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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile2 狂へる遊戯 ~Strawberry Fields Forever~
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21 「汚れと幸運」

 「では、犯人や、殺されるような動機にも心当たりはない。そう言う事ですね?」


 北区にある私立グランツ短期大学付属学園。

 子供たちのいなくなった会議室で、市警広域捜査課のイナミと共に、犠牲になった兄妹の担任から話を聞くシレーナと貴也。

 既に30分。やはり担任にも、彼らが殺される心当たりがないと言う。


 「私たちも突然のことに驚いているんです。今日一日、生徒にマスコミに…もう、今でも何が何だか」


 兄ジャックの担任、メーラーは目を瞬かせ、悲しみと疲労の影を、彼らに見せた。

 隣にいた妹カロンの担任、カルロスも下を向いた。


 「あんないい子が…帰りの会で発表した時の健気さが、今でも目に焼き付いてますよ」

 「そうですか…」


 イナミも言葉を詰まらせる。

 これ以上は、話を聞いても有力な手掛かりは得られないだろう、と。

 だが、シレーナと貴也の瞳は真っ直ぐ、2人の姿を見通しているのだった。


 ◆


 「俺は本庁に戻るよ。また何かあったら呼んでくれ」

 「いつも、ありがとうございます」

 シレーナはイナミに頭を下げながら、彼らの身体には小さい下駄箱の間を通過する。

 彼が呼ばれたのは、多方面での捜査の他、彼らガーディアンと学校側でのトラブルを回避するための仲介役としてである。無論、これはガーディアン側が要請した場合のみの対応であるが。


 トレードマークである愛車 緑の三菱デボネアが、奥様方と暇な学生を楽しませるために集まった報道陣を蹴散らして、学校を後にした。

 「健気さが目に焼き付いています…か」

 シレーナは眼鏡を外して、そう言った。

 やはり、事情聴取ってやつは()()()()()

 いつものとおりの感想を心うちで述べて、オーバルフレームを元の位置に戻そうとした。


 「先生方も悲痛なんだよ」


 貴也の言葉に手が止まる。


 「どうして、そう言える?」


 フレームをたたみ、ブレザーの胸ポケットに仕舞いながら。

 彼女に問われて、彼は口元をゆるめて言った。


 「うーん。こんなこと言ったら変だけど、勘かな?

  実は、こう見えても俺ね、人の目を見て、その人の内心とか当てるのが上手いんだよ。中学の時なんか、エスパーとか言われて、あやうく中二をこじらせそうになったっけ。

  今まで、いろんな人を見てきた。特に優しい人ってのは目を見ればすぐにわかる。

  だから言えるよ。先生は悲しんでる。何もわからないってのも、本当なんじゃないかな?」


 はにかんだ貴也に、シレーナは乾いた返事を送った。


 「ふうん。あっそう…」

 

 何事もなかったように、ケンメリに鍵を差しこみ回す。

 互いに無言で車に乗り込み、扉を閉めた――。


 「貴也、教えてあげるよ。こういう世界で生き抜くための作法だ」

 「さ…ほう…?」

 「ああ、そうだ。その作法ってのはな、単純明快かつ至極末端なんだよ。今まで自分を助けてくれた存在であろうとも、最優先で疑え。簡単に言えば、先生だろうと警察官だろうと容赦はするな」


 しかし彼自身、以前、警察官が犯人となった事件に巻き込まれたし、自分のパートナーがある犯罪を実行していた事実を知った。


 彼女の言う事も、理解できない訳ではない。

 「そんなこと、言われなくても――」

 「分かってないから、こうやって言ってるんだ」


 彼女はキーを回し、ケンメリを小学校から放った。

 アスファルトをライトが照らす。


 「あの教師が、自分の保身のために嘘をついているって可能性を考えたことはないか?」

 「そんな…だって…」

 「いいか。教師って人種はね、アンタがおもうほど善人じゃないんだよ。口から出る言葉と心の中身は、たいてい違うものさ。まあ、これは全ての人間に言えることだけど、とりわけ学校って社会環境において、教師程この傾向が強いし、たちの悪さときたら、政治家すら可愛く見える程さ。

  でも、ほとんどの人間は、それでも盲目を貫き、彼らを神格化して崇めたおす」

 「そいつは、お前のエゴじゃないのか? まるで先生は嘘つきみたいな言い方じゃないか。そんなはずは無いよ」


 貴也が思わず反論する。

 冷静に。

 

 「じゃあ、例を出してやろう。数年前、ある作家がスクールカーストに対して大規模な調査を行ったんだ。クラス内格差やいじめを助長する階級制度を、教師はどう思っているのか、そして肯定か否定か、ってね。

  結果は、どうだったと思う?」

 「どうって」


 当然の言葉しか出てこない。

 だって、先生自身がそう言っていたんだから。


 「否定するに決まってるだろ? “仲間外れやいじめはいけない”って、先生自身がホームルームとかで――」

 「アッハハハハハハ」

 

