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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile2 狂へる遊戯 ~Strawberry Fields Forever~
74/129

19 「連続児童暴行事件」


 PM4:21

 中央区 十文字館学園



 この学校も、一日のカリキュラムが終わり放課後のお時間。

 一日の学生の義務から解放される悦びは格別。

 そう、この2人…は、また別であるが。


 脱兎のごとく、学校の地下駐車場を飛び出したワインレッドのケンメリGTRには、シレーナと貴也の姿があった。

 独特の重低音エンジンを響かせ、ビンテージカーが夕暮れの街中を疾走していく。

 これから彼らが向かうは、殺された兄妹が通っていた学校。


 「なあ、シレーナ」

 「なに?」

 「昨日から君たちが言ってる過去の事件って、連続児童暴行事件の事かい?」


 ハンドルを握るシレーナに質問を、恐る恐る投げつける貴也。


 「ええ、そうよ。褒めてほしい?」

 「いや…そういう訳じゃ…」


 予想していない返しに困惑するも、シレーナは微笑、というより嘲笑。


 「M班の一員になったのよ。それくらいの情報、入れておきなさい」

 「だったら、横で共有しろよ! 俺にも分かるようにさ!」

 「タカヤ、これはね“マイアミ・バイス”じゃないの。クールに、つい先週の話を振り返ってる時間があれば、その分、犯人を追いつめる有力な情報を共有する方が先決ってものよ。

  だからM班は、ガーディアンの領域のみならず、警察事案には常にアンテナを張っておくの。過去の事案と関連する事件が回ってきたときに、ある程度、概要を把握しておけるように。

  まあ、新入りにそんなこと言っても、って話よね…どこまで調べた?」


 シレーナが視線を前に据えたまま聞くと

 

 「最初のケースは、3か月前の1月12日、午後3時50分ごろ」

 「いいわよ。場所は」

 「ケルヒン区百華の住宅街にある児童公園で、被害に遭ったのは私立小学校に通う2年生の男子児童。当初は公園の階段から転落した事故と見られてはいたけど、男の子からの証言で、誰かに突き落とされたことが判明。一応、事件と事故の両方で捜査していたけど――」


 説明にシレーナが乱入。


 「約2週間後、同じケルヒン区の衣川地区で同様の事件が起きた。被害者は、私立小学校に通う3年生の女子児童。手口は前回同様、階段から突き落とすといったもの。

  すぐにケルヒン分署は、ワルタナから百華、衣川にかけての北百合線沿線の住宅街に、非常警戒網を張って対応。子供は車での送迎か集団下校、地域有志の防犯パトロールが昼夜見回った」


 「それでも、第三、第四と事件は起きた。それも、東区やグルナ区と、シティ北西部に範囲を広げ、犯行も過激になりながら…今回の前に起きたのは、3月29日のケースだったな。頭から数えて8件目」

 

 車が赤信号で停車し、眼前の横断歩道を、小学生の集団がランドセルを揺らしながら、ワイワイと流れていく。


 「トークンモール・コデッサから公立小学校に通う3年の男子生徒が連れ去られ、3時間後、隣接する東区の英欧橋電気街で発見された。顔と腹部に激しい暴行を加えられた痕跡があったことから、2日後公立コデッサ高等学園、コデッサ中学校と英欧橋高等学園のガーディアンが合同捜査を実施。でも、確たる物証は得られず、被害を受けた児童も、暴行を受けたショックで前後の記憶が喪失。これ以上の捜査は、学生捜査官の領域では無理と、市警本部に捜査権を返上したのよ」


 「そして、今回の事件…シレーナが、この兄妹殺しと、連続児童暴行事件が関連するって考える根拠は何だい?」

 「3つある」 


 青信号。

 赤いケンメリが走り出す。


 「真っ先に挙げられるのは年齢。これまでのケースを並べると、被害を受けた子供は全員12歳以下」

 「小学校6年生、大きくて中学1年までか」

 「次に暴行事案ってとこね。4件目から現在に至るまで、犯人は被害児童に激しい暴行を加えている。でも、私が最も気になるのが3つ目よ」

 「ん?」


 また、赤信号に引っかかる。

 交差点を、せわしく車列が泳いでいく中で――。


 「性別、現場、時刻等にばらつきはあったものの、被害を受けた子供たちには、ある共通項があったの。それは、比較的裕福な家庭環境にあったってこと。一流と呼ばれる企業に勤める両親、立派な住まいに車、衣服に旅行…」

