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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile2 狂へる遊戯 ~Strawberry Fields Forever~
86/129

32 「トンプソン家」

 日付が変わった土曜日。

 ゼアミ区で起きた嬰児遺棄事件、児童殺人事件及び幼女交通死亡事故、ガーディアンの自動車追跡事案、そして朱天区で起きた暴行事件の5件は、いずれも同一犯による事案であることに加え、直近で発生している連続児童誘拐暴行事案の犯人と同一である可能性が濃厚というM班の報告を、警察庁と教科省が受理。国家公安委員会と、そのガーディアン版である学校自治執行委員会―こちらは教育関係者、野党議員及び一部企業代表取締役によって構成されているが―の審議を経て、午前10時。正式に全捜査権限がガーディアン及びM班に移行された。

 

 一方、それとほぼ同時刻。陸運局からナンバー照会の結果が届いた。


 ナンバー:GRA05―J71350

 車両:ダットサン ブルーバード(410型)

 年式:1954年

 色:紺

 車両番号:2381***


 問題は、その所有者だった…。


 ◆


 土曜日

 AM10:58

 グルナ区 ライゾー


 元々は中世より入植した欧州貴族たちの専用馬場と、蹄鉄師や調教師といった馬に携わる人々の住居によって構成されていた住宅街が祖とされているのが、グルナ区南東に広がるライゾー地区と呼ばれるエリア。今も乗馬学校分校を始め、馬術のための場所と言う面影が残っているものの、周辺は富裕層向けの高級住宅街として整備されている。

 そんな馬場とポプラの木を挟んで並走する道路。上級障害を飛び越える馬を追い越すように、シレーナのケンメリGTRが疾走する。


 曇天。

 シレーナとハフシは、学区の警らを終えた足で、ここへと来ていた。


 「まさか、学校と同じ区に、例の車がいたなんてね」

 助手席でハフシが端末をスワイプしながらぼやいていた。

 眼帯は相変わらずだが、今日はナースメイド服ではなく、学校の指定制服に身を包んでいる。

 「ここって、学校とは真反対の場所でしょ?」

 「ああ。この辺りは滅多に来ないよ。馬術部の連中くらいだ」

 「そんな部活あるんだ。まあ、それは置いておいて。ハフシ、車の所有者の家は?」

 「次の角を右に曲がって、3ブロック先を左。その突き当りがそうだよ」


 ハフシの指示通りに車を走らせる。


 「昨日の被害者から、何か分かった?」

 シレーナが聞くと端末を見ながら

 「いいや。今回被害に遭ったのは南中等学園の2年生。非行歴及び学校内でのトラブルなし。ただ、両親が区役所勤務の公務員っていう、比較的裕福な家庭と言うのは殺された生徒の家庭と、共通する部分はあるけどな。

  アラヤド駅から降りて学習塾のある家裁通に向かっていくのを駅広場にある防犯カメラが目撃したのが最後。時間は午後7時12分」

 「つまり、犯行時刻はそこから、私たちが現場に到着する7時43分の間か」


 視界には突き当りに豪壮な欧風の壁が。


 「いい“おうち”だこと」

 そう、シレーナが漏らすほど。

 壁は左右に広がり、それぞれの突き当りにある一時停止の看板の文字が辛うじて見える程。

 車は左折。すぐに見えた門の前に停車した。

 カメラ付きインターホンを押すと、男性の声が対応。ハフシがガーディアン手帳を掲示する。

 

 「ガーディアンです。少しお聞きしたいことがありますので、門を開けていただけますか?」

 

 直後、オートコントロールによって鉄製の―こういった屋敷にはお決まりな感じのタイプの―門が開かれ、再びハフシがケンメリに乗り込んだ。

 整えられた白い砂利道をゆっくりと進む2人の前に、北欧風のレンガ屋敷が出迎える。

 玄関の前には、この屋敷の住人のものなのか、高級クーペである黒のメルセデスベンツ AMG GTが停車している。

 ケンメリは、その横に停車した。


 「いい家に、いい車。まさしく現代のグレート・ギャツビーの住む家って感じだな」

 「そうね。

  車の所有者はロイス・トンプソン。8年前に設立されたIT系ベンチャー企業 マーズの取締役よ。21世紀になって続々と登場している、いわゆる“ITセレブ”ってやつかしら。最近はオンラインゲームの開発運営に加え、携帯電話ショップの運営と店舗従業員の人材派遣を行ってる、やり手の会社ね」

 「外国に限らず、此の国でもIT市場は弱肉強食の世界だ。特にこう言った二番、三番煎じで出てくるベンチャー系の会社が、5年後まで生存している確率は、3%未満と言われているからね。8年となれば、いい風向きさ。10年目ともなれば株式上場も夢じゃない。

