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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile2 狂へる遊戯 ~Strawberry Fields Forever~
73/129

18 「放課後、ボックス、2人の少女」

 挿絵(By みてみん) 


 PM4:00

 グルナ区 聖トラファルガー医科大学付属学園



 小高い丘から顔を覗かせる、中世ヨーロッパ風の白い鐘楼は、この街の劇的な移り変わりを、特等席から見させられ続けているようで。

 1時間ごとに刻む重複した鐘の音は、都会のオアシスを揺さぶる。そして、足元を幾つのも人生と会話が交差する。


 グルナ地区は、グランツの中でも高級志向が高いエリア。住宅街のみならず、通りに面する店舗1つとっても、その言葉が大袈裟ではない事を示している。

 特にGLR―グランツ環状鉄道 グルナ駅から南に伸びるメインストリートには、各国の名だたるメーカーが洒落た店を構え、街路樹しげるサイドウォークにテラスが並び、カフェから挽きたて珈琲の香りがストリートに向けて流れていく。



 そんな区の真ん中。丘陵部に門戸を構えるのが、此の国でも五本の指に入る医学力を持つ、私立聖トラファルガー医科大学。

 その近代的なキャンパスに隣接する、フランスの古城を連想させる外観の建物こそ、医科大学付属学園。現在ハフシやサンドラが通っている学園である。

 医大付属には珍しいエスカレーター方式を採用しているとあって、全国から医学部志望の学生が多く集まってくる名門学園でもある。

 余談ではあるが、2人とも成績は全国平均よりやや高い“らしい”ものの、下の上である。


 校舎2階、東側の端っこにあるのがガーディアンのボックス。


 医大旧校舎時代は資料庫として使用されていたらしく、部屋は仕切りをしていても、空間の3割は余ってしまう程、厭に広い。 

 外観と比較して―あるいは、HRクラスから美術室まで、あらゆる教室と比べて―質素な佇まいのボックスで、心は錦と言わんばかりに、リプトンのパックティーを傾ける、カトリック礼装風の黒と白の制服を纏った少女。



 「確かに。昨日の事件は、私たちが捜査するに相当な事件ね。それで、この事件がハフシのお友達でなく、私たちに回ってきたのには、何か理由があるのかしら?」


 そう言って、手元の薄い用紙を持ち上げる。


 少女の向かい。棚に背を伸ばして最上段の資料を漁るのが、おなじみナースメイド姿のハフシ・マリアンヌ・エクレアーノ。


 彼女はM班との兼業をしている。と言っても、正式にガーディアンの籍を置いているのは、この医大付属であるが。医大付属という関係上、他校ボックスから警察分署まで、捜査に医学的知見を求める、多くの警察機関から御呼ばれがかかるのが、ココの特徴。

 今日は、どこからも声が掛かってはいないが、他のメンバーは法医学の特別補講のため席を空けているため、ボックスには2人しかいない。


 「そうだね。理由があるとすれば、別の事件で手一杯。まあ、そんなところだよ」

 「あらら、残念」

 「それにだよ、サナエ。最初に現場に呼ばれたのはボクたちで、友達は通りかかっただけ。ならば、付属のガーディアンが捜査するのが当然だろ…っと」


 手の上に積み上げた資料を、バランスよく、傍の机に下ろす。

 それと真逆に、少女は立ち上がった。

 革靴が動くたび、木製の床が反射的な鈍い音を響かせる。


 「愛と正義と平和は、手術してもすぐ傷が開く」

 「誰の言葉だい? ハイデガー? それとも、ショーペンハウアー?」


 少女は微笑みながら、空になったパックを、スナップを効かせた右手からゆっくりと放った。

 立方体のそいつは、放物線を描きながら円筒の内側へと吸い込まれていく。


 「朝倉(あさくら)()()()名語録集から抜粋」

 「それって、キミの言葉じゃないか」

 「うん。そうとも言う」

 

