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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile2 狂へる遊戯 ~Strawberry Fields Forever~
62/129

7 「凄惨の日没、因縁の淑女」

 PM6:40

 首都オパルス 警察庁

 

 地下駐車場に一台の車が進入し、最寄りの駐車スペースに乱暴に停車。

 深緑のウィーズマンGT MF4。最高時速290キロを誇る、高性能スポーツカー。

 中から警察庁長官 アナスタシア・ウィドー・アドミラルが現れるや否や、スーツから二つ折りケータイを取り出し、耳に当てた。


 「私だ。ああ、さっき聞いたよ…まさか、彼らによって、そんなヘマはあり得ないとは思うがな」

 早足でエントランスに入ると、執務室のある27階へ走る直通エレベーターに乗り込んだ。

 「詳しい情報は、市警のイナミに集めさせている…そう、ミスター・デボネアだ。彼がM班の御目付け役だからね」

 そんな彼女の眼光が、一気に鋭さを増したのは、その直後だった。


 「アクタが事故に介入? 捜査官は誰だ? ……エミリア? エミリア・ルイス・ビールか?」

 アナスタシアは舌打ちを箱の中に残し、エレベーターを出る。


 「やっぱり、しゃしゃり出てきたか。アイツめ……そうだな。教科省派から、何らかの圧力が来るだろうな。

  だが、問題はない。こちらはこちらの仕事をこなすまでだ。

  向こうは教育のプロで、ガーディアンの実質的統括権を持ってるだろうが、我々は治安維持たる警察組織の頂点だ。

  テキストのページは増産できても、いじめの件数を減らせない教科省に、こちらが屈服するなどナンセンスだ。

  断固たる態度を取れ、騒ぐのはそれからだ……佐保川をM班から外すか? 寝言は寝てから言いなさいな」


 執務室に入り、アナスタシアは机の引き出しからチェを取り出し、マッチを擦ると火をつけた。


 「セルリアン・スマイル計画は既に動いている。それは先刻、お前に電話した通りだ。

  この計画に佐保川貴也の存在は絶対不可欠。ここで彼をM班から外せば、計画そのものが根底から消滅する。

  動き出した列車から運転士を降ろすことが、何を意味するか、よく考えることね」


 ふうっと吐き出した吐息、重圧に渦巻く煙霞は部屋の頂上へ向けて走り始めた。


 「いいか、もう一度言う。

  佐保川貴也を除外するは絶対に許さない。これは、計画そのものの絶対条件だ。

  そのためになら、我々は血で血を洗う事すらいとわない。そのつもりで行動しろ。以上だ」


 ◆


 同時刻

 グランツシティ

 ゼアミ区イタバヤシ2丁目 


 丘陵部に昔から構える住宅街。細い生活道路に面した雑木林から顔を出していたのが、事件現場である貯蔵倉庫である。

 既に門にはイエローテープが敷かれ、現着したパトカー1台が近くに停車していた。


 ケンメリGTR、一着。

 ゆっくりと減速し、パトカーの背後に停車した。


 「おおっ。出発から5分! まだ、エミリアは来ていないみたいですね」

 「当然よ。向こう側、一通多いんだし」

 車を降りると、何事かとこちらを見る警官にIDを掲げた。

 「ガーディアン“M”のシレーナです」

 「同じくハフシです」

 それを見て警官は敬礼。

 「ゼアミ分署地域課の溝口巡査です」

 どうやら巡回中の彼らが真っ先に現着したようで、それ以外には発見者と思しきツナギの男性しか見受けられない。

 「状況は?」

 シレーナが聞くと、溝口は言った。

 「ひどいものです…」

 彼の案内で、2人は敷地内に入る

 アスファルト舗装のされていない、轍だらけの駐車場にはグリーンの商用バン ルノー1000kgが1台、頭から突っ込んで停まっていた。車体には「リトナ商事」のロゴ入り。

