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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile2 狂へる遊戯 ~Strawberry Fields Forever~
94/129

40 「タレコミと言う名の確認」


 挿絵(By みてみん)


 PM3:16

 サンタ・アンジェ区



 グランツシティの北西部に位置する区で、南はシレーナ達が現在いるグルナ区と隣接している。

 国の重要文化財にも指定されている、セントアンジェリーナ大聖堂が、この区の名前の由来だ。シティ西部に位置するダーダネスト・バローダ区以上に、欧州色の強い区であり、昔の町並みが保存されているエリアであるが、それでも大規模道路周辺には、近代的な建物が続々と立ち並び、残酷で不細工な境界線を醸し出す。



 シティ郊外を一周する国道255号、通称、環状道を、地井のサモエドは貴也を助手席に置いて走行していた。

 

 「で、その情報は性格なのぉ~?」

 彼女はいつものおっとり口調で、貴也に話しかけた。

 「恐らく…ってのは不安定だな。確実に正確なネタさ」

 「でもぉ、警察すら掴んでいない情報ってのがぁ、なんか引っかかる気がするけどなぁ」

 「そこは…タレコミを信じるしかない」


 そう、地井には「机にタレコミが入った差出人不明の封筒があった」と伝えているが、本当は――。


 ◆


 1時間ほど前。

 


 「ふぁ、ファッションホテル?」


 そう聞き返した貴也を見て、里菜はクスクス笑う。

 ファッションホテル― 日本の読者の皆様に判りやすく説明するならこの一言、ラブホである。

 

 だが、どうして、聞き返すような真似をしたのか。

 実はそこで、連続児童暴行事件の犯人らしき人物を目撃したというのだ。


 にわかには信じられない話だ。例え場所が、フーターズであったとしても。


 「どうしたんです? そんな大声で…もしかして、童貞ですか?」

 「そ、そんなことはどうでもいい! やっぱ、ガセじゃないのか?」

 「失礼しました」


 里菜は改めて、説明を始めた。


 「実は、サンタ・アンジェ区のファッションホテルに、ここ最近、同じ学生カップルが車で出入りしているという情報を手に入れたんです。それだけなら、私たちは食らいつきませんが、その常宿と言うのが、今流行の“豪華ホテル”なんですよ。

  意外かもしれませんが、今、ファッションホテルはカップルより女子団体による、いわゆる女子会利用の需要が大きいんです。なので最近のホテルは女子会向けにゴージャスでスタイリッシュな外装や料理、サービスを用意して、その分お値段を高い設定にしているんです。そうですね、1人当たり5千から2万と言ったところでしょうか」

 「苦学生が簡単に入れる場所じゃないな」

 「ええ。それで知り合いの記者が、どういう奴なのかを追いかけたんです。まあ、相手がボンボンだったら、それで三文記事を書くって魂胆だったんですが…」


 そこで、里菜は何かを言いかけて止めた。

 焦らされた貴也は


 「どうしたんだ?」

 「或る日、そのカップルがホテル駐車場に入ったのを確認した記者は、男が何かを従業員用のゴミ捨て場に、挙動不審に捨てるのを目撃したんです。急いで確認すると、これが…」

 彼女が、貴也に差し出した一枚の写真。

 そこには、血が付着したワイシャツが映されていた。 血痕はいずれも楕円形。飛沫血痕―つまりは、どこかから飛んできた血を、かぶったことになる。無論、鼻血や切り傷でワイシャツに飛沫血痕が付着することはない。貴也は、これが普通の事態で付いたものではないことが理解できた。


 「注目してほしいのは2つ。1つはシャツの右端に映ったスマホの時刻。先月の8日、午後9時24分に撮影されたものという事を示しています」

 「その記者が、撮ったのか」

 「何か裏があるに違いないと、咄嗟にスマホとシャツを、駐車場裏のスペースに広げて写真を撮ったそうです。そしてこの直前、ダーダネスト・バローダ区で連続児童暴行事件が起きています。被害に遭った子供は、鼻と口を切り、多量の出血があった」