 こう言った黒髪ポニーテール少女。ハフシの同級生でガーディアン仲間の朝倉沙奈江。

 医大付属のガーディアンのほとんどが普通科所属の生徒が多い中で、医学部編入重視の特別専攻科から出向している変わり者。

 だが、勉強ができるからと言って、先のエミリアの如く威張るのではなく、このように角が少なく垢抜けたフレンドリーな女の子だ。


 「まっ、先輩方の引退も近いし、上に申し立て奉る必要もないか。ハフシ、嬰児の血液型はどうだったっかしら?」

 「所見によるとA型だ」

 「じゃあ、両方がA以外で、親の血液型の組み合わせは…AとAB、AとO」

 「それにOとABも、A型とB型が半々の割合で生まれてくる」


 沙奈江はゆっくりと、ハフシの座る席に歩み寄る。

 背後に立つと、両肩を持って上から覗き込む。彼女のクセだ。

 肩に来る重量と衝撃にも動じず―というより慣れている―に、ハフシは黙々と、擦れたページをめくっていく。


 「でも問題は、その親がどこの誰かってのを…って、何を調べてるの?」

 「ん? 嬰児から常染色体劣性病が検出されたのは、知ってるよね?」


 「最初は、何かの冗談だと思ったわ。エドワーズ症候群ですら図書館の本でしか見たことないってのに、それをすっ飛ばして、この遺伝子疾患…成程ね。ハフシは、これが初めての出産じゃないって考えてるんだ」


 「そう。一回の妊娠で異常な染色体が、これほど顕著に胎児に宿る可能性は少ないと、ボクは見る。だとすれば、これが初めての出産ではないはずだし、ましてや、片親が近親者で母体が十代ならば、専門の医療機関から、しかるべきところに連絡が入ってるハズ。母親一人での出産だって、病院側は必ず保護者に連絡を取るからね」


 「もしハフシの予想が当たっているならば、嬰児の母親は、長期間にわたって虐待を受けている可能性があるわね」


 「そう。母体を特定し、DNA鑑定をして、そこに、嬰児と同じ原因遺伝子を発見することができれば、その子を即時保護もできる」


 それを聞きながら、ハフシは心の中で脱帽していた。

 沙奈江は、シレーナ達が出した答えを、短時間で導き出したのだ。

 医学部専攻の頭脳は伊達じゃないぜェ!

 そんなナレーションをつけたいほどに。


 「それで、紙の資料をひっくり返してるって訳ね」

 「ガーディアンのデータベースで虐待事案を調べても、大半が身体的暴力かネグレクトだからね。それ以外なら、ウチが独自でまとめた資料の方が強い」

 眼帯の彼女は、黙々とページをめくっていた。

 「でも、1人より2人の方が早いわよ。検索ワードは?」

 「ひとまず、3年前までさかのぼってくれないか。検索をかけるのは、嬰児遺棄事件で未解決のもの。もしくは嬰児に、遺伝性の病気がみられたもの」

 「了解」


 沙奈江もまた、くるりと回れ右。

 指で資料の背表紙を追い始めるのだった。



 と、ここで彼女たちが調べている間に、児童虐待の種類について、ざっと話しておこう。

 児童虐待は大きく4つに分類され、これらが重複するケースも存在する。

 先ず我々が容易に想像でき、また被害として一番多いのが身体的虐待。いわゆる殴る蹴るの暴力である。

 次に心理的虐待。暴言や極端な差別―家族内で仲間外れにする―等の、こころの暴力を主とする虐待である。

 三つ目が、今回ハフシ達が疑っている性的虐待。一番に挙げられるのは性交渉の強要であるが、それ以外にも、アダルトな本やビデオを子供の持ち物に混ぜる等、性的刺激を子供に見せる行為も虐待なのだ。

 最後が育児放棄―ネグレクト。文字通り、食事を与えない、風呂に入らせない等の養育放棄を指す。日本では、2010年に大阪で幼児餓死事件が発生。この“ネグレクト”が大きな社会問題となったことは、読者の記憶にも新しいところだろう。

