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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile2 狂へる遊戯 ~Strawberry Fields Forever~
84/129

30 「治療」

 PM8:25

 朱天区 水瓶人民市場一般駐車場



 市場と名がついているが市道を挟んで住宅街区に隣接されている大きな駐車場。市場関係者や来訪者以外に、地元住民が自家用車を置いている。

 駐車場の中央部分。滅多に車が停まっていない場所。

 時代錯誤な白熱電球の街灯の下に例の車は停まっている。


 後部三列目座席を救急車のそれと同様、対面式に改造した大型救急車両 アイアン・ナース。「パトカーであり救急車」であるという言葉通りである車内で、シレーナはサンドラに怪我の状況を診てもらっている。

 医大付属の生徒であるサンドラも、シレーナ程ではないが救急診察のノウハウは持っている。

 車内には救急道具のみならず、AEDや防菌テントも装備されており、いかなる状況でも応急処置が可能となっている。

 また、この車はテスラ モデルS搭載種を基に改良を加えた、HEPAエアフィルトレーションシステムを搭載しているため、例え周囲が生物兵器汚染下にあっても、車内を病院の手術室と同じ清潔度に保つことが可能だ。


 そんなアイアン・ナースに、先程タクシーで到着したハフシは駆け足で近づく。

 彼女が走ってきた背景。市道には未だ緊急車両のランプが煌々と光る。


 「先輩は?」

 「中だ。サンドラが怪我の状態を診てる」


 街灯にもたれかかりながら、エルが指さしで答えると、ハフシは続けた。


 「状況は聞いたよ。男女の2人組との交戦…それが犯人?」

 「今は、そう見て間違いないだろ。だが、肝心の2人はカトーマスクをつけていて、人相までは分からない上に、制服は“なんちゃって”ときている。身元おろか、どこの生徒かすら分からない始末さ」

 「それは違うよ」

 

 ハフシが口を挟む。


 「生徒かどうかすら、分からないじゃないか。地井みたいにフリースクールに通ってるかもしれないし、もしかしたら学校に通ってない可能性だってある。そう言う意味では、シレーナとタカヤの手に入れたカードは無いに等しい」

 「そうか」

 頭を掻き、舌打ち一回。

 「畜生。こうなったら、警戒度をピンクからオレンジに引き上げた方がいいかもしれないな。ガーディアンは中学2年~高校3年に該当する生徒が対象だ。警察能力のない小学校は、周辺の学校が共同で治安維持に当たる。つまり、エリアによっては捜査官たちの負担も増える訳だ。あの惨状じゃあ、生徒の中に殉職者が出てもおかしくない」

 「どうだろう。先輩は集団登下校を指示したんだろ? ならば、登下校中に襲われる心配は無くなった訳だし、こんな状況だ。子供を外で遊ばせる親は、いないだろうよ。

  そうなれば、小学校に対する各ボックスの任務は、見回りと緊急の際の警察後方支援。それくらいだろう」

 「ならばいいが…」


 そしてエルは、話題を変える。


 「そっちはどうだ?」

 「収穫はあったよ。公園内に乗りつけたと思しき車を特定できた。できたんだけど…」

 そこで言葉を濁す。

 「おいおい、もったいぶらずに言えよ」

 「その車…実は、昨日の事件現場付近で目撃されていたんだよ」

 「それって、アクタの連中が追っかけたって言う車の事か?」

 「両方とも、紺のダットサン ブルーバード410型。いくら旧車大国とはいえ、こんな年代物が至る所を走ってるとは思えないし、エミリアの記憶したナンバーと、映像解析で判別できた公園の車のナンバーが一致したからね」

 

 しかし…と、エルには引っかかる節があった。


 「どうして車は犯行現場近くにいたんだ? 確かに公園と事件現場は同じ区内だが、距離があるし、カーチェイスは嬰児遺棄から2時間以上も経過していたはずだ。犯行現場近くに長くいれば、それだけでリスクが高いのに、なぜ区外に逃げるような事をしなかったんだ?

  それに、アクタの報告では、車の運転手は男だ。2つの車が同じだとするならば、子供を身籠り遺棄した女性は、どこに消えたのか」

 「それも、車の持ち主が分かれば解決するはずだよ。既にサンドラが、陸運局に照会をかけたし」

 

 と話す2人に、ラオとメルビン、貴也が駆け寄ってきた。

 その表情は、嬉しさ反面、なにやら「見てはいけない物をみてきました」と言わんばかり。

 

 「どしたの?」

 エルがおどけて聞くと、貴也が口を開いた。

 「捜査中の朱天署の刑事から連絡があったんです。事件の前後、怪しい車を目撃した人物がいる、って」

 「目撃者がいたのか」

 「ええ。市道を挟んで向かいの住宅街区にあるアパートの住人が」


 話はラオに交代。


 「その車というのが、普段なら業者のトラックしかいない業務用駐車場に停まっていたらしく。30分ほど窓に新聞紙を張り付けて、明かりを煌々と点けながら停まっていたと言うんです。時々、若い衆が車を停めて逢瀬を重ねることがあるから、気には留めなかったそうなんですが…」

 

 そこから、やはり黙ってしまう。


 「だから、なんなんだよ一体」

 「その車が…紺色のセダンタイプの小型車だって言うんです」


 ラオの一言に、エルとハフシは理解した。

 その特徴は、ゼアミ区で立て続けに目撃された、あの車と特徴が一致しているのだ。

 