 それも彼は調書で確認済み。確かにこの日、里菜が言うように暴行事件が起きていた。

 頭から数えて5件目。被害者は、市立コデッサ初等学園に通う、4年生男子児童。

 被害も、見知らぬ若い男から暴行を受け、鼻の骨折など、顔面に全治1か月の重傷を負ったもので、このシャツの血も、その時に付着したものであるなら、納得がいく。


 だが、これだけでは証拠能力に欠ける。シャツに関する考察にしたって、状況から推理したに過ぎないし、連続児童暴行犯のモノとは言い難い。

 第一、写真に証拠能力はないし、唯一の物証たるシャツも、今ここにはない。


 そう彼女に伝えると、彼女はカフェテリアを出て、一分後にまた戻ってきた。


 手に紙袋を提げて。


 「これならどうかしら」


 と言い、紙袋から写真のシャツと、3枚の写真を差し出した。


 「このシャツ!」

 「念のために、これを撮った記者が押さえてましてね。ああ、指紋等は付けないよう細心の注意を払ってますのでご安心を…そのシャツの持ち主が、この写真の人物です」



 件の男が、シャツを抱え車を降り、少し離れたゴミ捨て場に、それを捨てる写真。

 瞬間に、彼の眼が釘付けになった。

 男が降りた車、そのナンバーも…そう、今彼らが血眼で探している紺のダットサン・ブルーバード。


 「その車、あなた達も追いかけてるんじゃなくて?」

 「どうしてそれを?」

 「こっちも、あの事件を追いかけてるんですよ。で、現場周辺で話を聞くと、犯行前後、周辺で見慣れない小型車の目撃情報が多くて、それらを総合した結果、この車が浮上したって訳です。まあ、ナンバーまでは分かりませんでしたが、今のあなたの反応で、確信が持てましたよ」


 それを聞き、貴也は内心「しまった」と後悔している。

 文屋から、この車の話が出回れば、犯人が何をしでかすか分からない。


 「ええ。分かってます。この事は事件解決まで黙っておきますから…そして、ここからが本題です」

 「長い前置きだったな」

 「ワイシャツの、胸ポケットを見てください」

 

 言われた通り、ビニールにくるまれたシャツを見ると、意図的に引きちぎられた痕跡があった。


 「これから捨てるのに、わざわざ胸ポケットを引きちぎっている意味は何なのか」

 「成程…校章か。犯人が自分の学校がばれるのを防ぐために」

 「あなた、いいガーディアンじゃない? 調べると、この学生の街グランツで、ワイシャツに校章を入れている学校は、全部で17校」

 「案外少ないんだな」

 「そのなかで、このメーカーのシャツを納品している学校は、3つまで絞れました。詰めが甘い犯人ですよ。校章は引きちぎっても、首元のタグは取ってなかったんですから」


 そう言って彼女は、メモを渡した。

 

 「で、問題の女性は誰なのか、分かってるのか?」

 「それが全然なんですよ。よほど警戒してるのか、ホテルを出入りするときはサングラス。服装もなんちゃって制服を着ているので、どこの誰かまで特定はできていないのが現状です。なので、その先はガーディアンで調べてください。私たちは所詮、ハイエナですから」


 と首をすくめる。

 

 「その写真もシャツも、メモも全て差し上げますわ」

 「となると、交換条件は差し詰め、この事件の顛末と、犯人のバックグラウンドか?」


 しかし、里菜は首を横に振った。

 

 「私が欲しい情報は、他にあります」

 「文屋が目先の事件以外に、何が欲しいって言うんだ?」


 すると彼女は、口元に笑みを浮かべ言うのだった。

 

 「この取引は他言無用ですよ。無論、“フロイライン”にもね…」


 ◆


 サンタ・アンジェ区5丁目

 国道421号線



 区西側を南北に縦断し、環状道とも交差する大規模道路。北に行けば、シティと、隣接するコメット県との境界に辿りつく。

 余談で警察関係の話をすれば、この辺りはグランツシティ警察と、国営警察コメット県支部の管轄が重なる地域。正規警察のみならず、ガーディアンもなにかと動きづらいエリアでもある。

 

 その道路沿い、強いて言うなら県境近くに、件の建物があった。


 確かにネオンサインや、パームツリーといった一見して普通のホテルでは見受けられない派手めな装飾であるが、それを除けば大人しい、と言うよりエステビルか何かと見間違うような高級感があった。


 ファッションホテル リナータプレミアム。

 

 地井のサモエドは、迷うことなく駐車場のワカメ―塩ビ製の暖簾のような巨大ビニール ―をくぐり、中へ。

 すぐに車を停めて、周囲を見回す。

 今日は土曜日という事か、否、それでも夜までは時間がある。駐車場には既に10台近い車が停まっていた。

 サモエドをパーキングに入れ、降りるとまずは、写真の撮られた場所を確認する。

 確かに駐車場の奥の方には、小型車が2台ほど停めることのできるパーキングエリアと、大きな業務用のゴミ捨て場があった。写真の通りだった。

 

