15 「捜査会議」
少しばかり時を戻して…
現地時間 PM9:02
グランツシティ スイートクロウ地下 箱庭
「さあて。夜も頃合い。捜査会議としゃれ込みますか」
地下のハイテク空間で、机に座ったメンバーたちを見回してシレーナが高らかに言った…直後。
ガチャン…。
「遅れちゃったかい?」
聞きなれた女性の声。そのはずなのに、貴也は動揺を隠せなかった。
無理はない。
この秘密基地には、彼らが入ってきた方の反対側にも扉があったからだ。
しかし、こちらは自動と言う訳ではないようで、年季の入った手回し式のドアノブ付き。
そこから現れたのは、ナースメイド服を身にまとったハフシ。
「いいえ。これからよ」
「よかった。丁度、病院にタクシーが来ててね。無理言って飛ばしてもらったんだよ」
「もしかして、青い行燈のランエボかい?」
シレーナが聞くと、ハフシは口元をゆるめてウィンクを飛ばした。
その言葉で、彼女の言う“タクシー”が何を指しているのかを、貴也は察した。否、察することが出来なければ、ここにいる資格はない。
「さて、メンバーがすべて揃ったところで…この際自己紹介は後回し。早速だけど、報告を」
先ずは、ラオが。
「目撃者なのですが、周辺の住民に聞きこんではみたのですが、誰も怪しい物音や声は聞いていないそうです」
「そう…」
「ただ、オートバイの爆音を聞いたという声は幾つか。どうやら改造した車両かと」
「もしかして、犯人は暴走族か、ワンパーセンター?」
そう声を上げた貴也を、シレーナは横目で見上げた。
「尚早な結論は、捜査に要らない。自重しなさい」
「はい…」
「防犯カメラの線は、どう?」
「ゼアミ分署の捜査本部が、事件現場及び、事故現場から半径二キロ圏内の防犯カメラ映像を回収。現在、市警本部科捜研に映像を回して、解析させているとのことです」
「今のところ、情報の解析待ちか…被害者の情報は?」
次いで、メルビンの報告。
「はい。えー、グランツ短期大学付属学園小学部5年B組 ジャック・リー。その妹で同小学部1年A組 カロン・リー。既に両親及び学校側の確認を取りました」
「死因は?」
すると、ハフシが立ち上がる。
「解剖所見によると、兄の方の死因は頭蓋冠骨折による外傷性ショック死 ― 厳密に言えば、後頭部が強い衝撃を受けて骨折し、出血を起こした…と言う訳です。
シレーナ先輩が応援を要請した科捜研の血液検査でも、頭部周辺に溜まっていた血液濃度が、他の飛沫血痕に比べて濃く多量であったことが分かってます。骨折線が上下に走っていることも加味して、そこから死の瞬間を綜合すると…エル?」
ハフシは唐突に、人差し指を立ててエルを呼び寄せる。
首を傾げながら立ち上がって、彼女の元に来ると
「横になって」
「え?」
「いいから」
言われた通り、その場に仰向けになると、ハフシは彼の上にまたがった。
「ちょ、ちょっと…」
スカートをふわっとなびかせて膝をつく。
一瞬だけ見えた絶対領域に、思春期特有の反応たる赤面をみせるエルに、追いうちでもかけるかのごとく耳元で囁いた。
「先に言っておくよ。ごめんね」
男の子の口調でも、相手は女の子。こんな状況でドキドキしない男が――
「…ん? ごめんね?」
どういうこと?
エルをドキドキさせる体勢のまま、ハフシは説明を続けた。
「恐らく、犯人は被害者に馬乗りになり、激しい暴行を加えた。そして動くこともできない状態になった時、トドメの一撃として――」
ハフシはエルの前髪を掴み上げ、そして
ゴツン!