 「確かに、最初の被害者は私立小学校だったからね。高等学園ならまだしも、小学校から私立ともなればなぁ…“坊ちゃん・嬢ちゃん連続暴行事件”。か」

 「いいわね。TIME誌にでも載せたいくらいに…」

 

 しかし、ハンドルを握っておどけたシレーナに、貴也は。

 「ただ、シレーナ。君の言う共通項に関して、最後だけ疑問が残るんだよ。もし、犯人が裕福な子を狙って犯行をしでかしたのなら、事件全体に矛盾が起きるぜ」

 「そうなのよね。実は――」


 丁度。

 シレーナのケータイが唸り声をあげた。

 センターコンソールに置かれたワイヤレスイヤホンを取りあげ、右耳に取りつけながらボタンを押した。

 「シレーナ」

 ――地井です。

 「ちょっと待って」 


 おっとりとしていない、探偵モードの彼女の声を聞いた途端、シレーナはハザードを出しながら減速。路肩に停車すると、ブレザーからスマートフォンを取り出して画面をタップ。拡声モードに。


 「いいわ」

 ――シレーナの指示通り、私なりにプロファイリングしてみたんだけど、その前にお知らせ。

 「ん?」

 ――さっき、イナミさんから連絡があって、現場の倉庫から、従業員のものとは異なる2つのゲソ痕が見つかったそうよ。その1つは、ペンキが撒かれた中の血だまりに。

 「そうか。ペンキを撒いたのは、ゲソ痕を隠滅するため」


 そう貴也が言うと


 ――ゲソ痕の1つは、連続児童暴行事件の、3つの現場で採取されたものと一致したそうよ。


 その言葉に、表情を変えずシレーナの心は躍った。

 この事件はやはり、連中の仕業。そして、最初のコロシ…。


 「視野を広げる必要が出てきたわね。連続児童暴行事件にまで」

 ――だから急遽、その事件全体でプロファイリングしたわ。

   先ず言えるのは、犯人は複数で最低でも2名、男女が少なくとも1名ずつ、互いが密に連携を取れている人物であること。これは、犯行後の証拠隠滅の正確さや手早さから見て取れる。


 「恋人同士か、何らかの友人関係にあるのか、それとも――」

 「家族」


 貴也は驚愕した。

 殺された相手が家族であることは第三者から見ても確実普遍、そして、殺した側も家族。

 そんな因果があっていいものか。


 ――それは何とも言えないわね。恐らく片方は冷静沈着で大人びている。もう一方は衝動的で怒りっぽい。ただ、遺体の状態からして、2人は犯行時、ある種の“興奮”を感じていたんだと思う。

 「興奮…となると、犯人は愉快的?」

 ――というより、欲求不満の発散…そんな気がするの。ただ、前回のリッカー53の様な病理性は、今のところ見受けられない。

 「欲求が満たされたことによる興奮、か」

 ――2人には共通した不満があり、それを発散するために今回の連続暴行事件を引き起こした。

  最初は階段から突き落としたりと、小さな悪戯程度のものだったけど、それだけでは段々満足できず、暴行、誘拐、そして殺人。


 「でも、その欲求不満って、一体何なんでしょうね?」

 「裕福な子を多く狙ってることからして、身分とか貧困…と、私は勝手に推察していたけど、それに関してはタカヤが異を唱えていたからね」


 彼女はそう言いながら、手にしていたスマートフォンを貴也へと放る。

 「おっと」

 両手でキャッチしたのを確認。ハザードをしまうと、アクセルを踏み車線へ戻っていった。

 走行中の車内で、スマートフォン越しに、貴也は地井に、自分の疑問をぶつける。


 「あ、貴也です。確かに、狙われた子たちの家庭は、一般的なそれと比べると、比較的裕福でした。

  でも…それは全てじゃない。例えば、一番新しい、トークンモールで起きたケースでは、被害児童は公立小学校に通学していたし、両親とも高学歴だとか、一流企業に勤めているとか特別な家庭ではありませんでした。そんな事例が全部の事例8件中、3件」

