19 「連続児童暴行事件」
PM4:21
中央区 十文字館学園
この学校も、一日のカリキュラムが終わり放課後のお時間。
一日の学生の義務から解放される悦びは格別。
そう、この2人…は、また別であるが。
脱兎のごとく、学校の地下駐車場を飛び出したワインレッドのケンメリGTRには、シレーナと貴也の姿があった。
独特の重低音エンジンを響かせ、ビンテージカーが夕暮れの街中を疾走していく。
これから彼らが向かうは、殺された兄妹が通っていた学校。
「なあ、シレーナ」
「なに?」
「昨日から君たちが言ってる過去の事件って、連続児童暴行事件の事かい?」
ハンドルを握るシレーナに質問を、恐る恐る投げつける貴也。
「ええ、そうよ。褒めてほしい?」
「いや…そういう訳じゃ…」
予想していない返しに困惑するも、シレーナは微笑、というより嘲笑。
「M班の一員になったのよ。それくらいの情報、入れておきなさい」
「だったら、横で共有しろよ! 俺にも分かるようにさ!」
「タカヤ、これはね“マイアミ・バイス”じゃないの。クールに、つい先週の話を振り返ってる時間があれば、その分、犯人を追いつめる有力な情報を共有する方が先決ってものよ。
だからM班は、ガーディアンの領域のみならず、警察事案には常にアンテナを張っておくの。過去の事案と関連する事件が回ってきたときに、ある程度、概要を把握しておけるように。
まあ、新入りにそんなこと言っても、って話よね…どこまで調べた?」
シレーナが視線を前に据えたまま聞くと
「最初のケースは、3か月前の1月12日、午後3時50分ごろ」
「いいわよ。場所は」
「ケルヒン区百華の住宅街にある児童公園で、被害に遭ったのは私立小学校に通う2年生の男子児童。当初は公園の階段から転落した事故と見られてはいたけど、男の子からの証言で、誰かに突き落とされたことが判明。一応、事件と事故の両方で捜査していたけど――」
説明にシレーナが乱入。
「約2週間後、同じケルヒン区の衣川地区で同様の事件が起きた。被害者は、私立小学校に通う3年生の女子児童。手口は前回同様、階段から突き落とすといったもの。
すぐにケルヒン分署は、ワルタナから百華、衣川にかけての北百合線沿線の住宅街に、非常警戒網を張って対応。子供は車での送迎か集団下校、地域有志の防犯パトロールが昼夜見回った」
「それでも、第三、第四と事件は起きた。それも、東区やグルナ区と、シティ北西部に範囲を広げ、犯行も過激になりながら…今回の前に起きたのは、3月29日のケースだったな。頭から数えて8件目」
車が赤信号で停車し、眼前の横断歩道を、小学生の集団がランドセルを揺らしながら、ワイワイと流れていく。
「トークンモール・コデッサから公立小学校に通う3年の男子生徒が連れ去られ、3時間後、隣接する東区の英欧橋電気街で発見された。顔と腹部に激しい暴行を加えられた痕跡があったことから、2日後公立コデッサ高等学園、コデッサ中学校と英欧橋高等学園のガーディアンが合同捜査を実施。でも、確たる物証は得られず、被害を受けた児童も、暴行を受けたショックで前後の記憶が喪失。これ以上の捜査は、学生捜査官の領域では無理と、市警本部に捜査権を返上したのよ」
「そして、今回の事件…シレーナが、この兄妹殺しと、連続児童暴行事件が関連するって考える根拠は何だい?」
「3つある」
青信号。
赤いケンメリが走り出す。
「真っ先に挙げられるのは年齢。これまでのケースを並べると、被害を受けた子供は全員12歳以下」
「小学校6年生、大きくて中学1年までか」
「次に暴行事案ってとこね。4件目から現在に至るまで、犯人は被害児童に激しい暴行を加えている。でも、私が最も気になるのが3つ目よ」
「ん?」
また、赤信号に引っかかる。
交差点を、せわしく車列が泳いでいく中で――。
「性別、現場、時刻等にばらつきはあったものの、被害を受けた子供たちには、ある共通項があったの。それは、比較的裕福な家庭環境にあったってこと。一流と呼ばれる企業に勤める両親、立派な住まいに車、衣服に旅行…」
「確かに、最初の被害者は私立小学校だったからね。高等学園ならまだしも、小学校から私立ともなればなぁ…“坊ちゃん・嬢ちゃん連続暴行事件”。か」
「いいわね。TIME誌にでも載せたいくらいに…」
しかし、ハンドルを握っておどけたシレーナに、貴也は。
「ただ、シレーナ。君の言う共通項に関して、最後だけ疑問が残るんだよ。もし、犯人が裕福な子を狙って犯行をしでかしたのなら、事件全体に矛盾が起きるぜ」
「そうなのよね。実は――」
丁度。
シレーナのケータイが唸り声をあげた。
センターコンソールに置かれたワイヤレスイヤホンを取りあげ、右耳に取りつけながらボタンを押した。
「シレーナ」
――地井です。
「ちょっと待って」
おっとりとしていない、探偵モードの彼女の声を聞いた途端、シレーナはハザードを出しながら減速。路肩に停車すると、ブレザーからスマートフォンを取り出して画面をタップ。拡声モードに。
「いいわ」
――シレーナの指示通り、私なりにプロファイリングしてみたんだけど、その前にお知らせ。
「ん?」
――さっき、イナミさんから連絡があって、現場の倉庫から、従業員のものとは異なる2つのゲソ痕が見つかったそうよ。その1つは、ペンキが撒かれた中の血だまりに。
「そうか。ペンキを撒いたのは、ゲソ痕を隠滅するため」
そう貴也が言うと
――ゲソ痕の1つは、連続児童暴行事件の、3つの現場で採取されたものと一致したそうよ。