 このような虐待が発覚した場合、通告を受けた公的機関は、まず子供の安全確認を行い、その後の対応を判断する事になっている。しかし日本では、通告を受けた子供が養護施設等、家族と離れて暮らしている割合は約1割。これを良しとするか否かは、安易に出せる答えではない。

 ただ、公的機関の迅速な対応や、虐待再発防止マニュアルの制定を急いでも、子供の心身に付いた深く大きい傷は、紛れもない現実なのだ。

 ――さて、沙奈江が何かを見つけたようだ。ストーリーに戻ろう。



 「これ…どうだろう?」

 沙奈江が手を伸ばして差し出した資料を、ハフシがページをめくって眺める。


 「今から1年前のケースよ。10月18日、国鉄アラヤド駅近くの繁華街で、ポリバケツに遺棄された嬰児の遺体が発見されてるわ。深夜遅くから早朝にかけて遺棄されたらしく、目撃情報他、有力な手がかりがないまま、事件はお蔵入りに」

 「ここの南側と隣接している区だな」

 「環状鉄道ですぐに行ける距離よ。それに備考欄によると、嬰児には左足から膝にかけての骨に異常が見受けられたそうよ。遺伝性の病気ではないけれど、ハフシの出した条件に近いわね」

 「だな。こっちも見つけたよ。2年前のケースだけどね」


 お返しに、今度はハフシが背伸びして資料を差し出す。


 「7月29日、東区北部にある、涙目運河親水公園に生後間もない嬰児が遺棄されていた事件。遺体はスーパーのレジ袋に入れられていて、すぐに該当するスーパーを捜索するも手掛かりなし。防犯カメラの死角を移動して遺棄したらしく、事件当時の映像もなし。ただ、現場にあった靴のサイズから、遺棄したのは10代後半の女性であることは確か。でも、捜査は進展せず事件は迷宮入り」

 「公園への遺棄に、カメラの死角、10代後半の犯行…今回の事件に類似していますね。模倣したかあるいは…」

 「兎に角、調べてみよう。サンドラに御使いを命じたから、生憎と車は無い。環状鉄道でアラヤド区に移動しよう」


 そうハフシが立ち上がった時、机上のスマートフォンが音を立てて体を震わせ始めた。

 画面には、噂をすれば…な御方。


 「サンドラか」

 ――先輩、グランツ第四公園の防犯カメラの最大解析が、たった今終わったッス。

 「そうか。で、どうだった?」


 というのも、サンドラは今、市警本部の科捜研にいたのだ。画質の荒さ故、科警研から科捜研へと回された防犯カメラ映像の解析、これを確認するために。ゼアミの児童殺害事件―シレーナが調べている事件―を最優先にしていたため、こちらの解析が後となっていた。


 ――嬰児の母親と思しき人物ですが、骨格等をスキャンした結果、10代後半の思春期女性である可能性が、89%の高確率ではじき出されたッス。服装は白の七分丈ワンピース。髪は長めのクリーム色。現時点で分かるのは、それだけッス。


 「車は?」

 ――紺色のダットサン ブルーバード。ナンバーは感光がきつくて、下三桁と最初の数字二桁が読めないんッスけど、下の最初の英数は「J71」ッスね。


 「サンドラ。そのナンバーと車種で検索をかけて。車の持ち主さえ判れば、この事件の突破口を開ける。

  私とサナエは、今からアラヤド区に行ってくる。類似した事件を見つけたからね」


 ――了解ッス!



 電話を切ると、ハフシはナースメイドの裾を整えて立ち上がった。

 「その服、面倒じゃない? それに、学園でそんなの着てるの貴女だけじゃない」

 簡素な制服の沙奈江は、既に立ち上がり、ハフシの方を見て嫌味の一つを飛ばす。


 「いいんだよ。この服はボクのトレードマークだし、ラッキーアイテムでもあるのさ」


 と、無垢な乙女のようにその場で回ると、眼帯をしていない方の片目で、沙奈江にウィンクを飛ばして見せるハフシだった。


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