな情報容易く手に入るわ」

 「その壁を越えた可能性は?」


 シレーナが聞くと


 「今の段階では何とも言えないですね。

  年齢と比例して膨大する好奇心を抑えきれなくなり、既に情報を手に入れたと見るか、長年の虐待によって自主的な思考が破壊され、そういう発想が浮かんでいないため、今でも知らずに生活しているか…五分五分と言ったところですかね」

 「地井でも、そう答えるかぁ……」

 「問題は、相手の女の子です。

  彼女が彼に、もしくはその逆としても、そこに生まれる相乗効果がいかほどか想像もつきません。ジョナサンの心に、何をもたらし、何を奪ったのか。

  それが時限装置となって、食人行為の過去をフラッシュバックさせる危険さえありますから」



 その時、シレーナのケータイが叫びだす。

 この風景に相応なラプソティ―・イン・ブルーを奏でて。

 相手は学芸高等学園のガーディアン、アイナ捜査官だった。


 ――先程のライダーの身元が割れました。一応、お知らせした方が良いかと思って。

 「それで?」


 ――名前はコウ・ロンソン、17歳。住所は西区5丁目、職業不詳…となっています。

   ですが、警察が目を付けたのは、彼が乗っていたバイクの所有者です。

 「マエがあったってことかしら?」

 ――はい。道交法違反で同じ車両が検挙されていたことが分かったんです。

  名前はマー・カーロン。暴走族、蛇華の上級メンバーの1人です。

 「蛇華ですって!」


 横で聞いていたハフシのシナプスは、瞬時に、そのプロファイルを引き出してきた。


 「蛇華と言えば、獄龍会の傘下組織だったな」

 「獄龍会? それって、香港サブ・セーケー(14K)系列のチャイニーズマフィアじゃないか」と貴也

 「ああ。中国の反社会勢力のなかで、洪門の系統を引く香港主体の組織が、真の意味でチャイニーズマフィアだからね」


 ――警察は、薬物所持等による取締法違反で、彼を手配する方針だそうですが…。

 「そうね…ガーディアンはここで手を引いた方がいいわ。蛇華のメンバーには、拳銃の不法所持をしてる奴もいるから。特に上級メンバーなら尚更」

 ――分かりました。交通違反で検挙した報告書をまとめた後、この一件を市警に移行します。

 「お願いします。では」


 電話を切ると、ハフシはイタズラな笑みを浮かべる。


 「手を引いた方がいい…ですか。その気はないくせに」

 「ふふん」

 

 口角を上げて応えた彼女は、そのままスマートフォンを再び耳へと。


 「市警組織犯罪対策室ですか? …ええ、Mです。先ほど、手配が掛かりましたマー・カーロンについてお話が――」


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