41 「大聖堂前」
「確かなの?」
「ええ。昨夜、アラヤド区で補導した少女と同一人物です。間違いありません」
「カサブタのマリアねぇ…さしずめ、男の仕事は新聞配達かしら?」
シレーナ達も、サンタ・アンジェ区入り。
夕焼けを映し始めた大聖堂を集合場所に、シレーナとハフシは、ホテルを出た貴也、地井と合流した。
石畳の上に、サモエドとケンメリ―レッドキャップが縦列に停まる。
「しかし、そのタレコミが正確だったからいいものを…これから、そういう情報には気を付けなさいよ、タカヤ。中にはガセを掴ませたり、遊び半分で通報する輩もいるから」
「すまない…」
「でも、これは正に瓢箪から駒ね。今、エルにエマ、もしくはマリアで補導歴がないか、検索をかけてるわ」
そしてハフシは言う。
「もし、ヒットする人物がいたら、それはイコール、嬰児遺棄事件の母親かもしれない」
「可能性はね。でも分からないわ。嬰児遺棄と連続児童暴行事件。一体、この2つはどこで、どうやって繋がっているのか。この2人の共通項は何なのか」
その時、石畳の向こうから1台の車がやってきた。
白のトヨタ ウィンダムがシレーナの傍に停まると、運転席から男が顔を出した。
この男、ミスター・デボネアこと、ゴードン・イナミの部下である、市警捜査1課刑事ダレル。
「デボネアの使いだ。シレーナは?」
「ここにいるわよ」
「さっさと用を済ませてくれ。こっちも忙しいんだ」
シレーナはダレルに、例のシャツが入った紙袋を差し出した。
「電話で言ったシャツです。これを至急科捜研へ」
「分かった。科捜研繋がりだが、ゼアミ区の防犯カメラ解析、終わったよ。例のブルーバードは公園を出たあと、ゼアミ駅近くの立体駐車場に停車。その後、事件現場方面に向かい消息を絶った。しかし、逃走車が事故を起こした時刻のすぐ後に、現場から1キロ離れた公民館の防犯カメラに、その車が映ってた」
「となると…ゼアミ駅で、男をピックアップしたってこと?」
「市警じゃあ、そう見てるよ」
「了解。それから上司によろしく伝えて」
「冗談を。君の上司でもあるだろうが」
「これは失敬」
「じゃあ健闘を祈るよ。レッドキャップ」
ダレルは素っ気なくパワーウィンドウを閉め、眼前の目抜き通りを横断し走り去った。
その姿も、直後に警笛を鳴らして通過した市電によって、すぐに消えたが。
「これで、シャツの捜査は大丈夫でしょう。それ以外に報告は?」
「こっちの話も衝撃的だったが、シレーナの方も。
まさかトンプソン家にもう1人、家族がいただなんて…」
貴也が話を変えると、シレーナは改めて彼が持ってきた写真を見る。
「この男…恐らくジョナサンと見て間違いないでしょうね」
「じゃあ、あのシャツも、そいつの?」
「タカヤ。確かタレコミ一式の中に、メモがあったのよね? そのシャツのメーカーが卸している学校の名前が書かれた」
「ああ。3つ名前が。
さっきググってみたけど、どうやら小さな会社みたいで、来年には全ての生産受注を中止して、閉店するそうだよ。
えーと、制服を卸してる学校は、朱天区のカグロ学院中等部、西区のアマナ高等学園、それからサンタ・アンジェ区のアンジェ中等学園」
「アンジェ?」
その名前に、ハフシもシレーナもピンと来た。
アンジェ中等学園といえば、ジョナサン・バーンが通っている学校ではないか。
もし、その制服がアンジェ中等学園のモノならば、一連の暴行事件は、彼が引き起こしたという証拠になる。
「成程、ますます捜査に力が入るってものね」
「でも、本人に会わないと、どうしようもないじゃないか。会えなかったんだろ?」
「というより、家族が拒否している…って言った感じか。トンプソン家からすれば、あの子は歩く地雷。簡単に遭わせれば、何を話すか分からない。そう言った具合だろう。それに、二回目に訪問した時は、確実に彼は家にいなかった」