 刹那的に彼女は笑った。

 声を上げて笑った。

 楽しそうに。可笑しそうに。


 「そう答えてくれると思ったぜ」

 「何がおかしいんだ」

 「正解はYESだ。大多数が肯定と答えたんだ」

 「しかし…どうして?」

 「生徒と教師のスクールカーストの認識に差異は無い。アグレッシブで能力のある子が上位に立ち、ナイーブでインドアな子が下位にいる。この考えは教師も同じなんだ。

  そして、教室内の社会階級制度は、子供たちが飛び込んでいく社会の構図と同意義のものととらえ、その立場や待遇は、努力次第で改善可能と考えている。下位にいて虐げられてようと、体を張って救済しようなど考えてはいないんだ。

  “世の中をなめるな。身の程に早く気付け、バーカ”。それくらいにしか思ってないのさ。故に生徒に対する姿勢にも、順位にも差が出てくる。手厚く可愛がる子と、鼻で笑いマニュアルの愛想笑いを飛ばす子って度合いにな」


 返す言葉もなく、シレーナは続けた。


 「そもそも、人間関係でのみ成立しているコミュニティが“学校”ってものなんだよ。そこは異物を排除して、至極一般的な人間社会的コミュニティの倫理観は、時に存在しない。いや、存在そのものを遮断して狂信的な倫理観を構成する。

  必然的に、そのコミュニティに身を置き、全てを傍観する教師が、異質で神聖であるはずがない。

  それに…だ。連中は子供より、自分のおまんま(・・・・)を食わせてくれる場所と、外面(そとっつら)を優先的に守りたい生き物だ。飛んでくる無数の火の粉、その中に子供がいても、一緒に焼かれるなんてお涙頂戴は何の取り柄のない新米がやること。そんな新米も炎に焼かれれば人が変わる」

 「シレーナ」


 貴也は怖かった。

 彼女の言葉。そこに抑揚がない。

 まるでナレーションの朗読。

 彼女は恨みでもあるのか、それとも何かの受け売りなのか。


 「これだけでも分かるだろ? 教師を疑うに相当する存在だって。ワタシたちは生徒じゃなくて捜査官だ。疑ってナンボだろ?」

 言ってることは分かる。理解というレベルでなくても。


 車に突然、西日が差す。

 公営住宅群を取り壊し、更地になった再開発地区。

 至る所に空き地が散在する。


 「分かるよ、分かるけど…それって、君の偏見じゃないのか?」


 貴也は彼女の方を見て、反論するも、シレーナは顔色を変えない。


 「もし、先生の姿がその通りなら、授業中に、俺たちに見せている姿はどうだっていうんだ? 親身に相談に乗ってくれている姿も嘘だっていうのか? 冷酷な先生もいれば、一方では熱血先生みたいな先生もいる。君の偏見で、全ての先生を計るなんて、それは大きなエゴだ」

 「アンタに何が分かるの? 十文字館は確かに、いい先生が集まってる。でも、それ以外で何人の先生を見てきた? 今までの人生では?」

 「そんなの、関係ないだろ?」

 「あるね…この際だから立場を明確にしておこうか。アンタはガーディアンと言っても、風紀委員に毛が生えた程度の自警団。伊倉ユーカが死ぬまで、君はそうやって過ごしてきた。あの奇跡のような箱庭で、先生に褒められ、生徒から一目置かれてね。

  でも、ワタシたち…いや、ワタシは違う。幾多の修羅場を渡り歩き、人の心に棲む醜い姿を見続けてきた。アンタとワタシじゃあ、出会った人間の数も質も違う。

  現実を見てないんだ。箱の中に閉じこもって、それが世界の全てだと感じている。エゴはアンタの方だ」


 「でも、優しい先生もいる。シレーナも見ただろ? あの2人の先生を。あの眼はそんなひどいものじゃないよ!」


 「もし、今までの人生で優しい先生にしか出会ってこなかったって言うのなら、それは2つに1つだ。アンタが上位階級者か、メガミリオンズに三年連続で当選するくらいの幸運を得ていたか」


 「ふざけるなよ。俺が上位な訳ないだろ! ガーディアンは汚れ仕事って見方がまだあるし、それにずっと俺はインドア系のサークルだ! どう見たって下位の人間だし、至極普通の学生生活を送ってきただけで、それに対して幸運とか思ったことはない! シレーナ、君は――」


 

 「もういいよ」



 その時だった!

 シレーナは思い切りハンドルを切った。

 車を強引に空地へ押し込み、スピンターン。

 何重にも車体を回し、その真紅の車体を隠すほど、土煙が轟々舞い上がる。

 シレーナはブレーキを踏み、刹那的に右手を運転席の下に滑らせ、そこにあった“何か”を引き上げると、ドアの吊り手にしがみついていた貴也の鼻先へと、それを向ける。


 ワルサー PPK/S。小型自動拳銃。

 本物か、ガーディアン用の特殊拳銃かは分からない。


 「な、なんで銃が…」

 「そんなことはどうでもいい」


 安全装置を外し、貴也を睨みながらシレーナは言った。


 「正直に言うよ。綺麗すぎるんだよ。アンタの目は」

 「……」

 「もっと正直に言えばこうさ。綺麗すぎて気持ち悪い」


 その言葉に、冗談という情報は内包されていなかった。

 恐らく専用銃。でも、この距離で食らったら、鼻血どころでは済まされないことは、彼も承知。


 「人の目を見極めるのが上手いってのを否定する気は無いし、それをのたまったところで、ワタシへの損害もない。

  ただ、これだけは言わせろ。

  世の中の純粋さは、お前が思ってる程度しかない。だが醜さってやつは、お前の考えている以上に深くて汚いぜ?

