表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile2 狂へる遊戯 ~Strawberry Fields Forever~
90/129

36 「和 里菜」

 

 シレーナとハフシの逮捕劇と同時刻

 中央区

 十文字館学園1階 カフェテリア


 学校西側、アリーナ棟に併設されたカフェテリア。100人以上を収容可能なそこは、昼と言うのに人の姿も声すら聞こえてこない。否、確かに1人だけいて、寝息は微かに聞こえてくる。その上、厨房や会計カウンターにオバチャンの姿はおらず、陳列棚には軽食もない。あるのは自販機の唸り声に包まれて冷やされるパンとジュース。加えて食器返却口近くに備え付けられた給水機コップのみ。

 当然だ。今日は登校日ではないのだから。


 傍のグラウンドから聞こえる、テニス部とアメフト部の掛け声を子守歌に、佐保川貴也は寝息を立てて爆睡していた。英欧橋への応援後、足りていない休眠と頭脳―というのは余計か―を補うため、カフェテリアの真ん中でテーブルに突っ伏して寝ていた。

 

 時刻は既に昼餉時。

 不意に冷たい感触が、彼の頬を走り抜ける!

 刺激を受け取り、咄嗟に起き上がった彼は、視界にその人物を捉えた。


 「風邪、ひきますよ?」


 どういう訳だろう。制服を身にまとった女子生徒が1人、手に缶コーヒーを2本持って微笑んでいる。無論、シレーナではないし、どう見ても部活終わりという感じでもない。かといって知ってるかと言われれば、答えは1つ。


 「どちらさん?」

 

 至極当たり前な反応だ。

 それに茶髪ショートが似合う少女は、瞬きしながらキョトンとし

 「覚えてないの?」

 「すみませんが…」

 申し訳なさそうに会釈する貴也に、少女はブレザーの内ポケットから1枚の紙片を取り出した。

 日本人の彼には見覚えのある、嫌に綺麗で統一された重圧紙片。

 “メイシ”と呼ばれる、ジャパニーズ・グリーティング。つまりは“日本式の初対面挨拶”


 「新聞部の、(かのう) 里菜(りな)です」


 その名前を地の文として見た瞬間に、脳内の記憶分子が存在証明のために、ここだと叫んだ。

 日本人移民が多く、長きにわたって入ってきた歴史があり、現在も日本と親しく強い国交を結んでいる故、日本人が多く、日本名が珍しくない此の国でも、「和」はとても珍しい苗字であったから、覚えていた。

 そうだ、彼女は新聞部員。


 直接の関わりは、これまでなかった。確かにガーディアンに属する捜査官やボックスの中には、全国学生新聞部連盟 ―全国の新聞部を統括する組合のようなもので、部員の越権・違法行為の規制や、情報交流、新聞部のさらなる向上等と主として行動している― に加盟する新聞部と協定を結んでいるところも存在するが、十文字は以前も話したが所詮、風紀委員。ブン屋の手伝いなんて、これっぽっちも役には立たないため、これまで一切関わりは持ってなかった。

 しかし、今年初っ端に新聞部員2名がグランツ港の保安施設に無断で侵入し、補導された事件があり、その事実確認のため貴也と元相棒の伊倉カナが、彼らの“取り調べ”を行った。

 結局は無罪放免。事件そのものも、なかったことになったが…。

 その時、補導された部員の1人が、この和里菜だったのだ。


 「その顔は、思い出したって顔ですね?」

 「ああ、あの時の…一体、何の用だい? 十文字館のボックスは、もう解体したよ」

 「そうね。それを知らない生徒がいるなら、文字通りの天然記念物モノですよ。御存知ですか? あなた達がいなくなって、この学校は表向きはクリーンを保ってますが、裏では荒れに荒れてるんですよ。アリーナ裏なんか、タバコの吸い殻が――」