 その車の鼻先に、蒲鉾型の姿をした倉庫の入り口があり、扉の右側半分が開かれていた。


 「うっ…」

 その現場に、シレーナは眉をひそめ、ハフシは咄嗟に目を逸らした。


 塗料独特の鼻に付く匂い。床にぶちまけられていた白と青の塗料の中に、小さい体が横たわっていた。

 だが、それは見るに堪えない姿。

 顔はグチャグチャに潰され全体が黒く変色し、目や口は腫れ上がりタラコの様になっていた。折られたのか、右足は反対方向に折れ曲がり、両手に至っては鋭利な刃物だろうか、それを何度も押し当てた痕跡が、鮮血まみれの状況からでもうかがいしれた。

 コロシというより、大型ダンプにでも撥ねられた。そう考えたくもなるような姿。


 「なんてことを…」

 猟奇的な現場に、ハフシも一言発するだけで精一杯。

 一方のシレーナは、メガネを外し、遺体を俯瞰している。

 「殺されたのは子供ね。見たところ10台前半…小学校高学年くらいか」

 「やっぱり、2か月前から起きてる一連の(・・・)暴行事案(・・・・)と関係があるんですかね?」

 「この段階じゃあ、答えを出すのは尚早ってやつよ」


 そんな中、空気を切り裂くスキール音が響き、門の前に一台のSUVが停車した。

 黒のBMW X6。給油口には白く数字の1が刻まれている。

 前方両ドアが開き、遅ればせながらとエミリア、ライリーの両名が降りてくる。

 「やっと来たのね、エミリア」

 「どうして、この事件が分かった」

 眉をしかめてエミリアが聞くと、シレーナは口元をゆるませて答えた。

 「さあね。隣の彼に聞けば」

 途端、エミリアはライリーをにらみつけた。

 「お、俺は何にも…」

 あたふたと狼狽する姿に、シレーナは失笑。

 「今度から気を付けることね、ライリー。秘密ってものはね、漏れちゃうから“秘密”なのよ」

 「な…んだとォ…」

 言葉を失うライリーに、エミリアは言った。


 「クールダウンよ、ライリー。彼女に一切の常識も秘密も通用しない。だって、バケモノ(・・・・)なんですから」


 「ああ、そのようだな。バケモノ…君の言うとおり、コイツにはバケモノの呼び名が相応しい」


 氷のようにという表現ではぬるすぎる、完全に人間を見る目とは言い難い視線をシレーナに投げつける2人に

 「そんなこと言うために、わざわざ場所を移したの?」

 「黙れ。バケモノの癖に――」

 「バケモノ、バケモノって、傷のついたレコードじゃないんだからさ」

 すると、ライリーはシレーナに詰め寄って、目を見開く。


 「うるせえ。何度も言ってやる。バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ」


 大人げない態度でライリーは、同じ単語を連呼して眼前の少女を罵る。

 そうすれば、自尊心が、硝子のハートが傷ついて、潤んだ目を両手で押さえながら、この場を立ち去る。その間に、全ての捜査権を掌握してやろう。



 ――と考えていたが…。


 「うるっさいなぁ。馬鹿みたいに連呼して。そうしてれば、ワタシが泣いて出ていくとでも思ったか?」

 シレーナは光を失った瞳で、ライリーを睨み付け、彼の襟首を掴んだ。

 「甘いんだよ」

 自分の元へ引き寄せ、強制的に面と向かわせる。

 狼狽したのはライリーの方。


 「ワタシはね、生まれてこの方、自分をニンゲンだって認識したことは無いのさ。お前はずうっとバケモノにバケモノって言い続けていたんだよ。人間に“お前はニンゲン”だって言い続ける程に無駄な時間を、ワタシにかけたんだ。

  ライリー、ワタシはそっちの方が驚きだよ。優等生と捜査官を兼務する、どんな生徒よりも時間の大切さを理解しているハズのアンタみたいな輩が、時間の無駄遣いしかできないなんてな」


