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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile2 狂へる遊戯 ~Strawberry Fields Forever~
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10 「チルチル・ミチル・BMW」

 挿絵(By みてみん)


 赤いシングルランプを光らせ、アクタ本校のBMW X6は依然、一車線の道路を爆走していた。夜になり交通量が少なくなったとは言うものの、スピードをこれ以上出せば、いつ事故を起こしてもおかしくはなかった。


 「前のブルーバード、止まれ! 止まるんだっ!」


 スピーカーからかけられる声も空しく、テールライトがちょこまかと動き回る。

 だが、馬力の強いX6が、その背後をしっかりと捉え離さない。

 そこまではいいのだが、止める術がない。


 「早く止められないのか? 相手はビンテージだ。タイプRと違うんだぞ」

 「お言葉を返すようだけど、あなたには、ここがモンテカルロにでも見えるのかしらね!」


 住宅街だからだろうが、それともゼアミ地区の地形だからか、カーブとアップダウンが多く、対向車もやってくる。こちらが事故れば元も子もない。

 それに、相手車両の全長も、X6に比べれば短い。その分小回りが利く。

 ブルーバードが対向車線へ飛び出す。前方を走る軽トラックを追い越した。

 ハンドルをいじろうとした矢先、対向からワゴンが現れる。

 通過を確認すると、スピードを上げて反対車線に。


 「くっ!…応援はまだなの?」

 神経を追い詰めながら、エミリアが叫んだ。

 「間もなく市警のパトカーが、前方から出てくる! 挟み撃ちだ」

 「いいわね。現状報告を」

 「オーケイ…アクタ1より市警本部。現在、クロガネ1丁目をゼアミ駅方向へ南下中。間もなく環状線との合流地点に入ります」


 右カーブ通過!

 前方から青いランプをちらつかせ、市警のパトカーが迫ってくる。その先は赤信号で中型トラックが停車している。これで前には出られない。


 「よし、そのままだ! はさみこめ!」


 だが――!


 「くっ!」 

 ブルーバードが大きくケツを振って左折。視界から消えた。

 2台の間に、車一台がやっと通れる狭い道があることを、エミリアたちは失念していたのだ。


 逃走車に近いパトカーは急ブレーキ。車体の大きいセダンタイプ故、すぐには飛び込めない。

 辛うじて車体の小回りの利くX6が、後を追って丁字路を左折。なだらかな勾配を下り、環状道の下をくぐった。

 かと思いきや、今度は上り坂。

 谷と丘陵部を組み合わせたような、ゼアミ地区独特の地理構造。それが容赦なく2人に襲い掛かってくる。

 スポーティながら力強いX6のエンジンが唸り声を上げて、それらをクリアしていく。

 それでも、ブルーバードはスピードを緩めようとしない。もう背後に、X6が見えているというのに。


 「これ以上の追跡は、やめた方が良いかもね。ナンバーは確認した?」

 「下二桁は。動き回ってて、全体が捉えられない」


 2台は尚も、生活道路を走り回っていた。

 街灯は少なく。住宅の明かりもまばら。ヘッドライトからブルーバードが消えかかっている。

 これ以上の追跡は危険だが、如何せんナンバーを完全にはとらえきれていなかった。


 「一旦スピードを上げるから、ナンバー記録して。そしたら、追跡は中止よ」

 「了解」


 エミリアがアクセルをひと踏み、クンっとスピードを上げて光源の中に車を捉えた。

 と、思いきやブルーバードは再び左折。


 「またっ!」


 だが、何かがおかしい。


 熱を上げるエミリアの横で、ライリーの頭は何かを引っ掛けていた。

 その答えは、目の前に。


 ナビ表示によれば、この道は一本道になっているはず。その上、この機材は装着してからまだ半年もたっていない新品。


 「エミリア! ブレーキっ!」

 「えっ!」

 

 怒鳴り声を聞いた彼女は、本能的に左足のペダルを踏み込んだ。

 体がおもいっきり前へと引っ張られる。

 暗闇に鳴り響くスキール音。


 ガコン!


 前方に衝撃を受けて停車したX6。ハンドルに顔を屈めていたエミリアが前を見ると、並行していたはずの住宅街が眼下に並んでいた。

 この先―というより、車の足元には歩行者用階段があるのみ。辛うじて階段の両サイドに設けられた溝がブルーバードの車幅と一致。そこを走り抜けていったのだ。


 階段の先に伸びる道路を、テールランプを輝かせて青い鳥は飛び立っていった。


 「チッ!」


 車を降りたエミリアは恨めしそうに離れていく影を目で追うと、ライリーの方へ振り返る。


 「どう?」

 見ると、彼は右側前輪を軽く足蹴り。

 「ダメだ。完全に脱輪してる」

 タイヤがブロックを超えて、路肩に脱輪。走行不能になっていた。


 だが、これでも不幸中の幸い。道路と階段の間にある僅かな空間に、左タイヤがとどまってくれたおかげで、車は今の状態を保っている。これが無ければ、今頃X6は斜面を転げ落ちているところだ。


 「命拾いしたわ」

 「どういたしまして。まったく、そこまでして逃げなくてもさぁ。ルパンじゃあるまいし」

 「よほど、私たちの御厄介になりたくない理由があるのよ。アノ感じじゃ、無免許とかそう言う感じじゃないわ。ただの勘だけど」

 「紙かバツでもやってたのか? あの歳ならシャブってのは高くつくだろうから」

 「どうかしら…それを除いても、1つ、気になることが」

 「なんだい?」

 階段に座ったエミリアを、ライリーはボンネットにもたれかかりながら聞いた。


 「気づかなかった?」


 「何が?」

 「あの車、後部座席に人が乗っていたわ」

 「そ、そんな…だって、コンビニで声かけたときは誰も――」

 「恐らく、毛布かなんかを被って、隠れていたんでしょうね。ブルーバードが丁字路を曲がる直前、その人影がパトカーのヘッドライトで浮かび上がったのよ。逃げたとするなら、その人が理由かもしれない。

  兎に角、追跡は中止よ。市警に連絡して。それから、レッカー車の手配を」

 頷いて車内に消えるライリー。

 だが、彼女は胸のざわつきを押さえられなかった。悔しい思いと言うには違う、気持ち悪い感触。


 (なんだか、嫌な予感がする…)


 ヘッドライトに浮かび上がる住宅街。その先の夜空に映るグランツシティ中心部の明かりを彼女は見つめるのだった。


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