33 「発見」
「当たり前じゃないか! 家族3人以外、誰かいると思うんですか?」
狼狽を押さえたロイスの反論は、どう見ても焦燥であり、シレーナの眉を一層細めさせた。
「親戚や客人などは?」
「そんな他人をこさえて、団欒する家族なんて、見たことありますか? 馬鹿馬鹿しい!」
反論するロイスは必死。
対して彼女は冷静だ。
「…そうですか。では、息子さんの周辺に仲のいい女性は、おりますか?」
「学内の女の子に、よく声を掛けられるという話は聞くが。女の子にモテるのも、何か法律に触れるのかよ」
「いえ、これも形式的なものですよ」
その時、背後で門が開いた。
ゆっくりと徒歩で入ってきたのは、中年の女性。おしとやかな印象を受ける。
「ああ、妻です」
ロイスに紹介され、女性は遠くから軽く会釈。
エリザベス・トンプソン。ロイスの妻である。
彼は続けて言う。
「ガーディアンの生徒だ。なんか、聞きたいことがあるとかで来ただけで、もう帰るとさ」
「そうですか」
家へと向かう彼女を見送ると、ロイスは2人へ振り返って言い放つ。
「そういう訳だ。お引き取りを」
◆
住宅街をゆっくりと走るケンメリGTR。その車内はサイレンス。
互いに無言で過ごす中、ハフシは耳に当てたスマートフォンを仕舞った。
「確認取れましたよ。確かに昨夜7時、一家は優曇華に予約を入れ、時間丁度に来店。午後9時26分に会計を済ませるまで、そこから誰一人店を出ていないと、店の関係者は証言している。物理的な面もあるけど、ロイスの息子に犯行は無理ですね」
それでも無言でハンドルを握るシレーナに、ハフシは覗き込むようにして言う。
「なにか、気になるんですよね?」
シレーナも前を見ながら
「そう言うアナタも、でしょ?」
「ありゃ、分かりました?」
「そりゃあ、付き合い長いもん。雰囲気で分かるわよ」
「あの質問ですか?」
そう言われると頷き、近くの乗馬クラブ駐車場に車を停めた。
柵の向こうの馬場では、光沢な毛並みのセルフランセがゆっくりと周回している。
動く背景を置いて、シレーナは話し始めた。
「玄関に入ってすぐおやっと思ったのよ。並んでいた靴の種類とサイズの推計から、家族3人分あるのは分かった。でも、その左端に若者向けのスニーカーと革靴が一足。サイズもほぼ同一だし、最初は息子バークのモノだと思ったわ」
「でも、そう見なかった…その根拠は?」
「綺麗すぎたのよ。バークの靴はグラウンドの土や泥で汚れていたし、かかとが折られてよれよれになってた。それに対し、もう一方は使用した形跡はあるものの、汚れも折り目もない綺麗な靴。これを同一人物が使用しているとは考えにくい。となると――」
「バーク同じ年代の人物がもう1人、あの家にいるという事になる。だから聞いたんですね、食事に何人で行ったのかって」
「ガレージの自転車も、玄関に置かれていた傘の本数も3つ。あの家は3人家族のハズなのに、不自然な靴が気になって仕方がないの。あの家は3階建てだし、もしかしたらあの家には、家族3人以外に誰かがいるのかもしれない。ロイスが途中で返答に熱を帯びていたのも、何か不自然だったし。
そうなると、最初の発言にも違和感を覚えざるを得なくなる。私たちが来たとき、ロイスは“アイツがなにかしでかしたんでしょうか?”って聞いてきたわ。普通、父親が自分の息子をアイツとは呼ばない」
「じゃあ、ロイスは家にいるであろう誰かの存在を隠したかった?」
「推測の域は出ないけどね。で、そっちは?」
ハフシは切り出した。
「ボクが気になったのは最後」
「ん?」
「奥さんです」
いまいち、要点がつかめない。
首を傾げるだけのシレーナに、ハフシは神妙な面持ちで
「あの人、前にどっかで見たことがあるんです」
「見た?」
すると、鼻で笑って
「まさか、駅前とかファミレスなんて言わないわよね?」
「いや…そんなんじゃなくて、もっと前。それも通りすがりに一瞬って感じでもなく、見させられたって具合に…」
見させられた。
その言い方が、妙に引っかかった。
人の顔を強制的に見せつけられる。そんな場面など、人生にそう多くはない。
「過去に診断した患者とか?」
「いや。強制的とは言ったんですど…なんだろう、こう…流動的でもあるって言うか…」
「どうも掴めないわね。どこで見たのかハッキリ思い出せない?」
