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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile2 狂へる遊戯 ~Strawberry Fields Forever~
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39 「ロイスの闇」


 全世界を騒然とさせた男児置き去り事件は、少年の奇蹟の美談と、父親による身勝手な児童虐待という結末の他に、少年による食人行為という、あまりにもショッキングな事実まで内包されていたのだ。



 カニバリズム― つまり人間が人間を共食いするという行為は、その内的、外的要因から、宗教儀礼や異常嗜好など、幾つかのケースに分けることができる。

 今回のケースは、緊急事態下における避難行動に分類できよう。つまり、事故や戦争等によって一切の食糧が無くなり、ある人間が自身の生命を生存させるため、本能的に他の人間を捕食する…という行為を指す。


 以上の意味での食人行為は、人類の歴史上、幾度となく行われてきたものである。近現代史に目を向けても、第二次世界大戦末期の環太平洋戦線でのケース、1944年に難破した日本漁船で起こった、いわゆる“ひかりごけ事件”、1972年にアンデス山脈で発生した航空機墜落事故のケースなど、いくつかの事例が報告されている。



 しかし、今回の場合、その当事者がまだ6歳の少年であり、相手を生きたまま損壊した可能性さえ出ていたのだ。鑑定書には少年が老人の頭を割り、脳を掻き回して咀嚼した痕跡があるとまで書かれていた。美談以上に世界中に拡散することは必至であるし、収拾のつかないスキャンダルに発展することは火を見るより明らか。



 だが、そうはならなかった。


 遺族側の弁護士は、週刊誌の出版社に対し“事実無根であり、名誉棄損も甚だしい。法的措置をも辞さない”として、週刊誌の即時発売中止と回収を要求し、出版社もそれを吞んだ。元々、このテの“ゴシップ”で何回も刑事訴訟沙汰を起こしていた誌であったため、この事件も事実無根の噂として、次第に世間に定着し忘却していった。


 警察も、既に解決と発表した事件を、誤りだとして訂正することは、威信と面子が許さなかった。なにより、これ以上波が立つのは、面倒だし嫌で仕方ない、と言うのが本部長を始めとするエポラール警察の本心。



 今でもエポラールシティは、国警が総合均一的な治安維持を担っているが、当時は「国を代表する海港都市として発展途中である」と言う理由で、市警色―グランツシティのように、大都市ごとに治安維持が一任されている ―が強い国警管轄区だった。そのため、他の国警管轄区のトップより、大きな権限を持つエポラール警察本部長が、一存と鶴の一声によって食人の事実を隠蔽するなど造作もなかった。



 この2年後に重大な警察官不祥事が発覚し、エポラール警察から市警色は完全に抹消されたのだが、それでも国警 ―つまり警察庁が、この事実を公表することはなかった。



 結局全ては闇の中。かくて、世は事もなし。

 7年後、事態がこうなるとは知らずに――。


 ◆


 「彼は、そのことを?」


 シレーナが切り出した途端、ハフシは身構えた。

 もしかしたら、その本人が家にいるかもしれないからだ。

 だが半面、シレーナと同じく、彼女も確信的なところがあった。


 ロイスは、ジョナサンを守る気はない。なぜなら…この男は、彼を家族と見なしてないから…。


 「知りません。妻も、事件については極力話をしないように決めて、今まで来たようなので」

 「口をつぐんでも、知るまでは時間の問題ではないでしょうか? 自分が体験した事実に興味を持っていたとするなら、既にしていてもおかしくはないはずです。そうでなくても、今は情報があふれかえっている社会ですから」


 とハフシが言うと、以外にも素早く。


 「その可能性はありません。事件について話題を持ちかけると、無視するよう妻が中心となって教育してましたし、パソコンやケータイも、事件に関する情報を検索できないよう、フィルターをかけています。仮に図書館で過去の事件を検索しても、周知の事実以上の話は出てきませんから」



 確かにそうだ。食人疑惑を報じたのは、その週刊誌一冊のみ。ワイドショーも多少報じたようだが、そんな情報資料を手に入れるには、テレビ局のアーカイブを探すしかないだろう。気になってハフシが到着前に調べたが、YouTubeを始めとする動画投稿サイトにも、ワイドショーの動画は見受けられなかった。