  金持ちである前に、名うての経営者って言っても過言じゃないかもな」

 「現代のグレート・ギャツビー。言い得て妙ね」


 見上げていたシレーナが呟くのも無理はない。

 この屋敷、外観はレンガ造りのようだが、よく見ると煉瓦風のはめ込みの壁であることが見て伺える。

 よくニュータウンに並んでいるボックスを組み合わせて構成するタイプの住居なのだろう。

 

 屋敷の扉が開いた。笑顔で白人男性が一人出てくる。それを見送るもう1人の男性。

 出ていった男は手を振ると、停めてあったメルセデスベンツに乗り込み、ゆっくりと後進して去っていった。

 車が出てすぐに、門が閉じられる。


 「ロイス・トンプソン。ミスター・ロイス・トンプソンですね?」

 「そうですが…君たちが、おまわりさん?」

 

 制服姿の2人に驚くのも無理はない。

 どこにでもいる華奢な思春期の少女が警察官などと。


 「ええ。私はガーディアンのハフシ・エクレアーノ。こちらは同じく、シレーナ・コルデー。学校における事案や少年犯罪を専門とする捜査官です」

 「学校? …というと、アイツがなにかしでかしたんでしょうか?」

 「いえ。今日はお聞きしたいことがあるので…心当たりでも?」

 「え? ええ、いや…」


 口を濁すような物言い。


 「まあ、兎に角入ってくださいな」

 ロイスは2人を家へと招き入れた。

 靴を脱ぐという日本式の玄関を抜けてすぐの客間。皮張のソファに、レンガ造りのマントルピースが出迎える。 


 ◆


 「そう言えば、マーズが新しいゲームを配信するそうですね。クラスで結構話題になってますよ」

 ハフシが柔らかく世間話から入っていく。

 「そうなんですか。社長として嬉しいのは、そうやって若い人がワクワクしてくれることですよ。これからの世界は若い人が引っ張っていかなければいけない。そういった人たちがワクワクしてくれることが、未来への原動力になる。そう思ってるんです」

 「成程…ところで、ここだけの話、新しいゲームってどんな内容なんですか?」

 「それは秘密ですよ。近日中に発表しますから、期待して待っていてください」


 程よく和んだ雰囲気の中、3人はソファに腰を下ろして話を始めた。

 「お聞きしたいこととは?」

 ここからシレーナが口を開いた。

 「単刀直入に申しますと、あなた名義の車が、ある犯罪に使用された疑いが出てきましてね」

 「私の車が?」

 寝耳に水、といった感じに両手を広げた。

 

 「1954年製、紺色のダットサン ブルーバードですが、心当たりは?」

 「いいや。そんな車、持ってませんよ」


 即答。

 

 「おかしいですね。陸運局にあなた名義のナンバープレートで、この車が登録されているのですが」


 「陸運局が間違えているんじゃないんですか? それか君達か」

 そう言うと、見下したような笑みを浮かべて、続ける。

 「税金をペイにしている職業っていい加減だからねェ。あ、君達の事じゃないよ」 


 「もう一度聞きます。心当たりはありませんか?」

 「いいえ。全く」

  

 ハフシが聞いても、やはり即答。しかし、証拠を見ない限りは納得できない。


 「ミスター・ロイス。自家用車は、いつもどこに?」

 「ウチの車は全てガレージに置いてありますから」

 「先ほどのベンツは?」

 「あれは私の友人のベンツですよ。彼は、ゴルフ先で知り合ったベンツ好きの仲間でね。よろしければ、ガレージをお見せしましょうか?」

 「お願いします」


 ソファから立ち上がったロイスに続き、2人も再び外へと出る。

 玄関から向かって右手。直方体の無機質な箱へ向かっていく。

 ロイスがズボンから取り出したリモコンを押すと、シャッターがゆっくりと開いていく。

 5台は入るだろう、大きなガレージ。

 次第に光沢を醸す車が姿を現す。


 「さあ、どうぞ」

 2人は一通り見渡した。

 「ほう…」

 と相槌を打った後、左―手前から、車種を容易く言い当てる。

 「メルセデスベンツ SL350、ポルシェ ケイマンS、アストンマーチン V8 ヴァンテージ、ホンダ エリシオン…ですね」

 

