13 「足元」
PM8:46
東区
メイドカフェ&バー 「スイート・クロウ」
涙目運河沿いに建つ赤レンガ倉庫を改造した、ノスタルジックな店舗。
この時間は仄かにライトアップされた煉瓦が、高級且つ気品あふれる雰囲気を醸し出している。のみならず、店名の通り「メイドバー」として開かれ、ジャズやクラシックが流れる空間で、高級な紅茶やカクテルなどのお酒類を提供する。
安価なフレーズを流用するならば、“至極な時間を味わえる大人の空間”である――。
夜空の下、マイルス・デイヴィスの曲が似合いそうな風景の中に、ケンメリGTRとサモエドがゆっくりと入ってくる。
「お客さんいるわね」
倉庫の一角をくり抜いた駐車場や、開けた通路の路肩に数台の車が止まっていた。
レクサスにワーゲン、レンジローバーと、小洒落た車がナトリウムランプの光りを浴びている。
それらを確認すると、シレーナは腕を車から出し、後続の地井の車にバックするよう指示を出した。
「どこへ行くんだ?」
「まあ、見てなさい」
赤煉瓦倉庫群を抜けた二台は方向転換。背後にあった別の建物の前に停まった。
同じく赤煉瓦で出来た二階建ての建物は、他の倉庫より小さく、2つの鉄製観音扉が取り付けられており、そこから伸びる等間隔の2本の線が色の違うコンクリートによって埋められていた。
「これは? 倉庫のようには見えないけど…」
「機関庫よ。涙目運河のあたりには、かつて貨物用の引き込み線が走ってて、それが河口近くにある今の国鉄東車両基地まで、南北に伸びてたの。1976年に廃止されちゃったけどね。その引き込み線専用に作られた蓄電池式の小型機関車2台を置くために作られたのが、この建物って訳よ」
「成程ねぇ…で、ここに車を置いておくのかい?」
「そうよ。でも。ここじゃないわ。この下よ」
どう言う事だ…。
理解する隙も許さず、2つの扉が同時に開き、そこへケンメリGTRとサモエドが進入する。
両サイドを低く小さなプラットホームに挟まれた空間。麻袋や木箱が積み上げられて――。
「うわあっ!」
突然のベルに声を上げてしまった。
まるで遊園地のアトラクション、それがスタートするよう…というより、そのまんまだ。
眼前に光る腕木式の鉄道信号機が、青から赤に変わった瞬間、車を衝撃が包み、そのまま地面へと沈んでいくではないか。
コンクリートの空間を、等間隔に置かれた黄色いランプがゆっくりと、下から上へと流れていく。
「これって…エレベーター?」
「それ以外、何に見えるってのよ」
ガコン!
衝撃と共に視界が明るくなった。
緑色に塗装されたコンクリートの床、鉄骨が露見する大きな地下構造体。その空間にジャッキやが並べられ、エルが運転するパッカード、ラオのラクスジェンを始め、5台の車がそこにいた。
「おいおい。特撮ヒーローじゃないんだから…」
手近な場所にケンメリGTRを停め、外へ出た貴也の開口一番。
更に左隣のエレベータからは、サモエドが登場。ラクスジェンの横に停車すると、紫色のロングヘアーをなびかせて地井が降りてきた。
「ふう…どう、貴也クン? 驚いた?」
「これは一体…」
「格納庫よ。私たちが使う車だったり、銃だったりのメンテナンスをするとこ」
確かに見回すと、奥の方には明らかに車の整備には使わないだろう、スタンドライト付きデスクが置かれていたり、車にしてもバンや小型トラックといった、明らかに学生が乗り回すものとは到底思えないものが。
しかし――
「ここは、ただの入り口。こっちよ…」
シレーナに呼ばれ、目をあちらへこちらへと移していた貴也は、2人が歩く方へついて行く。
頑丈そうな灰色の鉄扉。その横にある緑色のハイテクそうな機器にシレーナが手のひらを押し当てる。
すると、天井からぶら下がる3台の防犯カメラが動き出し、3人をまじまじと観察し始めた。
「タカヤ、後で指紋と掌紋の登録、済ませておいてね。今日はエルが事前に来客登録させてるけど、今度からは命の保証ができないからね」
「え?」
いま、なんて言った?
命の保証?
冗談きついぜ…。
否、このシレーナが気の利いたエスニックジョークを言えるような人間でないことは、重々承知だ。
とすると――
「さあ、ようこそ。新入りクン」
鉄扉の類に見られる、重そうな動きやサウンドも特になく、ゆっくりとスライドした空間の向こうには、秘密基地と言っても相違ない、というより絵に描いたそのものといった空間が広がっていた。
メイドカフェと同じ赤煉瓦に囲まれた外壁。ステンレスやガラスでできたオフィス用品。最新鋭のアップル製デスクトップパソコン。所狭しと置かれた大型モニターには、間髪入れず蟻の様な文字や記号が下から上へと流れ、定点カメラの映像かシティーの様子がリアルタイムで映し出される。その中央にはガラス製のテーブルとボード。そして、エル、ラオ、メルビンとM班の面々がそこにいた。
「シレーナ、これは?」
「ガーディアンM班のボックスであり、捜査の前線基地。私たちは“箱庭”って呼んでるわ。何人たりとも、例え国の警察機構ですら侵害も介入もできない、学生捜査の聖域」
「箱庭…そこの一員に、俺が?」
「その通りよ」
シレーナは、ゆっくりと手を差し伸べた。
あの時の警察庁をリピートするように。
「歓迎するわ。サホガワタカヤ捜査官。私はシレーナ・コルデー。このM班を総括するリーダーよ」
地下を巣窟とする“光ある者たち”。彼らの側へと今、彼は手を伸ばした。
既に済ませた覚悟と決意を胸に。そこが光と信じて――。