 返す言葉もなかった。


 「この泥棒猫がっ! 偉そうな口叩きやがって!」

 否、論点をすり替えて攻撃に徹した。

 それでも、シレーナには通じない。

 「なんとでも言え。この猟奇性に被害者は子供、それに一連の事案と関係性。この事件は私たちが調べるに相当する要件をすべて満たしている。

  無論、さっきの事故も私たちが、とは言わない。アンタたちの言う事は最もだ。心行くまで交通事故は調べてくれ。どう転んでも、責任は私が取る」

 「……」

 「分かったら、帰ってテスト勉強でもしてなさい」

 バッとライリーから手を放した時、タイミングよく、分署からの応援が駆けつけた。

 彼らに現場の様子を説明している捜査官の中に、ハフシもいた。

 「そうね。不承不承ながら、この現場はシレーナに任せましょう…ライリー、撤退よ」


 ハフシを横目で見た後、メルビンはライリーの肩をポンと叩く。

 その未練がましい表情と、入れ替わる形でメルビンがシレーナに近づく。


 「本当に…アナタ(・・・)は、どうすれば落ちるのかしら? 大抵は、ライリーの使った最後の手段で、誰もが平常心を失って泣くか、暴れる。その隙間に滑り込むってやり方で、お堅い生徒も落ちるってのに」

 「アンタは、ガーディアンを…いや、学び従う全ての輩を甘く見過ぎてる。チンピラみたいなやり方をしていたら、後でとんでもないしっぺ返しを食らうぜ」


 「ご心配には及びませんわ。あなたも、ロクに捜査もできない新入りのために足元すくわれないように、気を点けなさいね…レイナ(・・・)?」


 その時だった。


 「!!」


 彼女の顔に、明らかなる狼狽の様相が浮かび上がった。

 視点が定まらず、瞳が揺れる。


 「あらら? そんなに震えちゃって、どうしたの? レイナ?」

 「……」

 「寒いの? それとも武者震いかしら? ねえ、レイナ?」



 「ワタシを…その名で呼ぶなあっ!」



 突然の怒号に、周りの警察官も何事かと彼女たちの方を向いた。

 だが、エミリアは上機嫌。

 「ふふん。そうかそうか。あなたはそういうのには弱いんだ」

 「だったら何だ?」

 声を押し殺すシレーナ。

 メルビンが耳打ちする。


 「もし私の手に、“ネクロノミコン”があったら、アナタ(・・・)、なんでも言う事聞いてくれる?」


 甘美な声。だが、シレーナは再び鋭い眼光を取り戻す。


 「冗談抜かせ。あれは此の国の政府が、国民を殺してでも守りたい、最重要機密文書だ。アンタが金を積もうが、体で官僚を落とそうが、手に入れられるものじゃない。

  ワタシの秘密を、どこまで知ってるのかしらないが、ワタシは、そう簡単には陥落できないぜ」


 「さあ、どうかしら? 私には力がある。中にも、外にも……いずれ、どっちが上か見せつけてやるわ」


 そう残して、赤みのかかった茶髪はパトライト群の中へと消えていった。

 歯を食いしばる、群青の瞳の少女を残して。


 「レイナだって? …ネクロノミコンだって? …ふざけるなっ!!」


 「シレーナ」

 不意に胸元に差し出されたペットボトルのミネラルウォーター。

 気が付くと横に、ハフシが立っていた。

 「先ずは落ち着いて。それから、いつものシレーナに全てを切り替える。いいですね?」

 「…そうだね」

 ハフシの姿をみて、落ち着きを取り戻したシレーナ。

 ブレザーの胸ポケットから、オーバルフレームのメガネを取り出し掛けると、ペットボトルのフタを開き、水を一気に飲み干した。

 だがシレーナは冷静になった途端、自分のコト以上に、エミリアのとあるフレーズに対して、くすぶる炎のようなイラつきを覚えていたことに気づいた。


 <あなたも、ロクに捜査もできない新入りのために足元すくわれないように、気を点けなさいね>


 空のペットボトルを、右手で握りつぶして、漆黒の夜空を見上げた。


 (まただ。リッカー53事件の時にも感じた苛立ち。どうしてタカヤのことになると、こんなにもイラつくんだ? 彼とはつい先日、初めて会話したのに。私に恐怖を抱いているはずなのに。なのに…どうして…)


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