  だから人間って生き物は本質的には同じなんだ。純粋っていうオブラートで、際限ない醜さを包み込んでいるだけなんだよ」

 「……」

 「“キレイナコト”だけで、全ては見渡せないんだ。このままだとアンタ、他人どころか、自分の命すら見誤るぜ」

 「…」

 「どうした。異論はないのか?」

 

 土煙が終わり、夕焼けが闇に染色され始めた空が覗くと、彼は口をこぼす。


 「じゃあ、君は?」

 「…」

 「君はどうなんだ。君は見極めているのか?」

 「見てみろよ。そのご自慢の目でな。“正解は瞳の中で”だ」


 車内に沈黙が流れる。

 互いの瞳が、無音のシャッターを落としまくる。

 その奥に何があるのかを見極めようとして。

 最後の埃が地面に戻った時、貴也は生唾を飲み込んで開口。


 「いや、いい」

 「ん?」

 「この際、ずっと思ってたことを言わせてもらう」

 「…」

 「シレーナ。君は今まで、一体今まで…その目で、何を見てきたって言うんだ?」

 

 彼女は黙ったまま、銃口を向け続けている。


 「シレーナの言う事を否定する気はない。

  ただ、いつも思っていたんだ。君の瞳は美しい。でも…でもね、ないんだ。そこに“明るさ”ってやつが。ガーディアンの時も、学校にいる時も。

  何も天真爛漫なものを期待してるんじゃない。誰しも持ってる“明るさ”だよ。本心だろうが、リップサービスだろうが。

  シレーナ。君の瞳にはそれがない。

  まるで…そう、例えるなら“深海”」


 外していた人差し指が、引き金にかけられる。



 その時だった。


 貴也には、また視えたのだ。

 彼女の群青の瞳を走る、無数の傷が。

 あのショッピングセンターと同じ、優しさと狂気を併せ持った不思議な瞳。


 恐らく、彼女は撃たない。

 あの時と同じように、そんな気が貴也にはした。

 でも…ならば、この狂気は何なのだろうか。


 「なあ、教えてくれよ。君は一体どこで、何を視てきたんだ」

 

 それでもシレーナは答えない。


 「シレーナ」


 口を半開きにして。


 「シレーナ?」

 

 否。答えたくても、今は別の事に集中していた。


 今、シレーナに見えている貴也は、形が()だ。

 三原色と断片的な写真で構成された視界。

 頭が失敗した飴細工のように曲がり、額を真っ黄色なモノが流れ込んでいる。


 そして、叫ぶのだ。

 頭の中で、誰かが。



 サア、コロセ。オマエハ、ソノタメニ、イカサレテイルノダ。

 

 オマエハ、オサエラレナイハズダ。


 ナゼナラ、オレタチガ、イタミヲワスレサセテアゲタカラ。


 ダイジョウブ。ハズサナイ。


 ソレモ、オレタチト、アイツラガ、オシエテクレタダロ?


 オマエハ、モウバケモノナンダ。ナラ、バケモノハ、バケモノラシク、イカサレロ。


 

 ああ、そうだな。

 ワタシハバケモノ。


 だからコロシタイ。

 だからチガミタイ。


 それでもコロセナイ。

 なぜだかハズシタイ。


 アアイラツク。



 「シレーナ?」

 貴也の一言で、全ての神経が一転に回帰し、引き金から反射的に指をどけた。

 「どうしたんだ?」


 そこにいた貴也は、間違いなく彼だ。

 黄色は消えていたが。


 「あ、ああ。悪い」


 彼女は銃を仕舞うと、メガネを胸ポケットから取り出し、ハンドルを握った。

 「少しやりすぎた。忘れて」

 大きく息を吐くと、車を元の車道へと戻した。


 「シレーナ、君はいつもこんなことをしているのか?」

 「たまたまよ。少し疲れていただけ…謝るわ」 

 「そっか…」


 彼女は疲れたような口調で、端的に言い放つ。

 さっきの威勢が嘘のように。

 貴也も、今になって恐怖が流砂のように心の中へ落ち始める。

 シレーナを回避するのは簡単だ。口を利かなければいい。

 でも、彼は答えを聞いていない。


 「あのさ、シレーナ。さっきの――」

 「タカヤ。悪いけど、少し黙ってて」 

 

 それ以上、彼女は口を開こうとはしなかった。

 でも、心の声だけは、彼も聞こえなかった…聞こえるはずは無かった。


 (至極普通の学生生活…か。貴也、それが君の幸運の正体さ。それは私が、この眼と痛覚を対価にしても絶対に手に入れることができなかった、極上の嗜好品なのだから…)


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