5 「現場」
PM6:22
ゼアミ区 クロガネ5丁目事故現場
すっかり、周囲に夜のとばりが降りた事故現場は、パトカーのライトと高電圧照明によって昼の様に明るく、その下では路面に白チョークの円と、数字の書かれた黒い札が置かれ、完全防備の鑑識員がせわしく仕事をしていた。
付近の住民が心配して詰め寄るイエローテープの背後に、ケンメリGTRが停車し、中からシレーナとハフシが現れた。
「嬰児遺棄の次は、交通死亡事故とはね…今日は一体どうなってるのかしら」
「全くだよ…先輩、タカヤ先輩たち…」
「処分は無いとは言い切れないわね。でも、追跡中断を申し出たって話じゃない? 事故予知が十分可能であったにもかかわらず、追跡中断の判断を下さなかった市警側にも非があるし、第一、これは市警自動車警邏課の仕事よ。エルとタカヤは、その追跡に協力しただけ…心配ないわ。いざという時は、私が総監と掛け合う」
壁となる近隣住民達をかき分け、警官にIDを掲げるとイエローテープをくぐり、その先の狂気の聖域へ。
「エル」
シレーナに呼ばれて、青髪の彼は刑事の聞き取りを中断した。
「タカヤは?」
「さっき病院に運ばれていきましたよ」
「怪我したの?」
「ちょっと過呼吸気味になっちまったんだよ。ここにいさせるのも奴には酷だろうし…俺の独断でやっちまったんだが、悪かったか?」
シレーナは「どう?」と言わんばかりに、ハフシの顔を見た。
「いえ。その方が良かったと思うよ。直接でなくても、任務中に一般人が死亡。それも初任務…タカヤ先輩には、酷な現実ですよ」
すると
「その現実を、すんなりと受け入れてもらわないと、M班として彼は失格になるわ。折角の気質が、これだけのことでふいになるなんて――」
「シレーナ!」
彼女の言葉に、エルが声を荒げた。
途端、シレーナは息を吐き、両手を挙げた。
「ごめんなさい。言い過ぎたわ」
「君は元からそうかもしれないが、彼は俺たちからしたら“クリーン”な人間だ。例え砂利でも致命傷を負う。この間の通り魔事件で、君が一番理解したんじゃないのか?」
「エル…」
ハフシの声が聞こえないようで
「それに、あの事件から、まだ日は浅い。それなのに現場に投入して…。
彼は恋人を失ったし、その正体にダメージを負った。それに人質になって、関係ない人が殺される場面を正視していた」
「エル…」
お互い口調が強くなる
「君からしたら、俺たちは単なる駒なのかもしれない。でも、駒の前に俺たちは人間だ。そこをはき違えて――」
「エルっ!」
熱くなるエルの胸に、ハフシは右手を置きシレーナとの距離を開け、「これ以上いけない」と首を左右にゆっくり振る。
「……」
「気持ちは分かる。でも、言い過ぎだよ」
視線を下にし沈黙したエル。そして心配そうに彼女の方を向いたハフシを背に、シレーナは言った。
「弁解するつもりはないわ。このいざこざの非は私にある。
でもね、これだけは言わせて、エル。私はね“感情”ってものを理論的にしか理解できないの…いえ、そんな概念すら、もう私には無いのかもしれないけど」
しかし、その2人に口元を微かに緩ませたシレーナの表情を垣間見ることはできなかった。
「クリーンな人間…ね」
果たして、それは嘲笑か、それとも…。
事故現場では跳ね飛ばされた少女の遺体が、今まさに収容されたところだった。その命の小ささを物語る遺体袋。ネイビーに包まれた姿を警察官がゆっくりと、横付けされたワゴンに運び入れる。
その先では、クレーン付きトラックを使って、横転したセリカの後部を持ち上げている。トラック1台で道のふさがる場所だ。吊り上げるのにも作業員が微調整して行っていた。
一通り、現在の状況を見た後、現場で指揮を執っている、ゼアミ地区3分署の大江警部に話を聞いた。
「一応、警察官の業務中の事故だ。お門違いの捜査一課が担ぎ出されたのは、そういう訳さ」
大柄で黒縁メガネをかけた色黒の男は、そう言って頭を掻いた。
眼下では、白熱蛍光の中で、警官が水路を攫っていた。棒を突き、網を差し出して。
「事故の状況は?」
「それに関してなら、交通課の峰岸に聞いた方が早いだろうな…おーい、峰岸」
大江の声に反応し振り返った男、駆け寄ってくると溜息を一つ。こちらに歩いてきた。
エリスには一目で分かった。共通の臭いだ。
ガーディアン嫌いの。しかも、彼は相当な臭い。
「峰岸、今までに判ってる事故の状況を」
峰岸と呼ばれた、若い男は気だるそうに
「追われていたセリカが、カーブのほぼ中間地点で子どもと衝突。それに驚いたであろう運転手は、ハンドル操作を誤り、カーブ出口で右後部をブロックに激突。その反動を取り直そうとするも左側面をガードレールにぶつけ走行、路肩の標識にぶつかって横転……まあ、そんなところだろうよ」
「女の子の死因は?」
すると、ハッとあざけ笑ったと思いきや
「それは、お前のお友達が、一番よく知ってるんじゃないですか?」
とにやけながら話し始めた。
それにエリスは、いつものように感情を出さず
「まるで、彼らが撥ねたような物言いね」
「違うのか?」
「……」
にやつくこの男に、何を言っても無駄ってものだろう。
会って5分も経たず、本性を現した。シレーナ史上最速タイムをはじき出したに違いない。
「兎に角、アンタに話す事はもうない。この事故は、3分署と“別のガーディアン”が仕切ることになるらしいからな」
「“別のガーディアン”? どこのユニットなの?」
その答えは向こうからやってきてくれた。
「シレーナ・コルデー!」
まるで、前回の53号列車のデジャヴ。
クレーントラックのヘッドライトをバックに、こちらへと歩いてくるシルエット。
軸のぶれない歩調は、どこかのモデルを連想させる。
「現れたか…やっぱり…」
嫌なものを見たと言わんばかりに、下を向き呟いたエリスだったが、すぐに顔を上げ正面を見た。
「久しぶりね。エミリア……エミリア・ロイス・ビール」