 「確かにここで間違いない。しかし、どこから撮ったんだ? この暖簾は分厚くて外部からの撮影は不可能だし」


 すると地井が

 「この辺りじゃないかしら?」

 と言いながら、ゴミ捨て場付近から対角線上に進み始めた。

 そこは建物下に作られたパーキングエリアの端っこで、今は赤いジープ チェロキーが駐車してあった。


 「このあたりなら、その写真と同じアングルで撮影ができるはずよ」


 照らし合わせると、アングルはほぼ一致。それに場合によっては建物の柱で、運転席付近が死角になることも判明した。


 「ということは、これを撮った奴は、この建物に車で乗り付けて、写真を撮った」

 「相手は素人じゃないわね。私の勘なら、そのタレコミ屋の正体は探偵か…記者…いえ、限りなく後者ね」


 図星。

 貴也は表情には出さなかったが、眉を動かし「ヤバい」との心の声を代弁した。


 「ねえ。それ本当に封筒で、ポンっと貴也クンの机に入ってたの?」

 「あ、ああ…」

 「ふ~ん。変わった人もいるのねぇ」


 だが反面、貴也は納得している点はあった。

 連続児童暴行事件の被害は、グランツシティ北部に集中しているが、その中でもサンタ・アンジェ区と、東側に隣接する北区は、全く被害が出ていなかった。

 昨日の事件現場である朱天区も、被害の起きていないアラヤド区を挟んで北に、サンタ・アンジェ区。


 そう、被害の起きていない区を壁にしているのだ。

 事件発生地区と、そこに隣接する区しか捜査していない警察が、この情報に辿りつくなど、到底不可能。

 つまり犯人が、犯行を終えた後、このホテルに出入りしていてもおかしくはなかった。


 あのシャツから、被害者と同じ血液型が出れば、その推理は、的外れではないことが証明できる。


 ◆


 ホテルに入り、2人はフロントでガーディアンのIDを見せ、事情を話した。

 意外にも、ファッションホテルのフロントは、普通のホテルのそれと相違ない。

 ソファの置かれた待合室に、大理石の床。フロント横には、プレゼント品のアメニティグッズが置かれている。

 

 スタッフに、例の写真を見せると、その反応はすぐに返ってきた。


 「このお客様なら、よくいらっしゃってますよ」

 「どれくらいの頻度で?」


 貴也が聞くと。


 「そうですね…月に2、3度程度ですかね。何回か学校の制服を着てやってきていたので、印象に残ってまして」

 「何回か?」

 「はい。1年前に会員になられまして、その会員更新の手続きも私が行ったので、覚えているんです」

 

 すると地井が聞く。


 「怪しいと思わなかったんですか? ファッションホテルは18歳以下の入場が禁止されているハズですが」

 「いえ。男性の方は20歳、女性の方も18歳であることが確認できていますし、制服はコスプレであるとの旨を聞いていましたので…実際、そういうお客様も少なからずいらっしゃいますので。何せ“学園都市”ですから」


 なんとも皮肉な言い方だが、確かに一理ある。

 セーラーやブレザー。それら学園女子制服がコスチュームとしてではなく、ファッションとして市民権を得て長い時が経っている。

 現にガーディアンも、ファッションとしての制服による学校特定の困難さや、誤認補導などに頭を悩ませている。それを利用する犯罪者やカラーギャングもいるが。


 しかし、スタッフの証言が本当だとするなら、出入りしていた男は嘘をついていたことになる。否、口頭で年齢確認などしないだろうから、恐らく身分証を偽造したのだろう。

 あのブルーバードを所有するトンプソン家に、20歳以上の男性親族はロイス・トンプソンのみであることは、ここに来る前にシレーナから聞かされていたからだ。


 「2人について分かることを教えていただけませんか? 人相、名前、なんでもいいので」

 地井が聞くとスタッフは言う。

 「会員証は男性の方がお作りになられましたが、その際の名前は確かスミスでした。女性の方は覚えていないのですが、男性は、お連れ様を“ビッグ・エマ”と呼んでました。まあ、そういうシチュエーションなのかも知れませんが」


 「ってことは、姉の事ですかね? 普通、女性の場合“ビッグ”と付くと姉とか、姉貴って意味になりますから」

 

 貴也が言うと、地井は思考するときの癖-人差し指を下唇に当てる素振りを見せる。


 「エマ姉かぁ…年上のカノジョか、先輩後輩関係か、それとも…」

 彼女は更に聞く。

 「2人が最後に来たのはいつか、分かりますか?」


 スタッフが若い男性店長を呼ぶと、事情を説明。彼は手元のパソコンを叩いた。


 「ああ、昨日チェックインされてますよ」

 「本当ですか?」

 「はい。2時間休憩パックで、午後9時にチェックインしてますね。お部屋は507号室。上から2番目のEランクです」

 

 時間的に、朱天区でシレーナ達と交戦した後。


 地井と貴也は、渋る店長に防犯カメラ映像を見せるよう迫った。

 「連続殺人事件に関係している可能性があるんです」

 貴也の言葉に参ったのか、彼は2人を事務室に入れた。


 昨日の午後9時10分前。

 件のカップルは、ロビーに設置された防犯カメラに姿を見せた。

 男は間違いなく、写真の人物。

 では、女性は?


 「どう? 貴也君?」

 「男の方は銃を撃つときの光と暗闇で、顔はよく見えませんでしたが、女の方は至近距離で接したので忘れていません。髪型や色は、襲ってきた相手とよく似てるんですが、この映像では、サングラスをかけてますから、その少女なのか断言は難しいです。それに襲ってきたときも、彼女、カトーマスクをしていたので――」

 「どう転んでも、簡単には特定はできないか…」


 映像を進める。

 2人はチェックインを済ませると、エレベータホールへ。

 そこで少女がサングラスを外す!


 「えっ!? そんな…」


 意外や意外。

 驚いたのは地井だった。


 「どうしたんだ?」


 目を見開き、画面を凝視する彼女は、貴也の言葉に応えたのか、はたまた独り言か、こう呟いた。



 「どうしてここにるの? ……カサブタのマリア…ちゃん」



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