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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile2 狂へる遊戯 ~Strawberry Fields Forever~
64/129

9 「英国淑女のぼやき」

 PM7:21

 ゼアミ区

 コンビニエンスストア「トンキイマート クロガネ5丁目店」駐車場


 住宅街を突っ切る細い市道沿いにあるコンビニ。その駐車場にアクタ本校ガーディアンのBMW X6が停まっていた。

 周囲に街灯は無く、仄かに漏れる住宅の照明だけが光る中、 店の過剰とも取れる電球は、そこから離れた大型車用駐車スペースにいるX6の車内すら照らしだしていた。


 「ったく、よお…なんなんだ、あの女よォ!」

 助手席で悪態つくライリー。頬張ったサンドイッチを音を立てて噛みしめる。

 予備校に行く前の腹ごしらえだそうだが、これではお腹にたまるのは怨恨ぐらいだろう。


 「落ち着いて食べなさいよ。クチャクチャ、貧乏人みたいな食べ方の人、私嫌いなの知ってるでしょ?」

 エミリアが顔をしかめても

 「分かってるが…ああ、いらつくっ! 何が“顔を隠せ”だ! 人の情報を盗みやがって!」

 「仕方ないわ。あの女は、そうやって生きてきたんだから」


 その口ぶりに食べる手が止まるも、彼女は何の反応も見せず、ドリップコーヒーをすすっていた。

 ミルクなし、砂糖を少し多めにしたコーヒーは、エミリアの至福を演出するかけがえのないものだ。最も、英国淑女の風上にも置けない奴と言われれば、それまでなのだが。


 「エミリア。お前、あの女嫌いなんだろ? それなのに詳しく知ってるようじゃないか」

 「嫌いよ。でも、彼女を出し抜くには、常に相手の情報を握っておく必要がある。違わない?」

 「その通りだ。で、ソースは?」

 「いつものお父様(コネクション)。使い方次第で敵を作るし、強力な武器になる諸刃の剣」

 だが、彼女の武器には弱点が。


 「ん? お前の親父さん、警察にコネは無かったハズだろ? 警察庁どころか、所轄署にも。そもそも、君がガーディアンに入った理由も――」

 「警察にコネを作りたいお父様のため。ガーディアンを経験した生徒の半数以上が、大学進学の有無に関係なく、警察の職に就いている。私が警察のトップに座れば、お父様は…いえ、ビール家は此の国の国家機関全てに枝をつけられる。

  でも、警察はあくまで“庁”よ。下っ端でしかない。それは、警察基本として研修で学んだはずよね?」


 「まさか…その上!」

 「ご名答」

 「しかし、だとすれば……いや、それだと矛盾する…」

 単純な回答が、ライリーの脳内を混乱させてしまった。



 警察庁の長―つまり警察を監視、機能させている中央省庁。それは内務省である。スクールガーディアンも、教科省と警察庁の合同管轄だが、この2つの機関と内務省の間には、政治的意図の介入防止や、法的審査のための小さな行政委員会がいくつかあるが、ここら辺はまどろっこしいし、説明文だらけの小説もなにかと読みにくいであろうから省略。



 「どうして内務省が、一生徒の個人情報を持っているんだ? スクールガーディアンは、あくまで教科省の管轄で、2つの行政委員会が干渉しているだけだろ? 職権乱用じゃないか」

 「それだけの女ってことよ。あのシレーナ・コルデーって娘は…M班だって、アナスタシアが、シレーナと一緒に超法規的措置を講じて作った広域警察よ。外事や特殊班を経験した、元キャリア組の彼女がね」