その言葉に、表情を変えずシレーナの心は躍った。
この事件はやはり、連中の仕業。そして、最初のコロシ…。
「視野を広げる必要が出てきたわね。連続児童暴行事件にまで」
――だから急遽、その事件全体でプロファイリングしたわ。
先ず言えるのは、犯人は複数で最低でも2名、男女が少なくとも1名ずつ、互いが密に連携を取れている人物であること。これは、犯行後の証拠隠滅の正確さや手早さから見て取れる。
「恋人同士か、何らかの友人関係にあるのか、それとも――」
「家族」
貴也は驚愕した。
殺された相手が家族であることは第三者から見ても確実普遍、そして、殺した側も家族。
そんな因果があっていいものか。
――それは何とも言えないわね。恐らく片方は冷静沈着で大人びている。もう一方は衝動的で怒りっぽい。ただ、遺体の状態からして、2人は犯行時、ある種の“興奮”を感じていたんだと思う。
「興奮…となると、犯人は愉快的?」
――というより、欲求不満の発散…そんな気がするの。ただ、前回のリッカー53の様な病理性は、今のところ見受けられない。
「欲求が満たされたことによる興奮、か」
――2人には共通した不満があり、それを発散するために今回の連続暴行事件を引き起こした。
最初は階段から突き落としたりと、小さな悪戯程度のものだったけど、それだけでは段々満足できず、暴行、誘拐、そして殺人。
「でも、その欲求不満って、一体何なんでしょうね?」
「裕福な子を多く狙ってることからして、身分とか貧困…と、私は勝手に推察していたけど、それに関してはタカヤが異を唱えていたからね」
彼女はそう言いながら、手にしていたスマートフォンを貴也へと放る。
「おっと」
両手でキャッチしたのを確認。ハザードをしまうと、アクセルを踏み車線へ戻っていった。
走行中の車内で、スマートフォン越しに、貴也は地井に、自分の疑問をぶつける。
「あ、貴也です。確かに、狙われた子たちの家庭は、一般的なそれと比べると、比較的裕福でした。
でも…それは全てじゃない。例えば、一番新しい、トークンモールで起きたケースでは、被害児童は公立小学校に通学していたし、両親とも高学歴だとか、一流企業に勤めているとか特別な家庭ではありませんでした。そんな事例が全部の事例8件中、3件」
――よく調べたわね。そう、私もそこは気になっているのよ。
トークンモールの件に関しても、調書や現場写真を改めて見たんだけど、暴行を受けた子の服装も、安価なメーカー商品だし、乗りつけた家族の車は、此の国では比較的安価に流通しているヒュンダイ製。
残り2件に関しても、同じだったわ。
もし犯人が、裕福な家庭の子をターゲットにしていたのなら、この3件のケースには矛盾が生じてくる。かといって無差別に子供を狙ったとは思えない。
運転しながら、シレーナは聞く。
「今回の犯人の矛先は、裕福な家庭や、高い地位の親という訳ではない」
――少なくとも、主な目的ではないはずよ。
「他には?」
――バイクもしくは自動車を所持し、犯行が起きた区の地理に詳しい。特にゼアミ地区は。それから、死亡した兄妹の遺体から、恐らく犯人は2人とも10代中盤から後半にかけて。
「そう言える根拠は?」
――サンドラに頼んで、兄妹の死体検案書を再度見せてもらったの。兄の方は顔面に残された圧迫性表皮剥脱…つまり、殴られた時の圧迫痕ね。それが、比較的小さかったの。
現場にある物で彼を殴打した痕跡がないことからして、考えられるのは、人の拳で顔面を殴打した時に付く傷。でも、威力から男性であることは想像できるんだけど、成人のものより若干小さい。
「殴ったのは、被害者と相応ない学生。体の発達を考えると、高校1年未満ってところか…で、妹の方も彼が?」
――違うかもしれない。妹の方の死因は、知っての通り首を絞められたことによる窒息死。正確に言えば扼死。
「確か、絞め殺されたんだっけ?」
と貴也。
「そう。検死において、扼死は時に縊死―ロープやタオルなどによって絞め殺されたように見えるから、それと間違えられることも、しばしばあるみたいだけど」
――流石ね、シレーナちゃん。圧迫痕を見てみると、首の前と左右に、暗紫赤色の死斑はあったものの、項部にはそれがなかった。拇指や三日月状の圧迫痕がなかったことから、犯人は羽交い絞めにして、女の子を殺したことになる。でも、その死斑が比較的細いのよ。
「つまり、首を絞めたのは男性の腕じゃない…」
――私は、そう見てるし、念のためハフシちゃんにも意見を求めたら、十中八九って。
貴也はここで、理解した。
だから地井は最初に、犯人は“男女”と言ったんだと。
――分かるのは、これくらいかな?
「ありがとう。そろそろ時間かしら?」
――そうだね。もうそろそろ、探偵家業の看板はクローズドにするつもりだよぉ。
彼女に、いつもの口調が戻り始めたところで
「じゃあ、頑張ってね」
――はぁい。
イヤホンマイクを取り外して、センターコンソールへ。
車内には再び、エンジン音が大きく主張してきた。
「犯人は男女…」
「さしずめ、ボニーとクライドって感じかな」
彼の比喩に何も答えず、シレーナは車を減速。大通りを曲がり、住宅街を走る道路へと入っていく。
夕陽が朱く照らす道を、ただ前に。
――と記したが、1つ嘘がある。シレーナは比喩に、消え入りそうな独り言で答えていた。
「もし同じ終わり方をするのなら、号砲を鳴らすのは……」
届かなかった。そして消えていった。
スマイルとして覗かせた“顔”が。




