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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile2 狂へる遊戯 ~Strawberry Fields Forever~
59/129

4 「結末」

 けたたましいサイレンの協奏曲。

 それを後ろに、四つ目の標的は、漆黒に染まり始めたアスファルトをかき乱す。

 イエローフラッグは依然として、セリカの背後を追いかけている。合流した市警のパトカーも、既に5台。

 車は中心部の通りを離れ、国道255号を走っていた。市中心部を囲むように地区と地区を横に繋ぐ大通りを、市民は“環状道”と呼ぶ。


 「M05より本部。車は依然環状道を走行中。今、ゼアミ地区に入った」

 ――本部了解。


 無線を片手に、刻々と変わる状況を余すことなく本部に伝える貴也。

 感心するとともに、シレーナが何故、彼を躊躇なくM班に入れたのか、エルには理解できた。

 「いい仕事だ。ルーキーにしちゃあ上場じゃあないか」

 「そう悠長なこと、言ってられませんよ。ゼアミ地区は細い道の多い街区です。そこに暴走車が入ったら、誰かがはねられてもおかしくありません」

 確かに。

 指摘されるまで、エルは気づきもしなかった。

 ゼアミ地区中心部へ行けば、大きな通りが数本走ってはいるが、基本片側1車線か分離帯のない道が大半。そこに飛び込まれたら、関係のない市民を巻き込む事故を起こすことは明らかだった。


 (シレーナが長官に薦めた(・・・)だけのことはあるな。まるで、シレーナを乗せている気分だ)


 エルは貴也から無線を奪うと、叫んだ。

 「M05より本部。車はゼアミ地区に入った。これ以上の追跡は一般市民を巻き込む危険がある。至急、追跡中止の是非を求めたい」

 その緊迫する声の後、車内は静寂に包まれた。

 前方には制限速度を超えた速さで走るセリカ。今は前へ前へ一心不乱に駆け抜けていく。


 ――こちら本部。


 そして答えが


 ――追跡は中止しない。現在の移動を以て逃走車を制止せよ。繰り返す、追跡中止はしない。


 「ウソだろ!?」

 途端、まるであざ笑うかのように、車はブレーキをかけて右折。センターラインのない道路に入った。

 「あん畜生があっ!」

 その怒りを込めるが如く、エルはブレーキを踏み、鋭角を切って右折、後に続いた。

 

  

挿絵(By みてみん)

 PM5:59

 ゼアミ区 クロガネ1丁目


 なだらかな丘陵部を切り開いて作られた住宅街は、最早レース場と化しつつあった。

 住宅と断崖、そしてアップダウンの激しい路地を、スピードを緩めずにセリカが爆走し、息を切らすようにパッカードが後を追う。

 「この先にロードブレーカーを敷いたようです。そのまま、道を真っ直ぐに走ってください」

 「了解」

 無線を置いて指示を出した貴也。

 エルのハンドルに力が入った、その時。


 ガシャン!


 「まただ」

 セリカが腹をこすりながら路面の段差を飛んだ。これで3度目。

 エルは舌打ちして言った。

 「シャコタンしてるな、あのセリカ」

 「つまり、車高を低くしているってことか…それはそうと、距離空いてませんか?」

 「仕方ないだろ。相手はスポーツカー、こっちはビンテージだぜ? それに、ここまで長期戦になるとは思わなかったし…まあ兎に角、あの車を是が非でも止めないとな」

 すると、道路は下り坂に入り、自然とイエローフラッグの速度も増す。

 腹をこするセリカは、反対に減速。その反動か、前輪の挙動がおかしい。車体が左右にぶれた。

 「バーストか?」

 「なんだっていい。このまま、突っ込んでくれよ」

 それでも、2台の距離は開いていた。というより、セリカが加速し始めたのだ。

 坂道が終わると、道路は左へと大きく緩やかにカーブする。

 左手に用水路が並行して流れ、右手に断崖が続く見通しの悪い道。

 セリカのテールライトが尾を引いて左に消えた―――!


 ドンッ!


 「なんだ?」

 突然響いた鈍い音。

 エルは瞬時に判断した。

 これは車が事故った音じゃない。“何かが車にぶつかったんだ!”

 急ブレーキ!

 「うわああっ!」

 スキール音を立ててイエローフラッグが滑る。

 後続のパトカーも、慌ててブレーキ!

 車はカーブ手前で止まり、青いランプが彼らの顔を照らしだす。


 ガシャアアアン!

 

進行方向で響いた激しい衝突音。

 十中八九、セリカが事故った音であるのは明らかだった。

 では、さっきの音は?

 街灯が弱弱しく光る中、エルと貴也は車を降り現場へと走った。


 カーブの終わり。路面には黒い轍がくっきりと、断崖の方へ向かって走っていた。

 形からして、横滑りし断崖と路面を分けるブロックに激突したのは明らかだ。

 更に先には、さっきまで追いかけていたセリカが無残な形で横転。後部側面はへこみライトは粉々、バンパーも外れている。その中から若い銀髪の男が血まみれで這い出してきていた。

 「あーっつ…」

 2人は走り寄り、彼の両わきを抱えて引きずり、車から遠ざけた。

 その頃には、後続車の警官も駆けつけ、てんやわんやの大騒ぎに。

 用水路のガードレールに男の身体をもたれかけさせると、貴也は大声で話しかける。

 「大丈夫ですか?」

 うーん、とうめき声を上げる男。

 「こりゃあアカン。脳震盪起こしてるかもだな…至急、救急車を!」

 現状を見たエルは、警官を捕まえて手配を頼む。

 すると、男はうわ言のように何かを言った。


 「…ねた…」


 「何だって?」

 貴也が耳を、男の口元に持って行くと


 「ひと…を…はねた…」


 その言葉に、貴也の身体を冷たい汗が流れていくような感覚が包む。

 冗談がきついぜ。


 「人を撥ねた?」

 「えっ!?」

 エルも耳を疑った。


 刹那!


 「おい! 人がいるぞ!」

 向こうで警官が叫んだ。


 嫌な予感がよぎる。


 男をエルに任せると、貴也は声のした方へ走った。

 集まった警官が、懐中電灯の光を用水路に差し込んでいく。

 「あれか?」

 「まちがいない」

 「なんてこった…」

 場所はカーブの中間地点。

 覗き込んだ貴也の眼に飛び込んできたのは――


 「あ…ああ…」


 茶色く濁った水面に、うつ伏せになって浮かんでいた女の子。

 年恰好からして、まだ幼稚園年長~小学校高学年程度。

 ばたつかず、声も上げず、ただ落ち葉の様にゆらゆらと、その場を浮かんでいるだけ…。

 「お…おれは…おれは…」

 その場に座り込んでしまった貴也。そのガードレールを掴む両手は、小刻みに震え、眼は視点すら合わない。

 「タカヤ? ……おい! しっかりしろ! おい! ―――」




 初任務。俺は…子供を殺した…。


 目の前が真っ暗に―― 


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