34 「エルの推理」
AM10:59
ゼアミ区
コンビニエンスストア「トンキイマート クロガネ5丁目店」駐車場
再びエルはゼアミ区に戻ってきた。黄色いパッカード ―イエローフラッグの運転席を倒し、寝不足の彼は仮眠を取っていた。
学区内には3つの小中学園が点在し、そこを車で朝っぱらから周回するのだ。そりゃあ体に応える。
そうこう眠っているうちに、駐車場へエルのラクスジェンが、市警のパトカー2台を引きつれてやってくる。
運転席から降りたラオ。パッカードの窓をコンコンと叩くと、目を開けてエルが起動…もとい起き上がってドアを開ける。
「おう、来たか」
すっきり朝の心地、な顔に比べ、ラオの顔はマジでゾンビ化5秒前…と言うのは大袈裟だろうが、とにかく死にかけの顔をしている。
「土曜の朝くらい、ゆっくりと過ごしたいよ。ぶっ倒れそう…」
「仕方ない。ガーディアンになった以上、休日返上ってやつだけは避けられない運命さね。ま、仕事を趣味にしている奴なら例外だかな」
「そりゃあお前だろ。パトカーの中で気持ち良さそうに寝息たてやがって」
「誰の事かな」と言わんばかりに、エルは欠伸をしながら腕を前に伸びをするが、その姿にラオはため息で応えた。そして続ける。
「じゃ、説明願いましょうか? 市警の警官まで呼んじゃって、なにをするつもりなのか」
「ちょっとした人海戦術さ」
「人海戦術?」
ラオが聞き返すと
「公園で見つかった車と、この駐車場でエミリアたちが声をかけた車は同一車両って結論に至っただろ?」
「まあ、そうだな」
「で、ここで声をかけた時、運転していたのは女じゃなく男」
「何が言いたいんだ?」
エルは続けた。
「今朝から科捜研が、2日前のゼアミ区と接続する区の道路に設置されたNシステムの映像を、仮想3D照合して、足取りを追跡してるんだがな――」
「仮想3D照合?」
「特定の映像に映った車やバイクの画像を基に、全長や全幅、ホイルベースの大きさまで同一の、相手の3Dデータを作成し、それを別のカメラ映像が捉えた、類似する車両と照合していく方法さ。車が公園を出て以降の足取りが不明だったから、こうして照合にかけてるって訳さ」
これは日本国内の科捜研でも一般的に用いられている捜査手法であり、現に大阪府で発生した児童誘拐殺人事件においても、犯人につながる物証が乏しい中、この仮想3D照合により、犯人の車の足取りを掴むことに成功。犯人逮捕に直結した実例がある。
「まだ照合の途中なんだが、さっき来た連絡によると公園を出たブルーバードと思しき車は、環状道を西へ直進していることが分かったんだが、その先、つまり区境を越えてすぐの北区のNシステムには、ブルーバードの姿はない。つまりゼアミ区を出た形跡がないんだ」
「子供を出産したばかりの女性が、何時間も同じ区内に潜伏していたことになるな」
「そういうことになる。その途中で件の男をピックアップしたんだろう。だが、それを引いても子供を産んで身体的に弱まってる女性が時間をかけて同じ場所に留まるとなれば、考えられる可能性は…」
ラオは言った。
「そうか、病院!」
「いい答えだ」
その言葉で、ラオは理解した。
「公園で車が目撃された時間と、この駐車場で同じ車が目撃された時間に大きな空きがあったのは、件の女性が、この区内のどこかの病院に駆け込み、治療を受けていた。そうエルは考えているんだな」
「君はどう思う?」
「無論、同感さ」
エルが自分達を呼んだ人海戦術の内容―それは、手分けをして女性が駆け込んだであろう病院や診療所を捜し出し、その身元を洗い出すこと。
「そうとなれば早速取り掛かろう」
エルは車からちづを引っ張り出すと、それをパトカーのボンネットに広げた。ゼアミ区の拡大地図で、所々に赤と青の点が打って あった。彼によると、赤は同区内にある産婦人科の場所。青は産婦人科ではないが、その資格を持つ医師がいる病院ないしは診療所―なかには閉業しているものもあるという―なのだという。ざっと見ただけで30程はある。
「これらを我々とゼアミ分署の捜査員で調べてほしい。丁度、ゼアミ駅が区の中央に位置している。それを起点に四方向に分割。捜査を行っていく」
「骨が折れそうだ」
「ラオは駅でメルビンと合流後、西側を担当してくれ。俺はチイと南側を捜査する」
「チイ? こっちに来てるのか?」
「ああ。彼女はフリースクールでオブザーバー。今朝の警戒担当も後方支援の形で参加していたしな」
「成程…じゃあ、早速取り掛かるよ」
そして駅から北側と東側は分署の担当。やってきた警察官にエルが説明し、すぐに彼らの手から分署の自動車警ら課に応援要請が出され、署の駐車場からパトカーが飛び出していく。
説明を終え、エルもパッカードに乗り込むと、窓からラクスジェンに乗り込むラオに叫ぶ。
「じゃあ頼むな。早く終えて昼飯にしよう!」
「そうだな。ところで倉庫付近で目撃されたバイクの捜査は、どうなってるんだ?」
「ゼアミ署の捜査本部と、本庁少年課が調べているけど、まだ有力な情報は出ていないそうだ。もしかしたら、アウトローじゃないのかもしれない」
「そうか…」
何度も頷きながらエンジンをかけるラオを横に、エルのパッカードは気合十分に飛び出していく。
「じゃ、お先に」
全ては昼飯…いや、事件解決のために。
◆
彼の気合いが叶ったのか、捜査はすぐに終わった。
それも昼飯前どころか、1時間足らずで。
結果は――全員黙秘。
一方で、科捜研による仮想3D照合もまだ難航していた。相手は希少車種たるビンテージだが、否、それ故か、映り込んでいる映像を見つけること自体が至難の業であった。
エルの捜査終了時点で、解析の進捗具合は6割程度。
事件が進捗の度合いを見せようとしたものの、またまた暗礁に乗り上げた。