それには、貴也だけでなくハフシも驚いた。
「どうして分かった?」
「玄関の前に階段があったでしょ? そこから気配がしなかったのよ。“私がかつて纏っていた”のと同じモノをね。だからロイスは、何の抵抗もなく、ジョナサンの食人行為を暴露したのよ。彼に聞かれることはないって、最初から分かってたから。」
「どういう意味だ? シレーナ」
貴也の言葉に応えず、そして彼の方を見ようともせず。
横から辛うじて見える瞳は、どこか悲しそうに彼には見えた。
彼女に出会って、初めて受動する感情。
「でも疑問は残るよ。ジョナサンは、本当に自分のしたことを知らないんだろうか?」
「あり得るだろうし、そうでないかもしれない」
ハフシの問に、あの“考える仕草”をしながら地井が答える。
「確かに、彼の周辺機器の制限や情報封鎖には一定の効力がある。でも、それは情報化社会と言われる昨今において完全ではないし、父親からは相当額の金銭を貰っていた。街中のネットカフェやホテルの無料パソコンを…いいえ、学校のコンピュータールームを利用できれば、そんな情報容易く手に入るわ」
「その壁を越えた可能性は?」
シレーナが聞くと
「今の段階では何とも言えないですね。
年齢と比例して膨大する好奇心を抑えきれなくなり、既に情報を手に入れたと見るか、長年の虐待によって自主的な思考が破壊され、そういう発想が浮かんでいないため、今でも知らずに生活しているか…五分五分と言ったところですかね」
「地井でも、そう答えるかぁ……」
「問題は、相手の女の子です。
彼女が彼に、もしくはその逆としても、そこに生まれる相乗効果がいかほどか想像もつきません。ジョナサンの心に、何をもたらし、何を奪ったのか。
それが時限装置となって、食人行為の過去をフラッシュバックさせる危険さえありますから」
その時、シレーナのケータイが叫びだす。
この風景に相応なラプソティ―・イン・ブルーを奏でて。
相手は学芸高等学園のガーディアン、アイナ捜査官だった。
――先程のライダーの身元が割れました。一応、お知らせした方が良いかと思って。
「それで?」
――名前はコウ・ロンソン、17歳。住所は西区5丁目、職業不詳…となっています。
ですが、警察が目を付けたのは、彼が乗っていたバイクの所有者です。
「マエがあったってことかしら?」
――はい。道交法違反で同じ車両が検挙されていたことが分かったんです。
名前はマー・カーロン。暴走族、蛇華の上級メンバーの1人です。
「蛇華ですって!」
横で聞いていたハフシのシナプスは、瞬時に、そのプロファイルを引き出してきた。
「蛇華と言えば、獄龍会の傘下組織だったな」
「獄龍会? それって、香港サブ・セーケー(14K)系列のチャイニーズマフィアじゃないか」と貴也
「ああ。中国の反社会勢力のなかで、洪門の系統を引く香港主体の組織が、真の意味でチャイニーズマフィアだからね」
――警察は、薬物所持等による取締法違反で、彼を手配する方針だそうですが…。
「そうね…ガーディアンはここで手を引いた方がいいわ。蛇華のメンバーには、拳銃の不法所持をしてる奴もいるから。特に上級メンバーなら尚更」
――分かりました。交通違反で検挙した報告書をまとめた後、この一件を市警に移行します。
「お願いします。では」
電話を切ると、ハフシはイタズラな笑みを浮かべる。
「手を引いた方がいい…ですか。その気はないくせに」
「ふふん」
口角を上げて応えた彼女は、そのままスマートフォンを再び耳へと。
「市警組織犯罪対策室ですか? …ええ、Mです。先ほど、手配が掛かりましたマー・カーロンについてお話が――」