ハフシは眉間に人差し指をグリグリとしながら。
「ん~。思い出してはいるんですけど、こうぼんやりとでしか出てこないんですよ」
「…ハフシ」
「ん?」
指を離し、視線をシレーナに向けると、彼女は窓の外をじっと見ていた。
その先には、細い道路を挟んで契約駐車場があった。どうやら、この乗馬クラブと提携している場所のようで、小型の馬運トラックも駐車している。
「アソコ」
シレーナの指差した場所。その馬運トラックの影に、青みのかかった古い小型車が顔を覗かせていた。
ハフシには言いたいことは分かった。
この乗馬クラブは、トンプソン邸から車で5分の位置。そう離れていない。
まさか。
2人はケンメリを降りると、道路を横断し駐車場に入る。
奥へ、奥へ。
荷台パネルに窓を取りつけた、中古の日本製トラックの鼻先を回り、そいつは姿を現した。
「ハフシ」
「間違いないですよ、先輩。410型ブルーバードだ!」
探し求めていた青い鳥は、銀色の馬の影で隠されていた。
その姿、色、形、ナンバーまで、2人が探し求めていたそれであった。
ハフシはスマートフォンを取り出すと、写真を撮る。
前、側面、後ろ、車内――。
「こんなところに停めてあったなんて」
「ナンバーも間違いありません。各現場で確認された車両と同一のものですよ! でも、どうして、この車だけ、この駐車場に置かれているんでしょう。あのガレージなら工具やら自転車やらを整理すれば、後1台くらい余裕に入るのに」
「奴は嘘をついてまで、何かを隠したいんだ。それはこの車を、普段運転している人物でもある」
「それが、今回の連続事件の犯人」
「もしくは、君が追っていた嬰児遺棄の犯人…いや、“産みの親”と言うべきか。その人物の2つしかない」
すると、シレーナは二つ折りのケータイを取り出し、開くと耳に当てる。
相手は無論――
◆
同時刻
首都オパルス 警察庁
グランツより西に位置するオパルスでは、厚い雲が切れ日光が覗いている。
デスクで長官のアナスタシアは電話を受け取った。
「あら、珍しいわね。貴女がお願いだなんて…別にからかってはないよ。で、一体何かな?」
――調べてほしいことがありまして。
「調べもの? 図書室じゃあ無理な話?」
ジョークを交えたが、仕事モード―と言うより、普段からジョークは受け流す方だから関係ないが―のシレーナに、そんな与太は通じない。
――内容は、IT実業家 ロイス・トンプソンと、その一家の家庭事情。その中でも住民票では分からない“暗黙”な部分。特に家族構成とその相続を詳しく…。
「ちょっと待った。それは越権行為だ。いくら捜査権のある警察だからと言って、重要な個人情報を明確な容疑や目的もなく調べるのは不可能だ」
――でも、可能ですよね? 警察ではなく、貴女個人の伝手…いえ、コネを使えば。
彼女はそこにいない相手を、まるで眼前にいるように睨み付けた。
それは怒りではなく。“自分を黒く染める”ために…。
「まあね。でも、そう頻繁に頼らないで欲しいお願いだな。私だって、慈善事業でやってるんじゃないんだ」
――無論、その対価は支払いますよ。どんな形でも。
アナスタシアは微笑し
「了解した。他にはないな?」
――もう1つ。ロイスの妻 エリザベスの過去も調べてください。何らかの形でメディアに露出した記録があるかを重点的に。
「はいはい」
彼女はメモを取りながら続ける。
「連絡はスイート・クロウ?」
――いえ。このケータイに。
「分かった。すぐに取り掛かろう」
――お願いします。
電話を切ると、彼女は柔らかい革製の椅子にもたれ、ふうっとため息を一つ。
そして今度はケータイから内線電話に、持ち物を切り替えていくのだった。
「私だ。回線を繋いでくれ」
◆
「メディアに露出した記録?」
驚くハフシに、シレーナはケータイをブレザーのポケットに仕舞いながら言う。
「誰かの姿を流動的に且つ強制的に見させられる。それに該当する端的な行為は、メディアの閲覧しかない。テレビや新聞、雑誌なんかで何度も目にかけた。だからうっすらと記憶に残ったのよ。
まだら覚えともなれば、おそらく登場したのは随分昔になる。だから過去を遡るように言ったのよ」
「成程」
2人はブルーバードを後に、ケンメリへと足を進める。
「家族のことはアナスタシアに任せて、私たちはそれ以外を徹底的に洗うわよ」
「了解!」