 貴也は里菜の言葉を遮る。


 「俺に取り締まれって言うのかい? 残念だが――」

 「もう、あなたに捜査権はない。ですよね?」


 お返しとばかりに。

 無言で彼は、缶コーヒーのプルトップを開けた。


 「でも、あなたは勝手に警察の真似事をしている…違いますか?」

 一瞬、眉を動かしそうになる。こらえた。

 「それも、今、グランツの学生なら誰でも話題にする、連続児童暴行事件」

 でも、コーヒーを口にしながら、その苦さを逃げの理由に、顔をしかめた。

 

 「コーヒー、お嫌いでした?」

 彼女の言葉が、今は皮肉に聞こえる。

 伊倉とペアを組んでいた時は、眼中になかった。たかが“にわか記者”と、高をくくっていた。それがどうだ。どこから、そんな情報を。


 「ああ。微糖よりカフェオレ派でね」と嘘をつく。

 「そうですか。それより、お聞きしたいのは、どうして捜査権を返上した学生が、3人の犠牲者を出し、現在も進行中の凶悪犯罪に首を突っ込んでいるのか」

 「ちょっと待ってくれ、死んだのはゼアミ区の兄妹だけのはずだ。3人ってのは」

 「御存じないんですか? 今さっき、朱天区で襲われた男子生徒が亡くなりましたよ?」


 寝耳に水だった。


 「ガセじゃないのか?」

 「これでも、連盟に加盟している認可記者ですよ? 情報は正確ですから。

  死因は窒息死。鼻も口も殴打されて変形してましたから、人工呼吸でも、どうにもならなかったようですね」

 半信半疑。でも、今ここで粗探しでもされたら、こっちの身が持たない。

 ここは適当にあしらって、逃げるしかない。


 「まあ、確かに十文字での捜査権はないよ。伊倉カナが死んだ時点で、この学校の捜査官は俺だけになる。君は知ってると思うけど、ガーディアンの規約では、各学校ボックスから、捜査、警らまで、行動はツーマン・セルが原則だ。だから、この学校での捜査はできなくなったから、ガーディアンとしての権利、つまりは捜査権を返上したんだ。

  ところが、だ。市北部の犯罪率が、ここのところ上昇中でね。それに対応する新たな、複数学校で構成されるボックスの設立が決まって、教科省から、そこに加わるよう辞令を受けたんだ。その直後にゼアミでの事件さ。だから俺は、一旦はガーディアンから抜けたけど、もう一回、舞い戻ったと、こういう訳だな」


 と、華麗な嘘を並べる。

 まあ、これは再研修に行く前に、シレーナから吹き込まれた回避術なのだが。

 だから、そんな新しいボックスは存在しないし、貴也は現在もデータ上は、捜査官ではないのだ。

 里菜も不承不承ながら、了解したが


 「それなら話が早いわ」

 「はい?」


 彼女は貴也に顔を近づけ、笑顔で言う。


 「ねえ、いい情報があるんだけど? 聞きたくない?」

 無論、聞きたくない。

 ここから逃げるが吉だ。


 「興味ないね」

 そう言って立ち上がった貴也だったが――


 「今起きてる事件に関することだとしても?」

 「なにっ?」

 「それも、ガーディアンどころか警察すら掴んでいない、犯人に繋がる重要な証言だとしても?」


 耳を疑った。でも、耳以上に相手を疑った。

 彼女が本当に、一線で四苦八苦している警察官たちが、喉から手が出る程欲するような、一発逆転の情報を持っているとは、甚だ信じられなかった。

 しかし、直後にかかってきた電話に、貴也は里菜と言う女を信じざるを得なかった。


 ――タカヤ。昨日の被害者が死んだよ。

 「死んだ?」

 ――今から10分前だ。詳しい死因は司法解剖を待つしかないが、直接の死因は窒息死だそうだ…これで3人。早く犯人を特定しないと、騒ぎになるぞ!


 エルからの電話に、貴也は恐る恐る里菜を見た。

 彼女は貴也の座っていた椅子を軽く引いて、こちらへ、と手を伸ばした。


 その笑みに、まだ無垢だった蝶は、羽を翻すしかない。

 ――その花が擬態した食虫植物と知るのは、羽が食い散らかされた後だと、想像すらできずに。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