 その代り、陰謀暴きのような、文字と音楽の羅列した動画は幾つかあった。ロイスはフィルターをかけているから大丈夫と言っていたが…。



 「だから私たち家族は、ジョナサンと距離を置いているんです。無論、彼には贖罪のつもりで、普通の学生よりも多い小遣いを与えています。あのブルーバードもそうです。アイツが不自由ない暮らしができるように」


 「モノとカネですか…」


 ハフシの言葉に、彼は苛立ちを見せた。


 「それ以外に何がありますか? あの化け物から身を守る術が。非合法な手段以外に何があると言うんです? 毎日、あの何を考えているか分からない眼を見るだけで、不安になってくるんですよ。もしかしたら、アイツはその時からバケモノになっちまったのかもしれない。アイツの生い立ちを知らない私には、想像するしかないんですよ」

 

 そして、加える。


 「だいたい、あなた達は一体、何の権限があってこんな事を聞くんです! アイツが一体何をしでかしたんだ!」

 「それはお答えできません。捜査上のコトですので」

 「ならば、これ以上お話することはありませんし、そちらも全てを掴んでいるのでしょう?」

 「いえ。全てでは――」

 「お引き取りを」


 ハフシの声を遮り、無言を貫くロイス。


 「そうですか…では、これだけはお答えいただきますよ。ジョナサンは昨夜、あなた方と共に優曇華に行きましたか?」


 ロイスは即座に首を振った。


 「出かけると同時に帰ってきました。早くに帰ってこれないよう塾を何重にも入れていたんですが、生憎その日は休みだったようで…出るとき、奴に8万ほど握らせました。恐らく外出もしてるでしょう。あのブルーバードはそのために、ネットオークションで安く買い叩いた中古車ですから」


 ◆


 ケンメリに乗り込み開口一番。ハフシは憤りを隠せない。

 いつもは「先輩」と呼ぶシレーナを、呼び捨てにするくらい。

 

 「シレーナ」

 「言いたいことは分かる。恐らくあの両親は、ジョナサンが犯人だと分かっても平然な顔をするだろうね…あの男の眼は、完全にヒトを見る眼をしてなかった」


 そして眼鏡を外して、たそがれるように閉ざされた門を見上げて呟く。

 

 「そう…ワタシも、あの時…」

 「シレーナ先輩?」

 「奴も、同じ眼をしてた…」

 

 その眼は、いつも狂気を纏う筈が、どういう訳か、別の感情を発している。

 悲愴。

 隣の少女には、横目から、そう捉える事しかできなかった。


 「先輩…大丈夫ですか?」

 「…いいえ。少し、昔話を思い出しただけさ」


 群青の瞳が発した一条の光。その意味が分からない…ハフシがそう思ったとすれば、それは嘘か忘却。

 なぜなら、眼帯の彼女もまた…。


 「ハフシ。あの靴のゲソ痕は?」

 「家に入った時、スマホで…科捜研に送りましょうか?」

 「いや、スイートクロウ経由で彼奴に鑑定してもらう。あの車に、成立しないアリバイ。恐らく朱天区とアラヤドのコロシと、此花ヶ丘の嬰児遺棄に、ジョナサンが関わってるのは確かだが、今は令状がない。だから、ゲソ痕の鑑定は完全なる違法捜査だ。市警が何を言ってくるか知れたもんじゃない」

 「確かに」


 シレーナは眼鏡をかけ、ケンメリのエンジンをスタートさせる。


 「過去の事件は後から証言を得られればいい。今は、一刻も早く、この事件にジョナサンが関わってることを立証することが先決よ。でないと、彼どころか、あの両親が何をしでかすか分からない」

 「もう一つ忘れてますよ」


 「ん?」


 「捨てられた嬰児の母親です。ロイス名義の車を運転していたのなら、あの女性も、ジョナサンか、もしくはトンプソン家に関係のある人物のはずです。もし後者なら――」


 「トンプソン家には、虐待容疑も加算されるって訳ね」


 「ええ…でも問題なのは…それが、どこの誰なのか、全く分からないってことです」

 「そうなれば、今からジョナサンの学校にでも向かいましょうか。彼の学校はサンタ・アンジェ区だから、北に突っ切れば直ぐに着くわ。生憎、エルたちはスイート・クロウに引き上げちゃったみたいだし」

 「了解。ではトンプソン邸の監視を、所轄分署に任せますか?」

 「その方が良いかもね」


 シレーナはギアを入れ替え、アクセルを踏み、そのワインレッドの体を北に走らせる。


 貴也の事を、完全に脳内から忘却して。 



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