 咄嗟にシレーナが耳打ち。

 「よくポンポンと出るわね」

 「コーデリアさん直伝」

 「ああ。確かにあのメイドさん、元走り屋だからねェ…しかし…」


 成功の象徴と言わんばかりの、億単位の車が並びシレーナが驚嘆する中、どう見ても肝心のブルーバードがいない。

 唯一のファミリーカー、エリシオンの横には広いスペース。しかし、そこは自転車や日曜大工と思しき工具などが乱雑に置かれていた。ジャッキなど自動車用品も置かれている。


 「車はこれだけですか?」

 ハフシが切り出す。

 「ええ。第一私は、古い車が嫌いでしてね。いちいち修理するのが億劫で」

 「因みに、普段はどの車を?」

 「出勤にはポルシェを。ベンツとアストンは休日用です」

 「エリシオンは?」

 「妻のです。近所に出たり、家族で出かけるときに使ってます…ああ、妻なら今、近所の婦人会で出かけていますが、呼びます?」

 「いいえ、結構です」


 シレーナは話を変えた。


 「先程、息子さんについて伺っていましたが、何か気になることでも?」

 「え?」


 一瞬驚くも、手を振り


 「いやいや、ウチの息子は犯罪に手を染めるような人間じゃありませんよ。成績も優秀で、非行歴もありませんし、第一、野球部のエースとして放課後は野球漬けの日々ですよ? 何かの事件を起こすようなヒマはありませんよ」

 


 既に、息子についてもガーディアン経由で情報を得ていた。

 バーク・トンプソン。進学校として有名な、グランツ北中等学園の2年生で、現在野球部のエースのみならず、生徒会副会長も務める優等生。

 非行・補導歴なし。カースト最上位生徒。

 

 

 「息子さんは?」

 「今日は野球の交流試合で、朝早くからオパルスの方に…もしかして、ガーディアンなのに確認も撮ってないんですか?」


 本音が出た。2人は確信する。

 大体の人物は、ガーディアンの捜査官を見ると、見下した態度を取るのが普通だ。

 “こんな生半可なガキに何ができる”と言うのが大半の意見だ。否定はできないが、ましてや肯定もできない。

 捜査権限を持つ生徒たちは、この理不尽に耐え続けるしかない。

 最も、ガーディアンへの理解が得られていない、結成初期の扱いからしたら幾分かマシなのだが。


 「取ってますよ。念のためです」

 「成程、口だけじゃないってことですか…ならば分かりますよね? 息子は――」 

 「事件に関係しているか否か。それを決めるのは公正な視点と証拠。ただそれだけですよ」

 ハフシは質問を再度。

 「息子さんは昨夜、何時ごろに帰りましたか?」

 「やっぱり疑ってるじゃないか」

 「関係者全員に聞いている形式的なものですよ」

 ロイスはため息をついて

 「昨日は確か6時半前には帰ってきたはずですよ。その後、家族で食事に行きましたから。予約入れてましたから店に問い合わせれば、アリバイ証明にはなりますよ」

 「どこのお店ですか?」

 「優曇華(うどんげ)という日本料理店ですよ。ランドプリンスホテルの近くにある」

 


 名前だけは聞いたことがある。高級志向の高い日本語で言うところの“リョウテイ”といわれる部類の店だ。場所は中央区の西側…グランツ第1公園のすぐ近くだ。

 犯行推定時刻は7時14分から7時43分の間。

 この証言が正しいのならトンプソン一家は、自宅から離れた中央区にいたことになる。


 ここからホテルまで車で30分程度。区境を越えてすぐだ。予約をしているならば恐らく入店は7時と言った具合か。

 仮にロイスの息子、パーク・トンプソンが犯人とすると、ホテルから両親の目を盗んで犯行現場に行くことは考えられない。ホテルから犯行現場である水瓶人民市場までは車で片道4~50分はかかるからだ。

 もし、家族まで嘘をついていたら? 優曇華ではなく自宅にいたとしたら?

 わが子の犯罪を擁護するため親が嘘をつくケースは、ガーディアンの扱う事案では珍しいものではない。幹線道路を飛ばせば自宅から市場までは約20分前後。確実に間に合う!


 …などとハフシが思っていたのは、コンマ数秒前。

 7時前後は中央区の大型道路は、帰宅時間の関係で混雑が多発する。それを加味すると、犯行現場までは30分以上はかかる。

 それ以上に重要なのは、被害者をアラヤド区内でピックアップしなければならないという事だ。そう考えると1時間は要する。

 アガサ・クリスティーも腰を抜かすようなトリックでも仕掛けない限り、絶対に犯行不可能。



 脳内を混乱させている中、シレーナが口を開く。

 「食事には3人で?」

 その質問に、彼はおろかハフシも驚く。

 キョトンとするロイスはそのまま

 「ええ。3人ですよ?」

 「貴方と――」

 「妻と息子の3人ですよ」

 「それだけですか?」


 瞬間、ロイスの表情が変わった。何か怯えるような…。

 


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