「うおっ!」
後頭部を思いっ切り床に打ち付けた。
石頭なのか、いい音が響き渡った。
「こんな感じで、被害者を殺害したと見られます」
『…あー』
全員が納得する中、エルは1人、頭を抱えて悶えていた。
「あー、じゃねーよ。いってーな」
「だから、ゴメンって言っただろ? 大丈夫、脳にダメージを負うほどの衝撃は与えていないし、医者なら、君の頭上にいるからさ」
「おー痛っ…二度とやるもんかってんだ」
と文句を垂れながら立ち上がったエルを置いておき、シレーナが質問を続ける。
「死亡推定時刻は?」
「遺体の硬直具合や死斑などからみて、午後4時から6時の間とみられるそうだよ」
「で、妹の方の死因は?」
「全体的には頭部への損傷が大きかったよ。粉砕骨折とまではいかないけど…でも、それは車のフロントガラスと衝突した時のもので、それとは別に頸椎の損傷が見られた。これが直接の死因と見て間違いない。つまり死因は扼殺の可能性が高い」
「それって、どう言う事ですか?」
貴也が聞くと、ハフシは答えた。
「絞め殺したってこと」
「じゃあ…」と貴也が一番求める答えをハフシに投げる前に、シレーナが代理の質問を投げた。
ある意味、怖い質問。
「ハフシ。彼女が交通事故で死んでないとして、それを、どう証明する?」
シレーナの質問に、ハフシは手近にあったキーボードを叩いた。
眼前のモニターに、人体図が出てくる。
「これは、被害者カロン・リーの解剖所見を基に、骨折箇所を表したものだよ。これを見ると、被害者の下半身に骨折は見受けられない。同様に裂創や皮下出血も、臀部周辺に見られるものの、ひざから下にはほとんど見られなかった」
「それが、どうして事故死でないという証明に?」
「エル。今回あなたたちが追っていた車は、分署交通課の調書によると、93年製のトヨタ セリカ ST20型となってるけど、間違いない?」
「ああ。独特の四つ目だったからな」
「あの車はクーペタイプで、運転席の前にエンジンルームがある設計だ。この設計の車が人を撥ねた場合、先ず車体が人体の下半身、特に足首から腰にかけての部分にぶつかる。その後は慣性の法則と、重量のある頭部が下へと落下する影響から、次いで頭部から肩にかけての上半身が車体に打ち付けられる。
ただ、今回の被害者は身長123.4cmの子供だし、車も改造されてて、車高は通常より30cmも低い約1m。その点を加味しても、被害者が道路に飛び出して、逃走車に撥ねられたとなれば、全身に骨折や裂傷が見られるハズなのに、部位によって偏りがある。これはあまりにも不自然だ。それに、おかしな点はもう一つ」
「ん?」
「死亡推定時刻は、兄と同じく午後4時から6時の間だ」
「成程。兄弟が揃って殺されたとなれば…同じ場所で殺害され、妹の遺体を事故死に見せかけるために、車の前に放り出した。そう見ても不思議じゃないわね」
更に、メルビンは言った。
「その仮定なら、犯行時刻はある程度特定できますね。事故が起きたのは午後6時頃。あの現場から倉庫まで約2km。移動する時間を考えれば――」
「午後4時から午後5時半…そう言ったところかしらね。ラオ、現場となった倉庫だけど、何か分かったことは?」
再び、ラオに質問を。
「コデッサ区に本社を置く、リトナ商事の所有です。この会社が生産を終了した建材用塗料の在庫をストックするための倉庫で、従業員すら頻繁に立ち入らない場所だそうです。倉庫の扉は南京錠で施錠されているのみという簡素なもので、鑑識の捜査によると、その南京錠は破壊されていました」
「倉庫の線は…望み薄か」
「防犯カメラは故障。南京錠は破壊…頼りの綱は、ゲソ痕と指紋、それに周辺の防犯カメラか」とエルは呟く。
そこで、議論は滞った。
誰しもが頭を抱え、唸る。
だが、頭を抱えるM班は知らなかった。
さらなるトラブルが、サイレン鳴らしてやってきていることに――。