 「超法規的措置? キャリアが自分の人生を棒に振ってまで、尽くすほどの少女…さっきの口読術といい、何者なんだ? アイツは!」

 「さあね。私の知り得る情報は、政府の知る全ての情報の一つまみにも満たないわ。残念だけどね」

 ライリーは「ふーん」と相槌を打ち、食べ終えたサンドイッチの包みをビニル袋に入れた。


 「彼女の全てを知るには、方法が2つ」

 コーヒーを一口、エミリアは更に続けた。


 「2つ?」

 「1つは、途方もない時間をかけて地道に外側を固めていく」

 「まあ、俺たちや警察がよくやる話だわな。で、もう1つは?」

 そう聞くと、彼女はコーヒーの入ったカップをセンターコンソールに置いて言った。


 「中央省庁及び、内閣総理大臣を標的とした重大事件を引き起こす」


 車の中が一気に静まった。


 「おいおい、冗談きついぜ」


 「どうでしょう? 彼女の秘密は、例え此の国の人間を皆殺しにしてでも守りたい代物。なら、その中身を知る術は1つ。自分の手の中で命を躍らせている輩の首に、ナイフを突きつければいい。国を回す人間は、どいつもこいつもロクな奴がいやしないわ。自分の老い先短い人生欲しさに、簡単に差し出すでしょうね」


 「差し出すって…」



 「政府最重要極秘文書 管理番号666。通称“ネクロノミコン”」



 最早、ライリーの頭は置いてけぼり。でも、その張り詰めた空気は確かに感じていた。

 その眼は光を帯びていなかったのだから。


 「エミリア、お前…」


 「…なーんてね」

 目を閉じると、あっけらかんとした声で元に戻った。

 あれは、一体…。

 「冗談よ。冗談」

 「ならいいけどさ…1ついいか? ネクロノミコンって一体何が書かれているんだ?」

 「さあね。私が言うのも矛盾してるけど、これ以上の詮索はおよしなさい。命が惜しいのならね」

 すると、ライリーはフッと笑った。

 「何だよそれ」


 その時

 『!!』


 突然、クラクションが鳴り、2人の神経がハッと反り起こされた。

 音の方を見ると、ワゴン車が、一台の小型車を避けるようにコンビニを後にした。

 どうやら、クラクションの主はワゴンのようだ。

 一方、アクセルを踏んだ小型車は店舗前の駐車スペースへ。

 「何を慌てているのやら」

 ライリーが呟いたように、小型車は僅かな区間を急加速で突っ込んできたのだ。


 紺色のダットサン ブルーバード410。小さなセダンタイプの乗用車である。

 運転席から降りてきた男には、明らかに幼さが残っていた。


 「エミリア」

 「もしかしたら、中学生かも…そうだったら、無免許運転ね」

 「でも、外れてたらどうします?」

 彼が心配するのも無理はない。

 此の国では15歳から運転資格が生まれる。つまり、中学3年生にも運転資格が生まれる者がいるからである。それでも、原則的に中学卒業まで自動車運転は禁止であるが。

 「それを調べるのが、私たちの通常業務。あの子が店から出てきたら、仕掛けるわよ」

 「了解…あーあ、今日の予備校、遅刻かなぁ」

 エミリアは車のエンジンをかけ、ブルーバードの近くにゆっくりと進んでいく。


 そうしている間に、男が店から出てきた。照明で分からなかったが、来ているのは学校指定のジャージに見えた。

 「よし、行って!」

 彼女の合図でライリーが車を飛び出し、声をかける。


 「ちょっとすみません。ガーディアンなんですけけど――」


 途端に、男が顔色を変えて車のドアを開けた。


 「ちょっと!」

 エンジンをかけ、テールライトが点灯。


 「停まれ!」

 咄嗟に叫ぶライリーだが。


 跳ね飛ばす勢いで強引にバック!

 闇夜に消える姿を見ると、ライリーも車に飛び乗った。


 「やってくれ!」

 「オッケー。行くわよ」


 手練れた速さで、シングルランプを屋根に載せ、サイレンを鳴らしながら、夜の住宅街に消えた青い鳥(ブルーバード)をX6は追いかけ始めた。

 ハンドルを握るエミリアの横で、ライリーは無線を掴む。


 「アクタ1より本校。職質かけようとした車両が、制止を振り切り逃走。至急、周辺のガーディアンと市警本部に連絡入れられたし」

 ――ボックス、了解。

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