 「そこで、メルビンに市場に設置された防犯カメラの確認をしてもらったところ…」

 メルビンは脇に挟んでいた黒い物体を開いて差し出した。パナソニック社製の法人向けノートパソコン、レッツノートSZ6。彼が捜査に使用する愛機。

 電源が起動し、モニターには防犯カメラ映像。そこには駐車場へと進入する1台の車が。

 感応ライトによって照らされた車は、正に


 『ダットサン ブルーバード!』


 「車は大型トラックが縦列に停まる死角に潜りました。それから車が出るまで何が起きたか、全く分かっていません」

 「同乗者は?」

 「2名です。男女1名ずつ。出庫する動画に顔は映っていましたが、やはりカトーマスクを」


 再びエルは舌打ち。

 受け入れがたい事実だった。

 エル以上に、ハフシが。


 「市場に停まった車と女性…まさか、連続暴行事件と嬰児遺棄は、同一犯?」

 「まさか…いや、ありえないことはないか。昨日の事件で殺された妹、彼女は犯行現場から車かバイクで事故のあった場所に運ばれた可能性があるからな」

 「となると、その男は誰なの…彼が異常染色体の持ち主?」


 口元を押さえ半ば独り言のハフシに、エルがかみついた。


 「それなら俺にだって分からんことは増えたぜ? 犯行現場近くで目撃されたバイクは一体何だったんだ? 時間、場所からして、絶対に無関係ではないはず」


 「でも、調べる方向は、絞れてきたじゃない?」


 声がする方、車の後部ドアが開かれ車内からシレーナが出てきた。

 右手に包帯を巻かれて。

 間髪入れずに、彼女は指示を飛ばした。


 「先ずは、その車の所有者を特定する。それと並行して殺害現場で確認されたバイクの所有者の洗い出しと、私たちが見た容疑者の身体的特徴と類似した人物がいないか、過去の補導・逮捕者リストから洗い出す」

 「身体的特徴ったって、カトーマスクしてたから――」


 ぼやく貴也を遮って、シレーナは。


 「タカヤ、銃を撃ってきたあの男、唇の左下にほくろがあったわ」

 「え?」

 拍子抜けした声を出すのも無理はない。

 男は2人と、15メートルは離れてるだろうかという場所で銃を撃ってきた。

 真っ暗で、フラッシュのように焚かれる閃光、銃弾の雨の中では、そんな微かな特徴など見抜けるはずは無かった。


 「見えるのよ。“ワタシ”って“眼”がいいから」


 その言葉が、何を意味するのか。完全には―否、本質的には理解できなかったが、その断片的なものは浮かび上がった。

 あの瞳。ひび割れた瞳。狂気と憂苦を両極に有しているような瞳。

 シレーナはあの時、何も語らなかった。

 “瞳”を見た者は殺す。ただそれだけしか。


 「メルビン、データベースの方、よろしく頼むわ。それと…」

 彼女はブレザーのポケットから、小さなUSBメモリを取り出し、メルビンに差し出した。

 「その動画、こっちに移せる? “アイツ”に分析してもらおうとおもってね」 

 「了解。もう、風邪治ってるはずですからねェ…ちゃんと、メシ食ってるのかな、アイツ」

 メルビンは手慣れたように、片手でノートパソコンを支えながら、側面にメモリを差し込みながら答えた。

 

 「それと、今回の事件と嬰児遺棄がつながるかまだ分からない。ハフシとサンドラは引き続き、学校ボックス側で捜査を継続して」

 「わかった。一応、捜査は朝倉と私を中心として動いてる形だから」

 「OK。じゃあ、所轄署との連絡を終えたら、解散としましょう…ところで、被害児童の容体は?」


 ハフシが答えた。

 「アラヤド区の赤十字病院に担ぎ込まれたけど、いまだ昏睡状態が続いている。予断を許さない状況だよ。何せ、前歯が2本しか残ってなかったんだからね…」


 ラオが続ける。

 「情報センターの話によると、被害者は“知らない2人にさらわれて殴られている”とだけしか言わなかったそうだ。今までの暴行事件と同様の手口だ」

 「そうね…それから全員、明日の朝に備えて。各自、学区の警備に当たってほしいの。当面、部活動は全面的に自粛となるでしょうけど、土曜を登校日に指定している学校も少なからずある。そこを重点的に。今は、それしか方法が無いのが現状よ」

 『了解』


 全員が自分たちのすべきことを確認し終わったところで、貴也が口を開く。

 「で、シレーナ。傷の方は?」

 「消毒して包帯巻いた」

 ドライ。

 「あ…いや…あれだけの傷だろ? ちゃんと処置した方が良いんじゃないの?」

 「これくらいなら、経験則で2日もあれば元に戻る(・・・・)


 冗談じゃない。あれはどう見たって全治半月のケガだぞ!

 

 しかし――

 「うん。血を拭いて消毒した段階で、傷も小さかったし。それくらいだと思いますよ?」

 診断したサンドラが、そう言ったのだ。

 だとすれば、血がいっぱい出やすい体質? でも、目の前で止血したんだ。そんなはずは…


 と、考えているうちに、皆が解散していた。

 街灯の下には、彼1人。


 「おい! 俺は置いてけぼりかよ!」


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