 ――よく調べたわね。そう、私もそこは気になっているのよ。

  トークンモールの件に関しても、調書や現場写真を改めて見たんだけど、暴行を受けた子の服装も、安価なメーカー商品だし、乗りつけた家族の車は、此の国では比較的安価に流通しているヒュンダイ製。

  残り2件に関しても、同じだったわ。

  もし犯人が、裕福な家庭の子をターゲットにしていたのなら、この3件のケースには矛盾が生じてくる。かといって無差別に子供を狙ったとは思えない。

 

 運転しながら、シレーナは聞く。


 「今回の犯人の矛先は、裕福な家庭や、高い地位の親という訳ではない」

 ――少なくとも、主な目的ではないはずよ。

 「他には?」

 ――バイクもしくは自動車を所持し、犯行が起きた区の地理に詳しい。特にゼアミ地区は。それから、死亡した兄妹の遺体から、恐らく犯人は2人とも10代中盤から後半にかけて。

 「そう言える根拠は?」

 ――サンドラに頼んで、兄妹の死体検案書を再度見せてもらったの。兄の方は顔面に残された圧迫性表皮剥脱…つまり、殴られた時の圧迫痕ね。それが、比較的小さかったの。

  現場にある物で彼を殴打した痕跡がないことからして、考えられるのは、人の拳で顔面を殴打した時に付く傷。でも、威力から男性であることは想像できるんだけど、成人のものより若干小さい。


 「殴ったのは、被害者と相応ない学生。体の発達を考えると、高校1年未満ってところか…で、妹の方も彼が?」

 ――違うかもしれない。妹の方の死因は、知っての通り首を絞められたことによる窒息死。正確に言えば扼死。


 「確か、絞め殺されたんだっけ?」

 と貴也。

 「そう。検死において、扼死は時に縊死(いし)―ロープやタオルなどによって絞め殺されたように見えるから、それと間違えられることも、しばしばあるみたいだけど」

 

 ――流石ね、シレーナちゃん。圧迫痕を見てみると、首の前と左右に、暗紫赤色の死斑はあったものの、項部にはそれがなかった。拇指(ぼし)や三日月状の圧迫痕がなかったことから、犯人は羽交い絞めにして、女の子を殺したことになる。でも、その死斑が比較的細いのよ。

 「つまり、首を絞めたのは男性の腕じゃない…」

 ――私は、そう見てるし、念のためハフシちゃんにも意見を求めたら、十中八九って。


 貴也はここで、理解した。

 だから地井は最初に、犯人は“男女”と言ったんだと。


 ――分かるのは、これくらいかな?

 「ありがとう。そろそろ時間かしら?」

 ――そうだね。もうそろそろ、探偵家業の看板はクローズドにするつもりだよぉ。


 彼女に、いつもの口調が戻り始めたところで


 「じゃあ、頑張ってね」

 ――はぁい。


 イヤホンマイクを取り外して、センターコンソールへ。

 車内には再び、エンジン音が大きく主張してきた。

 

 「犯人は男女…」

 「さしずめ、ボニーとクライドって感じかな」

 

 彼の比喩に何も答えず、シレーナは車を減速。大通りを曲がり、住宅街を走る道路へと入っていく。

 夕陽が朱く照らす道を、ただ前に。




 ――と記したが、1つ嘘がある。シレーナは比喩に、消え入りそうな独り言で答えていた。

 「もし同じ終わり方をするのなら、号砲を鳴らすのは……」

 届かなかった。そして消えていった。

  

 スマイルとして覗かせた“顔”が。


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